暗殺の夜1 山下昇はいつかの夢見の中にいた(779夜歩く参照) 夜の天幕に繰り広げられる美しくも哀切に彩られた、ハルマゲドンを想起させる天空の攻防戦が今ここで始まろうとしている。夢に終わりはない。 夜空を見上げていた昇の脇に見知らぬ年かさの男の陰が忍びより話しかけた。驚きの表情で振り向く昇を優しい目でじっと見つめながら。 「そのまま、そう落ち着いて、上空の超絶な光景に比べればわしの存在なんぞ、大したことはないそうじゃろ。これからわしが話すこととよく聞ききなさい、まずは耳を澄ますことが大事なんじゃよ」 男は穏やかな口調でそう言うと一気に、今夜の集合場面の詳細や参加する人物、そしてあの忌まわしき殺戮から我が身に降り掛った去勢の悲劇に到る幕切れまでを、昇に諭すように淡々と語り伝えたのである。「どうかね、お前さんはこれから目覚めの後、予定通りに宴席へと向かうんじゃよ」 彼は今夢の途中にあり現世とは別の場所にいる、人と集う予定などまるで意識にもなければ、どうほじくり返してみても記憶のかけらも見当たらない。睡眠時とはそういうものである。しかし、男の伝える一連の血で血を洗う壮絶な展開には身震いを覚えた、例えまどろみが映しだした幻影としても。 「いいかな、回避するべきなんじゃよ、お前さんの為にも、世界にとってもな」 「どうやればいいと言うのですか、僕にはよく分かりません」昇は現実的な思考を巡らせていた。「それでは僕が出席しなければどうでしょう、そうすれば惨劇は起こらない」 すると男は先程までの穏やかな話しぶりから、急に声を荒立て「耳を澄ませと言うたのが分からんのかっ、よく考えろと言う事じゃ、いいか仮にお前が欠席しようが、あの板石掲子という女は突拍子もない発言をし姿を消すだろう、それにみつおと呼ばれる男は知ったかぶりで皆を3階へと導く事になる、そして謎と不可思議はとてつもない事態へと発展するのじゃ、今、天上で繰り広げられる終末と同じ意味あいのな」 「では、一体僕は何をすればいいのですか、教えて下さい」 「それはお前自身で考えるべき問題なんじゃよ、決して誰も答えは持っていないし、与えてはくれない。ただこれだけは間違いなかろう、お前さんの手で悲劇を発生させないようにする事じゃ、知人や先輩らを殺し己は去勢される、嫌じゃろうて、手段はよく考えるのだ、そして行動せよ、いいな飽くまで冷静にな」 夜空では一触即発の状況下、そこにいきなり陰のように現れ想像を絶する悪夢以上の予言を吐く見知らぬ男。 「あなたは誰なんです、どこから来たんですか、僕の味方なんですね」昇は居たたまれなくなった。 「わしは夜の支配人と呼ばれておる、わしの事は理解出来まい、そうさなお前さんを守護しているのか、地獄へと引きづり込もうとしているのかはここでは分かるまい。いずれ分かるじゃろ、お前さん次第だけどな。ほれあれを見なさい」 男の指差す上空東に一点の明かりが明滅しながら、こちらに向かって来るのが見える。「あれは夜間ドクターヘリというてな、夢から夢へ時には現世へと飛んでゆく救急隊なんじゃ、今宵の銃撃に倒れた人々を救出しようとお前さんより早く天がけていったわ。もう覚悟はよいな、行くしかないんじゃよ」 刹那、昇は目が覚めた。これは二度目の目覚めなのか。こめかみ辺りが痛む。だが、土産を携え帰郷した旅人の鞄の中と同じように、脳裏にはしっかりと男の予言の言葉が刻みこまれていた、そしてじっと耳を澄ますのであった。 |
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