大いなる正午26 お伽話の中へ夢見るように忍んでゆこうと心構えは、木っ端微塵に粉砕された。酔歌の旋律は大きく乱調をきたし、昇の語る偶然というものに対して、確率的な神業を見い出すこと自体に罪はない、罪深いのはその裡に悪意を認めると云う怯懦である。先程からのめまいは定まることを知らなかった。そして終には、あまりに禁欲的な演舞にて静止する独楽の回転を想起させる大悟へと導かれた。あたかも敬虔な信徒が御前で跪く姿で、加也子は昇の下半身から顕現した露茎に手を延べようとしていた。未だ掲揚の本願に至らずも、海綿は祈りによって亀頭冠の大輪を発心させ、見性悟道は必然であった。 加也子の酒気を帯びた吐息が間近に接した頃、昇の本来面目が現前した。少しも遅疑せず介添えの左指先が触れるやいなや、熱帯果実を頬張る爽快さでもって本尊を口内に収めたのである。 この飼育された動物ような吸茎は、はからずも無自性の境地へと加也子を誘った。と云うのも、過去に於いてこれほど体感のない冷ややかな陰茎をかつて覚えた試しはなかったからであった。そして直感的に昇が尋常の生体ではない、何か朽ちた植物に近い形質であることに意識が傾斜すると俄に閃光が脳裡を走っていった。 この身体は死んでいる、、、左手を今度は右に持ち替え、しっかりと固定してその冷製肉棒を喰いつくす勢いで吸引してみる、、、やはり生体反応が感じられない、ただただ勃起しただけのものにすぎない、、、 おもむろに見上げた、その顔かたちは山下昇とは異なっていた。そこにある醒めたまなざしを持つ面は、みつおのものだった。弾き飛ばされんばかりの衝動で、加也子はうしろに身を引いてまじまじとみつおと判然した顔を見つめる。めまいは奇跡の中で停止していた。その替わりに魂がさらわれていく、、、これが前に言っていた円還なの、、、意識に靄がかかり始めたと思うと、渦潮にのみ込まれる具合で再び、ぜんまい仕掛けの技巧の中に巻かれていった、、、 気がつくといつの間にやら、ベッドに横たわっている。 ほんの少しだけ眠りに落ちていたようにも、長い間意識が遠のいていたようにも思えた。相変わらず穏やかな口振りで古賀から話しかけられて、ようやく本心を取り戻したと考えた刹那、高鳴る胸の鼓動はめくられる頁以前へと昂然と振動していった。自ら凶事に惑わされることを希求するのが、そこへと本然と立返るのが願望であるという、悩ましくもゆるぎのない意志に突き動かされるままに。 「三島さん、どうです気分の方は」 「どうしたんでょう私、あれから、、、」ゆっくりと半身をもたげて辺りの気配を窺うが、古賀以外に人の姿は見当たらず、いつもの平坦な静寂の空気がすべてを覆っている。 「山下さんはお帰りになったのですか、、、それに、、、」その加也子の言葉が発せられると同時に、こちらに眼差しを投げる古賀の表情が翻訳機械のように正確な回答を示した。そう、狡猾さを微塵にも態度に表さない、つまりは装飾されることによって中身は不快な感情の発露を包装されてしまう。非常に巧妙に意図された虚構は、現実とやらを確実に凌駕する。そして同時に言葉は失われ、虚空そのものに了解を見いだすのだった。絶妙な世渡りとは、そんな空疎な建造物に対し過剰な改装を施して見せる情熱であり、その情熱家自身が時折覗きこむ鏡面界である。まさしく寸分違わないと常に盲信する不動の美学を抱きつつ。「随分うなされてましたのよ、手足を動かしながら、、、悪い夢を見たのね、可哀想に。さあそろそろ昼食の時間ですから用意しますね」 身も心も吸い取り紙にすべて浸透していくように、ありのままを首肯するのは自棄に流される諦念を超越した達観といえよう。しかし、その直後に加也子はそのような解脱の世界などこの世には、永遠にありえないという徴候をまざまざと見せつけられることになった。それは、悪夢の始まりであり又、終焉でもあった。覚醒によって最期の扉が開かれようとしている。 食事前、洗面所へと赴く習慣は、加也子の身を操るようにして鏡の前に向わせた。しかし、そこに映じた人影は彼女ではなかった。貞子そのものだったのである。あらゆる感情に優先して激しい嘔吐を催すと、洗面台の上に激しく吐瀉物が叩きつけられた。そこに麺類の形状を確認するに及んで、加也子は見事に自分自身を喪失したのであった。 |
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