まんだら第二篇〜月と少年20 晃一のこころに明滅し続けている照り返しが、思いあまってのどの奥から放出されたからなのか、もしくは、その波間に消え去る永遠の真珠のきらめきを感じとったからなのだろうか、少なくとも簡単な裏付けのままに<事実>の確証を得た富江にしてみれば、深入りと形容されても言い逃れが出来ないこのひと月であったはずであった。 実際に目を細めまぶしい具合で見つられるがわとなれば、また、少年時の年上女性に対するあこがれは一般通念に裏打ちされるまでもなく、野性的な趣味として十全に富江の子宮にまで伝わり、何ら拒否する名目が見当たらないのを幸いに、その好意をすべて受け入れるつもりであった。 肉親に咎めがあったにせよ、一切は不問にし、ただ自分とは多少の相違はあっても、その背伸びした姿勢の気炎に共通項を感じられるからなのか、、、 富江は年長ということもあって、自分の領域には触れないまま巧みに相手の心中を忖度した。 第三者から傍観すると、一方的な質問攻めにさえ映り兼ねない様子に近かったのだけれど、晃一の若さは繁茂した草木が身を持てあまし、それを見かねた富江に草刈りをしてもらっていると云った感覚にさえ萌え盛り、もはや彼女を疑る条件などこの地上からは見いだすことが不可能であった。 そんな有様だから、あれほど慎重に扱われた童貞への拘泥さえも、過ぎ去ったときの向う岸と云うより、もはや自分では関知しない他人事のように思い返される。もっとも意想の変移は特技とも呼べる性質ではあったが、愛欲と性欲が不可分である現在では、随分と屁理屈をこねまわして来た経緯は記憶から消えてゆくべき類いとして歯牙にもかけなかった。 あの東京での梨花子とのくちづけさえも今では思いかえすこともない。だが、この夏を擦過していった比呂美への禁止された欲情の高揚と、その矢先にまるでお膳立てしてもらったような上戸麻菜との初体験は沈める古城となって、鮮烈な記憶を祭り上げるため、ときおり城門が勢いよく、あるときは冷静に開かれるのであった。 富江はそうした彼の心意を察するとばかりに、三好の家のことなども含め一切合切、聞き出してしまいそうな勢いで、 「でもよかったじゃない。そんな薄暗い部屋なんかで、お色気の出戻りさんとしょっちゅう顔合わせてたら、終いには妙なことになってたかもね」 「確かにその通り、もう臨界点を越えそうだったから。森田さんからの誘いがなかったらおそらく何らかのアプローチをおこしていたと思うよ」 「それでその飲み会の夜にやったっていうのは結構いけるわ。本当にうろ覚えなの、さっきから聞いてても肝心なと記憶が飛んでるとか言って、しっかり順序よく整理してみてよ、居酒屋出てスナックに行ってからの意識があやふやなのね、そこを出てからどうやって帰ったのかも、、、」 どうたぐり寄せてみても失われた思考は晃一は断片的な光景として、所々をかいま見せることしか無理だった。焼けこげた配線の回路を伝いやがて故障への烙印を押されるとでも云った調子なのだが、これは機械の故障ではない、記憶の裁断なのだ。すべてを順序よく再編するまでもなく、一番肝心な箇所、つまりは初めて裸の女体に重なった際の感触や、ぎこちなく済まされたであろう射精までの情況を呼び覚まさないと、初体験と云う人生一度の想い出が無効になってしまう。 富江から注意を受けるまでもなく、晃一にとってそれは鮮やかな色調で甦るべき属性でならなければならない、、、まさか今更、上戸麻菜本人に尋ねることも出来ないし、森田はあれから数日後、出張先で何でも駐車場で猫を轢き殺してしまい、かいつまんでしか話してもらえなかったが、過失にしろ酷く無惨な傷跡に苛まれているようでそれ以来、思うところあってを自らを律しているとのこと、いつの日か宿命的な事態への備えに対してなど、どうにも今はこの方からも詳細は得れそうにもない。 お膳立てと云えば確かに泥酔した自分と麻菜を妊婦の好子の車で送らせて、麻菜の部屋まで付き添うよう促したのは覚えているし、部屋のなかにふたりして倒れこむようにて入った途端に、好子の車がその場から走り去る音が響いていったも、それで不審と緊張によってお互い顔を見合わせたことも知っている。 ただ、その部屋の灯りは消されたままだったので、麻菜のどんぐり目がさぞかし大きく見開かれたさまを想像することはあっても実際には確認出来なかったのである。 靴は脱いだと思われるが服まではどうだったのか、、、それよりどちらから歩みより相手の背に腕をまわしたのだろう、、、前戯として麻菜のはだかをまさぐった覚えがない、勃起した感覚さえあやふやなのだから。 結局、性交渉が実際だと想起出来る場面は、 「じゃ、きれいにしてあげる」 というさきほどまでの声色とは違ったやわらかな口調とともに、下半身があらわになったままの晃一の陰茎をすっぽりと口中に含みながら、その時間の経過がカーテンの向こうからもれてくる街灯のわずかの明かりに滲みだしてしまったよう、いつまでも、いつまでも、夜に支配し続けられている快感が局部を通じるより、眠りに落ち入るきわに似た、緊張が緩和される快楽を約束してくれていることにあった。 |
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