妖婆伝11


「ふすまの向こうでわしの名を呼ぶ声がする。待ちわびておったとな、それはそうじゃて無論のこと、だがな、ただのひと恋しさでもなければ、ありきたりの肉欲に焦がれているのでもないわ、世にも奇天烈な逢瀬であるゆえにときめいておるのじゃ。わしは義姉でありながら、雄うなぎでありながら、妙と契ろうとしている。義妹はそんな秘密など微塵も知らぬ。知らぬが仏、お義姉さま、、、すぐさま返答をくれてやらぬのは怯みでない、無慈悲でない、ただ、その間合いを聞き入っただけのこと、そうさな、無垢なる犠牲に黙祷を捧げたのだろうて。
語気の弱まるのは道理、たおやかに吐く息を知ったうえで、はい、妙さん、どうぞお入りなさい、ちいと耳遠くなった振りしてみせるはひとり芝居、しずしずと浴衣の裾も夏の夜更け、白地に色づき鮮やかな桔梗をあしらった文様、その清楚な紫の見目、今夜の妙、はや秋口の風情を運んでほんに麗しい。こころの準備も万全かや、わしの気持ちはまだ揺らいでおるというのに。
いいえ、破瓜を決したことを躊躇してるのでなく、これまでの愛撫一辺倒から変化するだろう格式を算段し、少々浮ついたまでのこと、要するに雄の本性が踊り出いた場合、果たして義妹はどんな反応をしめすのやら。あくまでおなご、、、なぐさめの言葉はことわりでもあるはず、妙のからだは受け身としての矜持を保てばよし、ことさらの性戯は余興にならぬわ、それどころか同じおなごの裸体をどう扱う、扱うがすなわち貝合わせの道、くちづけはまねごとで済まされよう、愛撫もまた然り、けれど男女の絡みを模倣すれば、忽ちおののくであろうな、格式とは我ながら堅苦しい言い草を考案したものよ。
ともあれ、いくら懸念してみても始まらん、わしに出来ることといえばさっぱりとした面持ちを維持し、妙の気分をなるだけ楽にさせるくらい、あとは野となれ山となれ、儀礼の筋を外れるとき、自ずと答えに導かれようぞ。
さて一瞬の間がことの始まり。ひときわ無口な居ずまい、緊張には引いた様子、気づかいにはいぶかしそうでな、面は崩れん、その顔色いたって冷静、もちろん恥じらいは差し引いての勘定であるがのう。それよりわしが危惧した意想を汲んでいるのか、浴衣の襟を整えてみたり、後れ毛を撫でつける仕草、早う格式を恋うておるように映る。ならば御免と礼儀をただし夜具に横たわらせ、帯解くよりさきに熱きくちづけで、やや舌先も絡め柔らかな感触を満喫しようぞな。しかと抱いた両腕、まだまだ裸身には触れん、すると驚くなかれ、あんた、歓喜に包まれた表情豊かで、まるで流し目を送るよう傾いだ首にそって視線が宙にさまよう、そのさまよったさきに抱きつく具合でわしの背に両腕をまわした。これは今までなかった行為じゃ、抱擁じゃ、これで一気に興奮を覚えたわ。舌は唇からはみ出しその周辺を舐めまわす、ついでに上体をやや起こし、ぱたんと回転して妙に組み敷かれながら空いた手で帯をゆるめれば、再度転がり浴衣がはだける。あとは勢いでな、あれよあれよという間にもろ肌あらわ、すかさず乳房に顔を沈め、ぐいっと押し開く、だらしなく乱れた帯はそのまま、利き腕に野心をこめ裾をまくり上げ、片方の太ももに手を押し当てる。探り目線を送れば、湯殿の見知ったより、ふっくら、頑丈な両脚、我が身の華奢なつくりとは別様、どうにも、こうにも、くらくら興奮するばかりじゃ、かようなところに妙は息づく、わしの好みかや、この肉づきがすべてじゃ、愛おしい。なあ、妙さんや、、、これも言葉にできなんだ。
決して真っ裸にはせん、脱ぎ捨てられる運命ぎりぎりでまとわりつくような、健気でしおらしい趣き、いやがうえにも気分を盛り立たせよう。妙だけこんな姿にしておけんわ、じっと眼光を定めたままおのれの着物も同じ有り様、感極まって押し抱いたところついに互いの乳房が重なりあった。すると何とも言い難い感触、邪魔ものではなかろう、とかく張りはあるけれど我が身が増えたと思えば愉快千万、鏡に映じたふくよかなれど冷淡な様相でない。これが肉体の温かみじゃなあ、野方図な色欲もさることながらしきりに感心しては頬ずりし、両の乳首を交互に口にする。こそばゆいの、妙さん、、、こらえているのは瞭然だったが、どことなく身悶えしているのは単に胸の隆起だけを感知しておるわけでなさそうだわい、そう察したならたくしあげた裾をさらに広げ、いよいよ本格的に太ももの付け根へと指を強める。そうしてから、いきなりでは驚くに違いないの、膝のあたりから徐々に舌を這わせ、ああ、わしはうなぎじゃあ、やっぱりうなぎじゃあ、、、この動きに心得あり、潮の満ちる場所にはすぐさま向かわず、なだらかなふくらはぎを行ったり来たり、くねりにくねって肌に吸いついて離れない。下半身の神経は仕組みが異なるのかのう、一向にくすぐったい様子はみせん。ただ、湯殿では得られなかった快感に溺れそうになっているのだが、どうやらうなぎのぬめりが何処にたどり着くのか承知しているようで、いささか気後れもあろう、身悶えは恥じらいの動きぞや。
わしとて秘めた箇所を口にするのは初じゃ、ちなみに自ら試みたものの、よほど柔軟で曲芸じみた肉体の持ち主じゃなければ無理よな、かつてない生まれて始めての色事、これまでの指さき加減でよいのやら。わしはかつて殿方からたっぷりとなめられておる、襞の裏にじんわり、やがて脳天へと燃えさかる快楽は筆舌に尽くし難い。
あれこれ思惑をめぐらすより顔を埋めた。まだ潮の香はせぬ、あんっ、と手玉が転がったような声がし、同時に腰を左右して恥じ入る反応、それでも真珠の位置するまわりを懸命に、筆で撫でるごときにしておると、からだの奥からほむらの熱気、この唇よりあたたかでな、巧みに舌を使うておる意識もとろけてしまいそうじゃ。飴のゆっくり溶ける間にこの身もゆだねよう。妙の腰は落ち着きがなかったが、それとて花心に伝わる悦楽、両足を押し広げてみても嫌な素振りはしない、うっすらしたものがわしのよだれか、潮なのか定めることもせん、一途になめ尽くす、そして緩急自在に上下すると、この耳に届けられし嗚咽。
全身をくねらせ出したのは真の合図よ、妙の快感はわしの快感、いつ果てるともないことを切に願ってやまない、無償の奉仕こそ性愛の極地じゃろうか。しみじみと湧き出る情にほだされ、いつしかその渦中に埋没しておった。
妙の姿態に苦渋を見てとったとき、不意にそれまでの平穏が乱されたんじゃ。快楽の行く手、これより何を求めるというのやら、雄の本性として到達できぬ困惑かや、はたまた、おなごの性として今度はこの身をまさぐってもらいたいのやら、どちらともつかんし、どちらでもあるような気がしてのう、考えあぐねるよりさきに、こう言葉がついて出た。さあ、次は、わたしをね、、、そっと妙の上体を起こし、哀願するような、憐れみをこうような、しかし、眼の奥には針先にも似たひかりを秘め、瞬時にからだをかわし、あべこべの位置となる。いくら酔うたふうとてこれでは妙もはっと我に返えると思われよう、もはや儀礼の枠を越え出でた、同性の股間をなぐさめ合ってどうする、責められる側にあるは無上の悦び、だが愛撫するに欠落したものでは意味をなさない、まさか如意棒は想像で補い、体位だけでも学べとは申し難いわ。
有無を言わさぬ身のこなしであったにもかかわらず、あたまの中はあれこれ吟味しておった。すると抵抗も怪訝な振りもしめさないまま、妙は手習いに励む学童のごときもの言いで、同じようにすればよろしいのですか、なんとも殊勝な応答ではないか。どうやら額面通り受け入れているらしい、男女の交じりを、色事の格式を。間髪をいれず、そうですよ、さあ、わたしのも、、、妙の顔面に腰を落とす、にゅるっとした感触を覚え、うれしさと罪深さを思い知る。あとはよく真似るのだと言わんばかりに再び舌を伸ばし、儀礼の限りを尽くすべしと意をただせば、すでに潮の匂いが漂っており鳥肌が立つ。やがては満ちあふれようぞ、わしは女体を味わいつつ、自らを解放させた。
小夢のからだを、牛太郎の邪念を、小夢の亡魂を、牛太郎の分別を、小夢をくぐり抜ける精神の頑迷さを、牛太郎に降りかかるあらゆる火の粉を、、、混ざり合っては桃源郷とも無間地獄ともいい知れない、見果てぬ境地へ、旅立ちの装いで。
悪意ではなかったろうよ、破瓜の手立てよ、なにを隠そう、今は亡き大旦那の部屋から時代がかった大天狗の面をこっそり借用しておってな、ただいくらなんでも実用には不向きじゃのう、だって、あんた、あのぐっと反り返った鼻はぞっとするような陽物そのもので、借りに用いたとしたら妙のほとは壊れてしまうに違いないわ。もう少し小ぶりのを探してみたけど毒々しい代物ばかり、もうよい、格式を重んじているつもりが、ほんに滑稽な事態を招いてしもうとるではないか。人さし指と中指に愛をこめよう、わしの情念はいよいよ真打ちの到来を待っておった。
夏の夜、夢想は成就されようとしている、わしも妙も玉の汗、木綿の布団は決して裏切りはせん、この火照り、この熱気、この高ぶり、けれど夜具の一角にひやりとした肌触りがなかなか見当たらなかったように、無常もまた夜風を呼んではおらんかった、こころの隙間を吹きゆくことなく。
さて義妹の純潔を破ろうと決意し、潮の具合をいま一度確かめかけようとした刹那、思いもよらぬ注意を促された。お義姉さまは御存知でしたか、どうもさきほどから気に留めかけていたのですが、隣のふすまがちいと開いてはいませんか、そう言われて見れば、ほんのわずかだが闇を一条立てかけたふうな感じがせんでもない、どれどれ、肝心なところで詰まらぬ詮議、が、次の瞬間わしは総身冷水を浴びさせられた気がした。隣の部屋には満蔵が床をとっておるはずじゃ、夢見かや、確かにふすまは薄目でまぼろしを熟視していた」