まんだら 第一篇〜記憶の町へ7 夜空にひらく炎塵、一瞬のまばたきの裡におさまる華麗な滅亡に、こころ奪われ放心でこうべを上げたままの人もいれば、まつりの催しの一角に臨んでいることが、何か総合的な意気高揚に結びついていて、別段こころして花火のうつくしさやはかなさにとらわれる必要もないと、ちょうど花園を散策ことが心地よいのであって、ひとつひとつの花びらをたんねんに吟味して立ち会うまでもあるまいと云った、そんな感覚、、、裸電球の下の屋台らが夜目にものめずらしく、色合いの度合いでいけば金魚すくいや、綿菓子、お面に、風船、たこやき、やきそば、などの夜店がけばけばしくかもしだす、一種独特のきな臭さのほうが、ひと夏の喧噪をより魅惑の一夜に仕立て上げている。 上戸麻菜は初めてデパートの屋上に連れてこられたおさなごのような紅潮した笑みで、たこ焼きをうれしそうにほおばると、いつくかまだ残したままの手元を微動だにせず、さきにある焼きそばの屋台に執心している様子だった。 久しぶりに帰省し高校時代の友達と連れだって港まつりにくり出したのだが、ついこの間までの煩わしい恋愛を早く忘れ去ってしまいたい一心も手伝い、こうやって無邪気に買い食いしてみると、しみじみと気持ちが晴れるように思えた。決して空高く彩る花火に関心を示さない訳ではなかった。 今しがた買った焼きそばを片手に次はよく冷えたビールをと、見目にも涼しさを呼ぶ氷水がはられた浅い水槽のなかから一番冷たそうな缶を選び出そうとした時、ひんやりした冷水の感触に何か言いようのない観念が想起されたのだったが、それが実体をあらわにしようとした途端に缶ビールをしっかりつかみとり、いかにも飲酒によってこれから軽い酔いを覚えるだろうと云う予感が、現在の思考をあいまいにさせてしまう効果を準備しているようで、結局、今は深く思い悩むよりかは何にも拘束されない自由な意思を尊重するための手応えでもあった。 「ごめん、焼きそば持っててくれない」 そう連れの後輩だった青井好子に声をかけると、財布から小銭をとりだし店の人に手渡し、さっそくビールをごくりと喉に流し入れた。 「一気に飲んじゃうわ、何か喉が乾いた」 そう言ってごくごくと缶を傾けて飲みほしはじめたのだが、その格好が見せる、そうことに視線において特徴的な上目つかいのわずかに痴呆を演じているような、視点があらぬところに貼付けられた空洞の両の目は、隙だらけで無防備そのものだった。 しかし、その定置されたからっぽの眼球に、ごくありふれた光景が映し出され、しかも何が印象的なのやらかいもく見当もつかないほどに普通で平凡な、親子の影が、、、父親と幼い娘と云う構図が、今度は反対に明確に言い表わせる現像として脳裏に焼きつけれた。すると突然、閃光のように強烈な想いが願望となって浮上してくる。 「やっぱり子供はいいなあ、わたしも出来れば女の子が欲しい」 振り払いたい以前の色恋の翳りにもそんな願いは潜んでいたと思うけど、こうやって如何にも人ごととして目の当りにすると、それは不思議なもので、理想やあこがれは決して都合よく降ってわいてこないのと同じく、仮にドラマや映画などに描かれる顛末に惹かれてみたところで、所詮は絵空事の世界、それよりは今しがた前を横切っていったあの親子がかすかに漂わせていた、はにかみと素っ気のなさが、実際には血のつながりを現実的に有無を言わせずに物語ってくれている。 麻菜にとっては些細なひとこまだったけれども、素晴らしい文章に出会った時に書物にしおりをはさみこむような小躍りした感動だったのかも知れなかった。親子の姿はすでに視界から失われていた。 杉山周三はあれこれ欲しがる娘を、途中ではぐれてしまった妻に委ねて、まだ今日は一滴もたしなんでない酒を、こころおきなく味わいたかった。もちろん、若い女性が通りすがりの自分らに、そんな想いを抱いたなどとは露にも知るよしもない。 |
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