ねずみのチューザー40 その日は一度の射精で済んでしまった。気分が乗らないというより、執拗に絡み合うことで以前の愛欲の沼にはまり込んでいくのを危惧したためだろう。それと、かくれんぼを終えたわけではなかったので、軽くなった下半身はなおさら計画の続行へ速やかに戻ろうとした。多分おくももそれなりの快感にひたれたのだと思う。「それじゃ、さっきの続きだ」と、軽快な口調でうながしたところ、黙ったままどんよりとした目で応えたのが演技とかでなく、まだからだの芯が痺れ余韻に犯されていると映ったからだった。 倦怠に支配されながらも残り火が忘れられない、そんなまなざしには敵意とは逆の親密なひかりがうかがえ、これはあながち誇大な言い様でないと感じたんだ。交わりにどれだけ満足したのかまでは分からないけど、ある程度の快楽はおくもにあたえられ、再びかくれんぼを求める態度になかば呆れつつも、無言で従うあたり、ひょっとしたら僕の思慮を見通しているのかも知れない。むろん看破されたとして楽観的にとらえるのは早計だし、第一そんな簡単に助勢が得られるはずもない。 とにかく僕はおくもを迷路に放つ素振りで、あらためてこの屋敷の不可解さを認めようと努めた。結果から言ったほうがいいだろう。そうだよ、畳のへりをじっくり調べてみたけどどこにも仕掛けなど発見できず、ましてや掛け軸ひとつ飾られてない殺風景な有様は僕の根気をたやすく削いでしまったのさ。天井だってにらむように視線を送ったし、欄間の相違も注意深く眺めてみた。廊下のどこかに抜け穴が設けられているんじゃないかと足もとにも神経を配り、あとは庭に出て辺りの様子をつぶさに観察するだけだったが、以外と広い敷地には期待通り凡庸な草木がまばらに茂るのみで池もなければ灯籠もない、実をなさない柿の木を見つめていると気抜けするばかりで、最初の閃きはものの見事に打ち砕かれてしまった。 そういうふうに出来上がっているかと妙に感心してしまう自分が情けなくもあり、空元気の素材を拾い集めている無為を痛感したよ。 だが、おくものからだは毎日欠かすことなく抱き続けた。かくれんぼ=探索の図式はほとんど崩れてしまい、根気というよりか性欲が勝手に一人歩きしている風情だった。完全に計画を放棄したのか問われてみれば、夜間には交情を持たなかったあたり、一縷の望みを捨てていなかったようだから、どこかで探査の目線は発せられていたんだろう。 かくれんぼ=交情の日々は虚しく過ぎていったと語りたいところだが、懸念した肉欲の虜に堕してしまったと白状したくなる胸中を察してくれないか。まったく変な義理を自ら設定しまったようで、救われているのはまさにこの設定なんだけど、どうみてもおくもの女陰を突き上げることに主眼が置かれているのは紛れもないよ。身のまわりの世話にしたってたいして雑作などかからず、飯の支度で顔を合わせたあとは決まってうしろから抱きつてみたり、着物の裾をまくりあげたり、これはもう立派なひひ爺に成り下がっていると顔を始終引きつらせながら苦笑でごまかしていたんだ。日毎の交わりは一度に限られていたから、突発的に後ろから突き立てることや、下半身だけ広げてもらって太ももに顔をはさみ込まれて悦にいってることなど、またある日は無造作に寝転んだうえからいろいろ秘技が繰り出されるに至って、からだの相性は掛け替えのない方向に流れていったよ。そして義理に縛られていた思考もなし崩し的に消えうせ、昼夜に限らず僕とおくもは乱れたのさ。夕餉には酒を決まって運ばせたから、随分といかがわしいまぐあいにも発展していた。 一向に報せを寄越さない苔子やもげ太、雲隠れしてしまったチューザー、この屋敷に残されたのはじいとばあだけで、彼らともふだん滅多に顔を合わせる機会もなくなっていた。僕の気持ちが婚儀で結ばれた苔子から自然に遠ざかってゆくのは、おくもが代理で居てくれるからなんだと、感謝がもっと上位に高まった頃、例の種牛理論も危うくなってきたんだ。春の気配が近づいてきて、それとなく温かさがこの身にも伝わる。おくもを抱いてから結構月日を経たにも関わらず、精をすべてなかに注入した効果が一切現われない。虚言だと頭から決めつけていた避妊の是非がここに来て、もはや判然とされてきたではないか。僕は非情の手段、と言っても大方泣き落としに近い腹を割って相手の意向を見定める決意をした。 「おくもさん、こうして僕とふたりで楽しいかい」 「はい、ずっとこのまま旦那様と、、、わたしの役目でございますから」 青空を仰ぎ見たあとの充足に似た、けれども笑みにはならない渇いた表情が切なかった。おくもが監視役だとしても、僕には逃走願望さえあやふやでこの先の展望など持ち合わせていない。だとすれば、懐柔するもされるも徒労に等しい、思いつきたままを口にしたほうが今後いつまで続くか知れない情況に歩み寄れるのではないか。例え思惑が筒抜けになってしまおうとも仕方がないし、悪あがきしてみたところで所詮解放にはほど遠い。 日がな一日おくもと過ごしているのだからと、これまでのいきさつも含め、決して整然とした言い様ではなかったけど(これは君に対しても同じだ)ぽつりぽつり喋りだしたのさ。気がつくと落ちている秋雨のように庭先を煙らしながら、おくもは顔色に変化を見せないのが身上だという趣きで話しにつき合ってくれた。ひと言も疑点をただすどころか、ただ黙って僕のせわしない気分を、まるで季節の推移にゆだねる野生の草花のごとく静かに、風雨への感情が消えいるかに耳を澄まし、ときおり目を細めたりしながらうなずき聞き入ってくれるのだった。 |
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