41■ボブルの塔にて (前半)
この先に、お父さんの仇が居る。


209■ボブルの塔 1 (テス視点)
険しい岩山を越えると、島の内部が見えてきた。
島の東寄りに、背の高い塔がたっている。塔のまわりは周りの岩山程ではないが、それでもきつそうな山がつづいていた。
ボクはそっと目をあけると銀色のパネルからおりる。
「……ここから島におりるにはどうしたらいいのかな?」
ボクが首を傾げると、少し向こうで座っていたソルが立ち上がった。
「ぼく、聞いてくるよ!」
いうやいなや、プサンさんが居る部屋につづくハシゴをかなりの勢いでのぼっていった。
その間にボクは床に座り込む。
「お父さん、大丈夫?」
マァルが心配そうにボクを覗き込んだ。
「さすがにちょっと疲れたよ。けど、とりあえず島におりるまでは頑張るよ。実際に島にいく前にはちょっと眠りたい」
ボクは正直に答える。マァルはうなずいた。
「いく前にはそうしようね」

話しているとソルが帰ってきた。
「お父さーん」
「おかえり、プサンさんは何て?」
「えっとね、お城を地上に降ろしたらいいって。さすがに山の所は無理だけど、もうちょっと西側に行ったら、お城が降ろせるくらい広いところがあるって」
「なるほどね」
「でね、きっと塔は複雑だからしばらくはお城を拠点にすればいいって」
「ふーん。あとでプサンさんにお礼言わなきゃね」
ボクは立ち上がると銀色のパネルに戻る。
「じゃあ西側にある広い場所まで動こうか」


ゆっくりと天空城を地上に降ろす。
「天空城なのに、地面に置くのはちょっとかわいそうね」
マァルが眉を寄せる。
「まぁ、仕方ないよ。ちょっとの間我慢してもらおう」
ボクは床に座り込む。はっきり言って限界だった。ずっと集中してたせいで、かなり精神的に疲れた。体力的にも、実はだいぶ参ってる。ちょっと気を抜けば倒れてしまいそうだ。
考えてみれば、こんな大きなものを一人で動かしたんだから、疲れて当然だ。
「とりあえず……疲れた。眠りたい」
「じゃあ、一回グランバニアに戻ろう? お父さん、しっかり寝て、またルーラでここに戻ってきたらいいよ」
マァルがボクに言う。
「できたらそうしたい。……マァル、ルーラ頼めるかな?」


「じゃ、行こうか!」
遠くに見えるボブルの塔を見据えて、ボクは声を張り上げる。
しっかり寝た分、疲れがとれていたし、体も軽い。
「うん!」
「頑張ろー!」
マァルやソルが口々に返事をする。ボクはそれを見てほほえんだ。
大丈夫、ボクはうなずく。
きっとうまくマスタードラゴンの隠した力を取り戻せる。
自分に言い聞かせるように一度心の中で呟く。
それからゆっくりと歩きだした。

山はかなり険しかった。
周りの岩山程ではなかったけど、それでもつらい。
歩きにくくて、思っていたより塔に着くのには時間がかかった。
ボクらは塔をぽかんと見上げる。
塔は不思議な感じの形だった。てっぺんに行くほど細くなっていっている。
背が高くて、正面に両開きの大きな扉がある。外周にはぐるりと階段が作られていて、それを使えば塔のてっぺんにのぼれそうだった。
「変な形」
ぼそりと言うソルにボクはうなずく。はっきり言って変だ。
「とりあえず、変でも何でも行かなきゃね。ソルとマァルと……あと、ピエール、で行こうか」
ボクらは塔の入り口にある扉の前に立つ。少し力を入れて扉を押してみたけど、扉は開かなかった。
「……?」
ボクは今度は扉を引いてみる。やっぱり開かない。
「……開かない」
ボクは振り返って皆を見る。全員で押したり引いたりしてみたけど、やっぱり開かない。鍵穴もない。
「……鍵穴がないっていうことは、鍵で締まってるんじゃないね。内側に閂みたいなのがあって、それで開かないんだね」
ボクは外周にある階段に目を向ける。
「……アレを登って天井から入るのかな?」
「……え」
マァルが厭そうな声をあげる。
確かに、この塔は高いし、しかも外周の階段には手すりがない。高い所が苦手なマァルにとって、それはかなり辛いだろう。
「マァルは残る?」
ボクが聞くと、マァルは暫く悩んで、それから頭を左右に振った。
「ううん、行く。でもお父さん、手を繋いでってね?」
「それはもちろん」

ボクらは、外側の階段をゆっくり登り始めた。
先頭を行くのはピエール。次にソル。ボクはその後ろでマァルの手をしっかり握って登った。
ぐるぐると、外周を回る。
どんどんと高さが上がっていって、周りの景色が見え始めた。周りは確かに山ばかりで、でもその山の緑や、所々崩れて茶色く見える山肌は、素直に美しいと思う。
目線に、空が見えた。
秋の空は、空気が澄んでいて抜けるように青い。

ビアンカちゃんの、目の色。

 
「……」
ボクは一瞬足を止めて、その色に見とれる。
「お父さん?」
マァルが不思議そうにボクを見上げた。
「……頑張ろうね」
ボクが言うと、マァルは不思議そうな顔のまま、それでも頷いた。
「主殿、天井部分から下に降りられそうです」
先にのぼったピエールから声がかかる。
「わかった、今行くよ」
マァルの手をしっかりと握りなおして、ボクは頂上を目指す。

 
頂上には、ピエールが言ったとおり塔の中に入れそうな穴があった。穴のヘリには、鉄でできた頑丈な輪が有る。
「あ、これって、この前天空人のお爺さんにもらったフックのついたロープが引っ掛けられるんじゃない?」
ソルがしげしげと輪を見つめる。
「うん、たぶんそうやって中に入るんだろうね」
そう答えてからボクは皆を見る。
「……大丈夫? 降りられる?」
「ぼく、平気!」
「わたしも……なんとか頑張る……」
「……多分」
ピエールの返事がなんとなく不安だったけど、どうしようもない。
「じゃ、行こうか」
210■ボブルの塔 2 (テス視点)
頂上の穴から、中をのぞいてみる。四角く切り取られた穴の向こうには、塔の内部が広がってる。ボクのほぼ上から太陽が照っていて、ボク自身が影を作ってるせいで中はよくわからない。ただ、確実にここから中へは入れそうだ。
「ソルが言うとおり、フックがついたロープをここで使えば中へ入れそうだね」
ボクは道具袋からフックつきのロープを取り出して、フックを塔の入り口のところにある金具に固定した。
「ボクが先に降りるよ。大丈夫そうだったら声をかけるから、順番に降りてきて」
「大丈夫じゃなかったら?」
マァルが不安そうに言う。
「んー、まあ、魔物が居たとかなら、慌てて呼ぶから助けに来てね」
ボクは笑うと、ロープをしっかり握った。
「入ってどうしようもなかったら、また登って来るから」
それだけ言い残すと、ボクは一気にロープで下に降りた。
こういうのには慣れている。
 
内部は、狭い空間だった。
屋根に比べれば随分広くはなっているけど、それでも根元のほうに比べたら随分狭い。屋根の部分までは外壁を螺旋状に登ってきて、上に行くほど狭くなるっていうのは何となく理解できていたけど。
思ったより、壁が分厚いらしい。想像以上に狭かった。
「どうですかー?」
天井の四角く切り取られた穴から、ピエールの声がする。
「うーん、ちょっと待ってねー」
ボクは辺りを調べる。
天井に穴が開いて入り口になってるせいで、雨風がどんどん吹き込んでいるんだろう。床や壁の下のほうには砂が雨の形を残してこびりついて、お世辞にも綺麗ではない。
辺りには何も居ないらしい、気配は無かった。
右手側に下っていく螺旋階段が見える。
「大丈夫ー、とりあえず敵はいなさそうだし、階段もあるから降りていけそう。順番に降りてきて。ゆっくりね!」
屋根に向かって叫ぶと、暫くしてソルが器用に両手と両足を使ってロープを安定させて、ゆっくり降りてきた。
「到着ー!」
床が近付いたところで、ソルはロープから手を離して綺麗に両足で着地した。
「お父さん、どう?」
ちょっと得意気にソルが尋ねる。
「お上手」
軽く手を叩きながら言うと、ソルは胸を張った。
「次、わたし行くねー」
天井から声がする。
「気をつけてね」
ボクは返事をする。暫くすると、マァルがこわごわとロープを使って降りてきた。
「目、つぶりたいー!」
「つぶったら危ないー!」
マァルの声にソルが返事をする。「うー」っとマァルが苦い声を出す。ボクはロープに近付いていって、両手を挙げる。そしてマァルが抱えられる位置まで降りてきたところで、ロープからおろしてあげた。
「……恐かった……もうロープでは降りたくない……」
マァルは少し青ざめている。ちょっと気の毒だ。
「今度降りる羽目になったら、ボクが一緒に降りるよ」
「ホントね? 約束だからね!?」
マァルは必死になって言う。ちょっと可愛い。
「では、行きますね」
ピエールの声がした。そういえば、ピエールはスライムに乗ってる。……どうやってくるんだろう。下のスライムは別なのかな?だとしたらここまで喋ってないのは変だよな?
そんな事を考えていたら、ピエールは器用にも両手だけで降りてきた。スライムと一緒に。
「……?」
ボクがじっと見つめているのに気づいたんだろう。
「どうされましたか?」
「いや、下のスライムも一緒なんだ?」
「変ですか?」
ピエールはきょとんと尋ねる。
「いや、……うん、無事で何より」
「ええ、ありがとうございます」
ボクは暫く黙った。
暫く黙って、色々その間考えた。
スライムの上にピエールは乗ってるんじゃなかったのかなあ?とか。
で、結論に至る。
「行こうか」

どうせ考えたってわかりっこない。
多分、上も下もピエールなんだろう。くっついてるのかどうかはよくわかんないけど。
 
「一緒に居てもわかんないことっていっぱいあるよね」
「そうですか?」
ボクのつぶやきにピエールは首をかしげた。
「うん。いっぱいあるよ。言い出したらきりがないからやめとくけど」
ボクはそこで話を切り上げた。
不思議なことっていっぱいある。暫くいろんな例を考えたけど、どれもやっぱり答えは出なさそうだ。
「うん、やっぱりきりがなさそうだからやめとく」
ボクがぼそっとつぶやいたのを見て、ピエールだけでなくソルやマァルも首をかしげた。
「ま、ともかく進もうか」
ボクはロープを回収してから、皆に声をかけた。

 
ボクらはすぐそこにあった螺旋階段をおりた。
次の階は、さっきの階より少しだけ広い。上の階という「屋根」があるせいか、さっきの階より随分綺麗だった。
中央には小さな人工の池がある。床にブロックを積み重ねて水が入れられるようになっていて、そこに実際水を溜めたようだ。
もしかしたら上から吹き込んで来た雨が溜まっただけかもしれないけど。
ここにも何もなさそうだったから、そのまま先に見えていた螺旋階段をおりた。

 
随分長い階段だった。
今は上から三階目。床面積は随分広くなったらしい。階段を下りて正面の方向はしばらくいくと外周でカーブしていて、先がわからなくなっている。
左手側にはボクの肩あたりまでの壁。他の皆は背が足りないから向こう側が見えない。何気なく壁の向こう側を覗く。
床の一部だけ綺麗なタイルが貼られている。どうやら部屋になっているみたいだった。中央にはこの壁と同じくらいの高さの壁があって、向こう側には何があるのか見えない。
ボクが見ている場所から言うと左手の奥側に、祭壇があるのが見えた。
「何かあるの?」
ソルが足元から尋ねる。
「うん、祭壇があって……」
そのまま視線を床に落とす。
そこに、人が倒れていた。ボクは短く息をのむ。皆はそれで異常に気づいたらしかった。
「人が倒れてる!」
「え!」
ボクは走り出した。左手側はずっと壁だった。角を二回曲がる。部屋に入る入り口は無かった。行き止まりにまた下りの階段。
「部屋に入るところないよ!?」
マァルが慌てたように言う。
ボクは部屋の中を見る。さっき覗いたところから、ちょうど向かい側。やっぱり部屋の中央には壁があって内側に何があるか見えない。
床に倒れている人は、酷い怪我をしているらしい。こちら側から見ると床に血溜まりが出来ているのが見えた。
「賭け事って嫌いだけど、賭けよう」
「何を!」
「部屋の真ん中に壁で囲まれて、ここからじゃ何があるか分からない空間がある。下からの階段が通じてるはず!」
ボクは叫ぶと、目の前にある階段を下る。
後ろから皆も慌てたように付いてきた。
今度も長い階段だった。
もどかしい。
下りきったところで辺りをうかがう。
広い部屋だった。部屋の中央には螺旋の登り階段がある。
「ビンゴ!」
ボクらはその螺旋階段を駆け上がる。
間に合え。
そう思いながら。
211■ボブルの塔 3 (テス視点)
螺旋階段を駆け上った。目の前の祭壇に、人が倒れている。血のニオイが充満していて、一瞬顔をしかめる。
倒れていた人はボクらの足音に気づいたんだろう、苦しそうな息を吐きながらこちらをみた。
ボクはその人のところへ駆け寄る。身体を抱き起こしてみたけど、その時点でもう、この人が助からないのがわかった。回復魔法をかけても、きっと何の効果も現れない。

遅かった。

「2匹のとてつもない魔物が竜の目を……」
その人は苦しげな息と共に声を振り絞る。もしかしたら、もうボクのことは見えていないかもしれない、そんな風に感じた。
「その2匹はまだこの塔のどこかにひそんでいるはず……。見つからないうちに早くお逃げください……」
そこまで言うと、その人は静かに目を閉じる。
そしてもう、二度とその目を開くことは無かった。

ボクはゆっくりとその人を床に横たえる。
上へはもうロープをはずしてしまったから戻ることは出来ないし、これから行く下がどうなってるかわからない以上、遺体を運んでいくわけには行かなかった。
「行こうか」
離れたところで泣いているソルとマァルの頭をくしゃっと撫でてボクは言う。
この子達は見知らぬ人のために泣けるんだ、と思うと少し羨ましい気がした。
間に合わなかった悔しさはあるけど、ボクは泣けない。
人の死に、麻痺してしまっている。
そんな自分が酷く乾いているような気がして、何だか嫌な気分になった。
 
 
 
ボクらは無言で螺旋階段をおりる。
さっきは階段を慌ててのぼったから見てなかったけど、この階にも人工的な泉があって水が溜められていた。
ここまで雨が吹き込んでくることはないだろうから、やっぱり誰かが水を溜めたんだろう。一体いつ溜めたものかわからないけど、随分綺麗だ。
ボクらはここで暫く休憩することにした。
「今、どの辺なのかな?」
ソルがボクを見て尋ねる。
「んー、窓が無いからねえ」
ボクは天井を見上げた。
「今は塔に入ってから4つめの階だね。途中二回結構長い階段があったし、ここも随分天井が高いから、最初や二つ目の部屋よりは一気に塔を下ったことになるね」
ボクは頭の中で塔の断面図を考えながら話す。
「外周が、随分急なのぼりで塔を三週したよね? この下がどうなってるかわからないけど、今回みたいな長い階段をまた下ることになると仮定すると、多分もう半分くらいは降りちゃったかも」
「そんなに降りたかな?」
ソルは半信半疑といった顔でボクを見る。
「だったらいいね、って話」
ボクが答えると、ソルは呆れたような顔をした。
 
 
 
気を取り直してボクらは進む。また長い階段をおりることになった。
降りた先は何もない空間だった。
部屋の真ん中には腰くらいの高さの壁が作られている。のぞき込むと吹き抜けになっていて、下に大きな何かの像があるのが見えた。上から見る限り、何の像なのかはわからない。
少し歩いていくと、階段の近くには吹き抜けの中心に向かってひさしのように突き出している部分があった。突き出しているひさしの先端に、塔の屋根にあいていた「入り口」にあったのと同じ金具が取り付けられている。回収してきたカギ付きのロープを使えば、吹き抜けの中央にある像のところへいけそうだった。
とはいえ、その像に行く必要は全くない。このルートを使って下に行くのはやめる事にした。
吹き抜けに沿って歩いていくと、また下りの階段があった。
「何か一本道だね」
「嫌な感じです」
ボクとピエールは言いながら階段を降りた。

 
今度の階段も随分長かった。
考えてみたらこの塔は下に向かうほど太く、つまり部屋としては広くなっていってるわけだから、外周をまわりながら降りる階段が、下に行くほど長くなるのは当然だ。
「うわー」
「すっごーい!」
ソルとマァルが歓声を上げる。
降りた先の階にも、吹き抜けがあった。
ただ、その吹き抜けの中央には大きな竜の頭の部分が突き出してきている。
上から見た、何か良くわからない像の正体はどうやらコレらしい。
塔の壁に使われている緑がかった石や、床に使われている茶色っぽい石と違って、表面がつやっと光った青い石で像は作られていた。
吹き抜けから覗くと、どうやら像は下の階からたっているらしく、胴体が続いているのが見える。
「立派な竜の像ね」
マァルが顔を紅潮させて言う。
「そうだね」
確かに大きくて立派な竜だ。
階段のあるほうに向かって立派な角が二本生えている。その下はトンネルのように潜り抜けられるようになっていて、部屋の向こう側にいけるようになっていた。
よく見たら、目の部分が黒く空洞になっている。
「あれ、目がないね」
ソルが指をさす。
「もともとそういうデザインでは?」
ピエールが答えた。
「体の石とかあんなにちゃんとしてるのに? 何か変じゃない?」
ボクらは暫く竜を見上げながらいろんなことを言い合ってみたけど、結局見たこと以上のことはわからなかった。
「じゃあ、行こうか」

 
階段を下る。さらに下り階段の長さは長くなった。
竜の像はこの階から上に向かってたっている。部屋の中央は床より一段高くなっていて、その竜の像は祭壇に飾られているような雰囲気になっていた。
正面にまわってみると、やっぱり随分立派だ。
その分さっき見たとおり、目に何も入ってないのがおかしく感じられる。
それにしても大きい。
塔の中にたっている大きな像。
何だか変な気分だ。

像の正面には、大きな両開きの扉があって、その横にはレバーがついていた。
「コレって、塔の入り口じゃないかな? 扉の装飾が外で見たのと同じだ」
ボクはそういって扉を見てみる。
こちら側にも鍵穴らしいものは無い。閂もない。
「そのレバー、動かしてみて?」
レバーの近くにいたピエールに声をかける。
「はい」
ピエールはゆっくりとレバーを動かす。
ガシャンと重い音がした。
扉に手をあてて、力をこめて押してみる。
扉がゆっくりと開いた。外の涼しくて澄んだ空気が一気に塔の中に流れ込んでくる。
陽は随分傾いたらしい、辺りは夕焼けで綺麗に赤く染まっていた。
「あ! テス!」
扉から少し離れたところで、馬車を囲んで野営をしていたスラリンがボクに気づいて声をあげた。

どうやら、ボクらは何も無いまま塔をおりきってしまったらしかった。
呆然。
212■ボブルの塔 4 (ソル視点)
「で? で? 竜の王様のナントカは見つかったのか!?」
スラリンがお父さんに聞いている。
お父さんは地面に座って、サンチョから貰った水を飲みながら首を横に振った。
「何にも無かったよ」
「えー」
不満そうに言うと、スラリンは飛び跳ねながらお父さんに何度か体当たりをした。
「見落としてる所は塔にはないはずなんだよね」
お父さんはボブルの塔を振り返る。夕日に照らされて、ボブルの塔は赤い色に染まっていてちょっと綺麗だった。
「なーんにも無かったよね?」
お父さんがぼくらの方をみていった。
「うん」
ぼくは頷く。「何にも無かった」

お父さんは拾った棒切れで地面に地図を書きながら説明を始める。いつの間にか作戦会議になっていた。

「頂上からずっと下ってきたんだけど、基本的には一本道。外周に沿って螺旋に降りてくるのね。階数は全部で七。三階と二階が吹き抜けになっていて、一階から竜の像がたってる。高さは二階の天井すれすれってところ。もし、何かあるとすれば、この像自体か、もしくはその付近ってところかな。調べてないのはそのくらい」
お父さんは空を見上げる。
「ま、今日はもう遅いからしっかり休んで、明日また塔に入ってみるよ」
それで話は終わりになって、ぼくらはサンチョが作ってくれた美味しい夕飯を食べる事ができた。
夜は皆が馬車の外で交代で見張りをしてくれている。
ぼくとマァルは馬車のなかで一晩ぐっすり眠っていいって言われた。
「こういうときは子ども扱いよね。あーあ、早く大人になりたいなー」
マァルはそういって口を尖らせてた。
 
 
朝になって、ぼくらはゆっくりと用意されていた朝ごはんを食べた。
食べながらお父さんは今日の予定を説明する。
「とりあえず、もう一回塔に入ってみよう。見落としがあるとすれば竜の像か、その付近。一階はほとんど見て回ってないから、まずその辺。発見しだい探索は続行。何にも無かったら一回天空城に戻って、塔に詳しそうな人を探そう」
「それがいいかもしれませんね」
ピエールが返事をした。
「じゃあ、食べたら一休みして、それから行こうか」
お父さんはそう言うと、大きなあくびをした。
「オイラまた留守番か?」
スラリンが嫌そうな顔をした。
「ごめんねー」
お父さんはスラリンから視線をはずしてから答えた。
 
 
昨日あけた扉から、塔の中に戻る。
一晩中開きっぱなしにしておいたせいか、塔の中の空気が随分綺麗になっていた。
あいかわらず、塔の真ん中に立っている竜の像はでっかくて格好いい。
お父さんは床より一段高くなっている竜の像の周りを調べ始めた。
近寄って竜の像を見上げると、本当に大きい。
そういえば、ここの塔で出てくる魔物は、竜の姿をしたのがやたら多い。もしかして、竜の聖地なのかな。
でも、この像の竜は魔物たちと違ってちょっと穏やかそうっていうか、優しい感じがする。
この違いってどこから来るんだろう。
お父さんにくっついて竜の像の周りを歩く。
「あ」
お父さんが唐突に声を挙げて立ち止まった。おかげでちょっと余所見をしてたぼくは思いっきりお父さんにぶつかってしまった。
鼻が痛い。
「いったー。もう、お父さんどうしたの?」
お父さんは無言でちょっと離れたところを指差した。
下りの小さな階段がある。
ちょうど、ぼくらが下ってきた螺旋階段からは死角になる位置で、入り口から入ったときも、竜の像で見えないところだ。
しかも小さいから、遠くからじゃ見れない。
「隠してもないよ、あー、何で見落とすかな!」
お父さんはショックを受けたらしくて、暫くその場に座り込んでしまった。
とりあえず、肩を軽く叩いておいた。
 
 
ぼくらは、下りの階段があるところまでやってきた。
「とりあえず、行ってみよう」
お父さんの言葉に頷いて、順番に階段を下りた。

地下は、床が土で出来ていた。そのせいか随分湿っぽい。
壁は緑がかった黒っぽい石造りになっている。真っ直ぐな壁。誰かが造ったんだろうな、って思う。
所々に沼地が出来ている。
「気をつけてね、何か足元悪いよ」
お父さんは言いながら先頭を歩いてくれた。
地下も一本道だった。
あっけないくらい短い通路を通って、行き止まりの小部屋にたどり着く。また下りの階段があった。
「塔の真下ってことでもないんだね。下り階段が塔の北寄りにあって、そこから北に歩いたから」
「そうなの?」
マァルが不思議そうに尋ねる。
「多分」
お父さんはそう答えて、肩をすくめる。
「まあ、一本道なんだし、塔の真下かどうかってあんまり関係ないけどね」
それもそうだ、とぼくは思ったから頷いておいた。

階段をおりると、広い部屋に出た。部屋からは四方向に廊下が続いている。相変わらず空気は湿っぽい。そしてちょっと肌寒い。
「何か広そうだね」
ぼくが言うと、お父さんは無言で頷いた。それから、小さな声で「何か、嫌な予感がするなあ」って、そんな事を言った。
ぼくらはお父さんを先頭に、ゆっくりと歩いて地下をまわる。
床が土で、ちょっと湿ってる分歩きにくかった。
視界はあんまり良くない。
お父さんは角や階段を下りるときに周りをじっとみて確認をしテいるみたいだった。
ぼくはもうすっかりどこを歩いているのかよくわからない。
お父さんはちゃんとわかってるみたいで、時々マァルが「迷子じゃないよね?」って尋ねると、「勿論」って答えた。
お父さんは一体どうやって道とか覚えてるんだろう、っていつも思うけどきっと教えて貰ってもわからないだろうな、って思った。

地下を随分歩き回った。
「……」
お父さんが立ち止まる。
向こうに、魔物がいるのが見えた。
なんか、どこかで見たことがあるような気がするけど、思い出せない。
ただ、何かとても嫌な感じがした。
耳のそばで「ギュッ」って音がして、慌ててそっちを見ると、お父さんが剣をしっかりと握りなおす音だった。

お父さんの目は、向こうにいる魔物をじっと見てる。
「ゴンズだ……」
小さな声で言って、その魔物をにらみつける。

コレまで一回だって見たことも無かった、こんなに恐いお父さんの目。
表情が冷たく凍り付いている。
ぎり、と歯を食いしばる音がした。
ちょっと呼吸が早い。

「ピエール」
お父さんの声がした。
冷たい、コレまでに聞いた事が無いような声。
「……ボクの事、止めないでね」
「しかし!」
ピエールの声は、お父さんに届かなかったみたいだった。

 
「ようやく、二匹目」
そういってお父さんは、暗い目を遠くにいる魔物に向けた。

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