妖婆伝9


「なんとまあ、気色のよい、想い出のなかに滑りこんだような、それでいて他愛なく、ただ盛り上がった柔らかさにほだされ、満たされた感触。わしにしてみれば初めての乳房じゃ、この身のものはまさに血となり肉と化しておるわ、とはいってみても妙の胸に感じいった間はほんのわずかでなあ、そりゃ、素っ頓狂な声こそ張り上げはせなんだが、まるで不吉な魔手を追い払うといった調子の困惑がのどから絞り出た。その響きのなかに驚きはもちろん含まれておったけど、口早に聞かせた格式を受け入れる用意がなかったから、あからさまな拒否を示しめしたものの、どうして露骨な振る舞いにはそんな態度がふさわしいわな、乳房のしこりが表面に現われないのと同じ、まだ芽を見ぬ地中の按配じゃて、耳を澄ませば微かな嬌声が得られる。まったく不用意だのう、だがこれで妙のこころは決まった。
すかさず、こんなに張りがあって、さあじっとしていてね、子供をあやす声色を持ちい、ほとんど独り言の呈で間合いを埋める、なだめる、壊れものを扱う加減でそおっとな。で、その手も撫でるというよりか傷口を覆うようないたわり、五本の指、あわせて十指、繊毛運動にも似た細やかさでふくらみから離れない。増々狼狽にからだをこわばらせるのも承知よ、しばし無言のまま行為を続けて、妙が小首を大仰に振りかけたとき、わしはこう話した。これが儀礼なのです、心配なさらず、先々のことを考えますとあれこれ気恥ずかしいでしょうけど、わたしはおなご、あくまで形式をなぞってるに過ぎません。
熱心な口ぶりのうちにもどこか醒めた、あるいは感情を押し殺しているふうな余韻が妙の肌にしみ入ったのだろう、観念したといわんばかりに首をうなだれてしもうたわい。その胸中にはしなやかな憐れみが微笑に移りゆく模様が透けて見える、義妹はこう囁いている、わたしの恥じらいを忘れないで、そして導きから怖れを取り除いてとな。今度はわしの方がとまどう始末、簀の子に裸体ふたつ、さてさて乳をもんだまではいいがこの後どこまで性戯を施すのやら、儀礼も格式もはなからでたらめ、女体への欲情とて衝動とみなしたけれど、それすら意気を高揚させる為の方便だったなどと、腰砕けの弱気になりつつある自分を痛感し、うなぎの前の生が人間の男であった確信の所在をひたすら求めるていたらく、それもそのはず、女人に転生した今では男の欲をあたまでわかってもからだは機能してくれない、乳もみには問題ないが肝心の股間に武器が備わっておらん、わしの割れ目を貫いた如意棒はどうしたところでこのからだに見当たらんのじゃ。
そうするとまったく記憶の欠けた前々生なぞ、あやふやになってしもうて気抜けしかけた。男だったら怒張したものが一気に萎えるのかいなあ、そもそも情欲を沈着に運んだのだって別に大義があるわけでもなし、おまけに行き当たりばったりだったと知るに到って、果たして股間のうずきはどういう代物であったのか、ここに来てついに迷いだしたわい。が、両手のひらは妙に張りついたまま意識せずとも繊毛運動に従事しておる、いや、ここで手を離すのは迷いにとらわれるのを了解してしまうわけだから、時間は無意味な行為を黙認してくれとるわな。指さきまでそんな思惑とはおおよそ言い難い配慮が伝わっていたのか、ふと乳首を人さし指と中指でつまんだところ、思いもかけぬ妙の反応、ああっと小声をもらせば、はっと我に返ったのが幸い、これでいいんじゃ、前々の記憶なんか暇な折にでも思案すればよいわ、衝動の意義をただすなど、空腹の因果を問うてのち飯を食らうようなもの、こりゃ、いささか緊張したとみえる、そうよなあ、わしにとっては初体験だからのう、そして妙もな、、、
とするうちにどうにもこらえきれない、切ない様子になってきたので、思わず親指も加わって乳首を転ばせ快感のゆくえを見定めようと躍起になる。妙は再び首をくねくねさせ、もう治まりつかない様相で振り向いて哀願の目つきをし、ああ、お義姉さま、たまりませぬ、もうこれ以上は、そう息も絶え絶えの甘いもの言い、さっきまでの悲観はどこへやら、わしは股ぐらからうなぎをひねりだす幻影も鮮やかに、男の性を歌い上げ、その勢いをあえて抑えた口調で、妙さんや、感じるのですね、ではもっともっと、ひかえたたつもりが語尾は尻上がり、まなじりは下がっているのがよく分かる。ようし、このまま股間へと手を這わすか、そう決意も清く、陶然とした妙の快楽を分け与えてもらう勢いでいたところ、こう言うではないか。
こそばゆくてたまりません、お義姉さま、ああ、もう我慢できませぬう、、、さっと身をかわす。わしが落胆したとでも、脱力したとでも、違うわな、あんた、逆にめらめらっと燃え立ってきて、大いにいたぶってやろうと決心したんじゃ。いたぶるといっても悪意ではない、なぜかというに、わしの見立てに狂いはなかった、この義妹はおぼこの中のおぼこ、こそばゆいとはなんとも由々しいではないか、これでこそこちらもそそられるというもの、やりがいを、楽しみを、なぐさみを、生きがいを実感する。感ずれば実行あるのみ、逃げたからだをむんずと斜に抱き寄せ、閉じた股に容赦なく指を忍ばせた。
あれえ、そのようなことを、お義姉さま、、、悲鳴ではないわな、その二歩くらい手前じゃな、わしは聞く耳もたぬ顔つきで毅然と言ってやった。これが格式の門ですぞ、ひるんでどうなさいます。すると妙は、でも、とだけ消え入るような声でそのさきの口をすぼめてしまい、一層全身を堅くして、しかしどうやら怖れと羞恥が平行に並んで簀の子の隙間にこぼれ落ちていくようで、わしはこころ置きなく未開の箇所をまさぐり続けたんじゃよ。悪鬼の形相かとな、いいや夢中だったに違いないが精神はいたって冷静、不思議でもあるまい、かの春縁に抱かれた体感がふつふつとわき上がって来る。急いた愛撫に沈着を願ったことが裏返しの情況で呼び覚まされる、決して気分のよい想い出ではないがのう、味わいの限りに好悪はあるまい、快楽のみが抽出されておるんじゃ、よぎる過去を塗りつぶす手先は冴えに冴えて、妙の秘所がうっすら世間をかいま見ようとし始めた。そこでわしは熱のこもったくちづけをし、開きかけた敏感な位置に注意をはらい、少しだけ指を差し入れてから、たっぷりと唇を吸ってな、初心な妙はまばたきもぎこちなく、目の玉を泳がせておったわ。わしはその泳ぎを見守る仏ごころでなお手先に願いをこめる。
思いやりじゃて、行為はすけべ丸出しかも知れんけど、この女体の中から湧き立つ色の芳香はもはや雄雌の区別なぞ取払い、どこまでも真摯な熱を帯びて、ほんに義妹が愛おしゅうてたまらん、そんな奔流となろう気持ちが一気に溢れ出すのを認めるとき、わしの情念はひたすら燦々と輝きだす。地熱の発光は無償となるのじゃ。
妙の当惑に対する思いは慈愛と呼んでいいだろう、わしはつぶやく。ここもこそばいのですか、あえて口にせずともよいことを、黙して柔かな手つきに専念すべきところを、恥も驚きも一緒に互いの胸に弾ませたいが為、そして少しでも妙の気を楽にしてやりたい一心でそう一言。
すると花弁にそよ風が触れるよう音は届かんが、しばし後ゆれた証しはとても気だるく、眠た気な趣きを装い、あるいは装いそれ自体が空洞の反響か、音のなき世界から霧となってこちらに伝うものがある。頬に羽毛のひとはけ、微かな吐息ともつかぬ、寝惚けた呼気にも似た甘い空気。わずかに首を左右、その微風かや不明瞭ながら、いいえ、、、再度はいらぬわ、妙のからだとこころは正直だった。しかしおなごの大事なところ、情熱にまかせ荒くなぶってはいかん、ましてやみだりに花心への侵入はちと早過ぎる。そこでわしはそっと撫であげる按配でな、女体ではない、野に咲く花でもない、青々とした空に広がる海辺を探ったんじゃ。透けては遠のく波間にたゆたう秘めた真珠を。その在りかは雄大な心持ちにこそ呼応する。見つけましたよ、これは声に出さん、無言の調べは潮騒ぞ、ゆっくりとゆっくりと寄せては返す波の反復、しばらくするうち海水で指がぬれる。真珠のひかりは見つめん、だが妙の沈黙には優雅な緊迫がひかえておるわ、ふたりが共有しているのはひかりに他ならん、つくられた格式で始まった交わりに光明が差しこんで、辺りをきらきら反照させていた。
わしのこころは確かに不純だわな、それにひきかえ妙の心中を満たそうとしているのは紛れもなく自然な戯れ、ああ、強まったのはどちらの輝きやら、詮索もまた虚しい。波の手は休むことを知らず、次第に昂りつつある無垢なからだに息を吹きこむよう何度も唇を吸う、きつく吸う、そしておもむろに離れ、その表情をそっと窺えば、だらしなく半開きなったのが艶色に傾きかけて以外な一面、とろりとした目つきは海原へさまよいだす。あきらかに妙は感じておる、こそばゆいのではなかった」