55■それは春の出来事
つづく、未来。


274■天空城で (テス視点)
「ところでさ」
ボクは立ち上がって大きく伸びをしてから、ビアンカちゃんに向き直る。
「なんでボクら天空城にいるの?」
「魔王を倒したあと、渦に巻き込まれたでしょ? あれね、マスタードラゴン様が私たちをこっちの世界に引き戻してくれたんだって。あのままだったら、あの祭壇があった場所が私たちごと消滅してしまうところだったんだって」
「うわ、恐!」
「恐いわよねー!」
ボクらは笑いあう。
「さあ行きましょ。グランバニアのみんながたよれる王さまを待ってるわよ」
ビアンカちゃんと手をつないでゆっくりマスタードラゴンの部屋をめざす。
窓の外は綺麗な青空。
「うわ〜きれいな空! 今の私たちの気分のようね!」
ビアンカちゃんは窓の外をみてうれしそうに笑う。
「そうだね」

歩いているといろんな人とすれ違う。どの人もとても嬉しそうにニコニコしていて、本当に魔王が倒れたのだと実感できた。
「あ」
花壇のところにいたエルフがボクらに気付いて走りよってきた。
「私の友だちのベラがあなたたちによろしくって言ってたわよ」
「へぇ……ベラによろしく伝えてください。また会いたい、とも」
ボクが彼女に微笑みかえすと、彼女は少し頬を染めて頷いた。
「きっとあなた達のコトは永遠にずっと語り継がれていくわね」
「……何だか恥ずかしいね、それは」
そういって別れて、しばらく歩いたところでビアンカちゃんは立ち止まる。
「永遠に……か」
そう呟いて、ボクをじっと見つめる。
「私ね、なんだったらもう一度石になってもいいかな……って思うの。ただしテスが永遠にそばにいてくれるならっていう条件つきで」
「……えー」
ボクは思わず不満の声をあげてしまった。
「何よその不満そうな声! 私とずーっと一緒ってそんなに厭!?」
ビアンカちゃんの眼が釣り上がる。頬を膨らまして口を突き出すその表情は、まだまだ少女のようで可愛らしい。
「ずっと一緒なのは物凄くイイ話だよ。けど、ビアンカちゃん落ち着いて考えてみてよ、石になってるんだよ? 一緒に居ても話もできないし、触ったりキスしたりできないんだよ? ……ボクはヤだよ、そんなの」
「それも……そうねー」
ビアンカちゃんは見る見る笑顔になってボクの腕に抱きついた。
その状態でしばらく歩く。
「さあ、ビアンカちゃん。マスタードラゴンの部屋だよ」
ボクらは手を離した。このまま手をつないで行ったらきっとひやかされる。
……マァルあたりに。


部屋の中央に、マスタードラゴンがいた。その両隣には天空人が二人控えている。
ソルとマァルはマスタードラゴンと何か話していたみたいで、ボクらが着いたのに気付いて振り返った。
「お父さん、もういいの?」
「うん。心配かけてごめん」
ボクは二人の頭を撫でてから、マスタードラゴンに向き直る。目が合うとマスタードラゴンは柔らかくほほえんだ。
物凄く優しい。
こういう表情をすると、やっぱり神様なんだな、と気が引き締まる。
マスタードラゴンは低く優しい声で話はじめた。
「わが名はマスタードラゴン。世界のすべてを統治するものなり。伝説の勇者ソルとその父テス、そしてその一族の者たちよ。そなたらの働きで世界に再び平和がおとずれた。心から礼を言うぞ」
一度ばさりと羽を動かし、マスタードラゴンは軽く頭を下げた。
そして頭をあげて、にやりと笑う。
「……と、堅苦しい話はなしにしよう。私も長く人間をやったせいか、こういう言葉づかいは疲れてしまうのだよ」
そしてふぅっと息を吐いた。
「マスタードラゴンさま!」
控えていた天空人はあわててマスタードラゴンのほうを見る。
……この人たちも気の毒に。
マスタードラゴンは気にした様子もなく大笑いする。
「わっはっはっはっ。まあよいではないか」
……いやあ、よくないでしょう。
内心思ったけど、黙っておいた。
ビアンカちゃんは目を丸くして、マスタードラゴンをまじまじと見つめている。
マスタードラゴンはボクを見た。
「さてテスよ。地上ではなつかしい人々がそなたらの帰りを待っていることだろう。私がそなたらを送りとどけてやろう。……久しぶりに人間界も見てみたいしな。ではひと足先に外で待っておるぞ!」
そう言うと、マスタードラゴンは外に向かって飛び立っていった。
「……あー、平和になったとたんコレだからなぁ」
「マスタードラゴン様はまたプサンとか言う人間になるおつもりなのだろうか……」
とり残された天空人たちは深いため息をついて空を見上げる。
「ええっまさか……。それはない……よね? お父さん」
ソルがボクを見上げた。
頷いてはあげられなかった。
「ま、とにかく……平和ってコトですよ」
ボクは二人の肩をかるく叩いてため息をついた。
「なるべく早くこちらに戻っていただくよう努力します」
「……よろしくおねがいします、テス殿……」
深くため息をつく二人に手を振って、ボクらは部屋をあとにした。

マスタードラゴンが待ってくれているのは、たぶん城の入り口にあった広場だろう。
ボクらはゆっくり歩いて入り口を目指す。
「プサンさんってドラゴンの姿のときは見違えるほど立派だよね! 人間のときももうちょっとしっかりしてるとかっこいいのになあ」
ソルが言うと、ビアンカちゃんは不思議そうにボクらを見た。
「そういえばさっきマスタードラゴンの言葉におつきの天空人があわててたわね。あれってどういうこと? マスタードラゴンってちょっと変わり者なの?」
「……ちょっとじゃなくて、かなり」
マァルがぼそっと言い、ボクは頷いた。
「……へぇー」
ビアンカちゃんはまだ何となく納得してない様子でくびを傾げている。
「分からないほうがイイ事もあるよ」
ボクはそっとビアンカちゃんの肩に触れて、大きくため息をついた。

「天空城もすっかりきれいになったね。ちょっと前まで水の中に沈んでたなんてウソみたいだよ! それに天空城ってこんなに高くまで上がるんだね……。ひゃあ……。下を見てたら鳥肌がゾワゾワたっちゃったよ」
確かに、ソルが言うように壁とか綺麗になっているし、窓の外には山なんかの景色が見えなくなっていた。高度があがったんだろう。

歩いていくと、入り口の広場にマスタードラゴンが羽を小さく動かしながら待っていた。
暇だったのだろう、あくびをしているのが見えた。
「おおやっと来たか」
マスタードラゴンがボクらに気付いた。
「さあ地上へ出発するとしよう。用意はいいかな?」
「ええ。お待たせしました」
ボクが頷くと、マスタードラゴンは満足そうに頷き返す。
「さあ私の背中に乗りなさい。しっかりつかまっているのだぞ!」
「またマスタードラゴンの背中に乗れるね! やった〜!」
ソルは歓声をあげ、マァルは顔をしかめる。
「マァルはボクにしがみついてればいいよ」
ボクが言うと、マァルはコクコクと頷いた。
「ではいこう」
マスタードラゴンはボクらを乗せて、空に滑るように飛び立った。
275■エルヘブン (ビアンカ視点)
マスタードラゴン様の背中に乗るのは本当に久しぶりでドキドキした。私が背中に乗ったのは、大神殿から助けだされた時だった。あれ以来初めてで、その視界の広さや高さ、目の前に広がる真っ青な空だとか、下に広がる地面の目に眩しい緑とか、日を反射さてキラキラ光る海だとか、とても明るくて綺麗だった。
「こういう景色をみてると、本当に平和になったって思えるわねー!」
「うん!」
ソルが大きく頷く。
「天空城は移動したんですか?」
テスがマスタードラゴン様に尋ねる。
「いつまでもボブルの塔付近に着陸しておれんよ。機能が回復したから天高く舞い上がり、位置を変えたのだ」
「ああ、やっぱり」
「お父さん、今どこかわかるの?」
マァルはテスにしっかり掴まったまま、恐々と景色を見た。
「ここはエルヘブンの南の……丁度天空城が沈んでたあたりかな」
「正解だ」
マスタードラゴン様は笑う。
「そして今はエルヘブンに向かっている。……旅の力となった様々な場所をめぐり挨拶をするつもりだろう?」
「連れてってくれるの!? さっすがプサンさん、分かってるぅ!」
ソルが指をならした。
マスタードラゴン様は嬉しそうに笑い声をあげると、速度を少しずつあげる。
景色はつぎつぎ後ろに飛んでいって、やがてエルヘブンが見える。マスタードラゴン様はゆっくりと着陸した。
「あれ?」
「どうしたの?」
地面に降り立って、くびを傾げた私の顔をテスが覗き込む。
「暖かい。あと、ほら、あそこ、桜咲いてない?」
「あ、本当だ」
指差したほうをみて、テスは頷く。
「今って冬じゃないの? お義母様の葬儀が秋の終わり頃で、それから魔界へ行って……魔王と戦って……何で春なの?」
私が首を傾げていると、マスタードラゴン様が答えを教えてくれた。
「それはあちらとこちらの時の流れ方が違っているからだ。向こうは少々こちらより流れが遅いのだ」
「へー」
ソルとマァルは驚いた表情で口をぽかんとあけてマスタードラゴン様を見上げた。
マスタードラゴン様は満足気に笑って頷いた。
「では私はここで待っているから好きに挨拶をしてくるが良い」



「そうですか……。ではただ1度きりとはいえマーサ様に会ったのですね。」
祈りの塔の長老は嬉しそうに目を細めて笑う。
「マーサ様のその時の嬉しそうな顔が目に浮かぶようですね」
二人目の長老は、ことばを引き継いで幸せそうにほほえむ。
「テス、あなたの母上マーサ様を私たちはとても誇りに思います」
三人目の長老は軽く頭をさげた。
「マーサさまはこれからもきっとあなたたちの心のなかで生きつづけてゆくことでしょう」
四人目の長老は胸に手を当てて静かに目を閉じる。
誰もがとても幸せそうにしている。私が知っている長老はみんな、いつもどこか寂しげだった。
それが、今は晴れ晴れしい顔で、お義母様や私たちを祝福してくれる。それが嬉しい。
「かつて私たちはマーサ様の魔力を重んじるあまり、この上の祈りの塔に押し込めていました。そんなマーサ様のお心に、パパスどのがどれだけ光をともしてくださったか……。テスどの。あなたの父上に心からお礼を申し上げます」
一人目の長老が深々と頭をさげた。
テスは長老に向かって微笑む。
「父もきっと、母に出会ってともった光があったと思います。……二人を許してくれてありがとうございます」
長老は笑った。
「新しい関係が我らにつながりますように」
「ええ」


私たちは長老たちにお礼と挨拶をして塔をあとにする。
まだ早朝のエルヘブンには霧が残っていて、草についた露がキラキラ光っている。
祈りの塔はエルヘブンでも一番高い位置にあって、空が近い。
遠くで雲が流れていくのが見えた。空は掃き清められたように透明な色をしていた。
「もうお婆様の事を考えても悲しくならないや……。だって今ごろはお婆様お爺様と楽しく遊んでるよね?」
ソルは空に向かって手を振る。
マァルも空を見上げる。
「ねえお父さん。お婆様お空の上で幸せにしてる……よね?」
私とテスは二人の頭をそっと撫でた。
「きっと、そうね」
マァルは続ける。
「わたし、お婆様ともっといろんなこと話したかったけど……でももういいの……。お婆様のこと想っただけで胸があったかくなるから、きっとお婆様わたしの胸の中にいるの」
私はぎゅっとマァルを抱き締める。
大きくなったのね、と思う。
何だか胸がいっぱいになった。
「それに、今になってだけどお爺様のことわかってもらえてよかった……」
マァルはにこりと笑うともう一度空を見上げる。
「さあ、行こうか」
子ども達の心の整理がついたのを確かめてから、テスは私たちを見た。
「うん」


エルヘブンのなかをしばらく見てまわる。
みんなニコニコしていて、幸せそう。
そんな中武器屋のおじさんが、武器を片付けているのに遭遇した。
「何で武器を片付けるの?」
ソルがカウンター越しにおじさんに尋ねるど、彼は声をたてて笑った。
「平和になったんだ、もう武器はいらないやな!」
「あ、そうか」
「お店の物が売れなくなったのにすごくうれしそう」
マァルはクスクス笑っておじさんを見上げる。
「だったらこれからは花屋とか始めればいいんじゃないかな。ねえ?」
ソルが言うとおじさんは目を見開いてしばらく驚いていたけど、豪快に笑う。
「そりゃあ良い! 平和になったんだ、勇者さまが言うように花にあふれる世界にしよう!」
「じゃあぼくもグランバニアに花を植える!」
ソルも釣られて笑った。
「いいでしょ?」
ソルはテスを見上げて首を傾げた。
「勿論」
「あ! わたしも植える!」
マァルも手を挙げた。
「じゃあ私も」
「みんなで植えよう」
テスは苦笑して頷いた。

何の花を植えるか相談しながら、マスタードラゴン様が待つ入り口に戻った。
「もう良いのかね?」
「ええ」
「では行こう」
私たちはマスタードラゴン様の背に乗って再び空へ飛び立った。
276■ラインハット (テス視点)
次の場所はラインハットだった。
街を行く人の顔は皆楽しそうで、街並みはどこも壊れたりしていなかった。ヘンリー君やデール君がが不満や暴動をうまく躱したんだろう。
心配は杞憂に終わらせたわけだ。
なんのかんの言って、しっかり働いているらしい。……当たり前なんだけど。

ボクらは城に向かって歩いている。街の人たちは「勇者様御一行」に気付いて興味しんしんと言った顔をしているけど、近寄ってこない。
その辺も、ヘンリー君は国の皆の性格をよくわかっていたようで、ボクらがラインハットに着いたとき、街の入り口にはボクらをガードするための兵士さんたちがまってくれていた。
兵士さんたちはヘンリー君の部屋付近で何度も会った事がある顔見知りの人で、その辺も配慮されているらしい。
「物々しいね」
ビアンカちゃんは歩きながら兵士さんたちを見る。
「この国で有名人は目抜き通りを真っすぐ歩くのは大変なんですよー」
兵士さんは苦笑して言った。
「ともかく、一刻も早くテス様がたをヘンリー様のもとへお連れするよう言われております。多少窮屈かもしれませんが、我慢くださいませ」

ボクらは城に着いたとたん、王さまであるデール君への挨拶も抜きで、ヘンリー君の部屋に通された。
ヘンリー君とマリアさんはソファに腰掛けてのんびりお茶を楽しんでいて、コリンズ君は床に座り込んで何かの本を読んでいた。
「……一刻も早く部屋に来いって言っておいてその待ち方は何?」
呆れて言うと、ヘンリー君はボクに指をびしっとつき付ける。
「おまえが遅すぎ」
「ボクにだって色々あるよ。グランバニアにも帰らないで来たのに」
「あー悪かった悪かった」
ヘンリー君は笑いながら言うと座りなおす。
「まぁ、座れよ」
ボクたちはソファに座る。その間もコリンズ君はこっちに興味なさそうに欠伸をしながら本を読んでいた。
「しかしおどろいたなあ。本当にテスの息子が伝説の勇者だったとは……。トンビがタカを産むとはこのことだったか!」
ヘンリー君が豪快に笑うと、マリアさんは顔を青ざめてヘンリー君の腕を軽く叩いてから、
「まあ、あなたったら。そんなことをおっしゃるとビアンカさんに悪いですわ」とたしなめる。ヘンリー君はばつが悪そうな顔をして
「おっと……そうだったな。まったくビアンカさんはテスにはすぎた奥さんだ」
と肩をすくめた。
「……とりあえず二人はボクに喧嘩をうってるわけだ。ボクはトンビだと、まぁそう言うわけだ。……トンビ嫌いじゃないけどさ」
ヘンリー君とマリアさんに低い声で言うと、マリアさんははっとした顔をしてから慌てて首を横に振った。
「あの、いえ、決してそう言うわけでは……」
「ヘンリー君はともかく、マリアさんにそう思われてたとはねー」
わざとらしくため息をついたら、机のしたでヘンリー君とビアンカちゃんから思いっきり足を蹴られた。

ヘンリー君が咳払いをする。
「……とにかく世界が平和になり、わがラインハットの国民たちも大喜びだよ。オレもテスの友人として鼻が高いぞ。……おまえとは本当に長いつきあいだったな。これからも仲よくしてこうな」
「うん、ずっと仲良くいよう」
ボクは頷く。
「ヘンリー君と友達でいられてよかった」
ヘンリー君は声をたてずに静かに笑った。
こういう笑い方をしてるときは照れている時だから、それ以上何もお互い言わなかった。
マリアさんが静かに目を閉じる。
「あなた方のおかげで世界が平和になり、兄もきっとうかばれたと思いますわ」
静かな声で言うと、胸の前で十字をきる。

子ども達は大人の話に飽きたんだろう、前してやられた事も忘れてコリンズ君と話をしていた。
「ふーんソルは伝説の勇者だったのか。偉いんだな。なんだったら本当にオレの子分にしてやってもいいぞ!」
コリンズ君は読んでいた本を床に放り出してソルに言った。
「コリンズくんこそソルの子分になればいいのよ! べーっだ!」
マァルは舌をだして、それからこっちに走ってきてボクにしがみついた。
マァルにしては珍しいくらい完全な拒絶。
向こうでコリンズ君が微妙に青ざめた顔をして、放心している。
あー、まぁ、ショックだろうな。
「子分じゃなくて、友達なら、いいよ? コリンズ君は同じ年ごろの遊び相手がいないから淋しいんだよね?」
ソルが首を傾けてコリンズ君を見る。
「……考えとく」
コリンズ君はぼそっと答えた。
ボクは笑いそうなのを必死に堪えた。ビアンカちゃんがまた足を蹴り飛ばした。
「まあ、世界の英雄をあんまり引き止めても悪いだろう。ほかにも回るトコあるんだろ?」
「うん、まあ」
「また遊びにこいな」

ヘンリー君の部屋をでた所で、ビアンカちゃんはのびをした。
「ヘンリーさんとマリアさんって仲が良くて本当にステキなご夫婦よね。私たちも負けないよう ステキな夫婦になりましょ。テス」
「もう十分素敵なのに」
マァルのことばにビアンカちゃんは笑って、「マァルはおしゃまさんねー!」なんて言っていた。
階段をおりたところで、デール君がまってくれていた。彼はボクらに気付くと軽く会釈する。
「このたびは世界を救ってくださって本当にありがとうございました。ラインハットの王として国民を代表し、心からお礼を言います。テスさん。いえグランバニアのテス王! 本当はもっとおひきとめしたいところですが……さぞかしグランバニアはあなたの帰りを待っていることでしょう。どうかお気を付けて」
「また来ます、その時はゆっくり話をしましょう」
ボクらはデール君に挨拶して、ラインハットをあとにする。
「プサンさんは今度どこに連れてってくれるのかな?」
「さぁ? でも楽しみね」
277■サンタローズ (テス視点)
ラインハットの上空から、マスタードラゴンは西をめざす。
国境の大きな川をこえて、まだ西に向かう。サンタローズが見えてきたところでマスタードラゴンは少しずつ高度を下げはじめた。
「サンタローズは……」
ボクはマスタードラゴンに声をかける。
「サンタローズには寄らなくていいです」
もうなくなった故郷。
色々な事を振り切ったつもりだけど、お母さんも確実に居ない今、あの村にいって平気でいる自信があまりない。
「……まあ、見てみなさい」
マスタードラゴンはゆっくりとサンタローズの上空を旋回した。
「……うそ」
ビアンカちゃんがつぶやく。
ボクも目の前に広がる光景に息を呑んだ。

村の真ん中の教会。
真っ白な壁の二階建ての宿屋。
平屋でがっしりとした造りの武器屋。
村の入り口に近かった小さな家。
村の奥のお爺さんの家。
どれもこれも、記憶のままの形で、もとの場所に建っている。
……二階建ての、ボクの家も。
「ウソみたい……。私夢を見てるのかしら。村がすっかり元どおりだわ」
ビアンカちゃんがうれしそうに叫ぶ。
「さあ、降りるぞ。しっかりつかまって」

「……」
ボクはしばらく村の入り口に立って、村の様子を見つめる。
煙突からのぼる煙。
風にのって運ばれてくる花の香り。
「世界が平和になったばかりなのにいつの間に修復したのかしら? もしかしたら私たちへのプレゼントに神さまがチカラをかしてくださったのかもね」
ビアンカちゃんがボクに笑いかける。
「……それもあるかも。けど、きっとボクらが来てないときにもずっとサンタローズの人たちは復興に向けて頑張ったんだよ」
「そうね」
ビアンカちゃんがほほえむ。
「わたしもこの村に住んでみたいな……。だってなんだか優しい感じがするもの」
マァルはボクを見上げて笑う。
「ありがとう。……良い村だよ」
ボクはマァルに笑いかえす。
「ねー! 走り回ってきていい?」
ソルはうずうずと足踏みして、キラキラした目でボクを見た。
「あんまり遠くに行っちゃダメだよ」
「うん!」
ソルとマァルが走っていく後ろをビアンカちゃんと手を繋いで歩いて、村のあちこちを見て回る。
教会の前で、マザーと出会った。
「あら」
マザーが先に声をあげた。見覚えのある顔。
「シスター!」
思わず、ボクとビアンカちゃんは走り寄る。
「この教会のマザーになったの?」
「ええ。……あの子たちは、あなたたちの?」
「うん」
「そう……」
彼女は目を細めるようにほほえんで、ボク達を見た。そして、深く頭を下げる。
「ようこそお帰りなさい。サンタローズの村に。テスさん。あなたがパパスさんとこの村から出かけていった日。あの日のことをつい昨日の事のように覚えています。まさかあの日以来、2人とも帰らなくなるなど誰が思ったでしょうか……。それにビアンカさんと結婚したという話だって、ほんの昨日の話みたいなのに……。しかし今あなた方はこうして帰ってきてくれました。しかも世界平和というおみやげまで持って……」
そこまではゆっくりと、落ち着いた声で言っていたのに、急にシスターはその場で一回転した。
「わーいうれしいなあっと! テっちゃんが帰ってきた! わ〜い わ〜い!」
そういって何度かうれしそうに飛び跳ねる。
そう言えばシスターは、ずっと昔、子どもだったボクを連れたお父さんがこの村に帰ってきた時も、こんな喜び方をしたっけ。
「本当にお帰りなさいね、テっちゃん」
向こうでソルとマァルもシスターにつられたのか、口々に「わーいわーい」と言いながら、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「テっちゃんはどこかの国の王様になったって聞いたけれど、それでもここはあなたの故郷なのよ。いつでもかえっていらっしゃいね」
「うん」
「あと、テっちゃんのお家だった所。記憶のかぎりそのまま建て直したから寄っていってね。今は学者さんがお住まいだから、テっちゃんの家にはできないけど、それでも懐かしいでしょ?」
「ぜひ寄ります」
ボクらはシスターに手を振って別れて、元ボクの家に行ってみることにした。

近寄ってみたら、外壁の感じまでそっくりの家がたっていた。
「懐かしいわねー」
「うん。自分家じゃないのが嘘みたい」
ボクとビアンカちゃんが話しているのを、ソルもマァルも不思議そうに見上げている。
ボクらはドアをノックしてから、なかに入る。

「こんにちはー」
一階の奥にある台所から、男の人がでてきた。
「だんなさまに何か用ですか? だんなさまなら上にいますよ」
首を傾けて彼は言う。話していることばが、まるでお父さんを尋ねてきたお客さんを案内するサンチョみたいで、なんだか不思議な気分。
「おじゃましますね」
声をかけて二階へいくと、眼鏡をかけた男の人が、よくお父さんが本を読んでいた場所で、やっぱり本を読んでいた。
男の人がボクらに気付いて軽く会釈する。ボクらも会釈をかえした。
「この家はその昔、伝説の勇者の祖父パパスと勇者の父テスが住んでいたそうだ」
彼は家をぐるりと見渡す。
「ええ。まぁ、知ってます」
ボクは苦笑しながら答える。たぶん、彼にとってはステータスなんだろう。微笑ましい事だ。
「なに? 知っていると? そうかそれで見学に来たのだな」
彼は笑う。
「あー、えー、住んでいた事があって、ちょっと懐かしかったので寄らせていただきました」
ボクのことばに、彼の顔が青ざめていく。
「なに? 昔ここに住んでいたと……? す すると! あなた方が! あわわわわ」
「大事に住んでください」

家をでた所で、ビアンカちゃんがボクを見た。
「どこから来たのか知らないけど悪い人じゃなさそうね。あの人たちならこの家大事に住んでくれるんじゃない?」
それを聞いたソルがため息を吐く。
「ねえお父さん。あの人たち追い出したらダメかなあ?」
「ダメに決まってるでしょ! もうっあんたって子は!!」
ビアンカちゃんに怒られて、ソルは首を縮める。
「でも、あのお家でごろごろしたかったね」
マァルもぼそっと小さな声でいった。
「その気持ちは分からないでもないけど、ボクらの家はグランバニアだからね」
ボクはマァルの頭を撫でる。
「うん」
「そろそろ行こうか。家に帰らないと」
「そうね!」
ビアンカちゃんが笑った。

ボクらは村の入り口にむかう。小川に架かる橋のそばで、村の男の人たちが話をしていた。
どの顔も、歳はとったけど知ってる顔。ビアンカちゃんもそのことに気付いたらしい。
「なんだかうれしい……。あのとき逃げのびていた人実は沢山いたんだなって。……もしかしたらラインハットの兵は村だけ燃やして村の人たちは逃がしてあげたのかしら……? わかんないけど……そんな感じがすると思わない?」」
「うん、そうだね」
ボクらは彼らに近づく。
「オレはよう、パパスのケンカ友だちでパパスの頭を何回もどついたもんだよ。……けどパパスはどこかの国の王様だったっていうじゃないか。まいっちまうよなー」
「テスじゃないか! じゃなかったテス王! ずいぶんりっぱになられましたね」
「そんな言い方しなくていいよー」
ボクは苦笑する。
「テス! そうか帰っていたのか! いろいろウワサは聞かせてもらったよ。王様になってしかも魔界の王までたおしたとか。テスはこの村1番の出世がしらだな!」
みんな口々にまくしたてる。
「皆もこの村へお帰りなさい。ボクは今日はもう帰るけど、また来ます。その時はまた話聞かせてください」
「おうおう、待ってるからな!」
皆に見送られて、ボクらは村の外へでる。
「お父さまもしかしたらお城での暮らしよりこの村の方が好きだったかも知れないわね。だって そう思わない? みんなにしたわれて友だちだってたくさんいたんだもの。」
ビアンカちゃんが村を振り返る。
「そうかも知れないね……ボクもこの村大好き。また来ようね」
「ええ、また来ましょ!」
278■サラボナ (テス視点)
マスタードラゴンは、サンタローズから飛び立って西に向かう。
しばらく飛ぶと、アルカパが見えてきた。
「ねえ、マスタードラゴン様。アルカパには寄らなくていいからね。懐かしい思い出が沢山あるけど、でも私の故郷はもう此処じゃないから」
ビアンカちゃんの声にマスタードラゴンはうなずく。
「では、アルカパには寄らないでおこう」
そう言って、マスタードラゴンは少し高度とスピードをあげる。しばらく西に向かって、それから北に進む。
しばらく海の上を飛んだ。
足の下をキラキラした波が光っている。その波スレスレを鳥の群れが飛んでいく。
「見て見て、鳥さんが飛んでるよ!」
ソルが指を差す。
「見たいけど恐い」
マァルがしっかりとボクにしがみついたまま泣きそうな声をだした。ボクはマァルの耳元でささやく。
「大丈夫、ボクがしっかり支えてるから見てごらん」
マァルは恐る恐る下を見る。
「うわー、沢山いる! みんな元気ー?」
鳥たちは答えるように鳴いた。
「平和になって飛びやすいって! ありがとうっていってる」
マァルは笑った。
「いいなぁ、マァルは鳥とかの言葉がわかって」
ソルは口を尖らせる。
「二人とも可愛いわねー!」
ビアンカちゃんはソルとマァルを抱き締めた。
その間もマスタードラゴンは飛び続ける。
やがて目の前に岩山に囲まれた島が見えてきた。ボブルの塔がたっていた島だ。どうやら、世界をぐるりとまわったらしい。
「プサンさん、もう此処に力封印しちゃダメだよ」
ソルが言うと、マスタードラゴンは苦笑した。
苦笑したけど、はい、とは言わなかった。
……非常に正直な話だと思った。
そのまままだ北に向かう。
大陸が見えてきた。右手側に大きな火山。炎のリングを守っていた山。思わずボクは左手のリングを見る。
「どしたの?」
ビアンカちゃんは不信そうにボクを見る。
「なんでもないよ」

マスタードラゴンはゆっくりとサラボナに降り立った。
「では待っているからな」
見送られて、ボクらは町のなかにはいる。サラボナでは、祭りが行なわれていた。平和になったお祝いだそうだ。
あちこちには露店が出ていて、食べ物や飲み物が無料で振る舞われていた。ルドマンさんの計らいらしい。
「ルドマンさんって本当にふとっぱらよねえ。でもちゃんとしたお金のつかい方を知ってる感じ!」
ビアンカちゃんは渡されたサンドイッチを食べながら感心したように言う。
「ホントだね」
そしてサンドイッチを食べきって、少し早足で跳ねるように歩いてボクの前にまわりこんで、ボクを見上げるように立ち止まる。
「フローラさんは元気にしてるかしら? テス会っていきましょうね」
「うん」

ルドマンさんの家では、ルドマンさんが随分ご機嫌で陽気に笑っていた。
「わっはっはっ。やあゆかいゆかい! 魔界の王をたおし世界に平和をとりもどしてくれるとはな。さすがテスとその子供たちじゃ。私が見込んだだけのことはあるな。これであの時 フローラと結婚してくれていればと思うが……それは言うまい。ともかく今日ほどうれしい日はないぞ! やあゆかいゆかい!」
相変わらずルドマンさんはボクたちに話す隙すら与えないで喋り倒す。
なんだか懐かしい感覚だ。
ソルもマァルも唖然とした顔でルドマンさんを見上げている。気押されたらしい。
「テスさんの息子さんが伝説の勇者だったなんて……。本当におどろいてしまいましたわ。きっとテスさんとビアンカさんは結ばれる運命でしたのね」
ルドマンさんの奥さんはニコニコしながらゆったりと話す。
「ルドマンさんには本当に感謝してもしきれないほど、お世話になりました」
ボクとビアンカちゃんが頭を下げると、ルドマンさんはまた笑う。
「いやいやー、気にすることはない! これからもちょくちょく遊びに来るといい。そうだ、フローラにも会っていってやってくれ」
「ええ、もちろん」
ボクらは挨拶してからルドマンさんの部屋を出る。
部屋の前で控えていたメイドさんが、控えめに近寄ってくる。
「テス様、この度はありがとうございました。ルドマン様は本当にうれしそうで……。このルドマンはあの勇者に船をかしたんだぞ! って。会う人ごとにそのことばっかりおっしゃるんですよ」
「船だけじゃなくて結婚式もあげてもらったんだけど……。ルドマンさんにとってはそっちのほうはどうでもいいことなのかもね」
ビアンカちゃんは渋い顔をする。
「でもルドマンさんすごくうれしそうだったね。ブオーンを倒したときよりずっと嬉しそうだった」
「ソルも嬉しそうだよ」
ボクが言うとソルは照れたように笑った。
マァルがおずおずとボクを見上げる。
「あの……ねえ、お父さん? お母さんってこの家ですごく緊張したみたいだったの。昔この家でなにかあったの?」
「……ノーコメント」
ボクはマァルから目を逸らす。マァルはビアンカちゃんを見上げる。ビアンカちゃんも目を逸らした。
「前教えてくれた結婚の時のこと?」
マァルは首を傾げる。
「……秘密」
マァルは眉を寄せる。
「ねえお父さん。お母さんと結婚してよかった?」
「それは勿論」
ボクは即答する。
ビアンカちゃんもうなずいた。
「私もよ」
「わたし……お父さんもお母さんも大好きだから、ふたりが結婚して本当によかった!」
気を取り直したのか、マァルはほほえんだ。

「この町で結婚式をしたのがなんだかついこの間のことみたい……。石になってた時間が長いから そう感じるのかしら? ううんそうじゃないわよね」
フローラさんの家まで歩いているときに、ビアンカちゃんは伸びをしてからくるりと一回転。
「本当にちょっと前のことみたいだよね」
ボクらの話を聞いていたマァルがほわっとした顔でボクらを見上げる。
「いいなあ……私も結婚したい……」
ボクはぎょっとしてマァルを見る。
「だ、誰と!?」
「……お兄ちゃんと!」
安心した。
それは兄弟の柔らかい信頼。
けど。
安心はしたけど。
「……お父さんは許しませんよ」
「それって結婚にかかってるの? お兄ちゃんにかかってるの?」
ビアンカちゃんが呆れた声をあげたけど、ボクは答えなかった。


フローラさんとアンディ君は、別荘一階の窓際でお茶を楽しんでいた。
「ややテスさん!」
アンディ君がボクに気付いて立ち上がった。少し興奮したように頬を染めて、アンディ君は続ける。
「あなた方はやはりすごい人たちだったんですね! そんなすごい人と、いっときであれフローラのことで競い合ったなんて……。なんだかますます自分に自信が持てたような気がします」
「買い被りすぎですよ」
ボクが笑うと、フローラさんはほほえんで、それから礼をした。
「本当にありがとうございました。テスさんビアンカさんそれにおふたりのお子たち。どうかいつまでも仲よくおしあわせに」
ソルは言われて照れたのか、少し顔を赤くしてもじもじしていた。
おお、一丁前に。
そう思ったけど、からかわないでおいた。
ボクらはお茶をご馳走になって、そのお礼を言ってから別荘からおいとました。別荘から出たところで、ビアンカちゃんは立ち止まる。そしてボクの顔を覗き込んで、悪戯っぽく笑った。
「アンディさんすごく充実した顔をしてたわ。男の人ってやっぱり守るべきものがあるとすごく強くなれるのね」
ボクは苦笑しながら頷いた。
「皆を守ろうって思ったら、強くなれるよ。……ううん、強くなれたのは、皆がいてくれたからだね。誰か一人でもいなかったら、きっと魔王なんて倒せなかった」
ビアンカちゃんは満足気に笑った。
「ねえテス? あの日フローラさんじゃなくてわたしを選んだこと後悔してない? だってフローラさん今でもすごく美人だしおしとやかだし……」
ボクは思わずビアンカちゃんをまじまじと見つめた。
「ん? なんでだまってるの? もうっ!」
ビアンカちゃんは頬を膨らます。
「誰か一人でもいなかったら、ダメだって言ったばっかりなのに……」
ボクはビアンカちゃんの顔を覗き返す。
「ビアンカちゃんが居ない人生は考えられないですよ」
ボクは早口で言って、逃げるように歩きだす。
「丁寧語だー!」
ビアンカちゃんは嬉しそうに言うと追い掛けてくる。
ボクは追い付かれないように歩くのを緩めないで、町の外をめざした。
279■山奥の村 (テス視点)
サラボナから北に飛んで、マスタードラゴンは山奥の村の近くにふわりと降り立つ。これまでどおり村の入り口で待ってもらって、ボクらは村に入った。
春の暖かい風にのって、硫黄の匂いがするのが懐かしい気がした。春らしく、畑ではイチゴが色付いている。
ソルもマァルも楽しそうに辺りを見回す。
「あ! リス!」
「イチゴがあるよ!」
きゃいきゃいと二人は見えるものに歓声をあげる。その姿は、ちょっと前に魔王と戦って勝ったとは思えない。
「あらー、ビアンカちゃんお帰りー」
畑仕事をしていた女の人がビアンカちゃんに声をかける。
「マリーさんこんにちはー」
ビアンカちゃんがマリーさんと呼んだ女の人はニコニコ笑いながら、採ったばかりのイチゴを渡してくれた。
「ダンカンさんなら元気よ。それと、平和にしてくれてありがとうねー」
付け足しで言う様子は、あくまで気楽。ビアンカちゃんに気を遣わせないためか、それともこの柔らかい村では、平和は当たり前だったのか。
どちらにせよ、特別扱いされないのは気楽でよかった。


村の奥にある、ダンカンさんの家にむかう。
途中村の人たちはビアンカちゃんを見ては口々にお帰りと声をかけて野菜やらくだものやら分けてくれる。
「お母さん、イチゴあとで頂戴ね!」
「はいはい」
ビアンカちゃんは笑いながらソルに返事をする。
「ビアンカちゃんモテモテ」
ボクが言うとビアンカちゃんは「馬鹿なこと言わないでー」って苦笑した。

「お父さん、ただいまー」
ビアンカちゃんは明るく部屋の奥に声をかける。
「おぉ、ビアンカ。お帰りー」
ダンカンさんはのんびりした声で返事をした。
「お爺ちゃん! ぼくら魔王を倒したんだよ!」
「わたし恐かったけど頑張ったの」
ソルとマァルは口々にダンカンさんに報告する。
「そうかいそうかい、魔界の王をやっつけてしまったのか……」
ダンカンさんは目を細めて微笑む。
「それはともかくテスたち親子4人がこうしてわしに会いにきてくれたんだ。こんなうれしいことはないぞ。つもる話もあるし今日くらいはゆっくりしていけるんだろう?」
「それがお父さん……そんなにゆっくりしていけないの。グランバニアにも帰っていないし」
ビアンカちゃんは洗ってきたイチゴをテーブルに置く。ソルとマァルがすかさず手を伸ばす。
「なんだって? グランバニアでは人々がテスの帰りを待ちわびているのか。……そうか……。テスはグランバニアの王様だったな。すっかり忘れていたよ」
ダンカンさんは仕方ない、といった顔をする。
「よしわかった。テス、早くグランバニアに帰ってあげるといいぞ」
「お父さんまた会いに来るからねっ」
ビアンカちゃんはダンカンさんの手を握る。
「会いに来るのはいいがテスとケンカして家出なんかしてくるなよ」
ダンカンさんはそう言って豪快に笑い声をあげた。
「ホントにもうっ! お父さんったら心配してるのかからかってるのかわからないわ!」
ビアンカちゃんは頬を膨らませたあと、ボクを振り返る。
「でもテス。私がここに帰りたくなるようなことは絶対にしないでね。約束よ」
「約束します」
ボクは苦笑しながら頷いた。
「どれわしのかわいいマゴたちの顔をよく見せておくれ。ソルにマァル。お父さんやお母さんのような立派な大人になるんだよ」
ダンカンさんはソルとマァルの頭を交互に撫でて、しっかり顔を見る。
イチゴを食べおわった二人はニコニコ笑ってダンカンさんを見上げる。

ボクらはダンカンさんの家をあとにする。階段をおりきったところで、ソルがボクらを見上げる。
「お爺ちゃんひとりっきりじゃ淋しいに決まってるよ。お父さんお城が落ち着いたら おじいちゃんもグランバニアに呼ぼうよ。ねっ!」
ビアンカちゃんは少し目を潤ませた。
「ありがとう……ソル」
「わたしお爺ちゃん大好き。だってやさしいんだもん」
「マァルも本当にいい子ね……」
ビアンカちゃんは二人を抱き締める。
「えっと……あのね……。お城に戻ったら、わたし皆でおべんとう持って……森へピクニックに行きたいの」
マァルはビアンカちゃんにくっついて、小さな声で言う。
「いいわね。じゃあお母さんがおべんとうつくろうかな?」
ビアンカちゃんはにじんだ涙を拭って笑う。
「ホント!? やった〜!」
「ぼく甘い卵焼き入れてほしい!」
ソルが手をあげる。
「任せて!」
ビアンカちゃんはソルにウィンクした。
マァルはビアンカちゃんにぴったり体をくっつける。
「お母さん……」
「ん? なあにマァル?」
「……ううん。なんでもないの。お母さん……大好き」
ビアンカちゃんは何にも言わないで、マァルをしばらく抱き締めていた。



「オレ聞いちゃったよ。ビアンカさんてダンカンさんの本当の娘さんじゃなかったんだね。なんでもダンカンさんが山に行ったとき拾ったとか。あっこれ言っちゃいけなかったかなあ……」
帰り道、村の入り口付近であったおじさんが、ビアンカちゃんに確かめるように尋ねる。
けど、みるみる凍り付くビアンカちゃんの表情をみて、おじさんは口を押さえた。
ビアンカちゃんはうまく声をだせなくて、ボクをみる。
「ダンカンさんの冗談じゃないですかね?」
ボクはおじさんに笑って言うと、そのまま村の外をめざす。
「ねえ」
ビアンカちゃんがボクに聞く。

「今の話本当かしらね……。もし本当だったらちょっとショックかな……。でもそんなことあるはずないわ。だってあの父さんと母さんが私にずっとウソをつきとおすなんてできるはずないもの……」
ビアンカちゃんは泣きそうな顔をする。
「そんなことないって思うんでしょ? だったら、それがホントだよ」
ボクは微笑んで見せた。
「……うん……テスは何も聞いてない?」
「うん。あんなの、きっとダンカンさんが酔った勢いとかで言った冗談だよ」

第一、聞いたのは山じゃなくて宿にきた若い夫婦の話だ。
今思えば、勇者の血筋のせいで、魔物に襲われたのかもしれない。

「……」
ビアンカちゃんは眉を寄せ、不安そうに村の奥を振り返る。
「あのさ、お父さんって聞いて誰の顔を思い出す? お母さんは? ……ダンカンさんたちでしょ?」
ビアンカちゃんは頷いた。
「だったら、ビアンカちゃんの両親はダンカンさんたち。それ以外はないよ」
ビアンカちゃんは微笑んで頷いた。
「そうよね。……そうに決まってるよね」
「あこがれの夫婦なんでしょ?」
「うん」
「負けないように頑張らなきゃね」
ボクらは手をつないで歩く。
「お父さん、お母さん、はやくー!」
先に行った子どもたちが手を振ってボクらを呼ぶ。
「今いくわー」
あいた手でビアンカちゃんは手を振りかえして、ボクをひっぱって歩きだす。

ボクはそっと村の奥にある家を見る。
ダンカンさんも、ボクも、ビアンカちゃんの秘密は二度と口にしちゃいけない。

「ビアンカちゃん」
「なぁに?」
「好きだよ」
ビアンカちゃんは一気に顔を赤くした。
「な、なによ急に!?」
「別にー。ちょっと言いたかっただけ」
照れているんだろう、ボクの手を乱暴に引っ張ってビアンカちゃんはそのまま歩く。

やっぱり、こんな感じでいてくれるほうがビアンカちゃんは可愛い。
280■グランバニア 1 (テス視点)
山々の間に、グランバニアの城の尖塔が見えてきた。山は桜の色に所々染まっていて、喜んで笑っているように見えた。
「お城が見えると、帰ってきたーって感じがするわね」
ビアンカちゃんは明るい声で言って笑う。
「ご馳走いっぱいあるかなあ?」
ソルは言ったとたん、お腹をぐーっと盛大にならす。ボクらは思わず声をたてて笑った。

マスタードラゴンの背をおりて、胸を張って城門を開く。
門番が「おかえりなさいませ!」と張りのある声で挨拶し、敬礼した。
「城下町はずいぶんにぎやかだね」
声をかけると、門番は背をのばす。
「平和を勝ち取った宴です!」
「ご馳走ある?」
ソルが聞くと門番は苦笑してから、大きくうなずく。
「勿論ございますよ、殿下」
それを聞くと、ソルはそわそわと体を揺する。
「お父さんっ! 早く行こう!」
「もうソルっ みっともないー!」
マァルが頬を染める。
ボクは笑った。
「お腹すいたら男の子はこんなモンだよ」
それからソルを見る。
「先に行っていいよ」
「本当!?」
ソルは顔を輝かせて、マァルの手を引いて走りだす。
「私たちも行きましょ?」
ビアンカちゃんはボクの手をひく。
「うん、いこうか」

城下町は華やかに飾られていて、食べ物や飲み物が振る舞われている。みんなお酒が入ってるんだろう、赤い顔で陽気に歌ったり騒いだりしている。
その中をボクはビアンカちゃんと手をつないで歩く。街行く人たちはニコニコとボクらを見ては、口々に祝福やお礼をのべていく。
「みんな幸せそうねー、頑張ってよかったね」
「うん」
ボクらは渡された飲み物を飲みながら、歩く。町の中心では、沢山の人が笑いながら踊ったりしている。その中にホイミンやスラリンも交じっていた。ゲレゲレはその輪からはずれて、少し暇そうに寝そべっていた。
「ゲレゲレー」
ビアンカちゃんはゲレゲレに駆け寄って、その喉を撫でる。ゲレゲレは、ごろごろと喉をならした。ボクの時は絶対そういうのしないのに。
「ゲレゲレも今までよくがんばってくれたわね。えらかったわ」
しゃがんで、ゲレゲレの背を撫でながら、ビアンカちゃんはゲレゲレを労るように背を撫でた。
「魔王倒してから、みんな見なかったから消えちゃったのかって心配してたの」
ボクを見上げてビアンカちゃんは微笑む。ボクは頷いた。
「みんな無事でよかった」
踊りの輪を見てみると、ピエールが女の子たちに誘われていて、それを必死に断っているのが見えた。
「ピエールモテモテね」
ビアンカちゃんは笑う。
「テスも誘われてもああして断ってね」
「……わかってるよ」
「即答しなさいよ」
ビアンカちゃんは笑いながら、ボクの足をぎゅーっと踏んで、そのまま先に歩いていってしまう。ボクは慌ててあとを追い掛けた。
とはいえ、ビアンカちゃんが本気で怒っていないのは分かるから、つかず離れずくらいの距離でゆっくり後ろをついていく。
しばらく歩いていくと、ビアンカちゃんはお酒を飲んでるおじさんに声をかけられた。
「ビアンカ様はいつ見てもお綺麗だし、今日は酒もうまいし、言うことなしですよ! ああ、ビアンカ様は本当にお綺麗だ」
ビアンカちゃんは言われて頬に手を当てて照れて、「おじさんったら、お上手ね」なんて言っておじさんの腕をかるくたたく。それからボクを振り返って言う。
「ねえ聞いた!? 今の人の話ちゃんと聞いた!? ちゃんと聞いてないならもう一度聞いてよ!」
「聞いてたよ」
ボクはビアンカちゃんの目を覗き込む。
「ビアンカちゃんは綺麗だし、あのおじさんが浮かれる気持ちは分かるけど」
ボクはビアンカちゃんの耳元でささやく。
「ビアンカちゃんが誉められるのはうれしいし、ビアンカちゃんがそれで喜ぶ気持ちも分かるけど……なんかムカっとくるのは何でかな」
ビアンカちゃんがボクの顔を見てにこりと笑う。
「さっき即答しなかったの、許したげる」
「それはありがとう」

そんな話をしていると、ソルとマァルが走ってきた。どこかで貰ったのか、二人とも手に綿飴をもっている。
「お父さん! こっち来て!」
「どうしたの?」
「いいから!」
ソルとマァルはボクとビアンカちゃんの手を引いて歩きだす。
広場の奥ではお酒を飲んでべろべろな人か多くなってくる。そんな一角で、そのヒトは陽気に笑っていた。
「わっはっはっはっ。人々のよろこぶ姿はいつ見てもよいものだな。どれ……もう一杯」
ちょびヒゲのおじさんは気持ち良さそうにジョッキのビールを飲み干した。

……まさか、いいの?

色々なことが頭をよぎっていく。
「私がだれかだって? テスまだわからないか? 私だよ。プサンだよプサン。やはり人間というのはいいものだなあ……」
ボクは脱力した。
「いや、分かりますけどね……今頃天空城でみんな泣いてますよ」
「プサンさんまたやっちゃったんだ……」
「プサンさん、本当は人間に生まれたかったのかな?」
ソルとマァルはこそこそと話し合う。ビアンカちゃんはボクの服の裾をひっぱった。
「わ……私は初めて見たけど……今の人がマスタードラゴン様なの? 天空の人たちがあんなにあわててた意味がようやくわかったわ…」
「でしょ? 悪い人じゃないんだけど、なんか色々遣り切れないよね」
マスタードラゴンは、いや、プサンさんは陽気に笑いながらお酒を飲み続ける。
「人々が喜ぶ姿は本当にいい。力がみなぎるようですよ」
ニコニコしてプサンさんは細めた瞳で辺りを見回した。
「本当はあんまり酔ってませんね?」
「この程度ではね。……しばらく滞在しますから、よろしくお願いしますね、テスさん」
「さっさと帰らないと天空城の正門締め切られますよ」
「あっはっは、そうなったらグランバニアにずーっと住まわせてくださいね」
「いやです。祭りが終わったらかえってください」
「えー」
「えー、じゃなく。仕事しなさい、仕事。二十年以上さぼったんだから取り返しなさい」
「テスさんは厳しいですね」
「プサンさんが杜撰なんですよ」
「このくらいが丁度いいんですよ。私は世界を見守るのが仕事なんでね」
言うと、プサンさんは広場の入り口をみた。
「皆さんお待ちみたいですよ。そろそろ行ったほうがよさそうです」
「分かりました」
ボクはプサンさんを見る。
「居つかないでくださいね」
「前向きに検討します」
プサンさんは笑う。
これは暫く居座られそうだ。
ボクは諦めて肩をすくめると、プサンさんに笑って見せた。
281■グランバニア 2 (テス視点)
ボクらは揃って、三階の王の間をめざす。
階段を登りきって、庭のまわりを通る回廊にでた。
太陽は柔らかい光であたりを照らしていて、風は春特有の少しぼんやりした暖かさで吹き抜けていく。その風にのって桜の花びらが運ばれていった。
中庭にはドリスちゃんがいて、お祭りの時用のレースがいっぱい使われたピンクのドレスを来ている。
「あ! お姉ちゃん」
マァルが走りよっていくと、ドリスちゃんは鼻にしわを寄せる笑い方をして、「おう!」と返事をしてVサインをした。
「おかえり。遂にやっちゃったな」
言って、ソルとマァルの頭をぐちゃぐちゃと撫でる。
「ぼくら頑張ったもん」
「そうだな」
ドリスちゃんは次にビアンカちゃんを抱き締めた。
「ビアンカ様が無事でよかった」
「ありがとう。ドリスちゃんにまた会えてよかったわ。また仲良くしてね」
「勿論勿論! こちらこそ」
ドリスちゃんはビアンカちゃんの両手を上下に振りながら、頷いた。
それから深呼吸してボクを見る。
「父のオジロンから聞いたわ。王さまたちが魔界の王をやっつけたんだってね」
「どうしたの? 急に」
いつにない話し方にボクは思わずドリスちゃんを見る。
「口の悪さなおすキャンペーン中なんだよ」
「なおってないなおってない」
「煩いなぁ……なーんて本当は王さまにこんなクチのききかたしちゃいけないのよね」
ドリスちゃんは苦い顔でコメカミを押さえる。かなり苦戦しているらしい。
正直似合わないから、なおすのをやめてもいいと思うけど、本人がやる気なんだから言わないでおいた。
「なおしたほうが良いとは思うけど、無理しなくても良いと思うわよ? ドリスちゃん、そのままで十分可愛いし素敵よ」
ビアンカちゃんは、ドリスちゃんの頭を優しく撫でた。
「なおしたほうがいいかなって思って……でもこういうのってなかなかなおらなくて……」
「ま、ゆっくりでいいんじゃない?」
ボクが答えると、ドリスちゃんはため息をついた。
「まぁ、適当にやるさ」
諦めたような口調で言うと、ドリスちゃんは肩をすくめる。それから中庭の奧のほうに歩きだす。
「もう王の間には皆集まってるぞ、早く行ってやれよ」
そしてボクらから十分離れたところで振り返って言う。
「テス王ステキよ」
ボクは思わず笑った。
「ドリスちゃんもね」
答えて、ボクらは中庭をあとにする。

途中でビアンカちゃんが立ち止まった。
「ねえテス……。私あなたにめぐりあえたこと、本当に心から神さまに感謝してるわ。絶対に私の前からいなくならないでね。私のこと絶対にはなさないで……」
ボクはビアンカちゃんの顔を覗き込んで笑った。
「ボクもビアンカちゃんに巡り合ったこと、神様に感謝するよ。神様がプサンさんだと思うとちょっとアレなんだけど……。ずっと一緒にいようね、今まで以上に仲良くいようね」
「うん、約束よ? さあ行きましょ……テス」
「約束するよ」
ボクはビアンカちゃんの腕をかるく持って、王の間につづく扉にむかう。ソルとマァルは後ろから着いてきていた。
扉の前ではサンチョが待ってくれていて、ボクらに気付いて深く頭を下げた。
「ぼ……坊っちゃん、いえテス王! お帰りなさいませ! この度のご活躍このサンチョどれほどうれしかったことか……。その昔先代パパス王とまだ赤ン坊だったテス王を連れてこの城を出たとき……。まさかこんな日が来ようとは夢にも……。うっうっうっ……。さあテス王、皆が待ちかねていまぞ」
途中で泣きながらも、サンチョはボクらを先導するように扉をあける。
「サンチョは泣き虫だなあ」
ソルが笑う。
「パパスお爺様、サンチョのこともちゃんと見まもってるよね」
マァルはボクを見た。ボクはうなずく。
「勿論だよ」

王の間にはオジロン様をはじめ、主だった貴族や兵士が沢山ボクらを待ってくれていた。
彼らは口々に祝福と感謝のことばをのべた。その間をボクらは胸を張って歩いた。一度部屋に戻って、パーティー用の盛装をする。ビアンカちゃんは薄い水色のドレスで、とても良く似合っていた。
「素敵だよ」
「テスもね」
ボクらはゆっくり階段をおりて、そして二人で座っても余裕がある玉座にビアンカちゃんと二人で座る。ソルとマァルはその両脇にたった。
拍手ののち、ゆっくりと華やかなワルツが演奏される。
その場にいた人たちは、お互い手をとって踊りはじめた。
オジロン様は奥様と踊る。
サンチョはシスターと踊りはじめたみたいだ。
いつのまにか王の間に来ていたドリスちゃんが引っ張りだして踊り始めた相手は、プサンさんみたいだ。神様と踊ってるなんてドリスちゃんは思ってないだろうけど。
ボクは立ち上がるとビアンカちゃんの手をとる。
「踊ってくれませんか?」
軽く足をまげて誘うと、ビアンカちゃんは笑った。
「踊れるの?」
「王様たるもの、踊りくらいできなきゃね。……冬の間に練習したんだ。まあ、ワルツしかできないんだけどね」
「テスらしい」
「……踊っていただけますか?」
「喜んで」
微笑むビアンカちゃんの手に軽くキスをして、ボクはビアンカちゃんと部屋の真ん中に進む。
ソルとマァルも手を取り合って踊り始める。
部屋のなかを暖かい春の風が吹き抜けていく。桜の花びらが舞った。
今頃妖精の国ではポワン様が春風のフルートを吹いて、妖精たちが花を運んでいるんだろう。

二人でゆっくり踊りながら、ボクはこれまでの色んな事を思い出す。

お父さんと船で港に戻って、サンタローズに帰った日のこと。
レヌール城のおばけを退治して、アルカパから帰る時ビアンカちゃんにリボンをもらった別れの日のこと。
さらわれたヘンリー君をお父さんと助けに行った時のこと。
結婚式、みんなに祝福された時の、嬉しかった最高の気持ち。
子どもたちが産まれた時の感動。
沢山、思い出す。

ビアンカちゃんは踊りながら微笑んだ。

どこからともなくふしぎな声が聞こえた気がして、ボクは天井を見る。

見てください あなた。子どもたちの あの幸せそうな顔を。

ああ 見ているとも

私たちの子供は 私たちがかなえられなかった夢をかなえてくれたようだ。

さあ こっちへおいで。

はい あなた…

ボクは幸せな気持ちになって、ビアンカちゃんを抱き締めた。
「聞こえた?」
「うん」
「負けてられないね」
「そうね」
ボクはビアンカちゃんにキスをして、ワルツの続きをおどる。
華やかな踊り。
きっとこれからも、ずっと華やかに世界はつづいていく。

ずっと平和に。
ずっと明るく。
ビアンカちゃんと一緒に。

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