35■トロッコ洞窟
トロッコって楽しいよね? ……そうかなあ?


179■トロッコ洞窟 1 (テス視点)
グランバニアの北の港から、内海を北上する。
春の海は風もきつくないし、吹いたとしても暖かで、日差しもやさしい分過ごしやすい。
ボクらは甲板にでて陽なたぼっこをしたり、剣や魔法の稽古をして過ごしていた。
やがて陸地が見えて、ボクらは船をおりた。


地面に降りて、最初にボクはみんなに見えるように地図をひらく。
「今、降りたところはココね。ちょうどエルヘブンの南あたり。ま、ココから北には崖があるからエルヘブンには行けないけど」
「ココからどっちにいくの?」
ソルが首を傾げる。
ボクは地図の上の指を滑らせて、北東方面を指す。
「北東に大きな湖があって、そこに入り口を岩でふさがれた洞窟があるんだって」
ボクの言葉に皆がうなずいた。
「ボクが先頭歩くよ。ピエールは後ろ。ソルが右、マァルが左」
「わかったわ。お父さん、気を付けてね」
マァルの言葉に頷くと、ボクらは歩きだした。

「春の草原っていいね。お花の匂いがするの」
マァルはうれしそうに笑いながら歩く。
「そうだね。あの花は何ていうのかな?」
ボクは向こうに群生している薄い紫の花を指差す。
「花は花でしょ?」
「ソルは大雑把すぎだわ」
マァルは不満そうだ。
「アレはスミレじゃないですかね?」
馬車のなかからサンチョが言う。
「スミレってもうちょっと濃い紫してなかった?」
マァルが首を傾げる。

ボクらはそんな風にのんびりと湖をめざした。

湖が見えてきた。
春とは言え、湖を越えてくる風は冷たかった。
既に陽が傾きかけてきている。
湖には半分以上が岩山になっている小さな島があって、その島までは地面がつづいている。
こういうの、岬っていうのかな?

そんな事を思いながら三日月型の湖をしばらく見つめていると、湖をぐるりと見てくるって言って出発したばかりだったはずのソルとマァル、スラリンとホイミンが帰ってきた。
「あれ? さっき出たばっかりじゃない?」
ボクが聞くと、皆が口々に興奮したように話しだす。
「すごいの! 向こうの方にお城が沈んでるの!」
「結構深いのに、見えるんだよ!」
「綺麗なのー」
「アレって何なんだ!?」
ボクは両手を開いて胸の前で振ってみせた。
「ちょ、皆落ち着いて? 何が何だって? お城が湖に沈んでるの?」
ボクが聞くと、また口々に皆は、「そうだよ! 言ってるだろ!」とか「お父さんも見に行こうよ!」とかいろんなことを言った。

 
 
結局、ボクはソルとマァルに手を引かれ、湖の西側までやってきた。
夕日を受けてキラキラ光る水面の向こう側。
青く澄み切った水の底に、大きなお城が丸々沈んでいた。
ぱっと見ただけでも、かなりしっかりした造りの、豪華なお城なのがわかる。
「本当だ。沈んでるね」
「さっきからそう言ってんだろ!」
スラリンが足元をとびはねながら叫ぶ。
「お城ー。綺麗なのー」
ホイミンはふよふよ宙を漂いながら踊るようにゆれた。
「……天空のお城、かな?」
ボクがつぶやくと、皆は困ったように笑った。
「水中だよ」
「でも天空城が落ちたって話は小さい頃聞いたことあるし、それに塔で会った天空人はお城に行きたかったら、洞窟に行けって言った。……この洞窟が水中のお城につながっているのかもしれないよ?」
ボクが首を傾げると、皆は顔を紅潮させた。
「本当にそうならすごいや! お父さん! 早く行こうよ!」
ソルの言葉に、ボクは空を指差す。
「今日はもう夕方だから、洞窟に入りません。明日の朝からにしよう」
ボクの言葉に、皆は不満そうに文句を言ったけど、ボクは聞こえない振りをした。

次の日は、とても綺麗に晴れた。けど、ちょっと風が強くて、肌寒い。
「では、私たちはココで坊っちゃんがたのお帰りを待ってますね」
サンチョがボクの手を握る。
「うん、なるべく早く帰ってくるね」
ボクは少し苦笑しながら答える。
「洞窟の中では慎重に! お気を付けて!」
「うん、もちろん。皆も気を付けてね」
ボクはサンチョにわらいかえすと、ソルとマァル、ピエールと一緒に小島にむかった。

聞いていたとおり、人の力ではどうにもならなさそうな大きな岩がごろごろしていて、積もった土の部分には草がはえている。
隙間があいているところから向こうを見ると、確かに洞窟があるらしく、ぽっかりと暗やみが広がっていた。
「じゃあ、聞いたとおりマグマの杖を使おう。……危ないかもしれないから、みんなちょっと下がって」
ボクは皆が十分下がったのを確かめてから、杖を振った。

杖から強い光があふれだす。その光は岩にむかってのびていき、光を浴びた岩は赤くなって、やがて大きな音とともに次々に弾け飛んだ。
ボクらはとっさに地面に伏せた。微妙に地面がゆれている。
土ぼこりがひどかった。

ようやく辺りが静かになった。
ボクらはゆっくりと顔をあげる。
「……洞窟だわ」
マァルがつぶやいた。
ボクらの目の前に、大きな洞窟の入り口が、ぽっかりと口をあけていた。
180■トロッコ洞窟 2 (ソル視点)
洞窟の中はさっきの土ぼこりで少し埃っぽかった。
白っぽい石の壁は、人の手が入った事があるのか、少し直線が交じっている。
地面も平らだ。
「人が作った洞窟みたいだね、歩きやすいかも」
お父さんは辺りを見渡してからそんなことを言った。
「はぐれないように、まとまって行こうね」
お父さんのことばに、ぼくらはうなずいた。

少し広い空間で、左手側に澄んだ水のたまった池があった。その側に下りの階段がある。やっぱり人間が作った洞窟なんだろう。
階段を順番にゆっくりおりると、さっきよりもさらに広い空間にでた。
所々に岩が固まって転がっているけど、床は平らで、向こうまでよく見えた。
「何だろう、アレ」
床には木で出来た車輪つきのソリみたいなのが置かれてた。そのソリは、レールにのっている。
「アレはね、トロッコっていうの」
お父さんはソリを指差す。
「重いものでも運べて便利なんだ」
「へー」
ぼくとマァルは、トロッコをまじまじと見つめる。
「やっぱり人間が使ってたのかな?」
マァルが首を傾げると、お父さんは頷いた。
「多分そうだね」

お父さんはレールをじっと見つめた。
まっすぐ奥に伸びているのと、途中で右に伸びるのがある。
まっすぐなのは、行き止まりにむかっていて、まがっているのは、隣に続く通路側に伸びていた。
ただ、中途半端な長さだった。隣の部屋までは続いてない。
「乗ってみる?」
お父さんは言うと、曲がるところまで歩いていって、そこにあるレバーを動かした。ガションって低い音がした。
「何したの!?」
向こうにいるお父さんに声をかける。
「ポイントを切り替えたんだよ。まっすぐ行っても行き止まりだし。これで右に曲がるはずだから」
お父さんはこっちに戻りながら答えてくれた。
「じゃ、乗ってみよう」

「はやーい!」
「すごーい!」
トロッコは風を切ってガタガタと音を立てながら、すごい勢いで走った。
曲がったところは「ぐいん」っておもしろかった。
曲がった先でレールがおわる。
トロッコはそこでとまって、ぼくらは勢いでトロッコから振り落とされた。
まっすぐ前に飛ばされて、レールはかなり後ろにあった。落ちたとき、ちょっと体を打ったけど、ソレが気にならないくらいおもしろかった。
「おもしろかったね!」
「お父さんもう一回乗ろうよ!」
ぼくやマァルが言ったら、お父さんは首を横に振った。
「洞窟まだまだ続のに、戻る気? 多分、この先にもあるよ。ココは人の手が入った洞窟みたいだし、トロッコは多分仕事に使ったんだろうから、あちこちにないとおかしいよ」
ぼくはお父さんの言うことは合ってると思ったから、頷いてこのまま先に進むことにした。

「うわー」
進んだ先で、お父さんがうんざりしたような声をあげた。
かなり広い空間だった。段差が結構あるから、大回りしないと向こうに行けそうにない。
地面にはトロッコが走るレールが至る所に設置されていた。
「やっかい」
お父さんはつぶやくと、辺りをじっと見た。
ぼくらが居るのは、この空間で一番高い場所にあって、見晴らしがいい。
「あっちの奥にハシゴ、下にレール」
お父さんはぶつぶつとしばらく呟いて、ソレから振り返った。
「行こうか。とりあえず、このトロッコには乗っても良さそうだ」
お父さんはすぐそこにあるトロッコを指差した。

今度のトロッコは、箱型をしていて、さっきのより大きくて頑丈そうだった。
ぼくらはお父さんに抱き上げてもらって、箱型のトロッコに乗せてもらった。

トロッコはやっぱり早くて、乗ってると気分がいい。
今度のは、さっきのよりレールが長くて、乗ってる時間も長かった。
トロッコは左に曲がったところで一回坂を下って、それから坂をのぼった。
そのせいで、トロッコはゆっくり減速して、レールの終わるところでとまった。
とまったところには、下に降りるためのハシゴがあったから、ぼくらはそのハシゴをおりる。
すぐの所に、またトロッコがあった。
見渡すかぎり、次へ続く道や階段は見当たらなかった。
トロッコには乗りたかったけど、どこに続いてるかわからないからダメって言われた。
レールに沿ってしばらく歩いていくと、レールの行き止まりの向こうに、ココより高いところにのぼる階段があるのが見えた。
けど、背の高い石の柱がたっていて、ぼくらはソレを通り抜けられそうになかった。
「どうしようお父さん。先にすすめないよ?」
マァルの泣きそうな声に、お父さんはしばらく黙っていた。
柱の近くに行って、その柱をじっくり見て、高さとかを調べてるみたいだった。
ちょうどお父さんの肩くらいだった。
そこからレールの終わりまでを、慎重に歩数を数えながら戻ってくる。
「お父さん?」
ぼくが声をかけても、お父さんは返事をしなかった。
しばらく腕組みをして何か考えて、それから右のこめかみを指で軽くたたいたりした。
ぼくもマァルも心配になってずっとお父さんを見上げてたけど、ピエールは慣れてるみたいで、何にも言わないでじっと待っていた。
「うまく行くかわからないけど」
お父さんはそんな前置きをしてから急に話しだす。
「さっき、トロッコが行き止まりについたとき、勢いで飛ばされたよね? ココにあるトロッコで勢い付けたらあの柱飛び越えられないかな? ちょっとこのレール、上向きに終わってるし」
「ダメかもしれないけどやってみようよ」
ぼくの答えに、お父さんは頷いた。
「じゃあ、レールの連結を調べながら戻ろう」
ぼくらは頷いて、お父さんの後に付いて元来たレールの側を歩いて戻った。
181■トロッコ洞窟 3 (テス視点)
トロッコはスピードに乗って走った。
そして予想どおりレールの最後のところで、ボクらは宙に放り出され、そのまま放物線を描いて柱を飛び越えた。
うまく受け身をとって、なんとか地面に叩きつけられるのを逃れる。
目の前にはボクの身長の倍くらいあるハシゴが立て付けけてあった。
「皆大丈夫だった?」
ボクは改めて皆を見る。それぞれが大きく頷いた。
「おもしろかったね!」
ソルとマァルはケタケタと笑い声をあげる。ボクは出来れば二度とゴメンだと思うんだけど。

 
ハシゴをのぼった先には、またトロッコがあった。
それをたどって歩いていくと、先は崖になっていた。レールは一度断絶して、向こうにつながっていたんだろう、正面にレールの終わりが見えた。もしかしたら、もともとはつながっていて、真ん中が落ちたのかも知れない。
その向こうに、下りの階段があるのが見える。
「コレは……またトロッコで飛び越えるのでしょうか?」
ピエールはうんざりした様子で呟く。
「ピエールも恐い?」
「ええ。ソル殿もマァル殿も平気の様ですがね。……我々は弱くなったのでしょうか?」
「成長して世の中の色んな事が恐くなっちゃったんだよ……たぶんね」
ボクはピエールの言葉に苦笑して、そう答える。

 
レールのつながりを慎重に調べながら戻る。
結局、一箇所ポイントを切り替える必要があった。
それを切り替えて、トロッコに乗り込む。
ソルとマァルはトロッコの先頭に並んで座る。
ボクとピエールはその後ろに乗り込んだ。少しため息を付き合った。
トロッコが走り出す。
すぐにトロッコはスピードを上げる。ぐんぐんとスピードが増し、崖へ向かっていく。
「たーのしー!」
「はやーい!」
子ども達があげる歓声を聞きながら、ボクとピエールは無言だった。
トロッコは崖前の途切れたレールで跳ね上がり、それから向かい側のレールに着地した。その勢いでボクらはトロッコから転げ落ちる。
「あー、やっぱボクこれ厭だ」
ボクが呟くと、ピエールは大きく頷き、そして子ども達はケタケタと笑い声をあげた。

階段を下ると、これまでとは少し様子が違う空間に出た。
相変わらず広くて、段差があることと、地面にレールが網目のように走っているのは変わりない。
ただ、向こう側に幅の広い滝があって、水が流れている。
そしてその水が、一番低い場所に溜まっていた。その中にもレールが走っている。
水は何処からか流れ落ちていっているのだろう、水は浅く溜まっているだけだった。
「この先、何処へ行けばいいのかしら?」
マァルがキョロキョロと辺りを見回す。
確かに、言われたとおりパッと見た感じ他の場所に続くような階段や横穴は見当たらない。
「あ、あの滝の向こう側。何か横穴みたいなの、無い?」
ソルが滝のほうを指差す。確かに、何か穴のようなものがうっすらと見えた。
「滝の洞窟とは懐かしい感じですね」
ピエールが呟く。
「うん、けど、色々違うよ」
ボクは答えると、そのまま暫く滝を見つめる。
水の中に沈んだレールは、その滝に向かって伸びていた。そのレールはぐるりと外周を走っている。左手奥側にトロッコが置かれているのが見えた。
「あのトロッコへ行けば良いみたいだね」
ボクが指差して説明すと、皆がそちら側を見た。
「どうやっていくのかな?」
ソルが首を傾げる。
言われたとおり、トロッコに行き着くのはかなりややこしそうだった。さっきと同じ様に、レールが崖で断絶しているところがあったし、段差もたくさんある。
「逆算していけばわかるけど……ややこしそうだね」
ボクは肩をすくめて苦笑すると、レールを見ながら考える。
「とりあえず、行こうか」

 
予想通り、レールのつなぎはややこしかった。
ポイントの切り替えはたくさんあったし、適当に切り替えるだけではうまく進めない。一度通り過ぎてから歩いて戻って、それからポイントを切り替えて、また来た道を戻るなんて事をする必要も有った。
けど、じっくり考えればわかるものだったし、面倒なだけで難しいことは無かった。
「何回もトロッコに乗れて楽しい!」
なんて子ども達はかなり楽しそうだけど、ボクもピエールもぐったりしてきた。さっき使ったトロッコなんかは、円を描く様に走る部分があって、ちょっとクラクラするし。

 
ようやく、外周をまわるトロッコに辿り着いた。
トロッコが置かれているのは左手側が壁、右手側が石の柱で支えられた、トンネルのような場所になっていた。少し暗い。
トロッコはまた箱型になっていたから、ソルとマァルを抱き上げてトロッコに乗せる。ピエールとボクもいやいや乗り込んだ。
「覚悟はいい?」
ボクが聞くと、ソルはボクとピエールを見比べて
「お父さん達こそ覚悟いいの?」
なんて言った。ボクとピエールは苦笑して
「ま、それなりに」
というような答えを返した。

 
トロッコは外周を疾走する。
何度か角を曲がって、水のなかのレールに至る。
水に広がっている波紋が奇麗だった。
「ねえ、滝に突っ込むよ?」
ソルがいう。
「……ぬれるね」
「息止めなきゃ」
口々に色んなことを言っているうちに、滝を突っ切る。
水はかなり冷たかった。
 

トロッコは水の勢いでやがて速さをゆるめ、次の空間に辿り着くとゆっくりと止まった。
広い空間だった。
ボクらはマントを外して、ぎゅっと絞る。水がぼたぼたと落ちた。マァルがちょっとうまく出来ないみたいだったから、手伝う。
「どこかで火をおこして休まないとやばいね。体が随分冷えちゃったよ」
ボクの言葉に、皆が頷く。
「ねえ、あれ、なにかしら?」
マァルが奥のほうを指差している。
そちらの方をみると、青白いような平らな大きな石が積み重ねられて祭壇のようになっている。
そこには赤い布が掛けられた小さなテーブルと、金色の燭台がある。燭台にはロウソクがあって、火がついていた。
そして、青い衣に身を包んだ神官さんが立っている。
ただ。

「透けてる人は、お化け」

呟くと、皆はちょっと笑った。
「主殿はいつもそういいますね」
「小さい頃の刷り込みって、忘れられないよね?」
ボクは笑うと、そちらの方向へ歩き出した。
182■トロッコ洞窟 4 (マァル視点)
薄い青色の、薄い石がミルフィーユみたいに積み重なったところに、神父さまがいた。
向こうが透けて見える。お化けだってお父さんがつぶやいた。お父さんは透けて見える人を見るとかならずこう言うらしい。わたしは初めて聞いたけど、少し子供っぽいなって思った。
わたしたちはまだ濡れたままで、神父さまの方に向かう。神父さまは驚いたようにこっちを見た。お化けでも驚くのね。

「よくいらっしゃいました。随分濡れてしまってますね、そちらのサークルに入ると良いでしょう」
神父さまはわたしたちにニコニコ笑いながら言うと、神父さまの右手側を示した。
そっちの方には青いような緑色のような不思議な色をした、けど、やわらかで安心できる光があふれるサークルがあった。
お父さんはしばらくそのサークルを見つめていたけど、急に頷いてスタスタ歩いていってしまった。そしてサークルに入る。一瞬光が強くなる。お父さんの水を含んで重いはずのマントや髪が、ふわりと風もないのに上に持ち上がるようにゆれた。
「ありがとうございました」
神父さまにお父さんが頭を下げた。神父さまは「いえいえ」って言って笑う。サークルから戻ってきたお父さんは、どこも濡れてなかった。
「みんなもサークルを借りるといいよ。体が乾くし、傷も治る」
お父さんがにっこり笑った。

わたしたちは言われたまま、順番にサークルに入った。暖かい光。暖かな風。なんだか気分がよくて、気持ちいい。
ちょっとうっとりして戻ると、お父さんが神父さまと話をしていた。
「ちょっとここで休憩していくよ。マァル、眠かったら寝ていいよ」
見てみたらソルは座っているお父さんの足を枕にして少しうとうとしてた。
わたしは頷いてソルと同じようにお父さんの足を枕にして横になる。お父さんは神父さまとしばらくいろんな話をしていた。

「ではお世話になりました」
わたしたちは神父さまにお礼を言って歩きだす。すぐのところにあったトロッコに乗って、水路を越える。少し行ったところに、下りの階段があった。
「なんか聞こえない?」
階段の真ん中辺りで、ソルが両耳に手を当てて眉を寄せた。
「……ヒトの声、みたい?」
お父さんも不思議そうに首を傾げる。
「こんな所に人なんているでしょうか?」
「透けてたらお化けね」
お父さんはピエールに言うと笑った。

「うわわわわー!」
悲鳴が聞こえた。見るとトロッコに乗ったおじさんがいる。その人の声みたいだった。
おじさんが乗っているトロッコはぐるぐると同じ所を回っている。わたしたちはしばらくの間、茫然とその様子を見守ってしまった。
「どなたか存じませんが」
「助けてください」
おじさんはぐるぐるとまわりながら、わたしたちの所に来るたびにそんなことを叫んだ。
お父さんはレールのまわりのポイントを見て、近いほうにあった方に近づいた。そして、動かそうとして首を傾げる。
「動かないんだけど……あ、錆びてる」
ポイントが錆付いていて動かないみたい。お父さんはため息を吐くと、ポイントを見据えた。
「しかたない、強行手段」
お父さんはそういうと、「せーの!」って掛け声とともにポイントを足の裏で、力任せに蹴り飛ばした。
ガコンと言う音と一緒にポイントが動いた。ポイントはその衝撃で壊れちゃったみたい。おじさんはトロッコに乗って行っちゃって、そのうち振り落とされたんだろう、向こうの方でいたそうな音がした。
おじさんがふらふら歩いて戻ってきた。
黒い髪をオールバックにした、チョビ髭の人で、黒いフチの眼鏡をかけていた。赤い蝶ネクタイ、白いシャツ。サスペンダーで青いズボンを吊っていて、黒い革靴をはいていた。
「いやー、どなたか知りませんがありがとうございました。うっかり乗ってしまい、かれこれ二十年以上ですよ、いやー、まいったまいった」
おじさんはそう言って豪快に笑った。

はっきり言って不審者だ。
それに、この人を見てるとなんだか落ち着かない。

おじさんはわたしたちの反応関係なく話を続ける。
「あ、申し遅れました。私はプサン。信じられないでしょうが、かつて天空人だったのです」
「過去形……」
お父さんがつぶやいた。プサンさんは気にせず続ける。
「お見受けしたところ、あなた方も天空城に向かいますね?」
「え? あ、はい」
「よろしい! 私もお供しましょう。人数が多いほうが心強いですからね」
一方的に言うとプサンさんはまた豪快に笑った。
「あっはっは、ではまいりましょうか」
わたしたちは思わず顔を見合わせて、そっとため息を吐いた。
183■トロッコ洞窟 5 (テス視点)
プサンさんは不思議な人だった。
ソルはとてもプサンさんが気になるらしい、歩きながらいろんな質問をした。プサンさんは答えをかえす。
「ココの洞窟が天空城につながってるのは、有名なの?」
「そうですねー、みんなわかるんじゃないですかね?」
「その服はどうしたの?」
「私が人間に紛れたとき流行ってた服を真似たんですよー? ナウいでしょう?」
「本当に流行ってたの?」
ソルは疑うように言ってボクを見上げる。
「お父さん、この服見たことある?」
「二十年以上前でしょ? ボクは子どもだったし、田舎にすんでたからわからないなぁ」
ソルはまたプサンさんを見上げた。
「二十年以上回ってたって言ってたよね? ご飯とかどうしてたの?」
「あんまり食べなくても平気なんですよ、天空人って。それに、実は私、ぱっと見若くてかっこいいナイスガイだと思うでしょうが、実はあなたお父さんの1000倍生きてるんです」
「嘘だぁ、冗談でしょ?」
「冗談だろうって? ふふふっそう思うならそうなんでしょう」
プサンさんはそう言って笑って、クルリとまわる。
「さすがに二十年以上ですから、ちょっとお腹すきましたねー」
またクルリ。
「なんでくるくる回るの?」
「さっきまで回ってたんで回ってないと物足りないんですよー」
「あははは、プサンさんって変だね!」
「ソル君も変ですよ? なんだか不思議な感じがします」
ボクは思わず立ち止まってプサンさんを見た。彼が振り返る。
「どうしました? テスさん?」
「あ、いや」
ボクがことばを濁すと、プサンさんは目をすっと細くした。そしてその目のままボクをじっと見る。
「テスさんもちょっと不思議な感じが……それに随分苦労しましたね? 目を見たらわかります」
ボクは思わず苦笑する。
「あー、確かにココの洞窟はトロッコが面倒で……」
「ちがいますよ、もっと長い間……それこそ生まれた頃から」
ボクは息を止める。プサンさんの目は不思議に力があって、視線を逸らすことができなかった。
なんだろう、威圧感みたいな。
「……そんなに疲れた顔してます?」
なんとか感情と表情をコントロールして笑う。
プサンさんもにかっと笑った。とたん、消える威圧感。
「気のせいですかね? ささ、まいりましょう。アメンボアカイナアイウエオー」
プサンさんは向こうを指差しておかしな事をいいながら歩いていく。ソルも真似してアメンボがどうの言いながらついていった。

「お父さん」
マァルがプサンさんの歩いていく方をみながら、ボクのマントの端っこを握り締めた。
「わたし、なんだかプサンさんが居ると落ち着かないの」
マァルは人の心に敏感だし、魔力が強いせいかちょっとした異変に敏感だし……まわりの事柄に影響を受ける。
だから、あのプサンさんの不思議な威圧感にやられちゃったのかもしれない。
「大丈夫、心配いらないよ」
ボクはつとめてにっこりと、余裕のある顔で笑った。

プサンさんが乗っていたトロッコを使ったら、うまく次の空間につながる所にでることが出来た。
辺りを見回すと左手側に短い下りの階段があって、その向かいに扉があった。
ボクらは次の空間は後回しにして、先に扉を見に行くことにした。

扉の向こうは小さな部屋で、机や棚、本棚などの暮らすための最低限の設備があった。中には髭を生やした囚人服を着た年配の男性が居て、ボクらを見て少し驚いている見たいだった。
「こんな所に今更来る人間がいたとはな」
「ここは何なんでしょう?」
ボクが聞くと彼は首を傾げ、そして曖昧な笑顔のまま首を左右に振った。
「さあなあ? この遺跡はかつて邪悪なるミルドラースが神に近づくために建てた神殿か……あるいは神が心正しき者をみちびくために残した神殿か……多くの学者がワシのような者をつかって発掘を続けさせたものだが……。本当のところは誰にも分からんかった。……あるいは真実をさぐる勇気が足りなかったのかもしれんがな」
淋しそうに笑って、おじさんはそれ以上何も言わなかった。
その話の間中、プサンさんはずっと腕組みをして壁にもたれたまま、何もしゃべらなかった。

ボクらはおじさんにお礼を言って部屋をでた。
そして来た道を戻って、次の空間に入った。
「……」
ボクらは声を失う。
広い空間に敷き詰められたクモの巣のようなレール。
数多い段差と、とぎれたレール。川も流れている。
今度も何回かトロッコを乗り換えたり、飛び跳ねたり、行ったり来たりしなきゃならないんだろう。
子どもたちは目を輝かせ、ボクとピエールはうんざりしてため息を吐いた。

「これ乗っていいの?」
「あー、待って。えーと、このレールはあっちにつながってるから、ポイントが……あれか」
ボクはメモと実際のレールとを見比べて頭を抱える。

ややこしい。

「乗っていいよ、乗ったあとポイントを切り替え」
本格的に移動の時に乗ればいいから、トロッコをあちこち動かすだけのときには、ボクやピエールは乗らないでポイントを切り替えるだけにするだけにした。
おかげで手早く移動は出来た。

……やっぱりトロッコは苦手だ、再確認。
184■トロッコ洞窟 6 (ソル視点)
「……これに乗ったらココは終わりかな?」
お父さんはため息混じりに箱型のトロッコを指差した。
ピエールは頭を左右に力なく振った。二人ともトロッコが苦手だからもうトロッコに乗りたくないみたい。
「プサンさん、天空城ってまだまだ?」
ぼくはプサンさんに聞いてみる。
「んー、もう少しですかねー?」
二人から大きなため息が聞こえた。ちょっと気の毒だった。

大きな空間の、壁沿いにトロッコは弾みながら進んだ。
すごく早くて、ぼくやマァル、プサンさんは歓声をあげながら進んだ。お父さんとピエールはトロッコをしっかりつかんで、無言だった。
長いレールがおわって、ぼくらは次に続く入り口の前についた。お父さんはふらふらとトロッコからおりた。
そして次の空間をのぞいてため息を吐いた。
「まだあるよトロッコ……」
ぼくはお父さんの後ろから次の空間をのぞいてみた。床をぐるっとレールがまわっていて、立体交差がある。レールはそのまま次の空間につながってるみたいだった。
右奥のレールの所には今まで見ていたようなトロッコじゃなくて、黒い鉄で出来た不思議な機械が置かれていた。
「あれ、なんだろうね?」
ぼくが指差すと、お父さんはその機械をしばらく見て、そして首を傾げた。
「なんだろうね?」
お父さんは首を左右に振って、あきらめたのかレールに近寄って、ポイントを指差した。
「これ。切り替えてトロッコに乗ればいいから」

ぼくらはみんなでトロッコに乗った。少しずつトロッコはスピードをあげて進んだ。
角をまがって、立体交差の坂に差し掛かる。トロッコはガタガタと音をたてて進んでいたけど、坂を登りきれなくて、ズルズルと下がりはじめる。
後向きにトロッコは進んだ。結構これは恐かった。お父さんは声もでないみたいだった。
トロッコはゆっくりスピードをさげて、そしてあの不思議な機械の前でとまった。

「困ったね、どうやったらあの坂を……」
お父さんが前にある坂を見て首を傾げたときだった。
ごうん、って低い音がした。
そしてガタガタとぼくらのトロッコがゆれる。
「なにかしら、この音」
「……っ」
後ろを見たお父さんが息を飲んで、顔を引きつらせた。
「後ろ……」
「え?」
ぼくは振り返った。
あの不思議な機械が、トロッコにむかって進んできていた。
「えぇー!?」
「ちょっ、何で」
そのまま機械がトロッコにぶつかって、トロッコが押されてまた動き始める。
どんどんスピードをあげて、坂を登る。
勢いづいて坂をのぼって、またさらに勢いをまして坂をくだる。
トロッコがどんどんスピードをあげて、ぐるりとまわっていたレールを進むと、直線になった。
トロッコはどんどんスピードをあげる。
お父さんとピエールは、もう声をあげない。本気で恐いんだろう。

トロッコは細い道をずっと進む。
まわりは暗くてよく見えないけど、どんどん下ってるみたいだった。
トロッコは滝を三回突っ切って、ガタガタ進む。
スピードはこれまでで一番早い。
何回も急なカーブをまがって、少し広い通路にでた。
レールの両側には石の柱がたくさん並んでいる。

「近いです、天空城の気配です!」
プサンさんの叫び声。
ぼくらはその声と共に水のなかに飛び込んだ。

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