尾鷲幻想曲89

夜の水

思い出、その過去の色合いは
やはりきらびやかに輝き出し
その照り返しに辺りは至上の、美しさであふれたに違いない
うらはらに未来という得体の知れぬ
物語りに対する恐れはいつも灰色の水流を想起させる
瞬間を愛撫したい
ひとつ、ひとつ刻印を思いのまま呼び寄せ
寸分も違いないやさしさをもって
抱きたい
ただそれだけだったのか

欲望はつねにうしろめたさを孕んでいる
懐古のまなざしは切実でありながら
何人もうかがい知れぬ動力が
まつわるものすべてを
激しく押し流し逆巻いている

ここに棲息、暗く旋回する眼

私は小舟に乗る
渦潮の深い奥底
見た事もない遠心力はどんよりとした
脳細胞をぐるぐると嫌な不協和音を奏でながら
圧縮するだろう
絶対の地下水の暗黒の冷たさよ