残身3 「恐縮ながら、本状の封書の面に大きく注意書きさせて頂きましたように、同封の中身は是非ともこの手紙を最後までお読みになってからご覧になられるよう伏してお願い申し上げます。お時間をとらせることは百も承知の上での嘆願でございます、これはどう致しましてもそのよう順を追って頂かないわけにはまいりません。 なにゆえと思われるでしょうが、兎にも角にもそう手順を踏むことで誤謬のない了解を深め真実を読み取ってもらいたい一心なのでありまして、私の文面などより今だ未開封の包装を解きたいお気持ち、忙中あらばこそお察し致しますが、私は貴方様の一流の映像作家たる矜持に直訴する心積もりをもって、重ねてご了承して頂ければと切に請う次第なのです。僭越な言い方ですけれど映画にも脚本にも起承転結がございますように、この世の時の流れもドラマに似たような因果と連鎖で構成されているのではないのでしょうか、少なくとも生命を賭した惨劇へと結ばれた十年前の現実に於いては、、、花野様も実はすでにあの惨劇は迷宮入りだと感じ始めてるようお見受けられしました。 どうしてこの二年の間、思いもよらぬ発見があるにも関わらずいち早くご連絡を差し上げられなかったと云う理由は、無論、私どもの不幸(家内の逝去と自身の病苦)にもよりますけれども一番の遅延はそう云った躊躇いは、こう申せば失礼かと存じますが、貴方様の心変わりに依拠するものとその頃は感じられたのでございます。 カンヌ映画際で受賞の次の年、遂にハリウッドに招かれ助演とは申せ本当に晴れやかなる進出であると我がことのように歓んでおりましたものの、内心幾ばくかの陰りがなかったわけでもありません、それは客演と云う立場では私の期待する(どうか身勝手をお許し下さい)次なる新たなる伝言は内包しながらも表面には出しにくいのではないかと云う不安に他なりませんでした。「実録・西性化学研究所」に於いてあれだけ私を驚喜させた徴が今回はどう深まるのだろう、それともよりもっと直接的な証として提示されるのではなどと我田引水の至り、甚だしく胸中は昂るばかりでありまして封切りと同時に映画館に駆けつけたのですが、しかし初のハリウッド出演作「メーテルの恋」には残念ながら稀代の名優として華こそあれ、くだんの思惑が見事に的中してしまい何と申しますか、、、正直落胆の色は隠せませんでした。 ところが何とあの作品で貴方様は、助演男優賞を獲得されたではございませんか、これは新たな希望が真っ直ぐに伸びていく樹木のようにとてつもない可能性を能えることになりました、世界にとっても私にとっても、、、 授賞式後、報道陣に囲まれた貴方様が感謝の辞や撮影秘話などを語る場面を私もテレビで拝見しておりまして、あの時、ひとりの女性記者から相手役のメーテルに扮した女優の印象を尋ねられて『若さピチピチ、まるでブリやタイのつかみどりみたいさピチピチ、すべてがね』とさすがは元水産業に携わっておられた小気味のよい応答、思わず頬が緩むのでありました。それから今後の予定は如何にとの質問に対して確か、金魚の目を持って映画と撮りたいと応えていらしゃったのが印象的でしたのですが、その時は私は魚眼レンズでも使用して前衛的な画像を構成されるとばかりに軽く考えておりました、ところが二月前、貴方様を特集したテレビ番組内で次回の製作映画は禁断の作品になるであろうと語られているのを聞きまして、更にはその題名が「大いなる午後」と云う、作者不明のインターネットで話題の小説を映画化なさると、、、私には何のことやらよく事情がわかりませんでしたが、たまたま帰省中であった次男に尋ねてみたところ、ああ、こんな血の気が全身からさあっと引いていく驚きに、、、あの事件を元のした物語であるというではないですか、、、とうとうやって来た、待ちに待ったものがやってきた、あの時の潮の満ち引きを瞬間に凝縮したような興奮は今でも忘れることが出来ません、、、「理由なき反抗」「大いなる午後」こんなものが書かれていたとは、、、一体誰が、、、ごく最近に公表されたと聞かされました、、、知らないのは私だけではないのかと、、、 早速、そのインターネット小説とやらを近所の知り合いに見せてもらい、用紙に印刷して持ち帰り何度も何度も読み返したのであります。そうするとあの金魚の意味がやっとわかりかけてきたのです、貴方様はやはり何か重大な秘密を見てしまったのではないですか。こうなると私もじっとしてはいられません、何度か入退院を繰り返している病身ではありましたが、老骨に鞭打ってパソコンを学び始めたのです。そして納屋に仕舞ってありました梅男の使用していたそれをもう一度ひっぱり出してみたのでありました。」 |
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