晩夏1 大阪での生活に終止符を打ち、この町に戻ってから半年の間、生まれ育った実家にてそれこそ骨休めする気分で、とりわけ新たな職やパートを探すわけでもなく、漫然と日々を過ごしていたが、天候の良い昼下がりなどには、ふらりと町中や港の方へと散策してみることもあった。髪が風になびくままに。 想い出を何処かに見いだそうとか、あの少女趣味的なロマンに彩られた瞳に輝きを取り戻そうという思惑などではなくて、どちらかと云えば無心にそぞろ歩くこと、それ自体に無為なる現在を合わせ鏡のように映し出せれば、自分自身にとって一番即した心模様が得られるはずと感じながら、陽光の下へ赴いた。 小高鈴子は高校卒業後、大阪のある商社に就職し五年ほど努めたが、これと云って会社に不満を抱いた訳でもなく、人間関係に歪みが生じたことなどもなかった、ただ漠然と今の時の流れに嫌気を覚えだし、出退を繰り返す毎日の営為に意味をつかみとれなくなって、ある月曜の朝、然したる理由もないままに欠勤願いの連絡を入れ、一日中ぼんやりと視線が宙に浮いたようにしていたら、小さな埃が床に舞い降りる様に似た軽やかな遣る瀬なさがふと込上がり、やがては退職の思いが前面に押し出されるように迫り上がってきた。そして、数日後にはその軽快な苦難は実行に移された。不意を突かれて日頃の矜持を保つ猶予のなかった鈴子の上司は、手渡された辞表を前に呆然として返す言葉の選択にとまどい、却って要領を得ない返答で場を濁してしまった。そんな一齣さえ鈴子には他人ごとでしか映らないかったことは、自分の決断と呼ぶべきものが如何に軽薄であるかを確信させるべき善き了解となった。と云うのも、以前から心中に潜んでいたそこはかとない無関心さが、より鮮やかに開花してみせたようで、誰にでも何処にでもない所でほくそ笑む陰の徒花となって、少なくとも関心事へと結実したかに思われたからであった。 しかし、そんな意識を鈴子は欺瞞とも高慢とも感じなかった、それは胸裡に巣食う実体に対し深く視線を送ろうとしなかったからで、小悪魔などの存在すら信じられない程に世界が無垢に浄化されていたからだった。 鈴子は純粋に天使の心を持っていたと云える。たった独りの小さな世界に於いて。 生来の口数の少なさにより、あたかも人つき合いの不得手な性質として判断するのは、一般的に捉えられても仕方ない側面はあるだろう。ところが、我々が大きく勘違いしてしまうのは、多弁な人間ほど交友関係に真正面から向き合っていると云う、涙ぐましくも真摯な姿をよく観察出来ていないからで、その饒舌こそ最大の手段となるうる事実を、彼らがほぼ無意識的に演じていることを知らないからである。否、知りたくないと言い換えた方がより明快であろう。 鈴子の寡黙な姿態は学生時分はもとより家庭内に於けてさえ顕著であった。当然、友好の不在へと反映されいつも一人で佇んでいる影を誰よりもよく知っているのは、鈴子自身だった。三歳上の兄があったが、思い返してみても激しい兄妹喧嘩もないかわりに親しく遊んだりした記憶もない。これはあくまで鈴子の想いであって、そう云った状況を両親はじめ周りの人から、正確な描写として伝聞された訳ではなかった。 ここで肝要なのは、鈴子本人はそんな孤独癖を身にまといながらも、決して心がいつも寂寞に支配されているのではないと云う事実であった。言語として音声としての意思表示が苦手であるとも思ってはいない、つまりは弧影を常に見つめることによって、自身のすべてがそこに投影され、その中にあらゆる現象を見てとったからである。他者の感情の機微も、先行きとしての関係も、周りの様子も、個人的な思惑を越えた世界観さえもが、閉じた瞳の中にすっぽりと収められてしまうかのように判然としていた。 それは陰翳の豊な実りであった、、、光が背景として照射することを忘れ去った故にこそ、完成される影絵の饒舌だったのである。 小春日和の柔やらな陽射しの中を鈴子は、いつもと同じく足の向くままに徘徊していた。幼い頃に両親に連れられ夜店などが催されていた商店街へ、大通りから右折して歩を進めて行くと、今はもう道行く人もまばらで往年の活気が失われた閑散とした雰囲気がひしひしと感じられ、普段はあまり感傷に浸らない心持ちに思わず、それが郷愁のようなものになって胸に溢れてくるのだった。そんな少ない人通りの中、自転車に乗った子連れの若い女性が鈴子の目を引いた。その小柄で愛くるしい母親らしき容貌を思わず見遣っていると、親子は自転車を一件の店舗の前に止めようとしている。何故、それほどに注視をもってその時その場に佇んだのか、鈴子には分からなかった。 |
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