ねずみのチューザー36 日ごと寒気はつのりはじめ座敷の畳もひんやりした感触を通り越して、手のひらに尖った冷たさを残していった。冬支度で備えられた火鉢の暖に寄りそっていると、無為な生活も相変わらずと思われたけど、胸の奥には炭火と似た紅い火炎が消されることなく燃え続けている。 僕の生活は奇妙なほど静かに過ぎていったが、暗色の炭に炎を宿しているよう沈思黙考を怠らず時機を待っていたんだ。とはいえ、秋空の下でもくすぶるしか能がなく、半ば宿命とあきらめに傾斜していた身を省みれば、胸中はどうあれ実際には自分からすすんで幽閉の責めに甘んじてるとしか思えなかった。 例えばこの屋敷内を隈なく探査してみただろうか。もげ太らの言う金目教なり甲賀である虚偽を暴く行動を起こす試しがあっただろうか。つまるところ、妄言と退けたい一心で反対にことの真意から遠ざかるのみで、隠蔽された鉄壁に忠実な態度で臨んでいたにすぎない。思い返すまでもなく、僕は軽佻な素振りで楽観視を肯定していたから。籠絡の地位に妥協するには、こんな浮薄な神経が要求されたとでも弁解するつもりなら、部屋の散らかりを放置しておく怠慢となんら変わりはないよな。 季節に責務をゆだねるなんて適当な言い訳かも知れないけど、秋の深まりが冬に移行した現在、何かこう背筋が正され一条の光明に向かって邁進する決意がわきあがってきた。転倒した言い分にも聞こえるだろうが、火鉢にしがみついていた安楽の気分が情けなさを増大させ、一気に果断な心境へと転化したわけさ。 奇怪な儀式とはいえ、仮にも婚礼を行ない、あまつさえ僕の子種を宿した新婦はなしのつぶて、取り巻く環境もこれまで話してきた限り、いま可能性として開かれているのは、あるいはそう見届けてしまう迷妄なのか、兎に角おくもを通じてしか余された道はあり得ない。おくもを攻落するっていっても先だって話したはずだけど、中々よい方法が浮かんでこなかった。湯浴みにおいて思いきって交情へ持ち込む算段にしたところで、苔子との成りゆきがどこかで先行きを邪魔をしているのか、いつまで経っても背中を洗い流してもらうばかり、色情とは無縁の呆気ない日常に埋没してしまっている。 むろん時宜にかなった交情でないのは、例の第一問、補欠策におくもの使命が決定づけられているからであり、種牛としての僕は役割に縛られていた。ここで仮説が仮説でしかない、妄想が妄想でしかない、限界に直面し、補欠要員だと認めざるを得なかった僕の心境を察してほしいんだ。昔風に考えれば苔子が正室で、おくもが側室であってもかまわない気がするのだが、本山とやらの意向はどうも僕の憶測に合致しているようだ。考えてもみてくれ、この格式ばった待遇こそ、仮説を裏打ちする方便じゃないか。奴らは僕が記憶の断片を無くし、優柔不断に振る舞っている性分を洞見している。もっともそれすらが操作により試されているのなら万事休すだけど、とりあえず、最悪の事態を知らされてない以上、第一問から導かれた補欠ならびに慎重説をよりどころとして駒をすすめていこう。 おくもに欲情しなかったのかと言われれば、ないと答えるのは嘘になる。ここに連れてこられて以来、種牛と蔑んでみたところで自分なりには、女体をむさぼり精を吐き出す快楽は天にも昇る心地がしたし、婚儀にいたるまでの日々はまさに愛欲で充たされていたから、意識転換した今でも下半身にうずく血流はそう簡単に治まりはしないさ。 もげ太が念押しした、「決して忍耐などなさらぬようお願い申す」という意味がこれほど引っかかってくるとは思ってもみなかった。つまり、おくもに手をかけることは僕の品性や人格とかでなく、ある真偽が試され、更に穿てば監視の域から絶対に逃れられなくなってしまうんだ。いかなる理由でそこまで徹底した管理が施されるのかは残念ながら見通せない。 僕の煩悶はそうやって火鉢のなかに燃える炭のごとく絶えることがなかった。ところがある日、屋敷内探索の意想から飛び火するように、とても素晴らしい閃きが炎上したんだ。案はいたって児戯に等しいけど、領分はもちろん大人のそれさ。 炭火が灰に埋もれていくのをじっと眺めていたときだった。不意にかくれんぼという言葉が脳裏にどっしりのしかかった。さあ誰とかくれんぼするのというのだ。決まっている、おくもしかいない。だが、あの若さに似つかわしくない取り澄した娘が、いくら旦那様のいいつけであっても容易く了解するだろうか。補欠策によって交情は見送られているからこそ、児戯にまぎれておくもを攻落し、監視の眼をかく乱させ、この幽閉から脱出するために是が非でも彼女の協力を得なくてはならない。ことは慎重にそして大胆に遂行されるべきだ。もう説明は無用だろ、かくれんぼとは探索そのものだよ。おくもと交わる機は案外速やかに訪れるように思えてならない。何故ならこの閃きとともに、僕の股間もいきり立っていたからだ。 火花は燃えさかる。そして、あらゆる方向に飛び散る勢いを秘めている。闇姫が言い残していった、日向への憧憬もこうなると感慨深く、僕は戦国時代の合戦のさなかにおける血縁や男女の契りを想起させた。さながら信念と裏切りが渦巻きつつ、紅蓮の炎に包まれる城中を夢み、無常の果てに疾走する魂のゆくえを、、、 |
|||||||
|
|||||||