38■常春の国の友
さて、どうしたらいいのかな?


193■迷いの森 1 (ソル視点)
船長さんを会議室に呼んで、ぼくらは話を聞くことにした。
船長さんは、しばらく困ったように辺りを見回してから、ゆっくり話をはじめる。
「サラボナの近所には、昔から変な森があるって噂があんのは確かだ」
船長さんは、普段あまりこない城内の静かな雰囲気と、豪華な内装に少し居心地が悪いらしかった。船長さんは頭を抱えるようにしながら話す。
「ただ、妖精がいるとかいねぇとか聞いたことねぇな」
「そうなの?」
お父さんは拍子抜けしたように聞き返す。
「っつーか妖精っていんのかよ?」
「それは居るよ」
船長さんのぼやきに、お父さんはやけにきっぱり答える。
「家の地下とか、酒場のカウンターとかにいて、イタズラとかしてく……とか言ったらベラ激怒必至?」
「えー?」
マァルが不満そうな声をあげる。
「イメージと違うー」
お父さんは苦笑した。
「ベラって……お父さんは妖精にあったことあるの?」
ぼくが聞くと、お父さんは頷く。
「あるよ。ボクの家の地下に妖精の国につながる階段があったんだよ。それで妖精の国に行ったこともある」
「家の地下から?」
「そう」
「うっそだー!」
ぼくが笑うとお父さんはふっとため息をつくと遠い目をした。
「本当なのに……ゲレゲレにも聞いてみなよ、一緒に行ってるから」
少し拗ねたみたいに言いながら、いつも使ってる地図を広げる。
「その森はどの辺?」
「あー、東のほうでな。結構森の奥のに分け入った先なんだが……迷いの森って呼ばれるとこがある」
船長さんは、サラボナの東に広がってる森の、ずいぶん奥のほうを指差した。
「この森はな、同じ場所をぐるぐる回ってしまったり、どこからともなく笑い声が聞こえたり、何にもないのにつまずいたり、ともかくいろんな事があるらしい」
「……なんか恐いわ」
マァルが眉を寄せる。
「きれいな池もあるらしいぜ、嬢ちゃん」
船長さんはそう言ってにやっと笑うとマァルの頭をなでた。
「ま、他にあてもないし、行ってみるしかないよね」
お父さんは地図にぐるっと丸印をつけて、地図をしまった。
「ねえ、妖精さんってどんな感じ?」
マァルはお父さんを見上げる。お父さんはしばらく考えてから
「うーん、なんて言えばいいのかな? わりとよく喋るよ」
「イタズラって何?」
「ベラはね、大人のヒトには見えなかったみたいで、ともかく自分に気付いて欲しかったらしくてね、色々イタズラして回ってたんだよ」
お父さんは少し笑った。
「宿帳に落書きしたりね、まないた隠したりね」
「……嘘でしょ」
「本当だよ」
お父さんは肩をすくめて笑うと立ち上がる。
「じゃあ、明日の朝出発しよう」

夏が近くて、樹の緑が明るい。
お父さんのルーラで、ぼくらはサラボナまで飛んできた。東にむかって魔法の絨毯にのって進む。朝から夕方近くまで乗って、漸く森の入り口まで来た。
森は木が隙間があんまりなくて、絨毯ではこの先には進めない。
ぼくらは絨毯をおりて、歩くことにする。
お父さんが地図を見て方角と今の場所を調べてる間に、ぼくらは絨毯を丸めてしまいこんだ。
「じゃあ、いつもどおりボクが先頭いくから、ピエール後衛よろしくね。ソルとマァルは右と左、好きなほうに回って」
「はーい」
ぼくらは返事をして、ぼくが右、マァルが左を見ることにした。
「出発ー!」

森の中はちょっと薄暗くて、涼しい空気が溜まっていた。
「暫く行くと川にでて、橋が架かってるはずなんだけど」
お父さんはそういいながら、何回も地図と方角を調べながらゆっくりと歩く。
「あ、ねえ、お父さん。妖精に会ったことあるんだよね? ボクより背が高い? 空って飛べるの? 羽ははえてる? ボク仲良くなれるかな? 考えてみたらお父さんに聞いてなかったよね」
ぼくが聞くと、お父さんは立ち止まってちょっと考えてから
「仲良くなれると思うよ。妖精って言っても特別なことなんてないし、普通に接すればいいんだよ。……あとなんだっけ? えっと、羽は生えてなかったし、空を飛んでるところもみてないよ。背は……ベラは小さかったときのボクよりは高かったけど、あれ、どのくらいだったんだろう。ソルより大きいかなあ?」
お父さんは暫くぼくをじっと見てそれから、
「あれ? ソル背高くなった?」
そういってぼくの隣にたって、ぼくの頭の位置をお父さんの体と比べてるみたいだった。
「あー、やっぱり大きくなってるね。この前はまだ腰よりちょっと高いくらいだったのに」
お父さんはぼくの頭を撫でた。
「わたしも! わたしも!」
マァルもお父さんの隣に立つ。お父さんはマァルの頭の位置と自分を比べて、
「うん、マァルも大きくなった。……もうすぐ一年だもんね、大きくもなるよね」
そういってマァルの頭を撫でて優しい顔で笑った。
「そうか、お父さんを助けてからもうすぐ一年?」
「そう。夏だったからね。もうすぐ一年」
お父さんは空を見上げる。
木の枝が絡み合うように伸びていて、空はあんまりみえなかったけど、太陽の光が束になって空から落ちてきていた。
「もうすぐ、九年」
呟く。

「ビアンカちゃん、ごめん、もうちょっと……待ってて」

「きっと大丈夫よ。お父さん」
「そうだよ、お母さん、待っててくれるよ」
ぼくらが口々に言うと、お父さんは少しだけ笑った。
「うん、そうだね。ビアンカちゃんは……強いからね。きっと待っててくれるね」
お父さんは頷いて、それからもう一回地図を見て、方角を確かめた。
「さ、行こう」
お父さんは正面を指差して、歩き始める。
ぼくらは頷くと、歩き始めた。
194■迷いの森 2 (テス視点)
橋を二回渡った。
森はいよいよ鬱蒼としてきて、ほとんど光がささない。時折ぽっかりと、枝が張っていない場所から光が束になって差していて、それで何となく時間がわかった。
地図から考えると、船長さんに教えてもらった不思議な森はこのあたりにあるはずだった。険しい岩山が遠くに見える。その岩山は、ぐるりと森を囲んでいる。
「この辺の筈なんだけど」
そう言ったときだった。
「お父さん、あそこ、家があるよ」
ソルが言う先を見てみると、少し開かれた場所があって、小さな小屋が建っていた。
「こんなところに住んでる人いるのかな?」
「うーん」
答えに困っていると、ソルは続ける。
「ずーっと森が続いてるね! こんなにたくさんの木があったら庭師は大変だよ」
「コレ、庭じゃないと思う」
ボクは苦笑して、小屋の扉をノックする。
しばらくしたら、返事と共にドアが開いた。
「あれ、こんな所に何しにきたね、あんたら」
中からでてきた女の人は驚いて目をひらく。
マァルはボクの後ろに隠れてしまう。こんな所にいる人に警戒してるのかもしれない。
「ぼくら、妖精さんに会いにきたの」
ソルの答えに女の人はますます驚いた。
「私も昔は見えたんだけどねえ」
「おばさん、見たことあるの!?」
「ああ、この森でね。あたしら一族は妖精のいるこの森を守ってんのさ」
「ふーん」
小屋のおくから、男の人が声を上げる。
「ここは妖精の村に通じると言われている迷いの森だ。しかしふつうの人間じゃこの森をぬけることはできねえみたいだぜ。もっとも妖精の姿を見ることができるなら話はべつだけどよ、最近は誰も妖精に会わない」
ボクらは顔を見合わせた。
「……どうする?」
「行ってみなきゃわからないよ」
尋ねると、ソルはあっさりと答えた。マァルも頷いている。
「少し辺りを見てきてみます」
ボクは女の人に言うと、小屋をあとにした。

森は相変わらず鬱蒼としている。見上げてみると、枝が絡み合って空も見えない。
それなのに、この森は明るかった。
不思議な黄色い、細かい光がふわふわ浮かんでる。その光は、集まって浮かぶところもあれば、バラバラに浮かぶところもある。
何の光かわからないけど、どうもこの光で明るいらしい。
「ここから妖精の村に行けるんだって! お父さんは妖精と冒険したことあるんだよね?姿だって見えるよね!?」
ソルは興奮しているのか、少し顔を赤くしてボクを見上げる。
「……」
ボクは答えられなかった。
前、ベラがサンタローズに来たとき、大人は誰もベラに気付けなかった。
そして。
ビアンカちゃんとサンタローズに寄ったとき、男の子は「ベラと遊ぶんだ」と言っていた。
あの時、その場にベラが居たのかどうか、わからないけど。「わからない」と言うことは、「見えてなかった」という可能性もある。
「お父さん?」
マァルが心配そうにボクを見た。
「何でもないよ。……見えたらいいなぁって思った、だけ」
二人が首を傾げた。

ボクらはゆっくりと歩き始める。森は地面が平らでわりと歩きやすかった。
「この森の木さん、悪いヤツはとおさないって言ってるよ。わたしたちいい子よね?」
少し歩いたところで、マァルがボクに言う。
「二人はイイ子だよ」
ボクは答える。
「マァルは木の声が聞こえるんだね?」
「マァルはすごいんだよ。木の声も、鳥の声もわかるんだ。他にもね、動物もすぐに寄ってくるし、魔物の皆と仲良くなったのもマァルが先だったよ」
ソルは少し羨ましそうに言う。
「そう。マァルは……ちょっとボクに似たのかな?」
そういうと、ソルは「ぼくは?」って口を尖らせた。
「ソルはビアンカちゃんに似てるんだよ」
ボクがこたえると、ソルはにっこりと笑った。
しばらく歩くと、分かれ道に出た。
「さて? どっちにいく?」
ボクが訊ねた時だった。

「あ!」

マァルが声をあげる。
「どうしたの?」
ボクが訊ねると、マァルは少しはなれたところにある木を指差した。
「あそこ! ……あれ?いなくなっちゃった」
「……どうしたの? 何か有った?」
「うん、……誰か、居たんだけど」
マァルは首を傾げる。
「気のせいかなあ?」

ボクらは答えがわからないまま、でも考えても答えは出ないから、暫く考えるのは保留してまた歩き出す。
枝は随分低いところにも張り出していて、時々マァルの頭のリボンが外れたりする。
「またほどけちゃった。頭のリボンが枝にひっかかっちゃうの……」
その度、ボクらは立ち止まってマァルがリボンを結びなおすのを待って、また歩き出す。

歩いていて気付いた事がある。
歩いていると、ソルやマァルが、時々何もないところに視線を持っていく。歩きながら暫くその何もないところをじっと見ていて、また前を向いて歩く。
一体何を見ているのか解らない。
……さっき人影が見えたって言っていたのもあるし、ここは妖精の居る森だから、もしかしたら彼らにはもう妖精が見えてるのかもしれない。
だとしたら、ボクは妖精が見えてない。

それが、少し淋しい。

ボクらは森の少し開けたところで休憩する。
「ねえ、妖精って居た? ボクはまだ見えてないんだけど」
座りながら聞いてみると、ソルとマァルは顔を見合わせる。
「私さっき人かげ見たよ。あれもしかしたら……」
「ボクも遠くで動いてる人見た」
二人はぼそぼそと答える。
「ピエールは?」
「私は見えてません」
彼は肩をすくめて「第一、妖精がどういう感じなのかもよくわかってません」と付け加えた。

しばらく休んでから、ボクらはまた立ち上がる。
「さあ、行こうか」
195■迷いの森 3 (テス視点)
迷いの森って名前がついているだけある。
かなり鬱蒼とした森は同じような木ばかりが立ち並んでいるし、気を抜けばどこもかしこも同じに見えた。
森の木は見分けがつかない分、あてにならない。ボクは曲がった角にある木や石を目印にして歩いた。
「お父さん、わたしたち迷子じゃないよね?」
不安そうなマァルに笑いかける。
「帰り道が分かってる間は迷子じゃないね」
「分かってるの?」
「うん」
疑うソルに即答する。
「心配いらないよ、ボク方向感覚と記憶力だけは自信があるんだ」

しばらく歩くと今までとは違って、少し開けた場所にでた。広場に入ったほうから左の奥には、とても澄んだ水をたたえた、深くて大きな池がある。水面は鏡面のように滑らかで、波一つ立っていなかった。
池の向こうには小さいけど立派で頑丈そうな石造りのきれいな神殿が建っている。
神殿の入り口はこちら側、池の方面にあった。
「どうやって入るんだろう」
ここから見える範囲に対岸に行く方法はなさそうだ。池には橋や船はない。まわりは木々が茂っていて、下手に分け入るとそれこそ迷いそうだ。
ボクは辺りを見渡す。
こちら側の広場は、あまり草も生えていない。よくよく見ると、うっすら草に獣道のようなものがあった。
誰かがよく歩く「通路」なんだろう。……この場合、誰かといっら、妖精しか居ないかもしれないけど。
それは広場をまっすぐ突っ切って、やがて池に突き当たっている。……池はどう渡るんだろう。たぶんこの道の使用者は、池の向こうに行っている。
「お父さん?」
しばらく黙って辺りを見回していたせいか、ソルとマァルが心配そうにボクを見上げていた。
「あぁ、心配しないで、ちょっと考え事してただけ」
「そうなの? 本当?」
「うん、あの神殿にはどうやって行くのかなって。ほら、ここ」
ボクは足元を指差す。
「うっすら道があるでしょ、池に向かって。……どうやって行くのかな」
二人は足元をみて、びっくりして顔を上げた。
「本当に道があるね!」
「妖精はやっぱり飛べるんだよ!」
口々に言いながら、辺りをみわたす。
「……まだ行っていない所に向こうに続く道があるのかも。……もう少し歩いてみようか」
ボクらはまた歩きだした。

広場はまっすぐ抜けて、少し右に行ったほうに道が続いていたからそちらへ向かう。
遠目に、焚き火が見えた。
まわりには誰も居ない。こんな森の奥で焚き火を放っておくなんて、かなり不用心だ。
「焚き火だ」
ボクがつぶやくと、二人がボクを見上げた。その顔は少し驚いているみたいに見える。
「お父さん、焚き火のところに誰かいるよ?」
「あの子、さっきも見たよ。焚き火のところのあの子。お話してみたいの。いい?」

ボクは焚き火の辺りを見てみる。
……やっぱり誰も見えない。
「……んー?」
ボクが無言でいるせいだろう、ソルがボクの手を引いた。
「だから、あのたき火のところだってば! もっと近くに行ってみようよ」

ボクはソルにひっぱられて焚き火のほうへ歩く。マァルはもう一方の手を握った。
「ピエール見える?」
ボクはピエールにきいてみた。
「残念ながら……」
「そう」
彼の答えに、ちょっと安心したような、安心してちゃだめなような、なんだか複雑な気持ちになった。

「ねえ」
ソルが何もないところにいきなり声をかけた。すこし視線が下向きと言うことは、相手が座ってるのかもしれない。
……予想どおり妖精はボクには見えないわけだ。
「きゃっ!」
何もない空間から、声だけ聞こえた。少し高めの声だった。
ソルの視線が上向きになる。相手が立ち上がったのかもしれない。
「待って! キミはだれなの?」
視線が左から右へ。相手はさっきの広場のほうへ逃げようとしたらしい。
「え? あなたには私の姿が見えるの?」

……見えてません。

「うん! 見えるよ」

……やっぱり見えてるんだ。

「ふ〜ん。で、私になにか用かしら?」
「ぼくたち妖精の村に行きたいんだけど」
「……」
どうやら向こうはボクらを値踏みしている。ずいぶん長く無言だった。相手は見えないのに、視線を感じる。
「わかったわ。悪い人たちじゃなさそうだし案内してあげる。こっちよ」
ソルがボクの手を引いた。
「お父さん、こっちだって。ついて来て」
ボクは手を引かれてあるく。元来た道を引き返して、さっきの広場に戻った。
あの獣道のような細く踏みしめられた草の上を歩く。
池の前に来た。
と、いきなり池に大きな蓮の葉が次々と現われる。
蓮の葉が池にかかる橋になった。何となく、妖精の国で見た橋に雰囲気が似ている。
「これを通って向こうにある神殿から、行けるわ」
声がした。
「ありがとー」
ソルが手を振っているほうに向いてボクも頭を下げる。

ボクらは蓮の橋を渡って神殿に辿り着く。
神殿のなかは涼しかった。
中は何もなくて、中央に旅の扉があるだけだった。
「旅の扉だ」
「懐かしいですね」
「コレ何ー?」
「旅の扉って?」
それぞれに色々言いながら、ボクらは旅の扉を見つめた。
「旅の扉ってのはねー」
ボクはソルとマァルを抱き上げた。結構重い。もうこんなふうに二人いっぺんに抱き上げるのはそろそろ限界かも。
そんな事を思いながら旅の扉に入る。
「こんなふうに別の所に繋がってる不思議な装置のことだよ」
景色が切り替わった。
暖かな春の空気。
きれいな桜の並木。
懐かしい。

「妖精の国に着いたよ、ここなら、村はすぐそこだから。さあ、行こうか」
196■妖精の国 1 (マァル視点)
旅の扉を使って出たところは、とても奇麗なところだった。
とても暖かい空気が流れていて、やわらかい日差しが落ちてきている。草原には白や黄色の花が咲き乱れていて、桜がそこかしこで咲いていた。
「妖精の国に着いたよ、ここなら、村はすぐそこだから。さあ、行こうか」
お父さんが、少し遠くのほうを指差す。
そっちのほうこうには、これまで見たこともないような大きな桜の木があった。
「大きな桜ね!」
わたしは思わず声をあげる。
「うん、アレが妖精のポワン様が住んでいるお城だよ」
「本当にお父さん、ココに来たことあったんだね!」
「……信用してなかったの?」
お父さんはソルの言葉に少し苦笑いする。それから大きく息を吸い込んだ。
「ああ、ココはやっぱりいいね……暖かいし。さて、サンチョたちはどうしようかな?」
わたしたちは森を歩く時、馬車の皆を置いてきていた。
「んー、ルーラで戻れるのかなあ?」
お父さんは暫く迷ったあと、「取りあえずあのお城のところにある村まで行っておこう」っていって歩き出した。

歩いていると、私は少しスキップしたい気分になった。なんだかとってもうきうきする。
「何だかうきうきするね。ちょっとお散歩していきたいの」
わたしはお父さんと手を繋いで歩く。
「散歩かあ、それもいいね。……あとでチョットだけ散歩していこうか」
お父さんが笑う。
「ぼくたちの世界とはちょっとちがってるみたいだね」
ソルもキョロキョロしながら歩いてる。
「うん、違うね」
お父さんは頷いた。

妖精の村は素敵なところだった。
奇麗な水に囲まれて大きな桜の木がある。お父さんの話だと、あれが偉い人が住んでいるお城。
他のお家も全部桜の木の中にある。
「すごいねえー」
わたしはとても楽しくなって、あちこちキョロキョロしていた。
「妖精って女の子ばっかりなんだね。ちょっといごごち悪いや」
ソルは少し顔を顰める。
「そう? 楽しいよ?」
わたしはソルに笑いかける。なんだか本当に楽しい。
「どう? お父さんが昔来たときと村の中変わってる? それとも同じ?」
ソルがお父さんを見上げた。
お父さんは暫く村の様子をじっとみて、それから
「うーん、昔はもうチョット妖精が多かったような気がするなあ」
「えっ? 昔はもっと妖精さんが多かったの? みんなどこに行ったのかな」
「どっかにお出かけかもね」
お父さんは笑った。それからわたしたちの顔をみて
「暫く、ここで待っていてくれるかな? 一度ルーラで戻ってみる。皆を連れてこなきゃね。……待てる?」
「うん、ルーラってすぐだもんね」

暫くしたらお父さんが帰ってきた。
後ろにはサンチョが一緒に居る。
「どうやらルーラであっちとこっちを行き来できそうだよ」
お父さんはそういった。
「じゃあ、いつでもココにこられるの?」
「そうだよ」
わたしは嬉しくなった。ちょっとだけしか居ないのに、わたしはもうこの村の事が大好きになっている。
「それにしても、ここは絵に描いたようにきれいですね。絵本の中のようです」
サンチョはあちこちをみて目を細める。
「そうよね! そうよね! 絵本みたいね!」
わたしはサンチョに笑いかける。
「おや、マァル様も此方をお気に入りですか?」
サンチョは嬉しそうに笑う。それから、大きくため息をついた。
「いやはや坊っちゃんの旅は大変だとは思っていましたが、まさか妖精の村にまで来ることになるとは」
「いいところだよ」
お父さんは笑うと、村の中を歩き始めた。

村の入り口近くには、焚き火を見つめているおじいさんと、スライムが居た。
「この村では魔物と人間が仲良しなのね、嬉しい」
わたしがいうと、お父さんは「妖精もね」って付け加えた。その声に気付いておじいさんが顔を上げる。
「おやおや、この村に人間が来るとはめずらしいのお」
おじいさんはわたしたちを見て、驚いたように目を丸くする。
「確かこの前人間が来たのはかれこれ二十年近く前かの? 小さい子どもじゃった。ベビーパンサーを連れていて、それがネコだって言ってきかなかったな」
そういっておじいさんは声をあげて笑う。お父さんが苦笑した。
「おじいさん、それ、ボク。今はキラーパンサーになってるけど、あの子も元気だよ。村の外に居るんだ、今」
「おー、あのときの坊やか! 大きくなったのお!」
おじいさんは嬉しそうに笑う。それを聞いてサンチョはお父さんをきっと見上げた。
「坊っちゃん! あの頃あれほど村から出てはいけないと言いましたのにこんな所まで!」
「いや、村から出てないよ。……家からも出てない」
「えっ? 村どころか家からも出てない? は?? どういうことです?」
「……」
お父さんは暫く視線を宙にさまよわせてから「秘密」といってにやーっと笑っただけだった。
「お父さんってやっぱり昔は子供だったんだ。……じゃあサンチョも子供だったの?」
ソルは意外そうな顔をしてお父さん達を見上げる。確かに、こんなに大きなお父さんやサンチョが子どもだったのは、ちょっと想像つかない。
「そりゃ、ボクも小さい頃はあったよ。子どもだったよ? サンチョもね?」
「そうですよ、ソルさま。わたしにも小さい頃はありました。坊っちゃんにも、もちろん」
「……うーん、不思議な感じ」
わたしたちのやり取りをみて、おじいさんは笑った。
「仲の良い家族で何よりじゃの」
「有難うございます」
お父さんは頭を下げた。

わたしたちはおじいさんに挨拶してから、桜の木のお城に向かう。
「ねえ、お父さん。さっきおじいさんと一緒に居たスライムの子、あの子すごくかわいい顔してたね」
わたしはお父さんの顔を見上げる。
「えー? スラリンと一緒だったよ?」
ソルはそういってお父さんを見上げる。
「確かに可愛かったね。もしかして女の子だったのかな?」
お父さんはそういった。何だか嬉しい。
「さすがお父さん! ちがいがわかってる〜!」
そういうと、ソルはまだ不思議そうな顔をしてわたしとお父さんを見比べた。お父さんはそんなソルとわたしをみて、声を立てて笑った。
197■妖精の国 2 (マァル視点)
わたしたちは、お父さんに案内してもらって妖精の村のお城にむかった。途中には池があって、蓮の葉っぱを飛び跳ねるようにしてわたる。それがとっても楽しい。
「わたし、水とか木とか、自然のある場所が好き。元気をもらえるの」
わたしが言うと、お父さんがうなずいた。
「ボクも好きだよ。緑や水を見ていると気持ちが落ち着くね」
わたしは嬉しくてお父さんの手をぎゅっと握る。
「お水がいっぱいなのに寒くないね。……そっか春のお水だからつめたくないのね!」
「春にするのは大変だったんだよー?」
お父さんは笑いながらそんな事を言った。

お城にはいると、不思議な景色が広がってた。木のなかにはお水の壁があって、階段も水でできてる。
「カベも階段もお水なのね。妖精さんってすごいすごい!」
「あー、全然変わってないね」
「お父さんが来たときもこうだったんだ!」
わたしとソルはお父さんを見上げる。お父さんはうなずいた。
「きれいでいいよね」
階段をあがりはじめたら、サンチョがうめき声をあげた。
「どしたの?」
「どうもこのふわふわと動く階段は……。やはり階段はしっかりしていないと!」
「転けても痛くなくていいんじゃない?」
サンチョにお父さんはそんな事を言って笑った。


お城の一番上についた。
壁がなくて、辺りを見渡すことができた。
一面にお花が咲いてるのが見渡せる。屋根は木の枝になっていて、薄いピンクの桜が満開になっていた。
「うわぁ、きれいだね!」
ソルが声をあげると、向こうの方に立っていた妖精さんが振り返る。
ちょっとツリ目で、気の強そうな女の子。わたしより、ちょっと年上のお姉ちゃんみたいな感じ。
その妖精さんはわたしたちを見て、ぱぁっと顔を輝かせた。とっても嬉しそう。
「テス!」
女の子は、お父さんの名前を叫んだ。そしてそのままこっちに走ってきた。
女の子はお父さんに飛び付く。お父さんは女の子を抱きとめた。

一体、何!?

わたしは何だかムカっとしたけど、お父さんも女の子も気付かないみたいで、そのまま話をつづけた。
「ベラ、久しぶり。元気そうでよかった。……全然変わらないね」
「テスが変わりすぎたのよ。人間ってほんっとうにすぐ変わっちゃうんだもの。でも! あなたがテスだってこと、私にはすぐにわかったわ」
ベラって呼ばれた女の子は胸を張った。
「本当に久しぶりね、テス。……サンタローズは残念だったね」
「うん……でもベラは何度か遊びに来てくれてたんだね、男の子がベラの事言ってた」
「うん、テスの事聞いたわ。会えなかったけど、元気って聞いて嬉しかった。……あの子ももうすっかり大きくて私のこと見えないのよ」
「残念ながら、ボクもここ以外じゃベラの事見えないみたいだよ」
「人間って皆そうなの」
ベラさんはちょっと淋しそうに笑った。それからわたしたちを見て
「そっちの子たちが、私たちの事見たのね? こんにちは」
「……こんにちは」
わたしは挨拶をしたけど、ソルはお父さんのマントの影に隠れて恥ずかしそうにして、何も言わなかった。
「……そういえば、わざわざどうしたの?」
ベラさんはそう言って首を傾げた。
「ちょっとポワン様にお会いしたいんだ」
「じゃあ、取り次いであげる」

わたしたちは、ベラさんに連れられて部屋の奥に入る。不思議な形の綺麗な服を着た、優しそうで凄く綺麗な女の人が椅子に座っていた。
「ポワン様」
お父さんが声をかけると、女の人が立ち上がる。ちょっとびっくりしてるみたいに見えた。
「まあ、もしかしてテスっ! なんてなつかしいんでしょう」
ポワン様は嬉しそうに笑ってお父さんの手を握った。
「お久しぶりです、ポワン様」
「ええ、本当に久しぶり……すっかり立派なお父さんのようですね」
ポワン様はにっこり笑う。お父さんは「まだまだですよ」って言って笑ってる。
ポワン様はわたしとソルを見てにっこり笑った。
「かわいらしいわね。テスがここに来たときとよく似ているわ。大変な旅でしょうけど、テスと一緒に負けないでね」
「うん!」
「お父さんがいるから、大丈夫よ」
わたしたちが答えると、ポワン様は嬉しそうに笑った。それからお父さんのほうを向く。
「あの時は本当に世話になりましたね。それで今日は私になにか用なのですか?」
ポワン様の言葉に、お父さんは掻い摘んで事情を話した。
水に沈んだ天空城を見つけたことや、ゴールドオーブがなくなったこと。妖精が昔ゴールドオーブを作ったこと。
ポワン様はお父さんの言葉ひとつひとつに頷いて、しっかり話を聞いていた。

「そうですか。どうやら約束をはたす時が来たようですね」
ポワン様はそういうと空に手をのばす。少し眩しい光が辺りをつつんだ。
ポワン様がのばしていたその手のなかに、きれいな楽器が握られていた。
「テス、このホルンを持って行きなさい。私たち妖精国の女王がきっとチカラになってくれるでしょう」
お父さんはしっかりとホルンを受け取る。
「お借りします、かならず返しに来ます」
お父さんは深々と頭を下げたから、わたしたちもあわてて一緒にお辞儀した。

「神の城がふたたび天にのぼり世界が平和になることを私たちも祈ってますわ」
ポワン様はまた椅子に座った。
「ベラ、テスたちをルナのところに案内してあげて。あの子が一番、人間界から行く妖精の女王の城の場所に詳しいでしょう」
「わかりました」
わたしたちはポワン様にお礼を言って、ベラさんと一緒に階段をおりた。
198■妖精の国 3 (テス視点)
「ルナー」
ボクらはベラに連れられて、水の階段をおりて図書館にむかう。いつもは素通りしていた、お城の一階が図書館になっていて、書架がずらりと並んでいた。
人間界からの妖精の城への入り口に詳しいという妖精は「ルナ」って言うらしい。ベラは書架の間で声をあげながらゆっくり歩いてルナを探した。

「静かにしなさいよ」
ため息混じりに、窓際の机で本を読んでいた妖精が顔を上げた。
やっぱり、紫の髪に緑の服を着ている。
小さい頃はあんまり見分けがつかなかったけど、実際は結構顔が違っていたらしい。当たり前かも知れないけど、今更ながら発見。ルナはベラより少し優しい顔をしてる。ベラはつり目だから、そう思うのかもしれない。
「図書館なのよ?」
呆れたように座ったままベラを見上げて、ルナは肩をすくめた。
「わるかったわよ」
ベラはそういうと、苦笑いする。
「悪いんだけど、ルナの知識量を頼ってお願いがあるの。ポワン様がルナが適任だろうからって」
やっぱりポワン様の名前は効果絶大らしくて、ルナは少し姿勢を正した。
「この子、覚えてる? テスよ」

……そりゃ、妖精はすぐには年取らないだろうけど、「子」ってことはないんじゃない?

「……随分見た目変っちゃったわね。フルート取り返してくれた子でしょ? ……もっとちっさくなかった?」
「人間ってすぐ大きくなるのよ、知ってるでしょ?」
「こんな風に目の当たりにしたのは初めて」
ルナはボクをしげしげと見つめた。
「でね」
ベラはルナのようすに関係なくすぐに話を進める。
「この子達、今どーしても妖精のお城に行かなきゃ行けないのよ。でも、飛べないでしょ? だからコッチからはいけないから、人間界からの入り口、教えてあげて? 何かで読んだことくらいあるでしょ?」
ルナはベラの顔を見てため息をついて、それから暫く黙っていた。
「思い出してみるから、ちょっと待ってて」

 
暫くすると、ルナが顔を上げた。
「妖精の城は普通の人間に見ることはできないの。でも、妖精のホルンを吹けば、キミたちにも見つけることができるはず」
「ホルンなら、ポワン様にお借りしました」
「じゃあね、山々にかこまれた深き森。その森の湖のまん中でホルンをお吹きなさい」
「……何処の森とか何処の湖とか、そういうことはわかんないわけ?」
ルナの言葉にベラが眉を寄せる。ルナがまたため息をついた。
「私が人間界に詳しいわけないでしょ、ベラの方が絶対詳しい」
「でも、全然分からないよりはいいよ。どうもありがとう」
ボクはベラとルナに挨拶する。
「これからすぐ行くの?」
ベラはボクを見上げる。
「そうだね、水没したお城で待ってくれてる人もいるし。早く行かなきゃ」
「そっか。じゃあ、ココでお別れか。また遊びに来てね」
「ホルンも返さなきゃだし、必ず来るよ。マァルもココが気に入ったみたいだし、ビアンカちゃんにもココを見せてあげたいし、きっとまた来る」
ボクはベラに手を差し出す。ベラがその手をぎゅっと握った。
「じゃあ、またね」

ボクは図書館の端っこの方で外をずっと見ていたマァルと、暇そうに椅子に座っているソルとサンチョに声を掛けた。
「お待たせ」
「分かった?」
ソルは椅子から飛び降りて、ボクのところに駆け寄る。それから、ボクにしゃがむようにジェスチャーする。しゃがむと、ソルは耳元に口を寄せてきて、小さな声で「すぐに行こうよ。ぼく、ここ、女の子ばっかりで居心地悪いんだ」って言った。
少しそれが面白かった。
「お父さん、また来ようね。わたし妖精の村大好き!」
「そのうちね」
マァルの言葉に頷くと、ソルが厭そうな顔をした。
ボクはこらえられなくて、声を立てて笑った。

ボクらは村の外で皆と落ち合う。
「お待たせ」
「ノンビリしてていいところですね」
ピエールはあたりを見ながら少し嬉しそうだった。
「オイラたち、さっきまでゲレゲレに、テスがここでどんな冒険したか聞いてたんだ。……テスなんでオイラも呼んでくれなかったんだ?」
ボクは一瞬きょとんとしてスラリンを見る。
「……いや、残念ながら知り合いじゃなかったしね」
「そうだ、今度はココでどんな冒険したのか教えてね! ポワン様が言ってた『あの時』だよね?」
「うん、今日から夜寝るときに話してあげるよ」
ボクはそういうと、一回ぐるりとあたりを見渡した。

「ボクらが来た時は雪ばっかりだったのにね、すっかり春だねえ」
ゲレゲレはあんまり興味なさそうに鼻を鳴らしただけだった。それがゲレゲレらしくって、なんだかとても面白かった。
ボクは皆を見渡してから、ゆっくりと言った。

「さて、次は何処に行くのか、いまいち不明です」

えええええ!?
という悲鳴めいた声があがるまでは、そんなに時間はかからなかった。

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