「帰宅」第二回(勝手にリレーver.) 著者:ぶるくな10番!
<帰宅のつづき>
「書斎にいくよ」
「あなた寝なくていいの?夜通し走ってきたんでしょう。」
「うん。本当は家には持ち込むまいと思ったんだけどね。少しだ
け修正しておかなければいけないCADがあるんだ。なに、昼に
は終わるよ。」
「無理しないで。」
心配そうに見つめる良子の瞳がいとおしかった。
「そうだ、昼になったら君の好きだったあのパスタ屋へいこう。
誕生祝いにね。ワインもあったよね、あそこ。」
「ええ。この間一緒に行ったのは、半年も前だものね。ごちそう
してもらわなくっちゃ。あとで書斎にお茶を持っていくわ。」
「ああ。」
階段を上ると8畳和室の小さな書斎がある。今では情報源のほと
んどをパソコンが肩代わりしてくれるが、もともと文学部であっ
た秀夫には20代の思い出を閉じ込めておく場所が必要であった。
今でも本当は工場なんかやめてしまって、作家になりたい思う時
がある。大学時代には「すばる文学賞」の最終選考まで残ったこ
とがあるが、作品よりも話題を売る体質のある出版社の思惑に、
秀夫はあてはまらなかった。
選考委員などは体裁をつくろうただの張りぼてに過ぎない。秀夫
よりもっと若い17歳の少女が受賞したその作品は、とても「す
ばる」の名を高める内容ではなかったのだ。
「そんなこといつまで考えていたって、仕方ないのさ。」
独り言をつぶやきながら、細かくCADの図形を修正していく。
「あなた、お茶が入ったわよ。」
ふと、ふすまを開け入ってくる妻に目をやると、後ろの廊下をま
たもやあの得体の知れない女が横切っていった。
「やっぱり気になるなぁ。良子、君は何故平気なんだい?それに
彼女には見えないって、よくよく考えれば意味がわからないよ。」
熱いお茶を机に置く良子の白い腕が、少しだけ震えていた。
「教えてくれよ。何か知っているんだろう。」
「…・・実はあなたが単身赴任で地方に行っている間に…どうい
うわけか、あの親子がこの家に棲みついてしまったのよ。」
「棲みつく?何故?どうして追い出さない?」
当然の質問をした。
「追い出せないのよ。あの人達はこの世の存在ではないから。」
にわかには信じ難い言葉が妻の口からこぼれると、つぎに短い沈
黙がとても重く二人を包んだ。
「幽霊だっていうのか…。信じられない。」
「そう、普通は逆なのよ。私達には見えないはずなのよ。」
「でも彼女達に見えない…ていうことは、俺達が幽霊だっての
か?馬鹿馬鹿しい。」
「あなた死んだ覚えある?」
「ないよ。」
「突然死んでしまった人は自分は死んでないって言うって、テレ
ビで霊能者が…・」
「良子、馬鹿言ってないでよく整理して考えよう。そもそもこん
な異常な事態をなんで俺に知らせないんだ。単身赴任だって関係
ないだろう。」
「心配をかけたくなかったのよ。でも…」
「でも、何?」
「今日の夜、霊媒師の先生が来る予定だったの。それが、さっき
電話がかかってきて、今から来るって。」
「霊媒師?…・まぁ俺はそいうのは信じないけれど、こんな状態
を見せられてはね。一応相談してみるか。」
「もう来ておるぞ。」
良子の後ろに、数珠をぶら下げた白髪の老女が立っている。
「うわっ」
思わず秀夫が叫ぶと、つられて良子も小さく悲鳴をあげた。
「呼んでおいてなんじゃおぬしら、その振る舞いは。失礼な奴ら
じゃのう。」
白髪の老女は紺色のダブついたワンピースを着ていた。それがま
た、いにしえの魔女を彷彿とさせてなんともそれらしい出で立ち
であったので、ついついこのオカルト話のタイミングと相まって、
驚きの声を上げてしまったのだ。
取り繕うように、秀夫が慌てて答えた。
「これはこれは先生、どうも失礼しました。夫の秀夫です。」
「おお、そなたがのう。良子さんから聞いておるよ。」
しげしげと秀夫を眺める眼球はわずかに鋭かった。
「何か?」
たまらず秀夫が質問する。
「うーん、いい男じゃのう。ケケケ。」
ニヤニヤと笑う老婆の顔はシワだらけで、口元の前歯は数本欠け
ている。霊媒師という肩書きが無ければただの下品なババアだ。
「まぁ、下品なババアで間違いは無いがな。」
「え?!」
「お前さんそう言ったじゃろ。」
「いえ…・。」
「そうか、口は開かずとも心は通ず。姿は見えねども存在は消せ
ぬ。」
老女の目がキラリと光ると、秀夫は完全に見透かされている自分
がとても恥ずかしかった。
「さて、始めるかいの。良子さん。」
「はい。」
「この家の玄関は鬼門に向いておる。まず、玄関に鏡をおくのじ
ゃ。それから、つい2年程前に中規模な地震が起ったのう。もと
もとここは、霊道であったのじゃが、磁場がわずかに歪むことに
よって、そこに亀裂が生じた。そして、霊道に隙間ができると、
本来は出てこれんような空間にまであの者達が出てきて
しまったというわけじゃな。」
「それじゃあ。つまり…」
「そうじゃ、放っておけば第二、第三の霊達が迷い込むことにな
る。」
「先生、20年ローンなんですよ、この家。霊道は修復できない
のですか?」
妻が心配そうに尋ねた。
「修復はできん。」
「そんな。」
「まぁ、しかしじゃ。お祓いをして霊道にあの者達を戻すことは
できる。そして霊道から他の霊達が外れんような部屋の配置換え
をするのじゃ。例えば、霊道はそこの壁から入ってきて、向こう
の居間の壁から抜けておる。両方の壁に小さくても良いから、窓
をつくるのじゃ。そうすると、わずかに光がぬけて、霊達は進行
方向を誤らないというわけじゃな。なるべく障害物もおいてはな
らん。」
「先生、理屈はわかりますが、本当にそれで…。」
秀夫は先ほど見透かされたことを忘れて、いぶかしげに老女を見
つめた。
「嫌ならやらんでよい。わしの仕事は無くなった。帰る。」
「ま、まってください。やります。やらせてください。」
秀夫が答えた。
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