帰 宅   [戻る]
帰 宅
著者:田舎のGRF

週末には家に帰ろうと思っているのだが、この所、休日出勤が続いていたため、なかなか家に帰る事が出来なかった。
今週もまだ仕事が忙しく、管理職である自分が休日に出ないのは気が退けたのだが、今日はどうしても家に帰ろうと思っていた。
案の定、なかなか会社を出る事が出来ず、外に出たのは既に8時を回っていた。
田舎にある工場のせいか、金曜とゆうのに外は真っ暗だ。
おまけに雪が降り出した。
「何時に着けるか判らないぞ」秀夫はつぶやきながらエンジンをかける。
外に置きっぱなしの車のシートは氷のように冷たい。
緒方秀夫32歳、そう大きくはない会社だが、この不景気で、田舎にある本社工場に、愛知県にある工場は統合され、もう二年も単身赴任、週末などには家に帰る生活を送っているが、景気がだんだん回復するに連れ、作業量が増え、生産が追いつかないのを残業や交代勤務で補っている。 秀夫は現場では中堅で部下が10名ほどいる部署の責任者だ。
仕事の遅れ、会社との連絡、作業員の相談など、のしかかる仕事は日に日に増えている。
「今日はどうしても帰らなくちゃな」
今日は妻、良子の誕生日だ。
今日帰るのが一ヶ月ぶりになる。

雪の中、峠にさしかかると、道はどんどん険しくなる。
運転は気が抜けない。
頭の奥の方で少し痛みがあった。
何度もコーナーを切り抜けていくうち、痛みが徐々に激しくなった。
車を脇に止め、少し休む事にした。
運転を止めると、少し楽になったような気がする。
普段から何事にも楽観的な秀夫は、直に痛みも止むだろうと思って、取り敢えず、そのまま休憩する事にした。
車が埋まってしまうほどの雪ではないようだし。

突然、秀夫は我に返った。
どうやら眠ってしまったようだ。
頭痛は治まっている。
外は暗いままだ。
時間は九時前だった。
「よし行くぞ」
シートを起こして、車を走らせる。
峠を越え、後は下り坂だ、3時間も走れば家に着く。
幸い、峠を越えた辺りから、雪は少なくなり道の状態も良い。
快調に車を飛ばした。

一時間も走った頃、空が白み始めた。
「あれ」
もう一度時計を見ると、時間は前のままだ。
「何だ、壊れてるじゃないか」
何時間も眠っていたらしい。
山中を出て、家並みがあるところまで来るとすっかり夜が明けてきた。
通い慣れた道だが、見た事が無い店がある。
「夜ばかり走ってるから知らなかったんだな。
昼間走るのは久しぶりだものな」
車や人通りが激しくなってきた。
「日曜でも、働いている人は多くいるんだなぁ」
そう思うと、会社で休日出勤している連中に悪い気がした。
何だかまるで、いつもと違う所を走っているような不思議な気分のまま、家の近くまでやって来た。
見慣れた自分の家が見えて来た。
20年ローンで作った我が家だ。
「うん、うちはいつものとおりだな」

家の前に車を寄せようとした途端、玄関から子供が飛び出して来た。
「あっ」
急ブレーキをかけて止まった。
子供は全く知らぬ様子で走っていってしまった。
見ると玄関先には見知らぬ女性が子供を見送っている。
「誰だ?」
もう一度家を見てみた。
確かに自分の家だ。
それにしても車の前を急に横切ったりして、危ない事をとがめもしない女性の態度に少し腹が立って声をかけた。
「危ないじゃないか!」
女性は気が付かないようなふりのまま家に入って行ってしまった。
「何だ、親がああだから子供もあんなふうになるんだ」
そう吐き捨ててから
「でも、一体誰だ?あのふたり」
全く見覚えが無い親子が、さも自分の家での日常のように振る舞っている様子が妙に思えた。

取り敢えず、車を駐車スペースに入れ、家に入った。
何だか妙に小綺麗だ。
でも、間違いなく自分の家だった。
「ただいまー」
家の中に向かって、声をかけると「おかえりなさい」と置くから妻の声がした。
続けて「あなた、奥にいるからー」と妻が呼ぶ声がした。
家に上がり、何となく違和感を覚えながら声がした座敷の方へ向かった。

妻が座敷にひとりポツンと座っていた。

「あなた、おかえりなさい」
「こっちに来て」
「あ、ただいま、・・あ、誕生日おめでとう、一日遅れちゃったね、ごめん」
「いいのよ・・・・・」
「あ、あの女の人は何?俺の顔を見ても挨拶もしないよ」
座敷に来るまでに居間で彼女と顔を合わせたが、知らん顔をされたからだ。
「挨拶はできないのよ」
妻が悲しげな顔で言った。
「え、口がきけないのかい、でもおじぎぐらいしてくれたったいいのに・・・」
「見えないのよ」
「え、目が見えないのかい」
「・・・・・」
「やっぱり、私が思っていたとおりだったのね」
「え何が?」
「あなたこっちに来てキスして」
「え、彼女が来るよ」
「いいのよ、彼女には見えないんだから」
「そうだったね」
秀夫は妻の横に座り、抱き寄せて、キスをした。
「ちょっと痩せたね」
妻は微笑んだ。
そしてすぐ悲しそうな顔をした。

<「帰宅」第二回へつづく> 

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