36■水の中の城
水の中にあったもの。その中で突きつけられたもの。


185■天空城 1 (テス視点)
水だ。
反射的に息を止める。
トロッコは勢い良く水のなかに飛び込んだ。

青い世界。
やわらかな浮遊感と共に、ゆっくりとトロッコは進む。
やがて衝撃。
トロッコは壊れて、ボクらは石の床に転がり込んだ。水のなかだったから、痛くなかった。
けど、いつまで息を止めていられるだろう?

「あー、天空城も水びたしか。あとでよーく干さなくては。カビだらけはイヤですからねぇ」
プサンさんの声がした。
「あ! 息が出来る!」
ソルの言葉にゆっくり息をすってみる。
「本当だ、出来るね」
ボクはゆっくり立ち上がる。そしてまわりを見回した。

きれいな所だった。
床も柱も真っ白な石で出来ていた。
まわりは青い水。
ここと水との間には、どうやら何か、空気の膜があるみたいだった。
床は所々水がたまっている所があって、プサンさんの言うとおり水浸しといってよさそうだった。
「いやーひどいもんですね。湖に沈んだだけあって城中水びたしみたいですよ。でもこの城がなぜ、天空から落ちてしまったのでしょうか……」
プサンさんは首を傾げる。
確かにココは天空城なんだろう。
「探検! 探険しようよ!」
ソルはそわそわとあちこち見ている。今にも走りだしそうだ。
「あ! 今魚が泳いでいったよ!」
マァルは天井を指差す。
「では色々みてまわりましょうか? 私も懐かしいですし」
プサンさんはにっこり笑った。

ボクらは入り口からのびていた幅の広い、長い階段を登る。
「このお城って、二十年前はちゃんとお空に浮かんでたの?」
階段を登りながらマァルがプサンさんに尋ねる。
「二十年前はこの城も浮かんでたのかって?」
プサンさんは首を傾げて、そしてくるっとまわった。
「さあ知りません。私がこの城を出たのはええと何十年前だっけ? そういや数えてなかったな」 
プサンさんは声をあげて笑った。

天空城の中は水のせいで入れない所もあったけど、それでもずいぶん広いことだけはわかった。
プサンさんはあちこち懐かしいらしい、少し涙ぐんでるみたいだった。
「やっぱり懐かしいですか? 少し涙ぐんでますね?」
ボクが聞くとプサンさんは
「うっうっ。なつかしくてつい涙が……いえウソ泣きですけど」
なんて言って、それからにやりと笑った。


「でも、こんな風に水浸しだと淋しくない? プサンさん、ここにすんでたんでしょ?」
マァルが尋ねると、プサンさんはしばらく考えてから、
「私は今の水びたしもけっこう気に入ってますよ。昔は美しい庭園にりっぱな玉座の間のきれいなお城でしたけど。……それにしてもしけっても天空城。さすがに魔物たちは近づけないみたいですね」
プサンさんは天井を見た。
「これじゃ天空城じゃなくて水没城ですね」
プサンさんは空を行く魚をみて苦笑する。
「そのまますぎだよプサンさん」
ソルが笑うと、プサンさんは
「え? そのまんますぎですか?」
なんて言って苦笑した。

ボクらは玉座に辿り着く。縁が金色の糸で刺繍された赤い絨毯が部屋いっぱいに敷かれている。
広い部屋で、びっくりするくらい天井が高い。
置かれている王座は、幅が広く、そして高さが物凄かった。
人間なら十人くらい平気で座れそうだ。
「うわー、大きな王座ね!」
マァルが歓声をあげると、プサンさんはうなずく。
「そりゃ、ココに座ってたのは竜の神様ですからね」
そう言って、辺りを見回す。
「そういえば、この部屋には秘密の部屋へ行くヒミツの階段があるって噂を聞いたことがあります」
プサンさんはにやっと笑った。
「ちょうど誰もいないことですし……探してみませんか?」


ボクらは手分けして広い部屋のあちこちを探した。
「お父さーん、こっちにはないよー!」
「こっちもないー!」
こどもたちがタタタっとボクのほうに走ってくる。
ボクはゆっくり部屋を見渡した。
「えーとね、たいていの場合ヒミツの階段とかは、部屋の主人の近くにあるんだよ。すぐに使えなきゃ意味ないからさ」
そう言ってボクは王座のまわりを調べる。王座の裏側には、壁までに妙に空間がとられていた。
「あー、この辺?」
ボクは王座の裏側の床を、爪先で軽く叩きながら動く。そのうち、それまでと違って軽い音がする場所に行き当たる。
「ここ」
ボクが言ったところを、ソルが調べはじめる。すぐに床の石で出来た板がはずれることがわかった。
「いやあテスさんはカンがいいですねっ。まさか本当にヒミツの階段を見つけるとは思ってませんでした」
プサンさんはニヤニヤ笑いながら、大げさに驚いて見せる。
この人やっぱり、何だか変な感じ。

見つけた階段は長い長い下りだった。かなりおりてもまだ底が見当たらない。
どれだけ下ったのか、ともかく分からなくなるくらい階段をおりた。
そしてようやく底に辿り着いた。
静かだった。
正面の床には一ヶ所だけ青いパネルが埋まっている。
正面は行き止まりで、左右に廊下がのびていた。
右の部屋に行ってみると、広い部屋に簡素な祭壇のようなものがあって、拳大の銀色に輝く綺麗な球が置かれていた。
ほんのり銀色の光を放っている。
左側に進みかけると、プサンさんがボクらを押し退けるように進もうとした。
「テスさん、もっと奥へ行ってみてください」
少しあわてるような声。
「え? あ、はい」
声に押されて、すこし早足で左側の部屋に入る。
さっきの部屋と同じように、簡素な祭壇がある。
違うのは、その祭壇には何ものっていないということ。

なんか、とても。
いやな感じだ。

「!!」
プサンさんが息を飲んで、その祭壇に走りよった。

「無い! なんで!?」
プサンさんは祭壇のまわりを一生懸命探しはじめる。
「何が無いの?」
ソルが不思議そうにプサンさんを見上げた。
「ここにあったはずのゴールドオーブがなくなっているんですよ!」
プサンさんの顔が、心なしか青ざめて見える。
部屋中を探し回ったプサンさんはやがて部屋の隅っこに大きな穴があるのを発見した。
「この穴は……。確か大昔邪悪な者が誕生するときにあけた穴……。そうか…。ゴールドオーブはこの穴から……。そして残りのオーブ一つでは支えきれずにやがてこの城も……」
プサンさんは振り返って、向こうの部屋の方を見ながらぶつぶつと呟く。
「これでこの城が天空より落ちてしまった理由が分かりました。しかしゴールドオーブは一体どこに行ったのでしょうか……。幸いこの台には、まだオーブのオーラがかすかに残っているようです。そのオーラを追ってゴールドオーブの行方を瞑想してみましょう」
そういってプサンさんは静かに眼を閉じた。

やがて、オーブが見た景色が映し出される。

ボクは。
自分の息が止まるのを感じた。
186■天空城 2 (ソル視点)
起きているのに、夢を見てるような、そんな不思議な体験だった。

見ているのは、目なのか、頭なのか、こころなのか、その辺りが全然わからない。
でも、見たのは間違いないし、そして多分、本当にあった事なんだろう。

プサンさんが、見せてくれたゴールドオーブのたどった道は、ぼくらにとって、そしてお父さんにとって、とても辛いことだった。

天空城が、空に浮いていた。
何処からともなく紫色の雲が、どんどんと天空城に押し寄せてくる。
がくりとお城が揺れて、ゴールドオーブは台座から外れる。
ころころと転がって、やがて部屋の端っこにあった大きな穴から落ちてしまった。

オーブはキラキラと光を振りまきながら落ちていく。

どんどん落ちて、そのうち雲を何枚も突き抜けた。
明るかった空がどんどん暗くなっていく。
やがて、オーブは真っ暗な夜の空を通る。
雷が酷かった。
何度も何度も、雷が光る。
そのなかをオーブはすり抜けていく。

やがてオーブは、どこかに落ちた。
花が咲き乱れる、お墓があるところだった。
お墓は二つ並んでいて、どこかの建物の屋根のところにあるみたいだった。

「でも、よかったわね。これからは2人幸せに眠りつづけるはずよ。……でもゴーストたちはなんでこの城をあらしていたのかしら?」
女の子の声がした。
金色の髪の毛を、頭の両側でみつあみにしてる。
青い、透明なガラスみたいな大きな瞳がコッチを見ていた。
凄く、かわいい子だ。
女の子はオーブを拾う。
「きれいな宝石ね。……もしかしたら、あのお化けたち、これがほしくて、お城を荒らしてたのかもしれないわね。でも、これ、きっと私達への王様達からのお礼よ。ねえ持ってゆきましょう」
女の子は、傍にいた男の子に話しかける。
男の子は真っ黒な髪を後ろで結んで、紫色のターバンとマントをしている。
少しぼんやりとした、でも優しそうな男の子。
お父さんに似てる。

お父さんが、息を止めたのが解った。

「いいのかな?」
「いいのよ、お礼なんだもん」
男の子の言葉に、女の子は笑う。

そこで、場面が切り替わった。

どこか、緑あふれる奇麗なところ。
小さな村みたいだった。
花が咲いている教会があって、目の前には川が流れてる。
さっきの男の子が、小さなベビーパンサーと遊んでいるのが見えた。
そこへ、男の人がやってくる。

黒い髪を後ろで結んだ、紫のターバンの男の人。
お父さんだった。
お父さんは、男の子に笑いかける。
「あれ、ボク、ステキな宝石を持っているねえ。その宝石をちょっと見せてくれないかなあ?」
お父さんは男の子に声をかけた。
「えー? どうしようかなあ」
男の子は首をかしげて暫く困ってるみたいだった。
「あはは、別に盗んだりしないよ。信用してね」
「そうなの? じゃ、いいよ」
お父さんが笑うと、男の子はあっさりとさっきのゴールドオーブを渡す。
お父さんはしばらくそのオーブをしげしげと見つめた後、男の子に返した。
「本当にきれいな宝石だね。はいありがとう。……坊やお父さんを大切にしてあげるんだよ」
そのあと、男の子はベビーパンサーと走っていく。
ソレをお父さんが止めた。

「キミはすごい強運の持ち主だよ。世界はキミにやさしいし、みんなキミの味方だよ」

また、画面が切り替わった。
どこか、奇麗な建物の中。
赤い絨毯が敷かれていて、お城みたいだ。
目の前に、緑の髪のおかっぱ頭の男の子がいる。
ちょっと意地の悪い顔をしてて、どことなくコリンズ君に似てた。

「オレはこの国の王子。王様の次に偉いんだ。オレの子分にしてやろうか?」
「……??? 子分って、なあに?」
「……子分って言うのは……子分って言うのは、手下の事だ!」
「手下って、なあに?」
「子分の事だ!」
「……ふうん。ボク、別になってもいいよ?」
黒髪の男の子は、そういってにこーっと笑う。
笑い方は、どことなくお父さんに似てる。

また、画面が切り替わった。
今度は、どこか薄暗い所。たいまつとかが燃えている。
どこか、人工の洞窟みたいだった。

背の高い、厭な感じがする魔物が、冷たい眼で目の前に倒れている黒髪の戦士を笑っていた。
「ほっほっほっ。ずいぶん楽しませてくれましたね」
厭な声。
厭な感じ。
厭な気分。
黒髪の戦士は、苦しそうに息を吐くだけ。
背の高い魔物は、さっきまでも何度も見た黒髪の男の子を、人質にしているみたいだった。大きな鎌を、ぐったりとした男の子の首筋に当てている。
「テス! テス! 聞こえてるか!」
黒髪の戦士が息苦しそうにそれでも必死で叫んだ。
この、黒髪の男の子は、お父さんだった。
男の子が眼を開ける。

そこで見たのは、黒髪の戦士が。
おじいちゃんが死ぬところ。

「実はお前の母さんはまだ生きているはず……。わしにかわって母さんを」
おじいちゃんは、そこまでしか言うことが出来なかった。

背の高い、厭な魔物が。
大きな火の玉をおじいちゃんに投げつける。
おじいちゃんは、ものすごく苦しそうな声を。
絶叫をあげて。
お父さんは、ソレをただ見ているしか出来なくて。

背の高い魔物が笑う。
「ほっほっほっほっ。子を思う親の気持ちはいつ見てもいいものですね。しかし心配はいりません。お前の息子は、わが教祖様のドレイとして一生幸せに暮らす事でしょう。ほっほっほっほっ。ジャミ! ゴンズ! この子供たちを運びだしなさい」
お父さんが、緑色の髪の男の子と、運ばれていく。

ドレイって、何だろう?
お父さんは、これからどうなるんだろう?

「ゲマ様、このキラーパンサーの子は?」
「捨ておきなさい。野にかえれば、やがてその魔性を取り戻すはず」
「うん? 待ちなさい。この子供は不思議な宝石を持っていますね。この宝石はもしや…? どちらにしろ、こうしておくとしましょう」
背の高い魔物は、ゲマって言うみたいだ。
ゲマは、お父さんが持っていたゴールドオーブを取り出すと、
ソレを握って、粉々に割ってしまった。

「ほっほっほっほっ。さあ行きましょう」
ゲマの声が、耳の奥で反響する。
厭な気分だ。

そこで、不思議な体験は終わりだった。
目の前で、プサンさんががっくりと台座に腕をついた。
「なんということでしょう!オーブはすでにこわされていたようです!」
プサンさんは力なく首を左右に振った。

どさって音がして、ぼくは振り返る。
お父さんが、立っていられなくなったのか、床に座り込んでいた。
両手の平をぼんやりと見つめて、呆然としている。
何か、ぶつぶつ呟いている。

「お父さん、どうしたの?」
ぼくが近寄ってもお父さんは反応を返さない。

ただ、ひたすら手のひらを見つめて
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
って、繰り返して呟いているだけだった。
187■天空城 3 (ソル視点)
「さっきのなんだったの?」
ぼくはつぶやいてみたけど、誰も答えてくれなかった。
お父さんは呆然としたままで、手をじっと見つめたまま、まだ「ごめんなさい」ってつぶやき続けていた。
「今の……本当にあったことなの?」
なんだか頭がくらくらする。

どうしたらいいんだろう?

ぼくもピエールも、ただおろおろするだけで、どうすることも出来ない。
と。
突然マァルが泣きだした。
物凄く大きな声をあげて、わんわん、涙をぼろぼろこぼして。
マァルはこれまでも泣き虫だったけど、それでも涙を浮かべるくらいで、こんな風に人前で声をあげて泣くのを見るのは初めてだった。

その泣き声に、お父さんがのろのろと顔を上げた。
まだぼんやりした目のまま辺りを見渡して、マァルを見つける。見つけたら、お父さんの目はいつもどおりになった。
「……皆も見たんだね」
お父さんが擦れた声で言う。ぼくは頷いた。
お父さんは泣いているマァルのほうに行こうと立ち上がろうとして、けど立てなくて、這いながらマァルに近寄っていって、それからぎゅっと抱き締めた。
「大丈夫、恐かったね、ごめんね、でも、あれはもう、全部過ぎた事だからね」
お父さんは一言一言ゆっくり言った。

全部過ぎた事ってことは、やっぱり本当にあったことなんだろうか?

お父さんはまだ泣き止まないマァルを抱き締めたまま、ようやく立ち上がる。
顔が真っ青だ。
なんとか、辛うじて、今の状態に踏みとどまってる、そんな感じがした。

お父さんはマァルを抱き上げたまま、ふらふらとプサンさんの方に近寄った。
「プサンさん」
お父さんの声は震えてる。無理矢理絞りだして喋ってる。
「プサンさん、ヒドイよ。どうして皆にも見せたの? あんなの、ボクだけが知ってれば十分なのに……」
お父さんはそういって、しばらくプサンさんをじっと見つめていた。

「ボクはどうしたらいいですか? ボクはゴールドオーブを守れなかったみたいです」
お父さんは、静かな声でそういって、プサンさんが何かいうのを待った。
プサンさんはしばらく黙って、何か考えているみたいだった。
その間もマァルはお父さんにしがみついてずっと泣いていた。

「二つのオーブは妖精たちの祖先が作ったと言われています。妖精の女王に頼めばまた作ってくれるかもしれません」
プサンさんは話しはじめる。
「世界のどこかに妖精の村に通じる森があると聞いたことがあります。……どこだったかな。確かサラボナの近辺だった気はするんですが……」
それ以上は思い出せないらしい。プサンさんは首を傾げて黙り込んでしまった。
「わかりました」
お父さんはうなずく。
「私はここで待っています。たのみましたよテス!」
プサンさんはそう言って、ぼくらにゆっくりお辞儀した。


お父さんは左腕でマァルをおんぶして、右手でぼくの手をしっかり握る。
マァルは相変わらず、お父さんにしがみついて泣いている。
さすがにもう大声じゃないけど、ずっとぐすぐす泣いている。
ピエールはぼくらの後ろを心配そうについてきている。

誰も、何も喋らなかった。

お父さんは真っすぐ前をみて、ただ歩いてる。歩くだけで精一杯で、ほかのことをするのは無理みたいだった。

ぼくらは洞窟をでて、皆が待ってくれている場所まで戻った。
「おー、お帰り! やっぱあの城は天空城なのか?」
スラリンが聞いてきたから、ぼくはうなずく。
「そーだよ」
「じゃあ何で浮かばないんだよ? 変じゃないか」
スラリンは不思議そうだ。
どう答えたらいいのか分からなくてぼくが黙ってると、スラリンは続けた。
「なぁテス、何で城は浮かばないんだよ?」
「……え?」
「あ! おまえ話聞いてなかったな!?」
スラリンが不機嫌になる。
「どーしてマァルさん泣いてるのー?」
ホイミンはマァルを覗き込んで不思議そうに言う。
「なー」
「ねー」
「少し黙りなさい」
ピエールがスラリンとホイミンに静かに言う。少し恐いくらいの声だ。
「主殿はお疲れだから」

「グランバニアに戻る」
お父さんがいきなり喋った。
「次に行くところは決まってるんだけど、ごめん、ちょっと……」
お父さんはそこで大きくため息をついた。
「本当にごめん」
お父さんは空を見上げて、それから大きく息を吸って止めて、目を瞑った。
サンチョは向こうの方で心配そうにお父さんをみてる。
相変わらずお父さんの顔色は悪い。

「あぁ……」
お父さんがその後つぶやいた言葉は、ほとんど聞き取れなかった。
「帰ろう」

とたん、体が持ち上がったのがわかった。お父さんがルーラを使ったんだろう。
いつもなら、先に言ってからしか使わないのに。

気がつくと、すぐ左手側にグランバニアの城門が見えた。

お父さんは背負ってたマァルをサンチョに預けると、城門をあけた。
「ごめん、サンチョ、ソルとマァルをしばらくお願い」
それだけ言うと、お父さんは振り返らないで歩いていく。
「ちょっと坊っちゃん!」
サンチョはお父さんの背中に向けて責めるような声をだした。
お父さんは足を止めなかった。

「坊っちゃんは一体どういうつもりでしょう。マァル様が泣いてらっしゃるのに」
「いいの」
マァルの声がした。もう、泣いてなかった。
「何があったのか、全部言います。だからサンチョ、お父さんを怒らないで」
サンチョに抱かれたまま、マァルは静かに続ける。
「ピエールは、皆に教えてあげて」
ピエールはうなずくと、スラリンとホイミンとゲレゲレを連れて先にお城に入っていった。
「サンチョ、おろして? わたしはもう平気だから」
「しかし」
「大丈夫」
マァルはにこりと笑う。

「今はサンチョだけが頼りなの。だから、わたしとソルの話を聞いてね。そしてお父さんを助けてあげて?」
マァルはそういうと、サンチョの手をひいて、お城の外にあるサンチョの家にむかって歩きだした。

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