ねずみのチューザー41 「この里にも桜は咲くのだろうか」 付近を見回し、ふとそう口を突いてでたのが自分でも以外な響きに感じられた。真っ昼間からおくもの股間をなめつくし、ほとばしりが済んですぐの言葉だった。 「わたしにもよく分かりません。旦那様と同じではじめての里でございますから」 おくもが真実を言っているのかなど詮索する気は毛頭なかった。ただ、この環境に対しての疑念をおくもに問いかけてみることが今までなかったのは以外だと思い、どんな遠慮が働いているのか考えかけたとこで、やはり推量は断念するべきだとため息をついた。遠慮といえば、肉の交わりはより激しさを増し、昼夜に関わらず濃厚な情念を解き放っていたよ。 ふすまを開けたまま陽射しを浴びて裸をむさぼったのも、決して思いやりがないわけじゃなく、居るか居ないか分からない老夫婦に見せつけてやりたい気持ちが開放感へと結びつき、同時に籠絡の身が為せるせめてもの抵抗をおくもと共有したかったからなんだ。羞恥を捨ててない素振りは見せるけど、嫌がる顔などせず卑猥な体位にも応じてくれたし、廊下でのんびり茶をすすっていて、急にいちもつに触れて欲しいとねだったりした。春の訪れを待つ風趣で、堅くなったものを口内に含んでもらえるのは、土中に眠れる草木の目覚めより幸せかもね。茶の熱はおくもの口に残っていて、そのぬくもりの人肌とは異なる、しかし限りない生命の温感はまさに新緑の到来だ。 かくれんぼは最近ほとんど行なわれなかった。といってもどこかで秘密を探りたい希求はくすぶっていたんだろう、おくもと交わるところはいつも違う部屋だったり、時々畳のへりを爪でなぞったりしてみた。 「紅葉は素晴らしかったから、是非とも桜も見てみたいよ」 「わたしも見てみたいものです」 おくもの返答にはいつも無邪気な拒絶が植えつけられている。一々目くじらは立てないけど、水滴みたいな小さな悲しみが空中に舞っているような、涙とは別種の形態を想い浮かべた。こんなに肉体が交じり合い溶け込んでいるのに、現実にはどこへもたどり着けないやるせなさに辟易していた。いっそのこと僕とと一緒に脱走しよう、そう切り出せたら、、、しかし、それはこの隠れ里での夢遊病的な生活の終わりを告げることになるに違いない。目には見えない鋭い氷のような刃が僕を切り裂く。春爛漫はこうして限りなく先延ばしされる様相で、停滞し、微かな時計の秒針さえ耳に入らないよう狂った季節を装っていた。 僕はおくもに狂気を見い出していたんだ。それは合わせ鏡に寄り添う影そのものだった。病棟には手触りこそ冷たいがこころのこもった贈り物が届けられる。 「それなら僕が咲かせてあげよう」 「まあ、それは素敵でございます」 「いや君がこの世で一番素敵さ。だからもう少しこうしていよう」 自分でも意味が不明確になってゆくのを知りつつ、発した文句を何度も胸にこだまさせた。さっきの水滴が身近に迫ってくる幻影とともに涙腺がゆるみだし、取り繕うように苔子やもげ太、チューザーへの不満を並べ立ておくもの存在を讃えるつもりだったけれど、その裏では彼らをとても恋しがってる気持ちが払拭されず、増々僕は切り裂かれてしまったんだ。 とはいえ、この庭先には陽気な鬼神が隠れているんじゃないかと真面目に考えてしまうくらい平和だったよ。だから気を取り直しおくもにあれこれ他愛もないことまで言って聞かせた。意識は混濁していなかったから、同じいきさつや込み上げた感情をだぶらせてなかったみたいだが、話自体が堂々めぐりなのは我ながら興ざめだよな。 君も退屈してきたと思うので、先だって言っておいた急展開へ怒濤のごとく快進撃しよう。もっともすでに絵巻物はひも解かれているけどね。 おくもの瞳に中にかつてないひかりを知ったのは、きつねの面々の隅にチューザーの姿を見つけたあたりで、その続きを話しだすと更にそのひかりは、ちょうど点滅しながら近づいてくる未確認の光源のように、僕のすぐ側まで肉迫してきた。そしてついに掟が破られるのを、禁断の地が開拓されるのを実感すると、おくもはそれが特別な破顔であることを意識しているのか、 「それでチューザー様は何か言い残されましたのですか」 と、不気味なくらいにこやかに尋ねてきたんだよ。さすがに驚いたし、遠慮という意味合いは気遣いを遥かに越えた禁句で成り立っているのが分かっていたから、狂人が正気を取り戻すよりも震撼とさせたんだ。あたまのネジがいくつかゆるみだすのは楽しいようで怖いものさ。案の定おくもは堰を切ったみたいに饒舌になり、それまでの寡黙な姿勢は一気に蒸発してしまった。 「旦那様は寂しいのでございましょう。わたしが番犬でいることもつまらないのですね」 「そんなことはないさ。さっき言っただろう、君が一番素敵だって」 「チューザー様や闇姫様に会われたくはなのですか。どれほどわたしを誉めて頂いても、旦那様の語り口のあちらこちらには他の方々が宿っています。わたしは闇姫様のように変幻自在な術などあやつることは出来ません。夜伽だけしか能のない婢女なのでございます。正直に申してくださいませなど、口が裂けても言えませんが、旦那様はわたしの裸体しか愛しておりません。いいえ、そのよう仕向けるのが本来の務め、失言であるのは百も承知のうえなのです。巌の口重だけをよりどころと教えを受けてまいりましたけれど、旦那様の寂しさがこのおくもの身に伝染してしまったのでしょう、もうこれより先は言わせないで下さい」 はらはらと崩れゆくはかなさを僕は黙って受け止めるしかなかった。 |
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