ねずみのチューザー21 白襦袢姿の苔子は見ようにもよるが、決してなめまかしい雰囲気でたたずんでいるわけでもなく、もとの無表情な面に帰っていたこともあって、どちらかといえば巫女を想わせる粛然とした容色に支配されていた。それは湯船に浸かっている僕が丸裸であることを差し引いたうえでの順当な見解だけどもね。 すると、意識は本来劇的な方向へ突き進むべきはずのところ、さっきもいったように僕の湯煙と向こうの冷気はあくまで緩やかに交わっていあったから、激しい高ぶりは抑止されていた。だからこそ、苔子から立ちのぼる香りに秩然たる匂いが感じられたに違いない。こんな説明の仕方だと僕らの間に、まるで儀式めいた要素が存立してるといわれそうだけど、それもまんざら無理もないことだよ。苔子はもげもげ太の姪だというし、これは一族にとっての歓待のあらわれだとすれば、その先に繋がる結果もおおよそ予測できるじゃないか。僕が考えている以上の振る舞いは情欲に堕する質だろうから、つまらない下心は持つべきでなく、社交ダンスに興じる気分で相手の出方を察すればいい。 とはいえ苔子から「湯から上がってください」って、ささやきにも似た口調で乞われたときにはさすがに勢いよく湯船をまたぐわけにもいかず、つまり手ぬぐいもなにも持ってなかったので自然と下半身だってさらしてしまうし、けっこう気合いがいるだろう、素手で局部を隠しながらなんていう格好もあべこべに妙な具合になるなんて考えていると、なにやら気まずくなってしまうばかりだったから、懇願でもする目つきになっている自分を痛感してしまい、そっと苔子の顔を盗み見てしまったんだ。 早くも少女に先手を打たれ、その気色ばむ様子のない態度に屈してしまった僕は、社交ダンスどころではく、汗ばむ手に気をとらわれ狼狽する呈でまごついていたわけだけど、苔子の抑制されている心得が嫌というほど分かりかけると同時に、次は別の意味で自分が恥ずかしくなってきた。その意味を悟られるのも心外だったので僕は素早く、背中を木戸に向ける姿勢で横向きに湯船をまたぎ出て、いい案配で床に置いてあった木の腰掛けに座りこんだんだ。こうすればとりあえず全身をさらすこともない。背面に目があるとかの達人や超人にはまったく及ばず、僕の背中は案じたより鈍感だったみたいでようやく一安心したわけ。その間に一切口をきくことはなかった。耳を澄ますまでもなく、桶が湯を汲む音がしんみりと聞こえてくると、右肩にほどよい力が添えられ石鹸の匂いが背後から漂ってきた。垢こすりみたいにゴシゴシ擦っているわけじゃなかったし、かといって肌をなでつけている加減でもなったので徐々に苔子の手つきに慣れてきて、背を向けていることも加勢したのか、またまた冷静さを取り戻したというと聞こえは良いけれど、正直なところ不純な成分が石鹸で洗われたのだろう、純情なまっさらな欲望が鎌首をもたげだしてきた。 一通り背や腕を流し終えたその先はどの向きへ移るのだろう。まさか、くるりと反転して胸やら腹まで洗ってくれるというのか。苔子の平然とした口ぶりに対し鼓動はますます激しくなる。肉体が触れあうかも知れない望みをとらえる興奮がすでに訪れてしまっている。桶から注がれる湯も滑らかに背中を流れていったから、これで終了だと思った僕は「ありがとう、あとは自分で」と、言いかけて口をつぐんでしまったんだ。 言うより早く苔子は「ではまえを向いてください。遠慮などなさらずに」、駅の売店なんかで若い売り子が素早く品ものと釣り銭を手渡す場面さえ彷彿とさせる、事務的な態度でそう申し出る。 面映さもこうなれば、湯船で火照った肌から立ちのぼる熱気にまぎれこんでしまい、言われるがままに石鹸のぬめりも手伝って腰掛けのうえを反転し全身をさらした。まるで恥じらう処女みたいな言い様に聞こえるだろうけど、この屋敷の門で初めて少女を目にしたときから紅葉の反射とは違った明るみにほだされ、軽い会釈のうちにとどまる感情を緩めていたようだし、何よりその緩められた安全弁の在り処を黙殺しかけた仇が今こうやって、逆転しかかっている。 口調とはうらはらに苔子はさきほど見せた微笑とは異なる目つきをしていた。僕が裸であることをどこかで有利に感じているのか、もしくは少女である身を誇らし気に認めているのか、年齢差などまったく意味をなさない永遠の性差だけが抽出され、裸身と白襦袢、その一枚の隔たりに守られるようにした距離が僕の髄液を妖しく培養する。少女は確実に羽ばたいていた。脱皮したての蝶が草地をもの珍しくひらひらと飛んでいる。秋の空は季節の転倒を許し、紅葉の色調に目配せでもするように笑みを投げかけていた。 僕の目はどこにそよげばいいのやら、思慮するまでもなくゆらゆらと幻影のごとくにある苔子の表情を見つめる以外ない。 胸に手ぬぐいが触れた瞬間にはもう開き直りに似た落ち着きを覚えて、複雑な層から浮かびあがるとばかりに考えていた笑みがそれほど重力に抵抗せず、ごくありきたりで幼稚な、そして健気であることが垣間見えてきて、僕の肌を優しくこすっている手つきと表情が不可分だと知れだす頃には、妙な気分は離れさってしまっていた。過剰な色香は訪れたのでなく、僕が強引に呼び寄せたんだ。湯煙は自在に立ちこめていたよ。これまでの緊張が解けだした理由は少女の所作には集約されない、、、 苔子は僕のからだの隅々まで洗い流してくれた。とても丁寧なちから加減で、予期していたけど下半身に石鹸の泡が被り、さながら陰毛が白雲で隠れだしても僕は平常だった。もう見られているんじゃないという意識が働いてきて、少女の顔をぼんやりと眺めてたから。けれども、ふと目線が首すじから肩になだれるように落ち、返り湯を浴びている胸元へとたどり着いたとき、襦袢の生地が極めて薄いことに気づいてしまい、そこに透ける肌に目は吸い寄せられてしまったんだ。 |
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