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「帰宅」第二回
著者:田舎のGRF

<帰宅のつづき>

「ごめんね、あなたはあの日、死んだのよ・・・」
「あなたは35年間、眠っていたのよ」
「し、死んだって・・・こうやっておまえといるじゃないか・」
「そうよ、でもね私も死んだのよ・・・先週にね・・・やっと死ねたの」
「・・・ばかな、俺はこうして生きてるじゃないか、おまえだって・」
秀夫は気が付いた。
見た事のない景色、建物、店、町並み。
「ほんとうにそうなのか・・」
足や手が震え冷たくなるのを覚えた。
「だって、こうやって感覚だってあるじゃないか」
「あなたは、まだ慣れていないのよ。
それに自分が死んだ事だって知らなかったんだし。
急に死ぬとそうなるのよ誰でも」
「ごめんね、落ち着いて聞いて頂戴」
「あの雪の峠であなたは見つかったのよ。
二日続けて同じ所に車が止まっているので、確かめてくれた人がいたのよ。
お医者様は脳卒中だったのだろうって言ってみえたわ。
でもね、あなたの亡骸を見ても、お葬式をしても、何だか私には夢のように思えて、少しも悲しくなかったの。
ただいまーって、あなたが帰って来るような気がしてずっと待っていたのよ」
話しながら良子が向けた視線の先には、確かに黒枠に治まった良子の写真が小さな祭壇に飾ってあった。
確かに妻の写真だが、年齢はずっと上に思える。
「お婆ちゃんになったでしょ。
もう63になったのよ」
良子が微笑みながら話す。
「63っておまえ、少しも変わってないじゃないか」
「あなたが見ているのは、あなたのイメージの私なの。
本当は63歳なのよ。
あの日からもう35年経ったのよ」
「35年も俺は何も知らなかったのか・・・・・」
秀夫の目に涙が溢れた、理由は解らないが無性に悲しくなった。
「ほんとうに死んだんだな」
「ごめんね、あなたが35年も眠ったままだったのは理由があるのよ」
「理由?」
「そう。
 理由って言うより、私のせいなのよ」
「おまえのせい?」
「私がね、あなたが帰ってくると信じていたからね。
どうしても、あなたに会いたいと思ったから」
「・・それから、あなたが私の事、愛していてくれたから神様がね」
「神様?」
「ええ、神様がいるのよちゃんと」
「・・・」
「私があなたに会えるようにしてくれたのよ」
「でもね・・」
「あなたに会うためには、私も死ななくてはならなかったの」
「え?それじゃおまえ・・」
「ううん、自殺なんかしないわよ。
35年間、頑張ったんだから・・・」
良子は下を向いた。
秀夫は、突然この35年間とゆう時間を妻が生きてきた事に胸が詰まった。
「ごめん、おまえ独りで・・おまえの事、何にもしてやれなくて」
大粒の涙がこぼれ、止まらない。
「大丈夫よ、いっぱいみんなが力を下さったわ。
苦労なんてしなかったんだから、ホントよ」
「ホントにかい」
「ホントよ、ずっと幸せだったのよ」
「俺がいなくてもか・」
「そうよ、あなたがい・な・く・て・も・・・ふふふ」
「ふんだ・・・」
「ウソよ・・あなたがいなくて、とても寂しかったわ」
良子は秀夫に体を寄せた。

突然、良子が、
「そうそう、紹介するわね」
「えっ」
「来て」
良子が居間の方に歩いて行き、後から秀夫が追いかけた。
「孝夫のお嫁さんの、瑠美さんよ、ホラ挨拶して」
「あ、あ先ほどはどうも・・」
女性は知らぬ顔で掃除をしている。
「ふふふ・・・はははは」
「あそうか、こいつう」
「はははは」
笑いながら、良子はそのまましゃがみこんでしまった。
泣いている。
秀夫は良子を抱きしめた。
良子はそのまま泣き続けた。
大きく声を上げて泣いた。
初めて見る良子の姿に、35年の時間の重さを思い知らされた。

<「帰宅」第三回へつづく>