まんだら第四篇〜虚空のスキャット8


「驚かれたみたいですが、その少女の件はそれくらいで今は取り急ぐわけじゃないですけど、いえ別に時間がないとかそうではなくて、息子さんも関わった事実もわかりましたし、何よりあなた自身も恥辱から抜け出せないご様子と見えてしまいますので、そうなるとこう言っては失礼ながらまるで懺悔を聞いているようで少々耳が痛くもありまして、磯野さんだって、切り出しとしてその辺の事情からお話されたのでしょう。だとすればわたしも偶然ながらそこのところを綿密に掘り下げてみたいのは山々なのですが、わたしの場合はあくまでも確認作業としてその後で瞑想を行ったわけなのです。それが結果かどうかはこれもまだ予断できませんけど、あなたも決断された、、、いやこれは夢想でしょうか、ともかく能動的に近い方法だったと思うわけですが、お話しの夜の川の場面に行きつくのです。当然そのときの意識が、いえ無意識なのかも、、、これはわたしの氏名も含めてある符号を示していると云う結果を生み出しました。しかし、磯野さんも先程おっしゃられたように、少年時の記憶装置が自動処理的な判断を下して、更には三好荘で目に留めたペナントから受けた印象を拡大して、ご自分でもわたしを訪問する以前に色々と下調べしておられるではないですか。つまり申し上げたいことはこうです、磯野さんとわたしの不可思議な能力がどこかで結びついた結果が、現在あなたの抱いている疑問に直接お応えしていると導くのは早急でして、確かにご存知の如くわたしは超常現象などと研究しておりますけど、すべてを神秘一筋で解明させようなどいつも考えてはいないのです。あなたのとられた演繹的な立場があくまで科学的もしくは常識的であるのと同じく、わたしの立場も闇雲に現実から逃避することを一番の方便とは認めていませんから、、、
そこで、これはわたしの意見なのですけれど符号とかが嗅がせる直感かつロマンはひとまず脇に置き、と云いましてもそれらは無視出来ない可能性を秘めてますけど、、、これはあなたにとっての問題であることがそもそもですので、これからお話させていただく姿勢と云いますか態度ですね、そこはある程度透徹した学術主義を援用して行きたいのです。何もわたしに限ったことではありません、磯野さんご本人が学者じゃありませんか。その上で未知なるもの、まあこの言い方自体に語弊がまとわりつくみたいに聞こえますが、どうしても了解項として一致を見ないもの、心理的要因にさせ糸口を見出せないもの、そう云った曖昧な領域でしか窺い知れない何かを感じたときに、わたしなりの見解を述べさせていただきたいのです。ええ、もちろん磯野さんの専門分野を総動員して頂くこともお願いします。
わたしはね、長い間ほんとうに不遇だったのです。もっとも自分勝手な解釈にこだわり過ぎた天罰みたなものなのですけど、、、だからこそ、こうした縁を慎重に扱いたいわけなのです。とりあえず一方的な意見を述べましたけれど、おそらくあなただって神秘主義者の陥りやすい仕掛けはご存知なはず、、、あっ、そうですか、そう言って下さるのはとてもこころ強くもあり、さすがだと敬服してしまいます。いえいえ、心底そう感じたままです。どうしてこの場でご機嫌をとる必要があるのでしょうか。
さあ、では手短かにわたしからひとつの提案がありますのでよろしいですか。お話しから察しますところあなたはわたしの妹、はい美代に関することです、ああ、そんなに恐縮されますとかえってわたしが困惑してしまいます、いいのです、あなたの知りたい謎の一部はそこにあるのを決して不快な思いで受け止めていませんし、方法的にもそこから始めるのが理にかなっていると信じているからなのです。
そう、事件の最後から進めていこうじゃありませんか。あっ、金田一耕助って知ってますよね、はい探偵小説の、映画、、、そうです、そうです、映画でもそうなんですけど、大団円を向かえる間際になると決まって金田一探偵は、事件現場とは一見深い縁故のなさそうな土地へと足を運ぶのですが、そこで必ず今回の一連の事件の鍵になるものを持ち帰って来ます。だったら最初とは言わないけど、ある程度の段階で早々にそうすればこと足りると思うのは素人ならでは、、、しかしそれは所詮フィクションの世界に於いてです。
もうお分かりでしょう、わたしはあなたの疑念やら、悔恨やら、尊厳やら、感情やらの一切合切を謎解く探偵と自分自身を今ほぼ同一視しているのですよ。いいえ、冗談でも悪ふざけでもありません、そうでなければどうして身内による事件でもあった美代のことから始めなくてはならないのでしょう。そうですか、いきなりこんな言い方も確かに妙ですもの、いやあ、ごもっともです。では、こう繋ぎを差し出しましょう、磯野さん、あなたは近いうちに美代と会うことになるはずです。これは予言なんかじゃありません、申し上げたはずです。学術主義を援用させましょうと、そうなるとあなたは探偵であるわたしとは別な角度で、そうまったく異なる角度で実地調査に携わることになります。では、質問をどうぞ」