34■天を目指して
天空への塔をのぼって、グランバニアで冬を越す。


172■魔法の絨毯 (ソル視点)
「さてと、コレはどうやってつかうのかな?」
お父さんはとりあえず広げてみた絨毯を前に首をかしげた。
「浮いてるなあ」
スラリンはお父さんの膝あたりで浮かんでいる絨毯を下から見上げて、不思議そうにしている。
「大きいから、まあ、全員乗れるし、多分馬車も載るだろうけど……」
お父さんは不安そうに絨毯の周りをぐるりと一周まわって、そのうち「うーん」って声を上げて考え込んでしまった。

「不安だよね」

ボソリとつぶやいて、浮かんでいる絨毯を手で触る。
「とりあえず乗ってみようぜー」
スラリンがそういって、飛び跳ねると絨毯の上にのる。
絨毯は何も無かったかのようにそのまま浮いていた。
「……なんとも無い?」
「なんとも無いぞ」
スラリンは少し呆れたようにお父さんを見上げた。
「お父さん、ぼくらも乗ってみようよ!」
ぼくはお父さんの手をひいて、絨毯の上に乗ってみた。少し足元がふわふわしてて、何だか頼りない。
けど、そのふわふわした感じが面白かった。
「面白い!」
ぼくは絨毯の上で飛び跳ねてみたけど、絨毯はなんとも無い。
「早くお父さんも乗ってよ! マァルも乗ってみなよ、面白いよ、ふわふわしてて」
ぼくが声をかけると、二人は顔を見合わせて、それからまずマァルがゆっくり絨毯にのってきた。
「……何か変な感じ」
マァルは少し眉を寄せて、不安そうな顔をした。
「じゃあ、乗るよ?」
お父さんは声をかけてから絨毯に足をかける。お父さんが乗ったところが、一瞬少しだけ沈んだ。お父さんの顔が一瞬こわばった。
「あ、案外平気かも」
お父さんのその声に、皆がゆっくりと絨毯の上に乗ってきた。そのたびに一瞬絨毯が沈むのが面白い。
「さて、馬車はどうしたらいいのかな?」
お父さんは浮かんでいる絨毯の端を見る。ちょっと馬車を載せるには高すぎる場所にある。
「丸めている間は絨毯は浮かないんだし、広げながら馬車をすこしずつ載せていけばいいのかな?」
お父さんはそういって、一度皆を絨毯からおろした。そして絨毯を端から丸める。
丸めると、絨毯は浮かばない。

「じゃあ、ゆっくり馬車を動かしてね」
お父さんは丸めた絨毯を馬車の前の地面に置くと、ゆっくりと広げ始める。それにあわせて、サンチョがゆっくりと馬車を動かし始める。絨毯が広がりきったときには、ちゃんと馬車は絨毯の真ん中に載っていた。ちゃんと絨毯も浮いている。さっきと同じで、やっぱりお父さんの膝のあたりの高さだ。
「すごーい、馬車も平気ー」
ホイミンがたのしそうにお父さんの周りをふよふよと回った。
お父さんは笑って、ホイミンを撫でながら絨毯に乗る。
「さあ、とりあえず落ちないように気をつけて動かしてみようか」

 
「すごーい! はやーい! ねえお父さん、風が気持ちいいね!」
「そうだね、でもちょっと風は冷たいかも」
ぼくはお父さんと一緒に絨毯の一番前に乗った。お父さんが右側の絨毯の房を持っていて、ぼくは左側の房を持っている。
少し動かしてみて分かったのは、とりあえず右や左に行きたいときはその方向の房を引っ張ればそっちに動くっていう事。最初に地面を蹴って前に進めば、後は同じスピードでずっと前進していく。
動かし始めると、絨毯は最初より少しだけ浮き上がった。絨毯の上に座っていると、いつものぼくより少しだけ視線が高い。多分、絨毯自体がぼくの背の高さより少し低いくらいのところを飛んでいるんだろう。
マァルはさっきから、ずっとお父さんにしがみついている。マァルは高いところが恐いから、ちょっと絨毯は苦手みたいだった。
お父さんはしがみついてるマァルの背中に手を回していて、ちょっと抱きしめるみたいにしてる。ちょっとうらやましいけど、今動いてお父さんのところに行くのは危ないかもしれないから、やめておく。
「恐い?」
お父さんはマァルに聞く。
「こ、こわい……」
マァルは青い顔でお父さんに答えると、もう景色も見たくないって感じでお父さんにしがみつきなおして、顔をお父さんのマントにくっつけてしまった。
「ソルは? 恐くない?」
「ぼく平気ー! 凄く楽しい!」
答えるとお父さんはにっこり笑った。「それは頼もしいね」なんて言って、マァルにまわしていたほうの手でぼくの頭を撫でてくれた。ぼくはにへっと笑い返す。
「もうこれから移動はずっと絨毯がいいな!」
「嫌よそんなの!」
ぼくがいうと、マァルは悲鳴を上げた。

絨毯を停める為に、ぼくとお父さんは一緒に絨毯の右と左の房を引っ張った。絨毯はゆっくりとスピードを落としながらゆっくりと高さを下げ始めた。しばらくすると最初と同じくらいの高さになって止まる。
「面白かったねー!」
「面白くないよ」
ぼくの感想にマァルは不機嫌そうな顔をした。
「大丈夫? 酔った?」
お父さんは青い顔をしてるマァルの額に手を当てて、心配そうな顔をする。
「ソルも平気? 結構風が冷たかったから」
そういってお父さんはぼくの顔を触る。
「二人とも結構冷えてるよ」
そういって空を見上げる。「随分秋も終わりに近いね」

 
ぼくらが絨毯から降りたのは、お父さんが言っていた塔から少し西にずれた場所にある広い原っぱだった。本当はもっと近いところで止まりたかったんだけど、絨毯を下ろせるような広さと平たさがある場所がここしかなかった。
「さあ、あの塔に向けて歩こう。マァル気分が悪かったら馬車に居てもいいよ?」
「歩きたいから、歩きます。歩いたほうが気分がいいの」
「そう?」
お父さんが聞き返すと、マァルは少しうつむいて、
「……ドリスお姉ちゃんは歩いてばっかりだと足が太くなるって言うんだけど……わたしの足って、太くない?」
って言った。お父さんは首を横に振る。
「太くなんて無いよ。普通……よりちょっと細いかも。あんまり細いからボクは心配」
お父さんはそういってマァルの頭を撫でた。
「じゃ、行こうか。ボクが先頭歩くから、ピエール後ろの警戒よろしく。ソルは馬車の左でマァルは右ね」
ぼくらは言われたとおり、馬車の左側に移動した。その時お父さんが「ドリスちゃんてば余計な事を……」ってつぶやいたのが聞こえたけど、聞かなかった振りをすることにした。

ぼくらは塔に向かって歩き出す。
173■天空への塔 1 (ソル視点)
塔は近付いてみると、思っていたより随分高い塔だった。
入り口までは長くて幅が広い階段が続いている。ちょっと朽ちてきていて、所々壊れているのが外からでも分かる。白い外壁もちょっと汚れていて、何だかちょっと薄気味悪い。
でも、もし壊れてなくて、汚れてなかったら、きっととっても綺麗で豪華な感じの塔だったんだろうなって思う。
「ああ、結構高いね、まあ、向こうから見えたくらいだしねえ」
お父さんもちょっと呆気に取られたみたいに上を見上げていた。
「……高い」
マァルはちょっと青ざめてつぶやく。
「えーと、どうしようか。マァルはいける? 恐いならいいけど」
お父さんがマァルに聞くと、マァルは首を横に振った。
「平気。一緒に行く。……けど、お父さん、手を引いていって」
マァルは小さな声でそんな事を言った。お父さんは嬉しそうに笑ってから「勿論」と頷いた。

「じゃあ、ボクとソルとマァル。それからピエールとで行こう」
お父さんがそういうと、スラリンがむくれた。
「またオイラ留守番ー?」
「スラリンを信頼してるから、安心して馬車を頼めるんだよ。勿論、サンチョやゲレゲレや、ホイミンもね」
お父さんはそういって、スラリンに笑いかける。
「……ちぇー、そのうちオイラも連れてけよ」
スラリンは口を尖らせてそんな事を言って、それから馬車の中に引っ込んでいった。
お父さんはちょっと苦笑いしてスラリンを見送って、それからぼくらの方を見た。
「じゃあ、行ってみようか。何にも無いかもしれないけど」

お父さんはマァルの手を引いて階段を登る。ぼくはその後ろを歩いて、ピエールはぼくの後ろを歩いていた。
塔の大きな入り口には扉が無くて、そのまま中に入れるようになっていた。お父さんはそっと中の様子を見てから、中に入る。ぼくらもその後に続いた。
高い天井と、がっしりした白い柱。
入り口近くの床には絨毯が敷かれている。少し向こうは柱と同じ白い石の床になっている。
「マァル、もう平気?」
お父さんが聞くとマァルは頷く。
「もう外が見えないから平気」
お父さんはマァルから手を離した。
ぼくらはお父さんを先頭に、ピエール、ぼく、マァルの順に歩き出す。

最初に入り口から右のほうに曲がって歩いてみた。
絨毯は水の張ってある小さな池みたいなところを通ったあたりで途切れて、そのあとは普通の床になった。床になると、ちょっと足音が響いた。
と、いきなり柱の影から大きな何かが出てきた。
ぼくらはそれぞれ剣を抜いたり、杖を構える。

出てきたのは、レンガを人の形に積み上げたみたいな魔物だった。ただ、ぼくの何倍もある高さをしている。お父さんの倍くらいはあるかもしれない。大きな石の怪物。
「ゴーレム」
お父さんがつぶやく。たぶんそういう名前なんだろう。
緑色の、半月のような形をした目が、ぼくらを捕らえたのが分かった。
「来ます! 気をつけて!」
ピエールの声にぼくらは身構える。大きい分、動きはゆっくりしているけど、石でできてる分、かなり固い。剣が当たっても、全然びくともしない感じ。
マァルの魔法も直撃しても、全然気にしてないみたいに見える。
結構強い。
ピエールの剣が、ちょうどゴーレムの足に当たった。そして、バランスを崩して倒れかかる。
お父さんがその隙にもう一本の足を狙って攻撃した。
ゴーレムはそれで倒れてしまった。そこにマァルの魔法がもう一回当たる。

勝負は付いたらしかった。

「手ごわかったですね」
ピエールがそういいながら、怪我をしたぼくにベホイミをかけてくれた。
「うん、随分強い魔物が居るみたいだね、ここ」
「気をつけねばなりませんね」
ぼくとピエールが話していると、マァルが驚いた顔をしてぼくの後ろを指差した。
「え? どうしたのマァル?」
ぼくはいいながら振り返る。
さっき倒したはずのゴーレムが、ゆっくりと起き上がってきていた。
「え?! 何で?! 倒せてなかったの?!」
ぼくとマァルは驚いてしまって、お互いに武器を構えなおした。

「ああ、心配しなくてイイよ」
お父さんののんびりした声がした。ピエールも何にも心配してないのか、剣を構えたりしない。
見てみると、お父さんはじっとゴーレムを見ていた。
ゴーレムは、立ち上がらないで片膝を付いた格好のまま、じっとしてお父さんを見ていた。戦う意思は全然無いみたい。
「……一緒に来る?」
お父さんはゴーレムを見てにっこり笑った後、そんな事を言った。
「!?」
ぼくとマァルは驚いて顔を見合わせる。
ゴーレムはゆっくりと頷いた。
「そう、じゃあ、一緒に行こう。……えーと、君の事は何て呼べばいいかな?」
ゴーレムは暫くしてから、首を傾げて見せた。
お父さんはその様子を見上げていて、それから「……もしかして名前とか無い?」って聞く。
ゴーレムはまた首をかしげた。

「お父さん、何してるの?」
ぼくはピエールに尋ねる。
「主殿が我々魔物と心を通じ合わせるのは知っていますね?」
「うん」
ぼくとマァルは頷く。
「そうやって、ピエールやスラリンや、皆と仲良くなったんだよね?」
「ええ」
ピエールが頷いた。それからお父さん達を指差して、「今、まさにその瞬間ですよ」って言った。

ぼくらは嬉しくなって、お父さんとゴーレムのやり取りを見る。
今度はゴーレムと仲良くなれるのかもしれない。

「えーと」
お父さんは暫くゴーレムを見上げていて、それから「あ!」って声を上げた。
「そうか。君、口が無いんだ」
言われてみてみれば、ゴーレムは目が光ってるだけで口が無かった。ゴーレムは頷いている。
「あー、あー、そっかー。じゃあ、名前をつけてもいいかな?」
お父さんが首を傾げて尋ねると、ゴーレムは頷いた。
「じゃあ、えーと」
お父さんは考えているのか、暫く黙ってしまった。

「ゴレムス!!!」

ぼくは叫ぶ。
ゴーレムとお父さんが一緒にぼくの方を見た。
「ゴレムスがいい!」
ぼくが言うと、ゴーレムが頷いた。お父さんはソレを見ていて「ゴレムスでいい?」と尋ねる。
ゴーレムが大きく頷いた。
お父さんがにっこり笑って、手を差し出す。
「よろしく、ゴレムス」
ゴレムスが人差し指を出してきたから、お父さんはそれをぎゅっと握り締めた。
「じゃあ、皆を紹介しなきゃね」
お父さんはぼくらの方を見て、それからにっこりと笑った。
174■天空への塔 2 (テス視点)
ゴレムスに皆を紹介して、そのまま一緒に塔を登る事にした。ゴレムスの足音は結構響くから、ボクらの足音は掻き消えてちょうどいいかもしれない。
暫く進んだところに階段があった。他に進む道は無かったから、その階段を登る。
階段を登りきると、左手側に景色が見えた。つまり、外壁の無い部分に出てきてしまった事になる。壁のかわりに低い手すりがあるくらいだ。
「皆上がってきたら気をつけて。左手側、壁が無い」
ボクは後ろに声をかけて、階段の脇で立ち止まって全員が登ってくるのを待った。それから、最後にやってきたマァルの手を握る。
「左側は見ないほうがいいよ」
「目つぶってます」
ぎゅーっと目を閉じて、口をへの字にしているマァルにボクは少し苦笑して、右側を歩くように伝えた。
ソルはさっきからゴレムスと歩くのがお気に入りらしくて、ずっとゴレムスと一緒に歩いている。
その場所は一本道で、突き当りを右側に進むしかなかった。曲がってすぐ右手側には登りの階段。その向こう側には塔の中に入る入り口。その向こうは塔の左側が見えるけど、柱がじゃまで向こうにはいけそうに無い。
入り口から中をのぞくと、広い部屋が広がっていた。左手側には浅く水が張られた池のような場所があって、正面には柱が並ぶ小部屋がある。何も無い部屋だった。
「何も無いみたいだから、その階段を登ってみよう」
ボクは外側にある階段を指差して、部屋の中からでた。

階段を登りきったところに、がっしりとした体格の男の人が居た。向こう側には左の塔が見えるけど、男の人の前には大きな柱が倒れこんでいて、どう考えても向こう側にはいけそうに無い。
男の人が、ボクらに気づいて振り返る。
「あんた達もこの塔に凄い宝があるって話を聞いてきたのか?」
ボクは首を横に振る。
「いえ、そういうわけでは」
「ふーん、用もないのに登ったのか? 物好きだな。まあ、なんにせよ、ここはこれ以上進めそうにないな」
そういって男の人はため息をつく。
「ま、降りるにしても気をつけな。俺はもうちょっと進む方法が無いか考えてみる」
男の人はそういって、そこに座り込んでしまった。

仕方が無いからボクらは来た道を戻る。
最初の入り口から、今度は左側の塔を登る事にした。
こちら側も、暫くは赤い絨毯が敷かれていて、浅い池を渡りきったところで絨毯が終わっている。
後はさっきまでと同じような白い石造りの床が広がっていた。
こちら側もいける場所は限られていて、階段を登るしかない。
階段を登ると、少し広めの部屋に出た。中央には赤い絨毯が敷かれていて、そこから上にいける階段がある。外側に出る出口もあったけど、ボクらは階段を登る事にした。

階段を登ると、さっきの倍くらいの部屋に出た。また上に行く階段しかない。
「……何だか一本道だね」
「嫌な感じですね」
ボクとピエールはそんな事を言いながらため息を付き合った。
「どうして? 一本道だったら簡単だよ?」
ソルが不思議そうにボクらを見上げている。
「とっさの時の逃げ道が無いってことだよ」
ボクはそういいながら階段を見る。
「でも迷っちゃうよりいいと思うわ」
マァルは少し青ざめた顔でそんな事を言った。
「……マァル大丈夫?」
ボクは少しかがんで、目線をあわせる。
ガラスの色をした目が、ボクを見た。
「外が見えない限りは、結構平気よ」
マァルは少し笑って見せた。
「気分が悪かったら早めに言うんだよ? どうしようもなくなっっちゃう前に」
「はーい」

結局ボクらは、見えていた階段を登った。
「ああ、また壁がない。気をつけて登ってきて」
ボクは後ろに声をかけて、階段のそばで皆を待った。今回も低い手すりしかなくて、太い柱がそのすぐ内側を規則的に並んでいる。だだっ広い何も無い場所で、景色が凄く良かった。
向こう側には柱が倒れている。
「うわ、きれー!」
登ってきたソルは外を見て歓声を上げる。
「綺麗だね。でもあんまり外に行き過ぎないようにね。落ちるよ」
「落ちたりしないよ」
ソルは声を立てて笑うと、手すりをしっかりと握って外を暫く眺めていた。マァルは階段を登りきるとすぐにボクに向かって走ってきて、手をしっかりと握る。
「もう随分登ったのね」
外をちらりと見て、マァルはため息をついた。

風が吹き抜けていく。
秋も終わりに近い風は、少し乾いていて冷たかった。

「あっちに倒れてる柱があるね。多分さっき男の人と話したのはあの辺だよ」
ボクは倒れた柱を指差して説明する。
「だから、右側のほうへは歩いていっても仕方がない。ちょっと休憩してから、この広場を抜けて左側のほうへ行ってみよう」
「分かりました」
皆で部屋の中央に座って休憩をしている間、ボクとピエールは離しながらここまでの簡単な地図を書いた。
「割と分かりやすい塔だね」
「ええ。基本的には一本道ですし。……まあ、柱が倒れていたりしなければ、ですけど」
「今は汚れてるし、結構ぼろぼろだけど、そもそもは結構綺麗な塔だったんじゃないかな? 柱とか頑丈だし、この白い石の床、結構高い建材だと思うよ」
ボクはこんこんと床を叩きながら言う。
「……何のために建てられたのかな?」
「宝物を隠してるんでしょ?」
ソルは首を傾げる。
「どうだろう。結構無責任な噂かも知れないよ? 長い間放置されている建物とか洞窟とかには結構多いんだよ、そういう無責任な噂」
ボクは答えてから立ち上がる。
「まあ、宝物があったらあったでもらって行けばいいし、無ければ無いで仕方ないよ」
ボクは手を叩いた。「さ、行こうか」
175■天空への塔 3 (ピエール視点)
暫く休憩した後、我々は主殿を先頭に広場を抜け、突き当たりを左に折れて歩く。すぐに突き当たり、低い手すりの細い通路が右に伸びている場所に出た。
「すぐ右に入り口があるからそれに入るしかないけど、皆落ちないように気をつけてね」
主殿はそういってから角を曲がり、全員が部屋の中に入ったのを確認してから入り口をくぐった。
マァル殿が外が見えなくなったためか、少し安心したように息を吐く。

奥と手前に階段がある。部屋の中央には赤い絨毯が敷かれている。これまでと同様、少しホコリが積もっていて、色が褪せている。その絨毯の四隅には背の低い石でできた人の像が置かれていた。ただ、少し奇妙なのはこの石像たちは全員、背中に鳥のような翼を持っていることだ。
「……お城にいる天空人みたいなかんじ」
マァル殿がつぶやくと、ソル殿は石像まで走っていってソレを見上げて頷く。
「うん、似てるね」
お城というのは、グランバニアであろう。その城の一角に昔主殿の父上が助けた天空人が居る、という話は聞いたことがある。
残念ながら私は会ったことがないが、多分こういう風に背中に翼を持っているのだろう、と思った。
「あの人と同じような石像があるってことは、もしかしてここは天空にあったお城とかに関係があるのかな?」
主殿も石像をまじまじと見てから、首を傾げる。
「あ! お父さん、もしかしてこの塔が、空に続く塔なのかも知れないよ?」
ソル殿が主殿を見上げて少し興奮したように言う。
「だって、ここ、凄く綺麗だし、きっと天空人が建てたんだよ!」
「何のために?」
マァル殿は首を傾げる。
「だって、天空人ってお空を飛べるのよ? お城に居た人は翼を怪我してそれからとばないみたいだけど。飛べるのに塔を作る必要ってある?」
「だから、怪我した人が歩いて帰るためとか、ぼくらみたいに飛べない人がお城に遊びに行くために」
ソル殿は言いながらも何だか不思議な気分になってしまったらしく、首を傾げる。

主殿は二人が喋っているのを微笑んで見守っていた。
石から戻ってグランバニアに帰ってきた頃は、少しギクシャクとしていて、父親らしくしよう、と気負っている部分があったが、最近は随分自然と子どもを見守っている時が多いように思う。
多分、暫く二人と接するうちに、色々な事を学習し、吸収したのだろう。
二人が「大人びた子ども」から、自然に「甘えるときには甘えられる」ようになったように、多分、主殿も父親としての距離感というものをつかんだのだろう。

「とりあえず頂上まで登ってみれば分かる事もあるかもね」
主殿は二人の終わらない言い合いに終止符を打つように手を叩きながらそういった。
「まあ、分からない可能性もあるんだけど」
苦笑しながら言うと、二つの階段を指差す。
「近場から登ってみようか」

入り口に近いほうの階段を登る。
登った先の部屋は小さな部屋で、奥に階段が見えた。
床の両脇には浅く水を張った池があり、その中央にまた向かい合うように翼を持った人間の像が飾られていた。
「なんかちょっと神聖な感じ」
マァル殿のつぶやきに、我々は頷いた。
「もしかしたらソルの言った事は、当たったるのかもしれないね」
主殿は笑顔で言う。
「きっとそうだよ!」
ソル殿は嬉しそうに言うと、目の前にある階段を駆け上る。
「ころばないでよ」
主殿はいいながらゆっくり後を付いて歩いていく。

階段を登った先は少し広い部屋で、また浅く水の張られた池があった。階段はその池の端にあり、真っ直ぐ池を突っ切った先の左手側に出口があるのが見える。
どこからか光が漏れてきているのか、通路に向かって光の筋が出来ているのが見える。その光を反射して水面がキラキラと光り、とても美しい。
「すごーい、綺麗!」
マァル殿が歓声を上げる
暫くその景色に目を奪われていたが、やがて我々はまた歩き出した。
出口の外は二・三段の下りの階段があって、また塔の外周部分に出るようになっていた。
随分登ってきていたらしく、地上は少しかすんで見える。遠くの山々は小さく、圧倒的な空の青が眼前に広がっていた。
主殿がつぶやいたのが聞こえた。
「マァルはちょっと辛いかも」

結局主殿はまたマァル殿と手をつなぎ、外に出た。
すぐ左手には登り階段があって、そのままその階段を登る。
登りきったところは、何も無い広場だった。
先ほどの部屋の、屋根の部分に当たるのだろう。コレまでどおり、低い手すりがあるばかりで、後は何も無い。落ちたら終わりだろう。
マァル殿は足がすくんだらしく、ほとんどまともに歩けない。
結局主殿はマァル殿を背負い、それからソル殿と手をつないだ。
「ぼくは平気だよ?」
ソル殿が少し不思議そうに主殿を見上げる。
「ボクが平気じゃない」
主殿の返事に、ソル殿は首を傾げる。
「お父さんも高いところ苦手?」
「いや、高いところは問題ないよ。ただ、ソルがここで走り回ったら、ちょっと流石に心臓が痛いかも」
「走ったりしないよ」
ソル殿は口を尖らせて見せたが、それでも主殿と手をつなぐこと自体は嬉しいらしい。すぐに笑顔になって歩き出す。

広場を横切ると、柱だけが立つ手すりも無い部分を経て、向こう側の塔に出られるようになっていた。
下りの階段と、小さな部屋への入り口があったが、主殿は小部屋のほうを選んだ。
「この際だから、先に高いところから片付けよう」
小部屋の中には、ただ登るだけの階段があるだけだった。
その階段を登ると、小部屋の天井部分に出られるようになっている。

頂上だ。

正面には、どこにも繋がっていない登り階段がある。
そしてその前には、背中に羽を持った一人の男性が立っていた。
彼は我々を見て、目を丸くする。
「何と! この荒れた塔をここまでのぼってくる者がおったとは! かつてはこの塔から天空の城に行けたものだが、今はこの有様……天空の城も今では湖の底じゃ!」
その言葉に我々は驚く。
「え? この塔、天空の城に繋がってたの!?」
「天空の城って本当にあったんですか?」
「お城、落ちちゃったの?」
それぞれ言った言葉は違ったが、彼は頷いただけだった。
「もしそれでも行きたいと言うなら、そこのマグマの杖を持ってゆくがよい。その杖を使えば、洞窟をふさぐ岩をもどかすことができようぞ!」
彼が指差した方向には、一振りの杖が床に突き刺さっていた。
主殿がソレを引き抜きに行くのを我々は見守る。
やがて少しの掛け声と共に、主殿は杖を引き抜いた。
「これ、いただいていいんですか?」
言いながら主殿は振り返り、そして言葉をなくす。その凍りついた表情に我々も彼が居たところに視線を戻した。

彼はどこにも居なかった。

「……もしかして、幽霊?」
「……さあ? まあ、くれるっていうんだし」
暫く我々は無言で、背中を嫌な汗が伝っていくのを感じた。

「と、ともかく帰ろうか」
主殿は無理やり明るい声を上げて、彼が居たところに一度手を合わせ、それから脱出のためにリレミトを唱えた。
176■寄り道 1 (テス視点)
塔をでたボク達は、一度グランバニアに帰ることにした。
塔の上でであった天空人の男の人は『それでも天空城へ行きたいと言うなら、そこのマグマの杖を持ってゆくがよい。その杖を使えば、洞窟をふさぐ岩をもどかすことができようぞ!』なんて言ってマグマの杖をくれたけど、コレをどこで使うのか全く心当たりが無かったから。
冬も近いし、一度戻ってゆっくりして色々調べごとをしたり、溜まってる仕事を片付けて、春になったらまた旅に出よう、という事にした。
 
 

実はソルもマァルも旅を中断する事にあまり賛成しなかった。
「お母さんを見つけるのが遅くなっちゃうよ?」
とソルは言った。
「それはもっともなんだけど、だからと言って冬場に無理な旅をしてソルやマァルに何かあったら、それこそ、ビアンカちゃんに合わす顔が無いよ」
ボクが答えると、今度はマァルが「早くお母さんに会いたくないの?」なんて言って眉を寄せる。
「会いたいよ。一刻も早く会いたい。けど、焦る事と急ぐ事はイコールじゃないよ。さっきも言ったけど、無茶をして怪我でもしたら結局旅は遅くなるしね」
「怪我しなきゃいいんでしょ?」
「だから行こうよ」
二人はまだ食い下がる。
「……どこへ?」
ボクが聞き返すと、二人は黙ってしまう。
「ほらね? 行き先も決まってないのに動いたって、いい結果が得られるとは思えない。一度グランバニアに戻ってみようよ」
「お父さんこそ、グランバニアに戻ってどうするつもり?」
二人は少しにらむようにボクをまっすぐ見上げる。
「グランバニアにはお父さ……お爺様が助けた天空人の女の人が居たでしょ? その人に話を聞いてみるつもり。それと、ボクやビアンカちゃんを探すために、兵士たちが世界中を旅してくれたでしょ? エルヘブンだってその時見つけてもらったよね? つまり、岩にふさがれた洞窟を見たことがある兵士がいるかもしれない。調べごとってね、そういう手がかりから地道に確認したほうが結局早いの。手当たり次第にやってみるのは、最後の手段だよ」
ボクが答えると、二人は少し黙って、それから頷いた。
「分かった。お父さんの言ってることのほうがいい気がする」
「冬が終わったら、すぐにまた旅に出るって約束してくれる?」
「ソレは勿論」
「じゃあ、お父さんの言うとおりにします」

 
そういうわけで、ボクらはグランバニアに居る。
帰った次の日にはもう初雪がうっすらと積もって、これからどんどんこの国は雪に覆われて白くなっていく。
『岩に囲まれて入れなくなっている洞窟に心当たりがある者は、情報を寄せるように』という事をオジロン様に仕事として押し付けて、ボクはボクで積み上げられていた書類に目を通す日々が続いている。
天空人の女の人の所へは、ソルとマァルが連日通っているみたいだけど、今のところ芳しい成果は挙げていないらしい。
ボクも暇を見つけては何度か話をしにいっているけど、時折返事をしてくれるだけで、会話はあまり続かなかった。

 
「ソルもマァルも退屈そうだぞ? 相手してやったらどうだ?」
「あのねえ、ドリスちゃん。ノックもなしにドア開けて一番最初に言うのがソレ?」
ボクは書類からドリスちゃんに視線を移してから答える。
ドリスちゃんは部屋をつかつかと横切って、テーブルの正面に立った。
「それにねえ、ちゃんと二人とも遊んでるよ」
「いつ」
「夜」
「それじゃ駄目だ」
ドリスちゃんはテーブルに両手をばんっと叩きつける。
「だったらオジロン様に休みくれるように掛け合って頂戴」
ボクは手元の書類に判子を押して、それから大きく伸びをする。
「判子くらい誰だって押せるでしょ。ドリスちゃんやっといてよ」
「一番偉い奴が承認しなきゃいけない書類にあたしが判子押せるわけないだろ」
ドリスちゃんは呆れたように言うと、向こうから椅子を持ってきて、ボクの正面に座った。
「で? ビアンカ様の手がかりはつかめたのか?」
「つかめてたらこんなにイライラしてないよ」
「……イライラしてるようには見えないが」
「そんなはっきり表情読み取られるようには出来てないの、ボクは」
暫くそんな話をしていたら、紅茶が出てきた。多分ドリスちゃんがここに来る前に頼んでおいてくれたんだろう。
「で? 本当は何の用?」
尋ねると、ドリスちゃんは笑った。
「テステスは相変わらずだな」
「だからその犬みたいな呼び方やめてよね。名前で呼ぶのが嫌なら、最初みたいにイトコ殿とか、そんなんでいいから」
「テステスがあたしを『ちゃん付け』で呼ぶのをやめたら考えてやる」
「考えるだけ?」
「考えるだけ。もう慣れたしな、この呼び方に」
「ボクもちゃん付けに慣れたから。直らないと思うよ」

「パパのところに情報が来た」
ドリスちゃんは舌をやけどしないように、慎重に紅茶を口に運ぶ。
「岩で入り口がふさがった洞窟、見たことのある兵士が出てきた」
「本当に?」
「ぬか喜びさせるためにわざわざ来るか」
ドリスちゃんは呆れた声で言うと、肩をすくめて「やれやれ」とつぶやいた。
「かわりにあたしが伝えに来たんだが、一つ聞いていいか?」
「聞くのは勝手だけど、答えるかどうかは内容によるよ?」
「ビアンカ様の手がかりはつかめてないんだったよな? じゃあ、その洞窟には何をしに行くんだ?」
ボクは紅茶を置いて、ドリスちゃんを見る。
ドリスちゃんは真っ直ぐに見返してきた。
「……そういえば何のために行くんだろう?」
「ひっぱたくぞ」
ドリスちゃんは顔を引きつらせて低い声で言う。
「ねえ、ドリスちゃん。こんな話聞いたことない? 『神様が住んでいた空に浮かぶお城は、昔地上に落ちてしまった』っていうの」
「あー、何か昔話かなんかで聞いたことがあるような、ないような……」
「ボクらね、この前より道した塔で、天空人の幽霊にあったんだよね」
「お前話跳びすぎだぞ?」
「その天空人のいう事には、本当に天空城は落ちたらしいよ。その場所へ行くためには、岩で入り口がふさがった洞窟に行かなきゃならないんだって」
その話を聞いて、ドリスちゃんは暫く胡散臭そうにボクを見つめた後、大きくため息をついた。
「で? その落ちた城に行ってお前何するつもり?」

「神様にビアンカちゃんの居所を聞こうかと思って」

「正気かよ」
ドリスちゃんはため息をついた。
「あのね、ボクはね、神様って居ると思うんだけど、ドリスちゃんは?」
尋ねると、ドリスちゃんはますます大きくため息をついた。
177■寄り道 2 (ドリス視点)
「居たかも知れないけど、今は居ないんじゃないか?」
あたしは暫く考えてからそう答える。テスは向かい側で組んだ手の上にアゴを乗せて、あたしの方をじっと見つめてた。
真っ黒な瞳が、じーっとコッチを見てる。
この瞳がなあ。あたしは困っちゃうわけだ。
好奇心にキラキラしてて、純粋そうで、実のところ凄く計算高い。軽く相手をしてると足元をすくわれる。そんな曲者な瞳。

好きな、瞳。
絶対手が届かないところにある、秘密の宝物みたいな。

「居ない理由は?」
テスは少し眉を寄せて、不満そうに言う。
「だって、神様居たら落ちないだろう、城」
「あー、それはそうかも。ドリスちゃん頭いいなあ」
「……何か馬鹿にしてるだろ」
「してないしてない」
そういって声をあげて笑って、それからテスは紅茶を飲んだ。
「これ、ありがとうね、頼んでくれて」
「水分とらなきゃ干からびて死ぬぞ」
「これからは気をつけるよ」

「で? その洞窟は何処にあるの?」

「いきなり話戻すなよ」
「ついてこられる人じゃなきゃこんな話し方はしないよ」
そういってテスはにやっと笑った。
「ドリスちゃんは頭がいいからさ、ついてこられるでしょ?」
「確信犯かよ」
「知ってるでしょう?」
にやっと笑って、奴は大きく伸びをして見せた。

テスは。
時々あたしを試すようなことをする。
多分。
このひとは、あたしの気持ちなんてお見通しなんだろうな、と思う。
知らない振りして、時々からかって、それで突き放す。

たった3つしか年上じゃないのに、もっとずっと歳が離れてる気がすることもある。

「テステスはずるい」
「今更何?」

あたしは大きくため息をつくと、とりあえず地図を広げる。
「えーとな、ココ」
指差すのはグランバニアから随分北のほうにある、湖の辺りを指差す。
「このあたり。湖が周りを囲んでて、真ん中に小さな島みたいになった場所があって、そこに洞窟があるらしい。入り口までは地面が繋いでるらしいから、本当の所は島じゃないんだろうけど。その入り口の前には大きな岩がいくつか転がっていて、中はどうなっているか確認は出来なかったそうだ」
「へー」
「岩には土が積もってるところもあって、そこには草が生えてたりするし、コケなんかもついてたらしいから、岩が入り口を閉じたのはそんなに最近でもないだろうって事だ」
「なるほどね。ココならそんなに遠くでもないし、冬がおわったらすぐ行ってみようかな」
「冬の間にこの仕事終わるのか?」
あたしは机に山積みになっている書類に目を落とす。
「次々増えるだろう?」
テスは笑って答える。
「春になったら終わって無くても出かけるよ」
「無責任な」
「今に始まったことじゃないし。オジロン様のほうが実際国王に向いてると思うよ、ボクは。だから任せていっていられるんだよ」
「伝えとくよ」
「それにさ、石になってるとね、時間感覚はないけど、どんどん考えが厭な方向へ向かっていくんだよ。心が死んだら、多分石から戻れなかったんじゃないかなって、今は思うんだよね」
そういって、テスは左手の薬指にある、オレンジの石のついた指輪をじっと見た。
「早く行って助けないと、取り返しのつかないことになりそうで、怖いんだよ。春までは、我慢するけど」
「我慢できるわけ?」
「無理やりね。イライラしてるって言ってるでしょ?」
そういって、力なく笑って。

「でも、無理に旅をして、ソルやマァルに何かあったら、それも厭だ。だから、まだ大丈夫って信じるしかない。ビアンカちゃんは、まだ戦ってくれてるって。絶望しないで居てくれるって。信じてる」
最後のほうは、かすれた声で言って。
「ボクの好きな人はね、そういう人」
そういって、目を閉じた。

「ノロケかよ」
「ノロケだよ」
テスは少し力なく笑って、それから大きくため息をついた。

「あたし、そろそろ部屋に戻るな。マァルが遊びに来てるかも知れない」
「お世話かけます」
テスは片手を挙げて笑って見せた。
いつもどおりに。
「あーあー、取りあえず二人にはさっきのノロケを5割り増しくらいで伝えとくよ」
「5割も増したらそれはウソって事になるよ」
「多少の誤差みたいなもんだ」
あたしは立ち上がって、ドアに向かう。
ドアを開けたところで、思い出して振り返る。

「なあ、テステスは石になってたとき、絶望したのか?」

テスは暫くあたしをじっと見た後、少し目をそらして、それから頷いた。
「マァルが杖を使ってくれるのが、あと半日遅かったら、ボクはここにいないんじゃないかな?」
何でもなさそうに、怖いことを言う。
「ウソだろ?」
「本当」
ニコニコ笑って言うから、本当なのかウソなのか、いまいち解り辛いんだけど。

多分、本当の事を言ってるんだろうなって、直感的に思った。

「無事でよかったよ」
「ありがとう」

あたしは部屋から出て、暫く歩いたところで座り込む。
無事に帰ってきてくれてよかった。
ビアンカ様は大丈夫なんだろうか。
いろんなことが頭をよぎる。

とりあえず、とても疲れた。
部屋に戻ったら、少し眠ろう。
178■寄り道 3 (テス視点)
冬はどんどん足を速めていく。
もう窓の外をみると、一面真っ白になっている。木に積もった雪の、すこしこんもりとした丸い角を見ていると、なんだか柔らかで暖かな感じまでしてくるから不思議だ。
ボクは今、鏡の前に座って、自分の顔を見ている。
自分の意思ではなく。
「陛下、どちらの色がお好きですか?」
髪を梳いてくれているクレアさんが緑と紺色のリボンを見せる。
「あー、どっちでも良いです。服に合わせてください」
ボクはため息交じりに答えた。
「では、紺色にしましょう」
「任せます」
クレアさんはにこりと笑うと、ボクの髪に紺色のリボンを結びつけた。

季節は、冬。
ぱちぱちと薪が燃える音が聞える室内の向こう側では、ソルが服をとっかえひっかえされている。それに対してソルは半分逃げたそうな顔をしてコッチを見た。
「あきらめれば?」
ボクが苦笑して言うと、ソルは口を尖らせた。

「お父さん、ソル、用意できた?」
暫くすると、扉が開いて薄いピンクのドレスを着たマァルが入ってくる。
「ボクはまあ、大体。ソルはまだみたいだね」
ボクは慣れない赤いマントに苦笑しながら立ち上がる。着慣れない紺色の服。白いズボンは汚れ一つなく目にまぶしい。
「だってこういう服って動きにくいよ」
「動きやすさは考慮されてないの」
マァルは呆れてソルを見る。
「早くしろよ、皆待ってるぞ?」
紅の奇麗なふわっふわのドレスを着たドリスちゃんが呆れた顔をして部屋にやってきた。
「……うわー、国王みたいだぞ、テステス」
「国王なんだよ、驚いた? ……それより、ドリスちゃん、奇麗だねえ」
「そういうことはビアンカ様にだけ言ってろよお前」
ドリスちゃんは頬を染めて、呆れたような顔をした。

季節は冬。
まあ、つまり新年。
現在、新年の祭りのために正装中。
この行事に出るのは、ボクは二回目。
けど、ソルやマァルはもう何年もやってるわけで。
「お父さん、式次第は覚えたの?」
「昨日叩き込んだよ」
ボクは笑いながら答える。
「ちゃんと言う事だって考えたよ。何とかなる……と、思う」

 
冬になると雪に閉ざされて娯楽が極端に減るこの国の、冬の唯一の楽しみである、新年の祭り。
この祭りは毎年盛大に行われる。
これが終われば、少しずつ春の近づくのが解る。
この祭りは、新年の訪れを祝い、国の平和を祝い、春の訪れを祝う重要な祭り。
そんな重要な祭りが、一週間も続く。
そのどれもが失敗できないわけで。
「胃が痛くなってきた」
「ま、適当にやればいいさ」
ドリスちゃんは笑うと、階下を指差す。
「さ、行こうぜ」

 
怒涛の一週間が終わり、その後も色んな仕事やらこまごました事に追われて、気付けば春がやってきていた。
「これで最後ね」
ボクは書類を取りに来た文官さんに書類を渡す。
「凄いですね、あの書類を全部片付けられるとは……」
「やっぱりねえ、しばらく留守にするから、その分くらいは仕事しておかなきゃね」
ボクは苦笑しながら答える。
「その分、ちょーっと最近寝不足だけどね」
「お疲れ様です」
「後でオジロン様に会いに行くって伝えておいてね」
「解りました」
文官さんが頭を下げて部屋を出て行くまでは背筋を伸ばして、にこやかに見送る。
ドアが閉まるのを確認して、ボクは机に突っ伏した。
物凄く眠い。
眠っちゃいけないだろうな、とは思うけど、まぶたは勝手に落ちてくる。
……まあ、いいかな、ちょっとくらい。
目を閉じる。
そのうち眠りがやってきた。

   ねむってたの?

ちょっとね、眠くて。

   仕方ないよね、疲れてるんだから。
   暫くゆっくり眠れば良いわ。

うん、ごめん。

   私は良いから。
   あんまり気をつめないでね。

ありがとう。
まだ平気?

   平気よ。なんだかとても気分がいいの。
   声を聞いたからかしら?

そんなに良いもの?

   ええ、とても。

早く会えると良いね。

   そうね、早く会いたいね。

「……」
体を起こして、ぼんやりと宙を見つめる。
何か夢を見ていた気がする。
なんだっけな、なんかとてもいい夢だった気がする。
やわらかい気分。
何の夢だったんだろう?
思い出せないな。
頭を押さえて、考えてみても、なんだか曖昧な夢の輪郭の、暖かい雰囲気だけがつかめるだけで、さっぱり何も分からない。
ただ、やわらかい雰囲気と、暖かな気分が残っている。
「ま、いいか」
ボクは大きくノビをして立ち上がった。

窓の外を見る。
雪は溶け始めて、春先に咲く花が咲き始めている。
「始まりには丁度いい季節かな?」
ボクは首をかしげて呟く。
「用意を始めなきゃ」

 / 目次 /