妖婆伝24 「日頃より無口なのは心得ておった。饒舌な阿可女と生き写しの面を持ちながら古次はこうも違う性向なのか、よろめいたわしをその腕で支えてくれたまではよし、が、秋波を送るよりもっとそつない哀し気なまなざしで、めぐる季節の情感を精一杯演じてみせても、異性に、いや他人に触れるのが忌避であるような気振り、冷淡な目線に忠実なもの言いで返される。かんざしでございますね、よく注意しておきましょう。礼儀正しさもここまで極まれば、さながら朽ちて傾いた板塀を整える如く白々しい、腕を離されただけなのに一歩も二歩も退かれた思いがしたわ。 しかし、ここで下がってはおしまいよ、すぐに真顔に戻り色香をさっと引きながら、無心で相手の目を見つめた。本当に無心であったか、それは自分では分からん、だが少なくとも邪念は取り払ったつもりじゃ、寡黙な古次には姑息な手は通じない、ならば弁明はいらん、もはや目論見なぞどうでもええ。 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、、、とやら。虚空を眺めているふうな視線は所詮空回りかや、故事は生きておるのか。一切合切捨てきれたのでない、菩薩が顕現したわけでもない、すべて無になってしまえば、なにも起こらんし、なにも始まらん、わしは永遠の静けさと縁がなかろうて、縁のなさが考えてもみなかった文句を口にさせたんじゃ、そうとしか思えん。 あろうことか算段において一番先に弾かれた愚直なうかがいが放たれた。古次さんは阿可女さんと兄妹なのでしょうか、とな。別に遠慮することでもなかろう、ただ新参者としての卑屈なこころが邪魔をしておったようじゃ、これだけ似ていれば誰だって口にしても仕方ない、そう仕方ない、古次の返答は面倒くさい、渋々といった調子で、はい、おっしゃる通りです、ことさら迷惑でないが、わかりきったことをまたぞろ持ち出されたというふうな面持ち、白々しさに加えて、こればかりは主従の立場から切り離され上位に臨んだと確信された嫌に低く明解な声色で、皆様はよくこう申されます、双子であろう。 ああ、日頃の煩悶やら、真理の探求めいた思惑がまたたく間に蒸発してしもうた。混乱と疑心で濁らせた浅き水たまりをな。で、景色の見通しがよくなったといわれたら、残念ながらそうじゃない、濁り水こそ体のよい隠れみの、臆病風の立てゆくさざ波に準じておる。要するに謎解きの看板を掲げることで不安を打ち消していたわけじゃ、焦眉の急でありながら地面の石ころを数えておるような薄ら寒い呑気さ、その場しのぎとも呼べん無邪気な発心、思えばこれまで似たような代償を重ねて来たわな。無心を軽く剥いただけでぼろが出た、底抜けに馬鹿くさい運命に対する好奇心、当然ひとりよがりの懊悩、毛が触れたくらいの痒さを痛みにすり替えては悦に入っておった。じゃで、たった今のうれしさはそんな空疎なからくりが吹き飛んでしまったよろこびに他ならん。たわいもない、、、 そうなると小夢を演じるのも投げだしかけない口調になって、いかにも関心あり気に、装うことを忘れた年増女のずけずけした問いかけに等しく、では双子なんですね、最初からそう見えますもの、いえ、訳ありなんてこと言いませんけど、同じ屋根の下に身を寄せてながらも、内弟子と下男ではねえ、、、あとを埋めるのは古次の役目であるよう下卑た余韻を忘れない。訳があるから身分の隔たりが生じているはずよ、ここで遠慮しておくのが人情、だが、わしの跳ねっ返りは悪意すらはらんでおらんのか、臆面もなく、古次の表情の変化を見つめていた。よそよそしく感じられた態度とて実はわしが過分につくりあげたのなら、相手の反応は自ずと明らかになろう。そうじゃ、困惑しつつも下男の身を嘆くよう事情を話し始めるのか、随門の命であるからとか適当な逃げ口上に至るのか、古次にとってはふたつの選択があるのだが、わしにしてみればひとつの方便があるのみ、無慈悲な好奇心の刃によって謎はさらけ出される。安寧を置き忘れた鞘と共にな。 覚悟と映ったのか、それならそれで微笑ましい、どちらにせよ、関心の的はわしの胸に収まっておるはず。たどたどしくてもかわまん、出来うる限り不幸な生い立ちを聞かせてもらいたいものよ、さもないとただの暇つぶしでしかないわ。確かに古次と阿可女は寸分違わぬ美貌を持ち、わしを魅了する、が、異性も同性も女体を通じてここまで知って来た、そう簡単に見た目の美しさで惑わされるのは心外、おまえの容姿は鏡に映えるだろうが、影に振幅は備わっておらず時間を知らん、わしの感覚が刺激されてようやく線になり、その線が震えることで十重二十重の輪郭を生み出し、ひかりを放つのじゃ。 あらかじめ用意され整った器量なぞ幻影よ、更なるまぼろし作りとあんたは言いたそうだが、わしは時間の翼に触れておる、かつてあった美貌を含め重層的な光景に出会う、その為に悲劇は細心の注意をはらって正統な綾を紡がねばならん。お分かりかや、ほんの立ち話、交情となる、よろこびは地面に転がっているのじゃ。古次には分かったろうて、理屈でないよ、わしの絶望が、、、おっとまえにも言ったわなあ、絶望するのだって馬力を要求される、夜が深まるから脆弱さを売りに出歩くのでない、意識は研ぎ澄まされ余分な脂肪がそぎ落とされることで身軽になって、神経に働きかけようぞ、眼ではとらえられんもの、そう、幽鬼の気配が迫り来れば理知は放擲され、美醜の判断は厳粛な無知に委ねられ、こみ上げる官能に守られて、切ない情趣に結ばれるのよ。恋心の彩りと伴走するのは紛れもない、哀しみじゃ。わしはその音色を好む。 ほんのわずかだけ萎縮した古次、早朝の冷気に身を縮めたというふうで、けれどもわしの気安い口ぶりが功を奏したのだろうか、低い受け答えから変調、若者らしい陽気で屈託のない一面を披露する。血色のよい唇から白い歯がのぞくと、朝陽のまぶしさにときめきを覚えてしもうたわ。 委細は語れませんが、わたしは罪を犯したのでございます、、、阿可女とわたしは師匠の裁定のもと斯様な境遇に甘んじているのです。と古次の言い様にためらいはない。なるほど、そう来たか、委曲は尽くせんが、随門の圧力は明快に知らしめておる、鮮やかな返答じゃ。兄妹間の咎とやら、空想の俎上に見事乗ってくれた、悲劇の幕開けにふさわしい、いずれはその顛末もうかがおう。ひとり合点、晴天に届けたい気分よ。 特に不審気な顔つきも見せぬ古次、なら憚りもなく続け様にごん随のゆえんも訊いてみる。噂好きの無粋なおなごと思われてもかまわん、だが、いくらかは遠慮した目つき、斜に下げまだ濃くはないおのれの影に問うよう。すると思いのほかあっさり、ええ、師匠の姪御にあたる方でしてゆくゆくは家元を継がれましょう、なんでも早くに両親を亡くしましたそうでここの最古参、御若く見えまするが。 これには得心と同時に少々驚いた、成りゆきで古次の年を尋ねてみたのじゃが、この香り立つような美青年はしっかりした雰囲気のせいか以外や大分わしと離れておる、ならば阿可女もかや、このふたりと比べてごん随はさほど年増とは思えんかった。年格好が似ているはずの阿可女はまだまだ妙齢、その年頃と大差ないと踏んでいたごん随はかなり年配、してやられた感を禁じ得なんだ。もっとも随門師にしてからその風貌老いを駆逐せん面構え、華道に専心する身はかくも若々しいのだろうか。なら阿可女は駆け出しかや、で、古次が口にした罪とは如何なる、、、疑心暗鬼から転じた好奇はするりと桃の皮が剥けるよう小気味よい手応えになった。今日はこれくらいにしておこう、深追いは禁物じゃ、まえの屋敷でもう懲り懲り、どこに探索の眼が光っておるかわからん。けども阿可女の美貌、古次に被さったとはいえ、やはりこころ惹かれているのか、としたらこの華やぎとまでは行かないがこざっぱりした気持ちは、、、そうようなあ、まるで夢の情事のあとさきみたいじゃ」 |
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