まんだら第二篇〜月と少年8 晃一の儀式はこのまち赴いてからその夜、再開された。いや、儀式などの形式ばった天井を吹き破った、無礼講による解剖室の祭典と呼んだほうが実質に近い。 ならいっそはっきりと「自慰」と言えばよいものだが、少年には少年の曲がりなりにも美学が息づいていた。むろん独断的な美学ではあるのだけど、性衝動を対峙する姿勢には、単に欲情を抑制するだけの禁欲精神では不十分であり、肝要は性欲の対象といかに関わりあうかと云う命題に集約された。 それは、色欲による意識の変遷などと云った、官能小説における心理分析とは態度が異なる、もっと科学よりの自己解剖だった。 あの納戸部屋から大皿二枚を抱えて厨房へ戻った晃一は、そこで初めて箱から出された藍色の陶器と対面した。 「昔からここは旅籠だったこともあって、これは、なんでも戦争前からこの家にあったらしくてな、無銘の焼きだが、見てみろや、この鯉のなんともいえない跳ね具合、それと何も怖れていないうっとりした目ん玉、こう云うのが生き生きしてるってことなんだろうな、、、」 三好は年に一度使用しするかしないかの大皿の絵柄を調理台に乗せると、蔵出しされた祭具にでも見立てたふうに、しみじみとながめながらどこか遠いところを懐かしんでいるような表情で、ひとり言ともつかない声でそう言った。 晃一は儀式の最中にその言葉が、とぎれとぎれに、又少し語彙が差し替えられ、だが結ばれる意味は決して明白でない、それは徐々に高まってゆく快感により蒙昧とした霧にさらわれだした意識の乱れを受容しかけた、次元の異なる言語作用であり、肉感以前のまだ耽溺にいたらない不器用な夢想への導入部だった。 握りしめた掌は弾みがつきはじめ往復が激しくなるに従って、整頓された言葉は水気を含んで紙のように溶けだし滲み始めると、語感もおぼつかない混濁した想念が無作為に、時には強引に脳裏の片隅から呼び戻しながら、ところかまわず飛来してゆく。 絵皿の目は、まさに宙へと跳ねあがって、己の恍惚があふれる源はは眼窩へと貫いていることを思い知ることとなる。 それから性急なまでに追い立てられ濃縮される断片図は、変容の度合いも不安定なまま、白熱を帯びた女体像へ思いめぐらすと、様々な角度から照らしだしては、反対に翳りで覆わせつつ糜爛した恥部をかいま見せ、更には局所から周辺へと満ちゆく潮の如く、肉塊が、陰毛が、くちびるが、睫毛が、鼻孔が、或いはふぞろいな乳首が首筋へと連なる様子が、欲情によって還元され不確かなうちにも、ある特定の面貌を形成しようと躍起になる、、、 抵抗することなく引き受けられる、横顔、長い髪、白い肌、ゆれるまなざし、尊厳さえ漂わす色香、なめらかさを想起させることで乱れを強調する荒れた素肌、、、比呂美の顔、、、得体の知れない微笑から覗かす唾液に濡れた歯、、、梨花子との乾いたふれあい、否、怯懦で乾ききっていたゆえの無骨な覚悟、、、可能性さえ覚束なかった隔絶した性欲の対象、、、間を置いから押し寄せる後悔の念とあらたに陵辱が入り混じった攻撃的な偽装の本能、、、 しかし、何ものにもまして確実に陶酔を約束するそんなうしろめたい情欲を晃一は信頼していた。背中に注視を浴びながら舞台から消えゆくときに押し寄せる余韻のように。 夢想の輪郭は浮上しかけたかと思えば、今度は虚実ないまぜになった様々な首がそれにとって替ってしまい、ぐるぐる水しぶきをあげながら旋回するモーターボートみたいに視点を抑えることの至難さを投げつけているかと云えば、そうではなく、却って回転する独楽を見つめるときに生じるあの澄んだ情動にも似て、何色かの色合いが高速により単一の、しかし風化したような、液化したような、純然たる化学反応の悦楽となって生体へ一直線に打ち響いて来るのだった。 巻き戻される映像、、、パンティがいかがわしい手つきでゆっくりと脱がされるときの、そうやってあらわになる黒い茂りようの、自由になった剥き身が開かれる際の、あらゆる欲望がその一瞬に収斂されるかの狂おしい閃光は、幾度となく繰り返すことで、まるで金打ちされる刀剣から飛び散ってゆく、熱く冷たい火花となって過剰な目くらましをあたえ続けるのだ。反復される残像こそが最もの刺激となる。 引き下ろされるパンティはこうして無限の日めくりと化し、晃一に至福の白夜を過ごさせた。 |
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