妖婆伝27 「話せば長くなりましょう、確かに、古次の目から放たれた冷たい輝きに背筋をただす。わしが設け置いた間合いを十全に含んだ声色、成りゆきというよりかねてから機会をうかがっていたのでは、そう思わせる低く地を這うような不気味さがあった。随門師匠は内弟子をいくたりか連れ外出していたと記憶しておる。が、春の日差しを浴びながら耳にするはどこかうしろめたい、期待と緊張を軽い仕草のうちに忍ばせ、そっと蔵の陰に歩を進めた。 前にもいうたけど古次は口数が少ない、そこにもってきて肝心なところで息詰まる、感極まり目をうるませたかと思えば、話しの脈絡が曖昧になり、いいや、わざとではないのだろうが、これまで自分の生き方を振り返ってみることがなかったのだろうて仕方あるまい、じゃで、ここからはわしの要約で聞いてもらうよ。 名は詳らかに出来んが、古次と阿可女は由緒ある旗本の家に育ったそうな。心身はいたって健全、珠のごとく可愛らしい、しかも男女の双子という希有な子宝に注がれるまなざしは想像に難くない。それはそれはふた親はじめまわりから受ける寵愛日ごとに増していったそうじゃ。 上巳の折には阿可女以上に古次の美しさが口々に誉めそやされ、また端午の際には反対に秀麗な男装を披露した阿可女が人々の賛辞を一身に浴びたというから、節句の華やかさ、こぼれんばかりのひかりに満ち満ちていたのだろう。それからの年少時代、取り立てて陰が落ちるようなこともなかったと申しておるから、古次らの記憶を疑るすべなぞない。ただ発端というならそうかも知れんのだが、本人はそこに立ち戻る思惑をどうやら振り払いたいようなので、少々複雑よな。こういうあらましじゃ、双子に続いて五年後、おとこの子が生まれた。兄妹には似ておらなんだけど、いかにも武家の次子らしく眉目端麗で頼もしい、しかし首が座るか座らんかうちにとくに目の焦点が尋常でないのが発覚した、何かの拍子できっと誰ぞやを睨みつけるような鋭い視線を投げかける、最初は庭に遊ぶ蝶だの蜻蛉だのを追っているかと案じていたが、どうも様子が異なる。現に閉め切った部屋の片隅にも同じ目線を放つ、両親も次第に単なる戯れとは感じられなくなり、この子はなにぞ、私らには見えんものを取り押さえておるのでないか、さて魑魅魍魎なるか、亡魂なるか、生霊の気配なるか、いずれにせよ、不可思議と首を傾げるに異存はない。 あるとき、家住みの若物の発案から、かねてより都界隈でも評判になったさる験者がこの地を訪れている、かの宮様に取り憑いた悪霊を払った件は隠しおうそうにも膾炙し、今では引く手あまたとか、その霊験まやかしの類いなら、斯様に讃えるべくもなし、是非とも一度、忠信の籠った口吻に促されたと同時に、とくに母親は験者のうわさをすでに聞きつけていた模様、二つ返事で早速手配するよう若者の言に首肯した。 ところでこの若侍、後々の語りに連なるので姓名を覚えておいてもらいたい、根図中左衛門という。背丈の低い、だがいたって頑健な気質を漲らせており、ひょうきんな面を持ちながら時折すっと暗い面持ちをのぞかせたりもする。残念ながらその出自の特定は出来ん、古次は幼少であったし、次子の異常におののくまで感性も発達していなかった。薄ら覚えにしか中左衛門を知らぬ、大方の面影はのちに聞き及んだもの、そしてあれこれ詮索を含め一通り拵えられた、いわば人相書きよ、で、この人相あの事件が起こってから出奔してしまい現在に至っており、先程も言うたが果たして発端はいずこなる問いかけ、事件の鍵を握っているようであり、そうとも言い切れぬ、けれどもはや再会などあり得ん、、、ここで古次、声を震わせ、ことの真相に迫ろうと意気込んだ。意気込みはおおいに買うのだが、余程の衝撃が今また押し寄せて来たようで言葉詰まらす。だがもっともじゃ、あんな惨憺たる光景を目の当たりのしたのだからのう、、、 中左衛門の案によって名高い験者とやらが屋敷を訪れたのはさほど日数を経ていなかった。次子には果たして物の怪が憑いているか、はたまた験者すら考え及ばん能力を秘めていたのか、加持祈祷がとりおこなわれた場に立ち会うのは許されなんだ、おんなこどもに限らん、当主でさえその一室から退くよう命じられたというのだから。古次は自分より物怖じしておる阿可女の手をきつく握りしめ、その手にしみ出る汗がどちらか判別ゆかぬまま、父母らに見守られ、ときを数える心持ちであったと語り、当日の異様に緊迫した、けれども夢の国へと運ばれる乗りものに揺られているふうな、淡い憧憬が寄り添っていたのを忘れていない。生きるか死ぬか、そうした厳粛な刹那を知らぬ身であればこその安寧が、かつてないほど険しい表情をした父を、そして青ざめる一方で、甲高くなる声を出す一方で、いつか観た能面の不気味な笑みを取り寄せた母を、血の気が通うていないのではと感じてしまっていた。 実際の怖れは阿可女のやわらかな掌にしっかり収まっており、その他の情景や空気なぞはあたかも絵空ごとにしか受け取られていなかったかも知れぬ、どうであろう、幼年の意識とは以外や酷薄、罪深さはないが、それは罪を覚えぬがゆえ、古次には割り切るも割り切れんもない、つかみどころが見当たらんのだからな。 怖いもの見たさの心境より験者の発する祈祷が怒声に変わっているのに驚いた。屋敷内には道場もあるし大声には慣れていたのだったが、稽古に励む威勢のよい声とは別種の、一歩違えば金切り声に近い、威圧するというよりも逆に屈服を強いられている歪んだ響きをはらんでいるようで仕方なく、こどもながら取り返しのつかない事態が発生する予感を抑えられず、ほとんど濡れて滑りそうな手を離さないのがおかしいと思いつつ、悪夢に興じていた。 そのうち、験者の祈祷はやみ、あたりは水を打った静けさにつつまれたそうじゃ。やがて疲労困憊の相をあらわ足を引きずりながら歩み寄って伝えるに、邪霊の仕業でござります、相当昔からこの家に棲み憑いておりました、双子の兄妹を望んでおったとみえる、おのれの分身として都合よく乗り移ろうと計ったのでしょう、ところが御兄妹には入りこめなんだ、冥加と申すべきか、因縁、もしくは不幸と申すべきか、、、邪霊らしき禍いが解かれた様子はうかがえ安堵したものの何やら歯切れが悪い、当主は威厳を正して、だが半ば嘆願を擁しなじると、験者は眉間に深いしわを寄せ、あたかもそのしわに災禍が宿っているようなもの言いで、御兄妹はなんと申しますやら、格別の才覚を生まれもっています、そして赤子にもその才覚があるのです。気づかれませんでしか、かの異様な目つき、次子殿だけではなかったなずですぞ、邪霊はときを待っておったのでございます。血族の生誕によりちからは分担されましょう、そうでございます、次子殿が生まれ出た限り、御兄妹の紐帯であり、結束されたものに隙間が生じるのです。そこが邪霊の付け入るところ、しかし、次子殿とて、そうですとも、生まれたばかりだからこそ鋭敏な感覚を働かせたのでございます。と、ここまで験者は息も絶え絶えの態で話したのだったが、何とそのまま仰向けに倒れ死んでしまったのじゃ。これには一同、大慌てよ、当主や奥方、古次ら兄妹を眺める目つきにはすでにただならぬものがある、腰を抜かす輩もいれば、今にも逃げ出したい内心を必死でこらえている者すらおった。そんな最中にひとりだけ平静を保っていたのが、中左衛門というわけでな、その落ち着きぶりは忠義であったのかどうか、ことの次第は中左衛門である由縁には違いなかろうて、自ずとその旨を心得ていたとすればあっぱれよ。で、頓狂な声こそ上げる者はいなかったが、ほとんど皆ざわめきに紛れこんでは戦々恐々、そんななか毅然とこう言い放ったそうな。 とにかく部屋の様子を、それがしが見てまいりましょう、当主らの返答を待つか待たぬ間に素早く加持祈祷のなされていた奥の間に駆け込む。衆目の認めるところであったろうし、不穏な回答を固唾を呑んで待ち構えていた光景は古次の目に焼きついている。ときの経過を計る必要はなかった、必要なのは相も変わらず夢の波間に揺られているような、船酔いともつかぬ、忌まわし気で幽かで、至らなさみたいな感情を噛みしめることだった。 中左衛門の紫がかった唇からついて出た報せに驚愕しなかったのは、何も当主が、左様な、左様な、と繰り返すばかりで一向に自ら次子の無惨なすがたを確かめにゆこうとしない不甲斐なさではなく、どちらかといえば、まわりの者らの吐息さえ遮っている、澄みきった空気の仕業だと古次は述懐した。 赤子の首は落とされ、あたりは血の海であったそうじゃ。しかしどこを探してもその首は持ち去られた如く見つからず、これは験者の加持祈祷によるものか、それさえ定かでなかった。秘匿しようにもたちまちこの惨劇は広まってしまい、御上に届けられ沙汰待ちとなったのだが、詮議は事件同日に逐電してしもうた中左衛門へと向けられ、また高名であった験者の身分が明らかになるに従い、当主はかろうじて面目を保つことが出来た。とはいえ、卑しい身分であった験者などの言い草、いや、卑しいゆえに効をなしたのであろうかや、古次ら兄妹は絶縁、家屋敷から追放を余儀なくされた次第、まったくもって因果であるのやら、嘆くに嘆けん」 |
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