大いなる正午24 決して優れた表現力をもって露悪家が、毒気を吐くとは限らない。しかし、演壇に飾られた徒花は、やはり人を幻惑しつつ、その花弁を散らしてゆく。あたかも瘴気に冒された運命を愛おしむかのように。 開栓されたウイスキーは、まぼろしから目覚めた音を立ててグラスの底へと注がれ、琥珀色の充ちたりた表情を今一度、思い浮かべながら新たな漂流に身を委ねた。 加也子のめまいは、ぜんまい仕掛けに踊らされる玩具の要領で邪気のない反応となり、時間を換算し始める。夢の中へと舞い戻る経路を求めながら、、、そして、同時に失いつつ、、、 気がつくと唇から舌の上、口内に灼熱の茨が広がっていった。昇が讃えた乾杯の音頭も、古賀の了解を含んだ声色も、後から遅れて鼓膜に到達した。加也子は急流へと落ちた。そして奈落の酔歌が生まれたのである。 これは山下さんの復讐だわ、きっとそうに違いない、、、でも何故、すべてが加担するの、芝居の効果を上げる為に、、、そうすればどんなバロメーターの針が振り切れるというの、、、これは計測なの、、、何の、私の電波の、、、乱れた脳波の、、、それが復讐心を敢行するのに最良の意味を持つのね、、、わかったわ、喜劇でもって悲劇を償えばいいのでしょう、、、 瞬時にして加也子の歌声は、渇ききった荒野を湿潤地帯へと変貌させた。ウイスキーの棘が痛点を麻痺させ、溶かして甘露へと移ろいだからである。それは正面から銃を突きつけられ殺意に凍てつくも、心の片隅でどこか安全弁を保持した遊離する神経作用と似ていた。希望はいつも高慢であった、酔顔でも死顔でも。 そんな緊張が溶解してゆく戯れ事の旋律にのって、山下昇が語りだす。 「つくづく思えば、数奇な出会いでしたねえ、従姉妹である貞子さんとの一件もまるでドラマですよ。しかも、前編は物語として始まりでした、どこがねじれてこんな現在に到ったのか、僕自身にもよくわからない。映画出演はさすがに遠慮しました。貴女はよく奮起して出られたもんです。僕はあれから日々の中に戻っていったんですが、そこへ又、冒険旅行の同行が始まるとは、、、貴女も必死だったんでしょうね、僕は以外と面白かったんですよ、、あっ、そうだ、僕のことは置いといて、三島さんが知りたい秘密ですよね。どこからお話しましょうか、銃撃が起こった直後からがいいでしょう」 加夜子は火照った頭の芯がやや冷却されるのを感じながら、お伽噺に耳を傾ける遊び心を見失わないようにとどこかに言い聞かせた。 「みつおが撃たれ、次には貴女が倒れた、森田さんも背後から銃弾を受けました。赤いバーで出会った、天満と名乗る男や外人はインターポールの捜査官でした。特別任務で密かに探査していたわけです。僕は後からそういった事情を知らされたんですが、あの事件は非常に入り組んだ背景が絡み合っているので、簡単には説明できないんです。 三島さんは自分でもご存知のように、救急車でまず地元の病院に搬送されてから、ここに到るまで転々とされてきましたね。無傷だった僕はあの後、公安の幹部に連行され厳しい尋問を受けました。それから、そう無罪釈放というわけではないけど、、、すいません、この部分は機密事項なので、、、まずは貴女が一番、知りたいことを先にお話します。三島さんは重要参考人には違いありませんし、重傷の身で養生が必要なのですが、実は当局はですね、貴女がみつおとコンタクトを取り得たという事実を最も、重く見ているのです。それで、外部から遮断された幽閉状態の中にいるわけなんです、、、ここですか、ここはある施設の特別看護室と言うそうです、、、みつおですか、亡くなりました、森田さん、、、ええ、瀕死の際だったのですが、何とか息を甦らせたそうです、、、さっきですけどね、この部屋に向かう前に反対側の部屋で、森田さんの姿を見かけました、、、一瞬、人違いかと思いましたが、いいえ、森田さん本人でした。ここへ案内してくれた人から、聞かされたのです、森田梅男は生きているって、、、 ところがですよ、その案内人がそっと開けて見せてくれた光景に、僕は何度も目をこすりました、、、何度も何度も、、、そして言葉を失いました。だだ広い無機質な部屋のベットに半身を起こした包帯巻きの森田さんは、驚かないで下さい、何と床にいる一匹の猫とまるで会話するようにして頷いたり、声を出したりしてました、、、黄色い猫なんですが、変わってます、将校が被る軍帽をその猫は頭の上に乗せてました、、、ええ、猫ですか、ちゃんと猫らしい声で鳴いてましたよ、、、うるさいくらいに、、、 |
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