ねずみのチューザー22


それは座敷へ届けられた障子に透ける夕陽だった。少女の肌にしめされた残照は僕を自由にした。薄地にのぞく柔肌にとらわれたには違いないだろうが、肉体に太陽の証を見つけた限り、突発的で一過性の欲情では収まりの効かない高揚に襲われてしまったんだ。湯煙はそんな胸中をさり気なく曖昧にする。だから一層自由になれた。
からだの隅々といったけど石鹸泡は僕の腹部から垂れてきたもので、まだ下半身そのものに苔子の手が触れたわけではない。胸から腹のあたりで躊躇いが見られる様子もなかった。きっと次は太ももに手がかかると思っていた僕は、生地の薄さによって染みこんでゆく襦袢に見とれていたから、別段その先への感覚に敏感になってはおらず、むしろもっと能動的な肉欲につき動かされそうだった。少女の胸にへばりついた生地はほとんど水着の加減で、その豊満な乳房を薄皮のように包みこんでいる。まして白地ゆえの幸いか、桜桃のような弾ける赤みを秘めた乳首もしっかり浮かびあがって、鮮烈な印象をあたえながら刹那、紅白は反転し女体が血染めにかがやく光景もよぎりさえしたよ。こうなれば妖艶な肢体が包み隠されているのは間違いないだろう、どうして今まで気がつかなかったのだろうって、狐狸にたぶらかされているのを承知していたはずなのに、朦朧と過ぎ行く気配に隠匿していたのは僕自身、諦観やらの産湯とはき違えるどころか進んで意気を沈めこんでしまった仇なんだ。苔子は顔のつくりこそ小娘の瑞々しさに形とられているが、実際にからだつきをうかがえば未成年なのやら、童顔にすぎないだけなのやらよく判じられない。笑みをあらわにしない態度は人見知りからくるというより冷徹な陰をひそませていたし、口数の少なさも隙をつかれない護身に思われてくる。
「苔子さん、もしかして、、、」
僕の欲情と共に噴出した理性は当然ながら見事に均衡をなくしてしまった。たぶん問いかけなど蚊が鳴くほども声にならなかったろう。へそに生暖かいものを感じた矢先、僕の股間はくすぐられるような気分に圧倒され、顔先には哀訴へと堕ちてかかっている切ない苔子の表情が迫っていた。
お互いが吐く息もかかるほど近づいたにもかかわらず、視線のひかりを的確に定めることはどう委曲を尽くしても難しい。きっと僕の目も似たふうな色合いに傾いていたと思う。だって、苔子の内情はどうあれ立場的には攻める側にいたわけで、僕はすべてが無防備なうちに快感へと連れ去られてしまったから。
手ぬぐいでさわるのが作法に則っていないと判断したのだろうか、それともこれが最適な慰めと、あえて野に咲く花を手折る心情で接してくれたのだろうか。手つきはもはや入浴に付随する行為から逸脱してしまい、くつろぎのひとときは完全に消えうせて、燃えさかる炎に接近するばかり、掌で揺さぶられるものは最初の数秒だけ驚きに戸惑ったけど、それからは脳髄まで直撃する快楽に身を押しとどめておくのも不可能で、根元からきつくいきり立ってしまっている棒先から精が噴き出すのも仕方のないことだった。ほんのわずかだったよ。石鹸のすべりもあって、苔子の指先は固定されたまま技巧を弄するまでもなく、いとも簡単に絶頂へと導いてくれた。下半身全体が虚脱しかけたとき、ここで何が起こっているのか疑ってみたいような、天の邪鬼な心根も出かかったが、それより間近にまみえる苔子の唇をかすめることを一心に願いながら結局未遂に終わり、果ててしまったんだ。
自分でも信じられないくらいの勢いで精は飛び散った。本当いっぱい出た。乳首が透けているあたりに付着しているのも瞭然で、頬やらあごやら眉毛にも痕跡はあって、束ねられた黒髪にも僕の液が認められたのには、ある意味こっちが攻める側であったのかと妙に感心したよ。
放出後は無心に近かたっけど、湯上がりまでの情景は網膜に焼きついている。それから苔子は股間に湯をかかてくれ、乱発射してしまった精を手ぬぐいでそっとふき取ると、さっきよりもっと顔を寄せて僕の耳元にこうささやいた。
「今宵、あなた様の床にまいります。不都合ならばどうぞ就寝のままにて」
返す言葉をのどにつまらせながら、ほとんど反射的に彼女を抱きしめようと腰を浮かしてしまったんだけど、両腕は肩さきにかかったものの、つかまえられずにそのままするりと輪が抜けていくみたいに身をかわされた。そうなんだ、今宵と明言しているじゃないか、ここで慌ててどうする。苔子の素早い動作に驚嘆しつつ、わずかだけど僕の両腕は女体の輪郭をかすめていた。
立ち上がりこの場から退くとき、無言のままで眉根によせたものが、困惑なのか、期待なのか、哀しみなのか判別出来ないなか、やはり湯気をなぞったのかと内心ほくそ笑んだその訳は襦袢を透して見知ったより更に、総身成熟した芳香をまとっていたからさ。僕は考え直した。強引に呼んだんじゃない、夢は向こうからやってくるとね。
叶わぬ夢を嘆く必要もないし、苔子も含め僕をとりまいている情況をにらんでみても仕方ない。決して気持ちが整理されたとかじゃなかったけど、苔子のささやきが吐息となりまだ耳に残っているような気がして、その一途な情動をかけがえのない証とする為に僕は湯煙を相手に、自らもう一度快感にひたってみた。