「帰宅」第三回   [戻る]
「帰宅」第三回
著者:田舎のGRF

<「帰宅」第二回のつづき>

良子は泣きやむと、秀夫を見上げて言った。
「あなたにね、贈り物があるのよ」
「贈り物?」
間近で見上げるようにして話す良子の顔が秀夫は好きだ。
たまらず、もう一度抱き寄せた。
良子は笑顔になった。
この笑顔がたまらなく好きなのだ。
「目を閉じて、じっとしててね」
「うん」
良子が秀夫の額に手をあてた。
冷たく気持ち良い。
次の瞬間、頭の中がボワッと明るくなったような気がした。
続いて、どんどん映像が流れてくる。
話し声も音も、もの凄いスピードで流れてくる。
良子の記憶だった。
秀夫の知らなかった35年間の記憶だ。
秀夫の目から涙が溢れた。
映像の流れが終わると、良子が手を離した。
「ありがとう、良子」
更に強く抱きしめた。

孝夫は古くなった家を建て替えて瑠美を迎えたかったのだが、良子が家を建て替えたがらない理由を瑠美に話すと、彼女は快く承諾してくれたのだ。
「お父さんが帰ってきた時、判らないと困るから」
それが良子が言った理由だった。
「瑠美さん、ありがとう」
孝夫が瑠美に向かってそう言った時。
瑠美が突然こちらを見た。
それから、エプロンのポケットから何かを取り出した。
「あなた、仕事中ごめんなさい、あのね、お父さんが帰って来たみたいなのよ」
「ありがとうって聞こえたのよ、お母さんも一緒みたい」
瑠美は涙を流している。
「聞こえたんだ」
「そうみたい、聞こえたのね」
ふたりは顔を見合わせた。
「でもアレは何?電話してるみたいだけど、トランシーバーなの?」
「ケータイよ」
「ケータイ?」
「携帯電話よ、今は誰でも持ってるわ」
「ふーん、すごいなぁ、あんな小さいのに」
「無線電話なんだね?」
「ムセン・・・何それ?・・・ケータイよ」
「孝夫に会いに行きましょ」
「え、どこへ?」
と、目の前がどこかの会社の事務所になった。
広い事務所だ。
「そこにいるのが孝夫よ」
なるほど良子にもらった記憶の通りだ。
「何をしているのかな?何か見てるけど」
「知らないわ、でも何かの設計をしているのよ。いつも研究とか実験とか設計とか、そんな話ばっかりで、解んないもの」
「あれはコンピューターを見てるのよ。ほら、他の人もみんな使ってるでしょ、うちにもあったのよ」
「え?うちにもあった」
「そうね、あなたが会社で使っていたコンピューターは大きなのだったわね、今はあなたが使ってたのよりうんと進んだのがあの小さいのなのよ。ノートパソコンって言うの」
「へー、これがコンピューターなのか凄いなぁ」
秀夫はもう孝夫の事は忘れて見入っている。
「もう、あなたには要らないでしょ、孝夫に会いに来たのよ」
「そうだった」
孝夫の近くに行って、彼をしばらく見ていた。
ふと孝夫が何かに気付いたようにこちらを見た。
まっすぐこちらを見ている。
「お父さん」
突然、孝夫が言った。
そしてまた何かを探すような視線になった。
「見えたんだろうか?」
「そうかもしれないわね、よかったわね、あなた」
「うん」
「チーフどうしたんですか?」
隣の若い女性が孝夫に声をかけていた。
「何でもないんだ、・・・今そこにお父さんが見えたような気がしたんだ」
孝夫は涙ぐんでいる。
「大丈夫ですかチーフ」
「うん、ごめん大丈夫」
良子も秀夫も涙ぐんでいる。

「さぁ、もうあまり時間が無いわ、もうすぐお迎えが来るのよ」
「お迎え?」
「そうよ」
「最後に行きたいところがあるんだけど、ダメかな?」
「ううん、私も行きたかったの」

二人は美術館の大きな絵の前に立っていた。
秀夫と良子が初めて出会った場所だった。
「ここから始まったのね」
「うん、ごめんな独りにして」
「ううん、あなたのお陰で幸せだったわ、また会えて良かった」
白く柔らかな光が二人を包み始めた。

2196年4月。
古びた美術館はもうそろそろ閉館の時間だ。
一人の若い男が大きな絵を見ていた。
「今日も見ているんですね、もう閉館ですよ」
美術館の職員が声をかけた。
「あ、はい、すいません・・・でも」
「はい?」
若い女性職員は不思議そうに訊いた。
「僕は何故ここに来るのか判らないんですよ」
「へー、不思議ですね、でもこの絵、好きなんでしょ」
「ええ、でも名前も知らないんです」
彼女が説明しようとすると、
「ああ、閉館でしたね、今出ます」
「あ、まだいいですけど、・・説明しましょうか」
「え?いいえ、・・・いいです・・・あの」
「はい?」
「あの、これから暇ありますか?」
「え、私ですか仕事ですけど、まだ」
「そうですか、そうですね、すいません変な事言って」
「それって、ナンパですか?私そんな軽い女じゃないですよ」
「本当にごめんなさい、どうかしてました」
「ホントにダメですよ。でも・・・」
「え?・・・」
「本田さんならOKしてもいいですよ、どうせ暇だし」
「へ・・・何で僕の名前知ってるの?」
「えへへ・・・」

<Fine> 

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