まんだら第二篇〜月と少年19 振り返っても、そぐそこに届きそうなくらいの距離しか持たないと感じさせる夏日に、まだ惜別を情をはらませる理由が見つからないのはおそらく、その時間への配慮が瑞々しさの気持ちに包みこまれてしまっていて、あえて刻一刻この身に知らしめる必要を回避しているからなのだろうか。 秋日和は天空に渇きながら、しかしまだまだ森林の濃い緑は保有する湿り気に覆われていることで却って鮮明さを醸し出すよう、そんな息吹で支配している。さながら淡い恋ごころを涙で確信的な情感へと高まらせると云ったふうに、、、そう、あらかじめ失われているひとときをつかみとる為に、反対に自分からそれらを囲繞する為にも。 おだやかな波のリズムのようにして風は幾度となくレース越しに、あるいは何のさまたげなく部屋へと運ばれた。 涼風によって造形されたかの微笑と共に、富江が差しだして見せたふたりを収めた携帯画像が、一葉の写真に思えるのもこの秋風がもたらした錯覚だとするなら、やはりときの過ぎゆきはこの気持ちのなかで川面の夕映えのごとく輝いているのだろう、、、 川の流れの照りは目に優しさをあたえてくれる。そのわけは言うまでもなく、流下する光の粒子たちが過去と未来、そしていまの瞬間をせつなく同居させて見せようと懸命に努めているからである。 無論のこと晃一は、富江の笑みを慈しみ、こころの底から情熱をくみ上げ季節の裡に、、、いや季節の推移をも忘れさせるくらいこの夕映えをとどめ置きたかった。 だが、彼は光の粒が水面に散らばるように、川底にも光明が浸透している模様を想像する。それは浮上することのない明るさではあったが、忘れ去ることが出来ない想い出と同じく、決して晃一のなかから逃れることのない花影に似た性質のものであった。すでに旭日と夕日は溶けあっていた。そして月影へと想いは知らぬ間に流されているのだった。 もし運命の番人がこのふたりを見守っているなら、彼らの衣服をもう一度脱がせてお互いのからだを結びつけながらため息まじりに、こうつぶやくに違いない。 「もっと肌と肌を密着させておくべきだ。間隙をさがすのがやっかいな程に、、、そうすれば、多少の邪魔が入り込んでみても簡単には引き離されはしない、、、」 晃一の胸裡に富江以外の異性が潜んでいる事実は、とりもなおさず彼自身を燦然と輝かせる光源であったし、たとえ内密にしようと努めるまでもなく、富江からからだを合わせているさなかに、 「ねえ、それでその始めての子どうだったの。いいのよ隠したりしなくたって、わたし気にしないから」 と思いがけない拍子で秘事のふたがひろげられてしまい、馬鹿正直にことの次第を話してみるほうが、相手に対しても純情であることを強調するようにも思われ、また自分にとってみても誇示されるものは、その意気込みの手前で抑制され殊勝さをまとうことによって、独白を上位に高めることで落ちつきが良くなるはずだったからである。手鏡のなかに富江の顔も一緒に並ばせると云った具合に。 そして、晃一の思惑に呼応するとでもいうように、今度は彼女から更に確証を抱かせるふたりしての撮影が行なわれた。ふとした勢いで写されたのだけでは説明の出来ない、目には見えない運命がその引き金を弾かせただろう瞬間が、来るべき運命を動かし始めた。 運命の番人には、そんな不自然さに宿る暗黒の意志が見通せるため、彼らが出会って名前を口にし(晃一の)、それから東京出身であることなどを聞かされた折の富江の反応をも踏まえたうえで、ことの成りゆきへと必要以上の吐息がもらされるのだ。 この町には珍しい<磯野>と云う姓、直感が適中するのを、眼前に危難が迫っているのになす術を持たない、それどころか進んで逼迫した嵐の裡に飛び込んでしまいそうな奇態な威厳、、、一年前の夏、帰郷する列車で遭遇した人物に結びつけられるまぎれもない予感は、一体富江を何処に向かわせようとしているのか。 |
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