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序章2 みつおの冒険


みつおは赤く染まったまぶたをそっと開いた。目覚めは変わらない。何が。世界もそう大きく変貌したと思わない実感。そう特に変わらない。あれから数日を経て職場にも復帰し、今日も又、特に何も変貌がないだろうと軽くまだたきをして誰にともなく、こうつぶやく。「夢は見ているほうがいい」体調を崩ししばらく仕事も休んで静養していた間、随分と奇妙な夢を見たような気がする。あいだまみつおとか言われてたなあ、作家になっていた。そこに座っていた。そして彼も又、夢の中にいた。
霧がかかった記憶の断片がやがて鮮明にある光景を浮かび上がらせる。

「富江さん、恋人は所詮、自分探しの踏み石だよ、いつかはさよならする」「そうかしら、結婚する場合もあるんじゃない、それに相手と一緒にいて心地よかったりする、ううん、それより何かがときめいているわ」「そのときめきもいつかは冷める」「それはそれでかまわないと思う、永遠なんてないもの」「そうだね、でも相手はどう受け止めるのだろう、時間を共有し触れ合いを楽しみ、やがては離れていく。まるで最初から決められたストーリーのように」「じゃ、どうなのよ!」富江は少し顔が上気した。「そのストーリーは決められているんだ、でも誰もがそんな定められたものとは思っていなし、思いたくもない、だから」「だから?」「だからストーリーを二人でしっかりと話し合うんだ、そして映画の主人公のように演出に添って、正確に演じる」「そんなの嘘くさくない、それに面倒だわ。第一、面白みにかける」「冷めた紅茶を平気で飲み干す、あきらめの方がよほど面白みに欠ける、それに富江さん、貴女は富江さんじゃない」「え、どういう事?」

今日はいい天気だ。おっ、いい色のパンスト履いてるねえ〜、え、そんなとこしか見ないって。そんなことないよ、他のところだってちゃんと見てますよ。へえ〜と彼女は微笑む。へえ〜と私も微笑み返す。
見つめる向こうには一枚の白紙がまるで屏風のように二人の距離を遮断している。とても薄い紙だけれど、けっして破れない。それにすぐ汚れる。春風がそよぎ、暖かな光が優しさをこめて降りそそぐと、辺りは痴呆的な陽気さに包まれていく。
そうそう、みつおって人知ってる?知らないなあ。嘘、貴方の後ろにいつもいるわよ。一瞬、寒気がしてそっと振返った。誰もいないよ。じゃ、みつは?それは僕だよ。ふ〜ん、それも嘘くさい。それはそうだよ、いつだって物語は謎めいている。帰らない日々を惜しもうとも、実は二度と戻らない事にこそ、夢見を託す情熱がとても醒めているように。