「帰宅」第三回(勝手にリレーver.) 著者:ぶるくな10番!
<帰宅のつづき>
「なんで俺がこんなもの着るんですか?」
「なぁに、気分じゃよ、気分。ケケケ」
薄気味悪く霊媒師が笑った。
「あなた。我慢して。これも20年ローンのためよ。」
妻は家を守るのに必死のようだ。
自分はといえばシルクの白装束を着せられて、これではまるで
自分が死人のようだ。
「むんっ、むんっ、きょえーっ。祓いたまえ、清めたまえっ!」
白髪を振り乱して、数珠を握り締めた老女が雄たけびを上げた。
台所の方からあの親子が踊り出て、目の前でもんどりをうって倒
れた。秀夫は驚いたが、心なしか良子は驚きが少ないようであっ
た。
「きょえーっ。死者よ霊道に帰れ。そしてこの世への未練を断ち
切って成仏するがよい。臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!
昇天っ!!」
「ん?何だ…。これは。良子、おい良子!!」
突然、秀夫の身体が宙に浮いた。白装束に包まれた肉体がみるみ
るうちに溶け出していくような感覚に襲われる。身体が焼けるよ
うに熱い。
「俺の、俺の身体がーっ!!何故だっ。」
宙に浮いた視線から、ふと下を見ると、あの親子はもう苦しんで
いない。目を閉じて、胸の前で合掌いていた。
最愛の妻、良子は私を憐れな眼差しで見つめ、合掌している。
そしておもむろに口を開いた。
「秀夫さん、あなたはもともと私の夫ではないのよ。二年前から
この家に棲みつくようになった浮遊霊。自分を私の単身赴任の夫
と思い込んで、工場に出向いていたようだけれど、本当はそれも
あなたの心の中に作り出した幻なの。あなたはニ年前のある日、
この家の前で交通事故で死んでしまった人なのよ。私は霊感が強
いからあなたを見ることも、話すことも出来るわ。」
次に霊媒師が口を開いた。
「おぬし、成仏せい。わしの孫の良子も本気でおぬしのことを心
配しておる。一時はおぬしと本当に一緒に暮らそうとも考えたと
いうことじゃ。しかし生身の身体を持たぬそなたと生身の良子。
そのような悲劇を望んではおらんじゃろ。」
言い終わらないうちに秀夫が叫んだ。
「嘘だ、信じられない。俺は生きている。学生時代の思い出も、
仕事の苦労も、良子との生活も、全部幻だと言うのか。」
「秀夫さん、全部ではないのよ。あなたは「すばる文学賞」の候
補にもなったし、生前は工場でも働いていたそうよ。それにあな
たとの生活の思い出も少しはあるわ。」
「パスタ屋か?」
必死の形相で秀夫が尋ねた。もう身体の半分は溶けている。
「それは…・私では…・・。」
「誰だ。誰との思い出だというんだ!」
「ほら感じる。」
良子はあの親子に尋ねている。
「まさか…・」
「パパ」
「あなた」
「お前たち!」
その時初めて秀夫の記憶の全てがもどった。あのパスタ屋で親子
3人、食事をしたあの日の思い出を。
「ああそうだ。これが俺の家族。妻は涼子、息子は真治。大きく
なったなぁ。」
思いがけず、両の目から涙がこぼれた。
そして良子が優しく言った。
「安心して。こんなこと言うのもなんだけれど、あなたの保険金
が一億円出てね、奥さんと息子さんはこれからも、それなりに生
活していけるはずよ。」
「そうでしたか、良子さん。妻と息子をよろしく。涼子、真治、
もう一度よーく顔を見せておくれ。」
親子には聞こえておらず、。代わりに良子が耳元で何かを話して
いるようであった。
「パパ、さよなら。」
「あなた、ありがとう。」
二人の声を聞き終えると秀夫は満面の笑みを湛え、霊道に吸い込
まれていった。
「これで、秀夫さんは成仏できるでしょう。」
良子が親子に諭すように告げると、涼子はさめざめと泣いた。
真治には何も分からなかった。
穏やかに降りしきる春の日差しの中を、少しだけ悲しい風がかけ
ぬけて行った。
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