ねずみのチューザー27 すべる手すりなんてと思いながらも指は割れ目をなぞり、無為な射精に果てる瞬間を限りないものに高めてくれた。安っぽい感情だと知りつつ、存分に異性の魅惑を認めてしまったからには、一夜だけの恋もあり得るのだというふうに。 それから僕は出来る限りの愛撫をもって苔子の肉体を隅々まで探査し、敏感な手応えを覚え、ひたすら責め尽くしては体位を替え何度も交わった。いやらしくもうるおう「わたくしのほうが好きものかも知れませぬ」という言葉は薄っぺらい媚態にとどまるのでなく、あの激しい吸引をあとにほぼ受け身とまわり、苔子から積極的な技巧で弄ばれることはもうなかった。ただ身をくねらせては熱いささやきで、僕の興奮をなだめ、あるいは募らせ、執拗に秘部をなめつくしたときも、その潮の香と柑橘類が溶け混じったような匂いに溺れている忘我を讃えるべく、夜のしじまを破るよう嗚咽があげられるのだった。 どれだけ裸身が入り乱れていたのか数えられなくなった頃、僕は余裕の目線で苔子の肉体を観察してみた。 行灯の鈍いひかりがもどかしく感じる。白く優雅な曲線のなかに描かれた裸像はたっぷりと味わいつくしたつもりなのに、この手の残る感触はすでに遠く記憶の彼方に向かって放れ去ってゆくようで、いたたまれなくなり、すぐにでも全身で強く受け止めたい欲求に苛まれてしまう。だが、一呼吸もして焦心が落ち着いていまうと、つい今しがたの肌触りや肉感がよみがえってきて、ふくよかだけでない乳房の張りがやや垂直に抵抗しがたい熟れた加減や、へそから腰まわりにいたる肉づきが少女のそれではなく、くびれを残していながらも下腹に脂肪をたくわえているのが、ちょっとした動きのうちに艶やかに映り、正座したままの両腿にもなだらかでまるみのある柔肌は、薄明るさで膨張して見える。そして暗さによって仄かにしめされている小さな逆三角形をした恥毛の草むらは腿のつけ根で隠され、卑猥な感じを生じながらもどこか清楚な野草を想わせる。 かなり汗ばんでいたのは苔子も同様、夜目にも白いからだの表面に張りついた水滴は真夏の湿気を呼び戻し、毛穴にまわとりつくあの不快さを一歩手前で、そう、秋の乾燥した空気によって細やかな水晶に精製してしまい、尚のこと裸体をなめらかにしていた。 行灯は確かに明かりを失っているようだったよ。廊下に面した雨戸は閉められた様子がなかったので、容赦なく朝陽が差し込んできた。この季節の黎明は長く、そしてはかない。苔子との一夜は夏日の勢いで燃え盛ったとうなずいてみても、こうして夜が大地の反対側に退いていくのはやるせない気分だった。 苔子の黒目にも翳りから解放されている放心みたいなひかりがある。儀式はつつがなく終了したというのか。夕陽とは反対の気軽なくせに制圧的で朗らかな陽光がこうなると疎ましい。さすがにもう一度苔子に挑むのは断念されたけど、黎明にふさわしく彼女の肉体を愛でることが出来たのは有終の美に思えたんだ。 照度はいきなり増さないが座敷の隅まで明るみが及んでいる。裸身ばかりに見とれていた僕を揶揄するふうに苔子はにっこりと笑顔を作ったまま、姿勢を崩そうとはせずに無言を通してした。おそらく外はまぶしい秋晴れだろう。陽射しだって季節の情緒以前に能天気なくらい強烈に違いない。この座敷にいる限り僕のこころは悲哀にとらわれてゆくだけだ。「苔子さんも一緒に哀しんでくれよ」そう叫びだくなるのも、いまさら妙な笑みなんか浮かべているからじゃないか。「夜伽」の成果がこんな気持ちへと結ばれていくというしかないのなら、それは仕方ないかも知れない。それに、享楽の限りにひたっておいて虚しさを直ぐさま呼びつけるのも大人げないよな。どうしたんだ、すっかり骨抜きにされてしまったみたいじゃないか、そんなひとりごとを唱えてみれば、「どうしてそんな冷たい目をしているのですか」と、肌が触れあうまえにつぶやいた苔子の不審がとっさに脳裏へ返ってきた。それから多少の笑みもこぼれると嘆いていたことも。 僕は思考だけを逆まわしにして悦に入っていったのだろう。それが最適な方便だと信じ、たぎる性欲をコントロールしようと試みた。ところが夜明けに流れ去る感情はまるで最初の段取りとは正反対で、激流にのまれてしまい自分を完全に見失っている。精々手もとに取り残されたのは、どうせ奸計にはまるのなら悦楽のみを重視する気構えを持ち、あとは虚無を受容するという駆け引きの反故だった。なるほど無用の紙切れは残されたが、この執着心は疑うまでもなく苔子へ愛欲だけだ。 思い出せ、チューザーに連れられみかん園に行ったときの出来事を、、、あの見知らぬ母子から差し出された離縁状こそ反故されるべき代物であるはずなに、通行手形などと言い含められてしまい、うやむやなまま道中を続けた真意はどこにあったのだろう。 そのときだった。朝陽を浴びて居たたまれなくなった座敷の明るみが嘘のようにもとの薄闇へ戻ってしまった。理由はすぐに判明したよ。廊下の雨戸が閉められたんだ。あのぎこち悪くもありさり気ない音は記憶の倉庫にしまってあったから、すぐに分かった。それに、じいとばあが極々ありふれた顔で、 「たいそうくたびれたでございましょう。雨戸を閉めておきましたのであとはごゆるりとおやすみくだされ」そう言って、盆にのせたにぎりめしと椀を持ってきた。 いたずらにしては不可解とかしげるところ、何て光景だ、僕は確かこどもの時分、日曜の昼ひなかに家人のいないことを幸いに雨戸を引いては真昼の暗黒を楽しんでいた、あの不気味な追想が鮮やかに描きだされる。だから、これはちっとも不可解なじゃない場面じゃない。君にもそろそろ読めてきたはずだ。ああ、陽は当分昇らないだろうって、、、 |
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