青い影6 それは夕餉の会席というよりは、しめやかな儀式の神妙な雰囲気に支配されていた。何かに対する礼拝を互いに黙認しているとでもいった機密性を奥底に宿しているかのような。 酒類はいっさい席上に運ばれてはない、皆言葉を交すことなく兵糧をしっかり補給し、まるで戦陣へと赴く将兵の厳粛な空気が漲るばかりであった。 梅男はそんな厳かな緊張に包まれ箸も進まず、願うのはひたすらに酒とぐっとあおって喉に流し入れ、臓腑にしみ入るような熱い刺激が欲しかったのだった。それは祭祀には欠かせない神酒ではないか、景気づけでもあり、血脈の団結へのより濃厚な確信へと結ばれるはずである。影山はじめ関係者には、祝祭の高揚する気性が欠落しているのだろうか、それとも修験者のあの禁欲の彼方に映ずる心身合一への収斂こそすべてだと、深く感得しているのか。 何れにせよ梅男は、そのマージナルに仕儀に従うしかなかった。 見れば花野は、獰猛な野猿の如くに山盛り茶碗をひっつかみ、飯粒を弾き飛ばしながら大口を開けてかき込んでいる。燃料タンクを満杯にせんとばかりの品性など微塵も持ち合わせない、見苦しいまでに明解な姿はある意味、神々しくもあり、思わず息を飲んだ。これは貪欲などではない、厳粛な空間にあって、モノクロの無声映画の活劇を見ているような錯覚をもたらし、と同時に充電されゆく花野の身体は極彩色のイリュージョンに輝き出す。 生命の深淵などに見いだされるものではない、今ここにそのものが荒ぶれ存在している。日頃より色欲を謳歌し、非難中傷にも「いいじゃない〜」の一言で、飄々とすり抜けるこの男こそ、すでに境界を遥かに越え出ているに違いない、欲望はひとつの高みへとステージが上がり、超越的な聖性を纏った化身となりうつせみに降臨していく。 梅男はまた独り残されたようで胸中に寂寞を覚えたが、どこか清々しい感触もわき上がってくるのが不思議であった。 リハーサル3回を経て今、本番の合図が出された。 「失礼します」襖の向こうから明瞭な声をかけ、女客のくつろぐ室内へと静かに歩を進める梅男。 浴衣姿に少し膝をくずして座り、視線を投げかけるなつみ。 「あら、わざわざすいませんですこと、いえね、先程いただいた川魚がね、とても美味しくて何かとても気持ちが晴れやかになりましたの、それでどの方がこしらえになったのか、ちょっと興味が」 女の放つ色香に思わず戸惑い「恐れ入ります。山女魚です、季節には早いのですが、この辺ではぼちぼち獲れるのでして」なつみは笑みを浮かべ「まあ、どうです、さあこれも旅情ですから」と食卓のに置かれた徳利をと杯を梅男に差し出す。「いえいえ、わたしはまだ仕事の片付けがありまして」「あら、もう調理は終わられたのですわね、じゃよろしいじゃないですか、おひとつ」すでに酔いが進んでいるのか、やや強引に杯を受けさせようとする。あまりに拒んでは失礼かと「では、ほんの形ほどで」なつみの酌で酒が注がれる。遠慮勝ちながらこういうものはお神酒と同じとばかり一気に飲みほす。梅男は口中に激しいアルコール臭が広がり、喉が気分なのか焼けるような気がして、先のリハの時点では徳利の中身は水だったのに、本番では本物なのか。これも演出効果を高める為だろうかと、複雑な感心を覚えた。「さ、もひとつ、どうぞ」実際にも酒を渇望していた、言われるままに更に杯をあおる。喉元にやはり熱を帯びる。これは日本酒じゃない、泡盛のような度数のきついものだ。どうしてこんなお酒を、、、 と思う間に素早く酔いが巡っていく。なつみは伏せ目がちに妖し気な表情で浴衣の裾をゆっくりとまくり上げていった。 えっ、これは筋書きにはない、ここで「わたしはこれで」と退席するはずだ。目の前では白くまぶしい太ももがあらわになって、更に前をはだけると黒々としたものが飛び込んできた。 「さあ、こっちに、もっと近くに」艶かしい声色でそう囁く。 「か、監督これは一体、、、」梅男は何が何やらわけがわからなくなって、カメラの方に向かってはっきり声にならないうめきを上げた。 すると、影山は大きく張り上げ呼応した「これがハプニングなんだ!意外性だよ、そのままでいい、君はもう逃れられない、演技はここまでだ、美は乱調にあり!後はなつみ君にまかせればいい、そのまま従うんだ」 突然の号令のような影山の声と、なつみの淫らにはだけた下半身に梅男は、頭の中が真っ白になっていった。 |
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