妖婆伝21


むき出しにされるべき情欲は何者かと取引を交わしたみたいにすまし顔であった。背徳と淫逸に彩られた小夢の境遇から目をそらすのは、絵空事だということを知り尽くしているような矛盾で成り立っており、それ故、割り切れない胸のうちに居座る影は赤みを帯びて、隠蔽されたものを羞恥に委ねていた。多少は心苦しく、何かの弾みによって空中分解してしまいそうな、弱々しくも大胆な思念を下敷きにして、、、自分の本心を見つめられないのでなく、その視線には歪みがあるのだと生真面目だが、とって付けたような口実を設けている。
列車を待ちくたびれた旅人が無聊を慰める為、辺りの草花を何気にむしったりする些細な歯痒さがあった。無頓着でいながら、途上にある焦りを軽減させる算段は、こうして旅情のふくらみの中にひっそり息づいて、ときおり新鮮な追い風が身を撫でてゆけば、そのこころは内側から針でやんわり突つかれるようなあくまで微弱な痛みを覚えるのだった。
峠を間近とするにもかかわらず、語りから抜け出てきた不逞の徒に足止めされているのが心地よい。しかし、この小さな秘密を面に出すわけにはいかなかった。夢が覚めてしまうのはつまらない。自分は今、夢を見ているのだ。寝言をもらしてしまう前にひたすら耳を澄ますとしよう。老婆の眼を覗くよりさき決意というほど芯は固くなかったが、おもむろに舟虫の横顔を見た。常に憂いと同居しているような冷たく美しい睫毛が静止している。瞬きを忘れてしまったのだろうか、、、

「ちっとは気分が落ち着いてのう、とは言うても休憩の折に見晴らした裾野や、夏の終わりを静かに告げている抜け切った末の空の深みに感じ入っておったわけでない、静かさを覚えたのは投げやりな心持ちが提案した妥協に過ぎん。いくらか景色もしみ入ったろうが、ほとんどその眺めがよみがえってこんところをみると、やはり引きずっていた不安に呑まれそうになるのを危ぶみ、その葛藤を経た意識が織りなした正絹じゃろうて。濾過される岩清水のように、不穏な境遇も時間が純化してくれるのじゃ。まあそうとでも思わんとやっておれんわな。
道中あれこれ巡ったなかで一番の妙案は、これからどうあれ、公暗和尚と随門師との繋がりにおいて、ようは隠匿なり保護だとしても、それはうわべの名分でしかなく、とてもじゃないけどよい展望が開けるとは思ってなかったからな、身売りでもされた傷心をなぞっていたのよ、ひとごとみたいに、すると面白いもんでな、どうあがいても不幸にさらわれてゆく道のりが、まるで脇道を早駆けするごとく先んじて見渡せ、どん底に手をついて跳ね上がったみたいな実感を得たんじゃ、そう、身もこころも。
愉快ではなかったけど気は紛れたわい。うなぎ時代からここまで実に変哲な生き様でやってきたわけだからのう、案外幸せなぞというものはこんなみすぼらしい空想のうちに芽生えるのかも知れん。だが、すでに出来上がっている、そうだねえ、浮世絵をまねて描いてみても最初は楽しいだろうけど、そのうちおのれの領分が逆に侵略されてしまったふうに感じてくるんじゃなかろうか。寸暇を惜しみ、手間ひまをかけ、精進した挙げ句に悟るのは先達の器量以外でしかない、模倣を修行と捉える向きもあろうが、わしには理解できん、写経もそうじゃ、もっともあの頃は文盲に近かったけど。
そんな馬力を出して何処へ行くのやら、、、天空を舞うのかい、それとも大地を徘徊するかのう、突風にあおられて居場所すらなくしてしまうのが関の山、で、わしの言いたいことはじゃ、生半可な空想ではいかんと、みすぼらしくともな、果たして空想に外見がありうるのかどうかは別にしても、とにかくこころの羽ばたきまで狭めるような、あるいは狭められる状況は打破せねばならん。たとえ侵蝕を免れない事実を想念として予期していても、その想念は同一でない、価値にこだわっているよう聞こえるだろうが、大事なのはそうでなく意義でもないわ、生まれ変わりの身分として傲慢であろうがこれだけは聞いて欲しい、如何にも自然をないがしろにした意志のもと挑んだ悪行であったけど、生命の自然な誕生と比較した場合、この意志はむろん重要な位置をなしておらず、かといって取り立てて下等な部類でもなかろう、誕生に善し悪しがあるなら、それは他者がそれぞれの思惑において勝手に決めつけているだけよ。想念のいわれも同じ、あらかじめ配備された仕掛けを滑り落ちてゆくしかないと嘆くなら、嘆けばよい。わしはそれを模倣と呼ばん、呼びたくないのじゃ、拒絶の態度こそ意想であり、出来上がりに対する挑戦よ。別にあんたの同意を求めておるんじゃないよ、これはわしによるわしの戦いだから、あんたや世間に声高に向かって訴える問題ではない、ああ、ついつい興奮してしもうた、勘弁じゃ。分かっておるとも、侵蝕も自然と歴史の一環だから。
さて、わしは最悪を推定しわい、もっとも半ば自虐の笑いを伴っておったがな。こうした設定じゃ、もろ助の死があぶりだした呪詛は、わしら河川に棲息していた一握りのみ知るところ、しかし、高僧と師匠やらがその秘密を嗅ぎつけていたならば、、、一理はありそうだわな。ただならぬ因縁があるからこそ春縁との関係に触れることなく、また駆け込みを決したわしの扱いにも慎重であった、そう解釈するなら自ずと奴らには目論見があっての裁断となろう。いやはや、恩人は舌先の渇かぬうちに敵方よ、それもふくよかな想像の産物、呆れるくらいの推量の道筋をたどるわ。
まだ見ぬ随門師の面影はわしの脳裡に浮き出ておった。公暗の知己とも配下ともその辺はよく分からないが、まったくの他人であろうはずはなし、目論見を共有する仲間とみなして間違いあるまい。そんな顔はすぐさま浮かび上がるわな。いや、容姿はどうでもええ、肝心なのはうなぎのうの字が、実物のくねった長さから寸断され、声として空間を伝わるのか、以心伝心に有無を言わさずもたらされるのか、いずれにせよ、押し殺したような雰囲気のかもす緊張に戦々恐々とした相手の顔色が待ち遠しかったわ。
随門師が黙念先生の呪詛を知っているとすれば、尚のこと事情は入り組んで来る。それとも先に話したようすべてがまやかしなのか。としたら、ただ単にわしの幻想に収斂するだけだろう、が、他者は絶対にそんな戯言で重い腰を上げたりしない、ここはひとつ確信であるという路線で行こう。
緊張はそのひりつきの快感を残し、あたかも昆虫が脱皮するごとく姿をくらました。ああ、そうとも半信半疑とはいえ、目の前でもろ助が頓死しておるのじゃ、迷妄であることに手を合わせたいくらいの怖れも残存して、ひりつきをより高次に仕上げてくれている。そして、わしの畏怖に間違いなければ、うの字を発するかも知れぬ随門師にも命の保証はない。痛快極まるところだがなあ、反対に一切そうした実情へ近づく素振りがなかったとしよう、あくまでこちらの出方を観察する腹づもり、息がつまりそうじゃ。なら、うの字の代わりにこう言ってやろうぞ。
長々と喋りだしそうな口ぶりをもって、おなごのしなをわざとらしく作り、わたしのお尻から出してみましょうか、お師匠さまの禍いと幸いとを、とな。面白半分、興醒めに至るわ」