まんだら第二篇〜月と少年7 晃一の舞台は、こうして予想外だった比呂美の出現によって早々と崩壊しはじめた。もっとも、崩れだしたのは外壁であって、中心部に宿った暗室の天蓋は淡く差しこむ月光の親和をもって受け入れた。 数年まえまではこの三好の家で育った比呂美は、後日、運ばれてきた自分の荷物をひもといてしまうと、こうやって細々した手伝いや調理をこなしているのが、ずっと以前からでもあったような錯覚を晃一にあたえていった。 それはまた、身近を遊泳する禁断の人魚でもあった。これは大げさでなない、中肉中背に見られた彼女のからだつきは、夏着の軽装によって随分と違った香る圧迫を示しだし、その張りきった胸元からくびれた腰つきが階段を昇降するたびに、悩ましげに内股がこすれあう様に、魅入ってしまうのだった。 古い民家を改造しただけの室内はところによって、ほの暗い空間を時のうしろに残したまま人気を待ちわびている。 そんな薄明るさは、比呂美の肌の白さを吸いこんで増々照度を上げ、ときには細いひと筋のひもが鎖骨にそって両肩を滑りゆくまま素肌をあらわにしている浅葱色の服装を、隠微なものに仕立てあげるのだった。 ほとんど納戸になっている部屋に、普段は使わない大皿を取りに入った晃一は、何やら片づけをしていた比呂美のその浮きあがった柔肌、ちょうど深く切り下げられた胸の谷間に米粒ほどのほくろを見つけ、 「あっ、居たんですか。えーと、藍塗りの魚の絵柄のお皿ってどこにあるかわかりますか」 いかにも忙しい素振りで、動揺している心中をまぎらわせるように呟やくと、 「これのことかなあ、団体さん用の二皿ね、鯉がはねている模様が書いてあったと思うの、、、」 そうして、記憶をさぐるまでもなくめぼしい棚の奥を探って、土色になりかけの箱の両手で抱え、 「悪いけど、これ取り出してくれる、わっ、ほこりかぶっちゃって」 ふっ、と息を吹きかける仕草をしてみたのだけれど、すぐに塵が舞うのが懸念されたのか、 「うん、畳のうえに置いて」 と言って、晃一を促したとき、彼はもう一度まじまじと白州に据えられたような黒点に目がいってしまった。 大皿のふたを開けてみるまでのほんの束の間だったが、彼には部屋中が軋んで淀んだ空気がぶれ動いたふうに感じられ、あきらかにその時間は実際よりも長かった。 ほこりがゆっくりと積もっていくような狭いところでは、意中も伝わりやすいのか、晃一の視線に偶然以上のものを察知した比呂美は、 「やだ、ほくろー、恥ずかしいわ、目立つでしょ。何か段々と大きくなるの。とっちゃおうかなって思ったんだけどね、知り合いに聞いたら、それは賢女の徴だからって言うもんだから、わたしもその気になってたんだけど、結局出戻りしたっちゃし、占いなんて当てにならないわね」 ほくそ笑みを浮かべると、すでに開かれている胸の右側の端を更に掻きおろした。 そうして確か真ん中と思われたところより、やや右の部分にあらためて見いだされたけれど、それを凌いで気がかりになったのは、浅葱色のなかには何も着けていないのか、乳首までは覗けてないもののふくよかな胸の隆起が、部屋の陰りにくぐもることなく顕然と晃一の瞳に押しよせている事態であった。 「もっと大きくなったら、邪魔かもね」 声色になまめかしい余韻はないにしろ、これほど近くまで比呂美に接したことのなかった晃一は、ゆっくりと顔をあげるのもためらい気味に、相手の目を凝視するまで至らず、しかし、内側に折れ曲がってくいこんでしまう想念が斥力とともにもたげ始め拮抗するさなか、再び性急なまばたきの裡になぞったのは、帰省の折印象深かった小鼻の端から頬のかけて点綴するふきでものだった。 一点の艶やかなほくろより、その肌荒れがとても卑猥に映じたのである。 |
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