31■母の故郷で
それぞれの家族。それぞれのかたち。


156■エルヘブン 1 (テス視点)
ルーラで一度グランバニアに戻って、それから1週間かけて船旅の準備をした。
北の大陸にある、エルヘブン。
海を渡り、絶壁に開いた洞窟を越え、さらに船で大陸の中にある大きな川を南下すると、やがて岩肌にくっつくように村が広がっているそうだ。
行って帰ってきた兵士達は、皆一様に「美しいところだった、が、とても疲れる所だった」と言っていた。

 
今、船はグランバニアの湾を東の外海に出て、北上して暫くたったくらい。ホイミンのトヘロスのおかげであまり魔物に出会う事もなく、静かに船は進んでいる。
「サンチョはエルヘブンに行った事はないの?」
ボクが聞くと、サンチョは首を横に振る。
「行った事はありませんよ。大きな声じゃ言えませんが、パパス様は良くお城を抜け出してはエルヘブンへ行っていたみたいなんですけどね。帰ってきたところを捕まえて、説教をするのが私の仕事でした……」
「……あ、そうなんだ。何だ、お父さんもなかなか……」
ボクは苦笑する。
ボクの知ってるお父さんは、そういう事しなさそうなんだけど。若いときはそれなりに無茶をやっぱりしていたみたい。
「とはいえ、よくお話をしてくださいました。とても美しいところだそうです。空がとても近いといっておられました」
サンチョは少し懐かしむような瞳をして、組んだ両手の指先を見つめた。
「うん、きっと綺麗なところだよ」
ボクは答える。
「早く見たいね。お母さんが育ったところ。お父さんが通い詰めたところ」

 
 
随分北に来たところで、漸く絶壁に口をあけた洞窟を発見した。
全員で甲板に出て、その洞窟を呆然と見る。
「ここ、入るのか?」
スラリンは呆然とつぶやく。
「……まあ、こういうところって聞いてたしね……、大丈夫だよきっと」
ボクが答えると、スラリンは疑惑のまなざしをこちらに向けた。
船はそっと洞窟の中に入る。
「広いなあ……。船がまるごと入ってもへっちゃらだよ」
ソルは洞窟の天井を見上げて大きな声を上げる。
進むごとに、水音があたりに反響して不思議な音が聞こえる。波がキラキラと輝き、とても神秘的だった。
「……誰かよんでる」
マァルが小さな声で、洞窟の中をじっと見つめながら言った。
その瞳は、少し不思議な色に光っていて、少し焦点が合っていないような感じだった。
ボクは思わずマァルの手を握って、尋ねる。
「今?」
「ううん…今じゃないの。もっと後でおいでって」
それだけ言うと、マァルはいつもの瞳でボクを見上げた。
「マァルは不思議な声がいっぱい聞こえるんだよ。森の声とか、鳥の声とか。だから、きっと洞窟の声が聞こえたんだよ」
ソルはソレが当たり前、という感じでボクを見上げる。
「この奥ふしぎな感じがするの」
マァルはそういうと、洞窟の奥のほうを指差した。
「いつか、行かなきゃいけないの。でも、今じゃない」
「そう。じゃあ、とりあえず今回は別の方向へ行こう」
 
洞窟の中の川は、北上と南下の二つのルートに分かれていた。マァルが指差したほうは北のほう。言葉に従って、南に進んだ。
暫く進むと、遠くに光の点が見えた。
それはどんどん大きく、眩しくなる。
やがて、船は洞窟を抜けた。
両側は驚くほどの絶壁。
大地に穴を開けた、その底をボクらは進んでいるようだった。
真っ白な石の絶壁は、所々目に痛いほどの鮮やかな緑が生えている。
吹き抜けていく風は、水の上を走った冷たい空気。
空からの光も、夏にしては穏やかな感じがした。
「凄いね! とっても綺麗!」
マァルは船から少し身を乗り出すようにして景色を見る。
その背中の辺りに、ゲレゲレはぼんやりと座って鼻を鳴らしながら空を見上げていた。
「お父さん! あそこ!」
ソルが少し先を指差す。
絶壁にしがみつくように、家が建っているのが見えた。
「きっとエルヘブンだよ!」
 
 
 
「うわぁ……」
ボクらは船を下りて、村のそばまでやってきた。
周りを森で囲まれた、静かな村で、入り口にはぽつんと人が立っていた。
とても綺麗な村だった。
真っ白な石の崖や、生えてくる草までもが、村の一部になっている。あたりの自然に溶け込むような、白い壁の家が多い。
崖と崖をつなぐのは、手すりもないような橋が多い。階段もいたるところにあるようだった。
「なんか、凄そう」
ボクは呆然とつぶやく。
「この村、なんだかなつかしい感じ。わたしすきだな……」
マァルもとなりでつぶやいた。
「なんか、お話に出てくる天国みたいなところだね」
ソルは興奮しているのか、少し頬を赤くして目を輝かせる。
「それじゃあ、村にお邪魔しようか」

「お父さん」
マァルが少し困った顔でボクを見上げる。
「あのね、わたし高いところってとっても恐いの。だから、絶対手を離さないでね」
「わかった。離したりしないからね」
ボクはにっこり笑うと、マァルが崖側にならないように手をつなぐ。
 
村のそばの森で皆に待ってもらう事にして、ソルとマァルの手を引いて歩き出す。確かにうっかり転んだら、ちょっといのちの保障はないかもしれない。少しだけ気を引き締める。
後ろからはサンチョが少し緊張した面持ちで付いてきている。
 
 

 
お母さんの生まれ育った町。
「忘れられた村」なんて入り口に居た人は言ったけれど。
ここはあまりにも綺麗で。
誰も知らなくてもいいんじゃないかって思った。
157■エルヘブン 2 (テス視点)
最初の階段を登りきる。
かなり急で段数も多かったから、少しサンチョは息を切らしている。
下から見上げていたときより、ずっと綺麗な景色が広がっていた。
深い森がずっと広がっているのが見える。空が物凄く青い。まるで手が届きそうなくらい、近くに見えた。
チゾットでもそうだったけど、村の人はこの高さに慣れてるんだろう。崖のほうには手すりがない。なるべく外側へは行かないようにすることにした。
「ここがマーサさまの故郷……なにやら神秘的というか、不思議な感じの村ですね」
サンチョはあたりを見回して、感心したように言う。
「静か過ぎてちょっと眠いや」
ソルは大きなあくびをする。
「とりあえず、お母さんの事を聞きながら回ってみようか。……その前に宿を取っておこう」
ボクは目の前に立っている宿を指差した。

 
宿はこじんまりとした、綺麗な宿だった。
お客は久しぶり、という事だったけど、気のよさそうなおかみさんが案内してくれた部屋は、とても綺麗に片付いていた。
「ここに泊まったら、おばあちゃんのお顔見られるといいのに。わたしおばあちゃんのお顔見たいな」
マァルはベッドの端にちょこんと座ってベッドをなでる。
「おばあちゃんもここに泊まったことあるかなあ? あっでもここの村の人だったら宿には泊まらないか。えへへ……」
ソルは恥ずかしかったのかベッドに突っ伏した。
ボクは少し笑って、それからベッドに横になった。
本当に静かな村だ。外からの音がほとんど聞こえなかった。
 
 
暫く休憩してから、外に出る。
少し日が傾き始めていて、吹く風も涼しくなってきていた。
「さて、それじゃお母さんの話を聞いて回るか」
ボクはソルとマァルの手を引いて歩き出す。
見るもの全てがどこか神秘的で、ボクらの歩くスピードはとてもゆっくりとしたものになった。ソルもマァルも、興味があるものの方へ歩いていこうとするから、それにあわせて寄り道も沢山する。サンチョはやっぱりちょっと階段とか辛そうだったから、何度も休憩しながら村を巡った。

「ほう、旅人とは久しぶりじゃな。この前見たのはいつじゃったかの?」
随分変わったところに建っている家のご主人は、旅人であるボクらを見て、嬉しそうに家の中に招き入れてくれた。
「もう何年前になるかのう……。この村に1人の若者が迷い込んできてのう。村の娘と恋に落ちて、娘はその若者に連れられて村を出て行ったんじゃよ。娘の名はマーサ。若者はたしかパパスとかいう名前じゃったな」
ご主人は少し懐かしい目をしてそんな事を言った。
「え!?」
ボクらが一斉に驚いたから、今度はご主人のほうが驚く番だった。
「どうしたかね? 何か驚くような話があったかね?」
「いえ、あの」
ボクは驚いてしまって、なかなか答えることが出来ない。
「あのね! マーサってぼくのおばあちゃんの名前だよ! パパスはおじいちゃん!」
ソルが得意気に大きな声をあげる。
ご主人が目を大きく開く。
「なんと! そなたはマーサどののゆかりの者と申すか?」
ボクを見て、それからご主人は大きく頷いた。
「確かによく似ている」
ボクは頷く。
「あの、父と母は……その……駆け落ちしたんですか?」
何よりもソコに驚いた。ちょっと目の前がクラクラする。

確かに、さらわれたお母さんを助けに、国を捨ててまで旅をしたような人だ。情熱家なのは間違いないだろう。
けど。
まさか。
そんな。

「私は村の娘が外のもんと結婚するのは反対だったのに」
ご主人の奥さんだろうか。おばあさんは少し不服そうだった。
「なんたる失礼な! マーサ様はご結婚なされて本当にお幸せそうでしたのに!」
サンチョがむかっとした顔で反論する。
ボクはサンチョの腕をつかむ。
「サンチョ」
ボクが声をかけると、サンチョはとりあえず怒るのをやめて、それから大きく息を吐き出した。
「母の事を聞かせてくださって、ありがとうございました。出来れば生家に行きたいのですが、どちらの方向ですか?」
ボクが尋ねると、ご主人は
「マーサ様はずっと祈りの塔に住んでおられたよ。村の一番上にある塔じゃ」
そういって、ボクの手を握る。
「本当に良く似ておる。優しそうな瞳とか、そっくりじゃ。……村には魔法の絨毯と魔法の鍵というものが保管されている。マーサ様のゆかりの者がもって行くのなら、村の者も何も言わんじゃろう、もっておいきなさい」
「……ありがとうございます」
ボクは頭を下げて、家を後にした。

 
「本当ですよ? 本当に、マーサ様はご結婚なさって幸せそうだったのに!」
「うん、そうだろうね」
「坊っちゃんそんな適当に返事しないで下さいよ!」
サンチョの怒りは、あの時爆発しなかった分今ピークらしかった。ボクは適当に返事しているつもりはないんだけど、一緒に怒らないことに対して、たぶんサンチョは怒ってるんだろう。
「あのねえ、サンチョ」
ボクは村からみえる景色をぐるりと見てからサンチョを見つめる。
「こんな綺麗な村で、皆に愛されてお母さんは育ってた。ソレを全部捨てなきゃいけないのをわかった上で、お母さんはお父さんを選んで、それでグランバニアに行ったんだ。……お母さんはそれだけの覚悟をした。それだけで十分わかるよ。お母さんはお父さんを好きだったし、結婚して不幸だったわけがない」
ボクがそういうと、サンチョは少し落ち着いたようだった。
「その上で、ボクもサンチョも、ちょっと覚悟をしておかなきゃいけないよ。この村では、お父さんに対して、多分いい評価は聞けないだろう。村の一番の宝物だったお母さんを連れて行っちゃったんだから」
そういうと、サンチョは少し眉を寄せた。
「ビアンカちゃんがさらわれるきっかけを作った奴や、そうした魔物たちを、ボクやグランバニアの人間が許せないのと一緒だよ」
「ちょっと淋しいな」
マァルがぽつりと言う。
「うん、そうだね」
ボクは答える。

「それじゃあ、先に祈りの塔へ行ってみようか。多分あれだ」
ボクは村の一番上にある、高い塔を指差す。
かなり遠そうで、サンチョがため息をついたのが聞こえた。
「お父さん、競争!」
ソルが叫ぶと嬉しそうに先に走っていく。
「ソルずるい!」
マァルは言うと、高いところが苦手なはずなのに、夢中で追いかけていく。
「……子どもって、元気だねえ」
「坊っちゃんのお小さい頃よりは、お二人とも静かなものですよ」
サンチョは大きく息を吐いて、それから覚悟を決めたのか歩き始める。
「お父さーん! 早くー!」
なかなか歩き始めないボクに、ソルが上から声をかける。
「わかったー、今行くからー」
ボクは答えると、サンチョの手を引っ張って塔を目指した。
158■エルヘブン 3 (テス視点)
「祈りの塔」は、本当に村の頂上にたっていた。
真っ白な壁と、いろんな色を内包したような不思議な深い青の屋根を持っている。
入り口近くには、のんびりした神秘的な村には似つかわしくない、武装した門番が二人、しっかりと前を見据えてたっている。
走っていって先についていたソルとマァルは、その門番の前でどうすることも出来ずに立ち止まったまま、ボクとサンチョがたどり着くのを待っていた。
「お父さん、遅い!」
ソルもマァルも頬を膨らませて、不満そうだ。
「ごめんごめん」
ボクは苦笑しながら二人に謝り、それから門番に頭を下げた。
「マーサ様が……母がこちらに居た事があると伺いました。もし、どなたか母の事をご存知の方がまだこちらに居られたら、お会いしたいのですが」
ボクが精一杯の笑顔を浮かべて言うと、門番達は二人とも深々とお辞儀をした。
「お帰りなさいませ」
彼らはそういうとボクをじっと見る。ボクはお帰りなさい、なんていわれて少しビックリしてしまった。
「貴方が来るのは、予言されておりました」
「我々エルヘブンの民は神に選ばれし民族。かつては魔界に通じる大きな能力を持っていたといわれています。しかしその能力も、今では長老たちがわずかに有するのみ。ただ、かつてこの村にいたマーサ様は偉大な能力の持ち主だったとか……」
「そのマーサ様のお子様がこちらへいらっしゃるのは運命でした。長老達がお待ちです。どうぞ」
ボクは面食らったまま、門番達に案内されて塔の中へ入った。
 
 
塔の中は少し薄暗かった。
壁にはあちこちに蝋燭が置かれ、ゆらゆらと揺れる明かりが妙に神秘的だった。
壁も床も青い石で出来ていて、床には不思議な模様が白い石で描かれていた。
随分高い吹き抜けになっていて、天井が随分上のほうにある。
壁をぐるりと回るように階段が付いているから、塔全部が吹き抜けになっているわけではなさそうだった。

塔の中には、深々と黒っぽい青のフードを目深に被った人たちが四人、お互い向かい合うように円を描いて座っていた。どうやらこの人たちが、さっき門番が言っていた長老なんだろう。
どこからか光が入ってきているのか、その円の中心だけが少し明るい。
「あの……」
ボクが声をかけると、誰からともなく、フードの人たちが話し始めた。

「よくぞ来ました。大いなるマーサの子テスとその仲間たちよ。そなたの来ることはわかっていました。かつてはマーサを連れ出したパパスどのを、とてもうらみに思ったものです。しかし2人の子テスにはなんの罪もありませんものね」
サンチョが一瞬体を震わせたから、ボクはサンチョの腕をつかむ。話していた人が、こちらを見て微笑んだ。
「今こそすべてを教えましょう。太古の昔、神はこの世界を3つにわけたのです。神自身が住む天空界、人間たちが住むこの世界、魔物らを封じた暗黒世界。そしてその3つの世界がたがいに交わることのないよう門番をもうけました。その門番を命じられたのが、我らエルヘブンの民なのです」
次の人が続ける。
「テスの母上マーサ様は我が民の太古の能力をとくに強く宿しておられました。魔物らがマーサ様をさらったのは、暗黒世界の門を開かせるためでしょう」
「……母はそれほど強い力を?」
ボクが聞くと、長老達は首を縦に振った。
「我々エルヘブンの民は門を閉めることも、そして開くこともできたと言われています。しかし時がたつにつれて、その能力はしだいに失われていったのです。今ではこの北の水路に浮かぶ海の神殿の門も、我々には開くことができません」
「あの不思議な感じのするところね?」
マァルが首を傾げる。
またあの時みたいに不思議な目をしていて、少し恐かった。
「私は感じることができます。開かれた門は、年ごとにその開け口を大きくしています。このままでは、やがて巨大な魔界の王ですらこちらにやって来るでしょう。そうなる前にマーサ様を助け出し、開かれた門を再び封印するのです。大いなるマーサの子テス、あなたにはその力があるはずです」

「……ボクに?」

ボクは愕然として聞き返す。
「ええ。貴方からはとても不思議な力を感じます。マーサ様にも負けないほどの。今は連れてはいないようだけど、貴方は魔物の心を変えることが出来るのでは?」
一人の長老が微笑みながら尋ねる。
「え? あ、はい」
「マーサ様も小さい頃、東の森へ出て行ってはスライムを連れてきたりしていました」
「グランバニアにそのスライムはまだ居ますよ。元気です」
ボクが答えると、長老は少し淋しそうに笑った。
「そう。……元気なのですね」
「とても」

暫く、静かな時間が流れた。
「上はマーサが暮らしていた部屋です。特別なものは何もないけれど、何か感じられるかも知れませんね」
ボクらは深々とお辞儀をして、壁伝いに階段をのぼった。

階段をのぼりきると少し広い部屋に出た。
「ここがマーサおばあちゃんのお部屋。広いけど、なんだかさみしい所ね……」
マァルがつぶやく。
広い部屋には、ベッドと本棚、ソファ、小さなテーブル。そのくらいしか家具はなかった。
「ねえ気づいた? このお部屋ってこの村でいちばん高い場所にあるよ。塔の上にとらわれたお姫さまの部屋っていう感じだね!」
窓の外を見ていたソルがいきなり声を上げる。
さっきまで静かだったせいで、じっとしてるのが苦手なソルはちょっと窮屈だったんだろう。
「そうだね。一番高い所だね」
ボクも窓の外を見る。
景色は物凄く良かったけど、あまりに綺麗過ぎて少し息が詰まりそうだった。
「きっとお母さんは自分の足でいろんな景色を見たかったんだろうね。だから、ソレをかなえてくれるお父さんと一緒に行ったんだ」
ボクが言うと、サンチョは大きく頷く。
「そうですとも、マーサ様は本当に幸せに暮らしてらしたんです。そりゃ、大変な能力をお持ちだったマーサ様を連れ出されれば、長老方のお怒りもごもっともでしょうが……坊っちゃんにもパパスさまにも罪はありません! 恋愛っていうのは自由なものですよ」
さっき言えなかった怒りが、再びやってきたらしい。サンチョはそういって悔しそうに足を踏み鳴らす。
「ま、好きになっちゃったらしょうがないよね。やめた、って言って終わりになる事じゃないし」
ボクは言ってソファに腰掛ける。
良く見ると、全然ホコリがない。今でも毎日掃除がされてるのかもしれない。
「お父さんは?」
マァルはボクの隣にちょこんと座って、見つめてくる。
「え?」
「お母さんの事好きになって、それでグランバニアまで連れてきたの? 二人ともグランバニアじゃない所で育ったんでしょう?」
「あ! ぼくも聞きたい!」
「そういえば、そのあたりの話を全くしてくれませんでしたよね?」
ソルとサンチョも好奇心の塊になった目でボクを見る。
ボクは思わず立ち上がる。
何とか逃げたい。
「ひ、秘密!」
上ずった声で言って、階段を目指していたら、誰かが下から上ってくる足音が聞こえてきた。
……どうやら、この話題からは逃げられそうにない。
159■エルヘブン 4 (テス視点)
皆にじりじりと迫られて、ボクは曖昧な笑みを浮かべつつ階段のほうへ逃げる。
階段からは誰か上がってきている足音が聞えてくるし、どうやら逃げられそうにない。
「お父さん」
マァルはにこりと笑う。
「ヒミツだってば」
ボクもにこりと笑って答える。
下から歩いてくる足音はいよいよ大きくなってきてる。
「ほら、誰か来るしね」
ボクが階段を指差した時、ちょうどその足音の主が部屋にやってきた。

「あら、にぎやかですわね」
やってきた人は、白い服をきたほっそりした品のよさそうな落ち着いた女性だった。
「あ、お邪魔してます」
ボクはちょっとほっとして挨拶する。
「こんにちは。下まで楽しそうなお声が聞えておりましたよ。初めまして、テス様」
その人は深々とお辞儀をする。よく見ると、手にホウキを持っている。
「こんにちは。初めまして……この部屋のお掃除に?」
女の人はうなずいた。
「ええ、マーサ様のお世話をずっとさせていただいていたのです。今でも、なんだか呼べばすぐお返事をしてくれそうな気がして、どうしても掃除をやめられないんですよ」
そういって、恥ずかしそうに笑う。
「それにしても、テス様はマーサ様によく似てらっしゃるわ」
「そうですか?」
ボクはお母さんの顔を知らないから、どこかちょっとピンとこない。それがなんだか悔しい。
「そうだ」
女の人は笑うと、持っていたホウキを階段のそばの壁に立てかけて、それから小さな本棚の方へ歩いていく。
なにかの本を探しているらしい。暫く本棚を見つめていて、やがて深い青の表紙に金の文字が入っている分厚い本を出してきた。
「これ」
探してきた本を、ボクに差し出す。
「マーサ様がよく読んでいらした本です。『天の詩篇集』というんですよ。エルヘブンの民は皆これを読んで大きくなるんですよ」
ボクは本を受け取ってそのページをパラパラとめくってみる。
奇麗な文章が並んだ、なんだか難しそうな本だった。
よく読んでいたんだろう、すこしページの端が黒くなっている。
お母さんが大切に、何度も読んでいた跡だ。

「頂いても?」
「もちろん」
ボクはその本をしっかりと袋にしまう。
少し暖かい気分。
暫く女の人と話をして、それから掃除のジャマにならないようにその部屋を出た。

塔を出て、振り返る。
すっかり夕方になって、赤い陽が白い塀を赤く染めていた。
全く違う村みたいに見える。
「うわ、奇麗」
ボクは思わず声をあげて、目を細める。
「ホント、奇麗だね!」
ソルはそういうとボクの手を握る。そしてにっこりと笑う。
「来て良かった?」
「うん。こられて良かった」
ボクは頷いて大きく息を吐く。

「でね?」

ソルは続ける。
「今日寝るとき、ちゃんとお母さんの話してね?」
「……覚えてたんだ」
「わすれないよ、ねー?」
「ねー?」
ソルとマァルは首を傾げあって、お互いに確認しあうように笑いあった。
「……坊っちゃん、もうあきらめるべきですよ」
「……うーん、期待されるような話は全然ないよ」
ボクは恥ずかしくなって、ちょっと遠い目をした。


宿でゴハンを食べている時だった。
一人のお爺さんがボクらを尋ねてきた。
「おや、あなたは」
サンチョが知っている人みたいで、立ち上がってその人を迎え出る。
「こんばんわ、久しぶりだの、サンチョさん。グランバニアから旅人がきたと聞いて思わず会いにきてしまったよ」
「これはこれは……! こんなところでお会いできるとは思いませんでした」
サンチョはお爺さんの手を引いて此方へやってくる。
「坊っちゃん、こちらはグランバニアが誇る宝石の名工、フツルさんです。フツルさん、こちらテス様。現在グランバニアの国王様です」
「おお、これはこれは……。陛下、お目にかかれて光栄です」
お爺さんはボクの手をとって深くお辞儀をした。
「お噂はかねがね」
ボクはにこりと笑ってお爺さんを見て、それからふと思い出す。

「あの、今でも宝石を加工することはできますか?」
「ええ、もちろん」
お爺さんはきょとんとボクを見る。
ボクは道具袋からその石をだす。
まだ小さい頃、サンタローズの洞窟を探検した時に拾った、すこし大きな硬い石。
「これ、サンタローズで拾った石なんですけど」
「おお、コレは凄い。サンタローズの聖なる宝石! こんなに大きなものは久しぶりに見ます」
お爺さんは目を輝かせて、その原石を見た。
「いつまでかかってもいいので、加工していただけませんか? 宝石をはめ込みたいオルゴールがあるんです」
ボクが言うと、お爺さんは大きく頷いた。
「こんな宝石を加工できるなんて幸せです。すぐかかれば、二日もあれば作れるでしょう。……オルゴールがあれば似合うカットが出来るんですが……」
お爺さんは少し残念そうにため息をつく。
「オルゴールなら、明日にでも持ってこられますよ、どうせなら似合うように作っていただいた方がいいですし、明日持って来ます」
「グランバニアは遠いでしょう?」
お爺さんが驚いて目を丸くする。
「色々方法はあるんですよ」
ボクはにっこり笑い返すと、石を渡した。

お爺さんが帰っていって、ボクらは部屋に戻る。
「じゃあ、お父さん、お母さんの話をしてね」
マァルはにこりと笑うとベッドの端を軽くポンポンと叩いた。
「……はい」
ボクは観念して首を縦に振った。
160■エルヘブン 5 (テス視点)
ボクがベッドに腰掛けるとマァルは右隣に、ソルは左隣に座って、それぞれが期待にみちたまなざしでボクを見上げた。
サンチョも向こうのほうで、かなり興味のある顔をこちらに向けている。
「……あの、さ。本当に期待してもらっても特別な事なんて何もないよ? お父さん達みたいに駆け落ちしたわけでもないし」
ボクは皆の視線から逃れるようにうつむいて、ぼそぼそとそんな事を言った。
「お父さんはお母さんのどこを好きになっちゃったの? 好きになっちゃったらしょうがないんでしょ?」
ソルが首を傾げる。
「お母さんとはどこで会ったの? お母さんとどんな所へ行ったの? 手とかつないだ?」
二人とも急かすようにどんどん質問をあげていく。
「いや、ホント普通だから」
ボクが投げやり気味に答えると、マァルは頬を膨らます。
「ちゃんと答えてよ! わたしはお母さんの事を、お父さんから教えて貰いたいの!」
「……だったら何もそんな出会いとかじゃなくてイイでしょう?」
ボクがそういうと、マァルは頬を膨らませたままボクをにらんだ。そして

「お父さん、もしかしてお母さんの事嫌い?」

ボソリと、そんな事を言う。
「いや、ソレはないよ」
ボクが即答すると、マァルは安心したのかにこりと笑い、それから「じゃあ教えて?」と先を促した。
……。この子、しっかりしてる。

「お母さんと……ビアンカちゃんと再会したのは、サラボナから北に行った名前もないような山奥の村。温泉が湧いててのんびりした良い村だよ。ちょうど今のソルやマァルと同じくらいの歳の頃別れたきりだったから、久しぶりに会って……」

そこでボクは暫く息を止めて、目をつぶる。
今だって鮮明に覚えてる。
久しぶりに会った、ビアンカちゃんの姿。

「凄く綺麗になっててビックリした」

言葉にすると、顔がほてってくるのが良くわかる。
ソルとマァルがお互い顔を見合わせて、きゃーだのわーだの言って喜んでる。サンチョが向こうでにこにこ笑った。
「ちょうどその頃、ボクちょっと……」
フローラさんの事を言いかけて、慌てて話を止める。

「ちょっと?」
聡いマァルはすぐに聞きかえす。

「ちょっと色々立て込んでて気持ちも弱ってたから、逢えてとても嬉しかったよ」
慌てて路線変更したけど、気づかれなかったらしい、マァルはにこにこと笑った。
「ソレでまあ、ええと」
フローラさんやルドマンさんのことを言わないで説明するのはなかなか難しい。一体どうやって説明するやら……。
ボクは暫く考えて、それから言葉を続ける。

「探し物をしてるときだったから、それを探すのを手伝って貰って、まあ、その時初めて手をつないだよ。……その時かな」
ボクはベッドから勢いをつけて立ち上がる。
皆の視線は相変わらずボクに向けられている。
恥ずかしいったらない。
少し落ち着くために部屋をうろうろと歩いて、それから窓の外を見た。
いつもより沢山の星が、空にばら撒かれているのが見える。

「その時、これからもずっと一緒に居られたらいいなあって、思った」

ボクは何とかそれだけ搾り出すと、そのまま窓にこつんと額をつける。ガラスは冷たくて火照った顔にちょうど良かった。
「え? じゃあいつから好きだったの?」
ソルが無邪気に問いかける。

まだ続くのコレ? 勘弁して……。

「……ボクはその、そういうの鈍かったから全然自覚してなかったんだけど、ヘンリー君に言わせると小さい頃からずっと『ビアンカちゃんビアンカちゃん』って言ってたらしくって、つまり小さい頃からずっと好きだったらしいよ?」
「何で他人事みたいに言うんですか?」
サンチョが苦笑する。
「いや、ホント全然自覚なかったんだもん」
「坊っちゃんは小さい頃はビアンカちゃんに振り回されてましたもんね。何回か泣かされてるのに、それでもくっついていってましたっけ」
「そんなの覚えてない」
「ずっとお小さいころですよ。船旅よりも前の頃ですから、覚えてなくても無理はないですかね」
サンチョは少し懐かしむような瞳で言うと、笑った。
「確かに小さい頃は怒られてばっかりだったけどさ。でもソレってあんまり大きくなっても変わらなかったというか……」
ぼそぼそというと、サンチョはついに声を上げて笑った。

「じゃあ、お父さんはお母さんと大きくなって手をつなぐまで、好きだって思わなかったの?」

マァルが首を傾げる。
「……ビアンカちゃんを好きだって、自覚したのは……再会した日だよ。自覚したのかな? あれって。どっちかって言うと再会したときに一目ぼれしたって言うか……」
ソコまで言って、ボクは大きく息を吐く。
「も、ここまで。これ以上は恥ずかしい。勘弁して」
「えー、もっと聞きたいのに!」
ソルもマァルも頬を膨らませる。
「秘密」
ボクは即答する。
だってこの先って、妊娠してたの気づかなくて山道登らせたとか、砂漠横断させたとか、二回倒れさせたとか、まんまと誘拐されたとか、気が滅入る話ばっかりだ。
「秘密ったら、秘密」
ボクが何度もそういうから、さすがに二人は諦めたらしい。
「そんなに言いたくないなら別にいいよ、ピエールに聞くから」
「ピエールってそういう話してくれるかしら? スラリンのほうがいいかもしれないよ?」
ソルとマァルはそんな事を言い合う。

「でさ」
ボクは続ける。
「今の話をしてて気づいたんだけど、フツルさんに石を加工して貰ったら、山奥の村に行こう。ソルもマァルも、ダンカンさんに……ええと、ビアンカちゃんのお父さん。おじいちゃんに会ったことってないでしょ?」

本当はもっと早くに行くべきだったんだ。
けど、ビアンカちゃんをさらわれた状況で、会いに行くのが恐かったから、気づかない振りをしてた。
考えてみたら、ダンカンさんはビアンカちゃんに起こった事もしらないし、ソルやマァルといった孫が居る事も知らないわけで。
……随分親不孝な事をしてしまってる。

「おじい様に逢えるの?」
ソルが目を輝かせる。
「逢いたい!」
マァルも嬉しそうに笑う。
「ダンカンさんに逢えるのなら、私も行きたいですね」
サンチョも笑顔だった。
「色々話さなければいけない事もありますし」

「じゃあ、決まり。ここでやる事が全部終わったら、山奥の村に行こう」
「魔法の絨毯探すんだよね! あと、魔法の鍵!」
「宝石も作ってもらって、オルゴールにはめるんでしょう?」
嬉しそうに指を折りながら、次々とすることを挙げる。
「そう。だから明日は大変だよ? もう寝ましょう」
ボクがいうと、二人ともお行儀良く返事をした。
「坊っちゃん。お休み前には歯みがきとトイレに行くのを忘れずに! 父親は子供たちのお手本なんです。ビシッとしてくださいねっ」
「……ソレを目の前で言っちゃ、何にもなんないよサンチョ」
ボクは抗議して、それから子ども達とちゃんと歯を磨いてから眠りについた。
161■エルヘブン 6 (ソル視点)
朝起きて、まどのカーテンをばーっとあける。
まぶしい光が入ってきて、お父さんは「うーん」って声をあげて布団を頭までかぶっちゃった。
マァルは目を覚ましたのか、座って大きくノビをした。
「おはよ」
「うん、おはよう」
お互い挨拶して、にーっと笑いあう。そして二人してお父さんのベッドに突撃。ぼくはお父さんに乗っかってばんばん体をたたく。そして「起きてー! お父さん! あさー!」って叫ぶ。
マァルはお父さんの耳に顔を寄せて「起きてー」って言った。

「うー」

お父さんは凄く不満そうな声をあげて、腕だけ布団から出してぼくの手を掴む。
「起きる、起きるからやめて……」
力の無い声でそんな事を言って、お父さんはガシガシと頭をかいた。けど、そのままお父さんはまた寝息を立て始める。
「お・き・てー!」
暫くそんな事をしていたら、サンチョがドアを開けて部屋に入ってきた。
「おやおや、まだ起きてなかったんですか?」
呆れた声で言うと、そのままお父さんの布団をばーっと取り上げる。
「はい! 坊っちゃん朝ですよ! 起きる!」
「……」
お父さんは恨めしそうな目をサンチョに向けて起き上がった。そして、凄く低い声で「おはよう」って不満そうに言った。

 
朝ごはんが終わる頃には、さすがにお父さんも目が覚めたらしかった。
「じゃあ、ボクはルーラでオルゴールとって来るから、その間に皆はココで魔法の絨毯と魔法の鍵を探してきてよ。お昼には戻ってこられるだろうから、お昼に一回この宿の前で集合、いいかな?」
お父さんは首をかしげる。
ぼくらは頷いた。
「じゃあ、決まりだ」
 
 
お父さんがルーラでお城に戻るのを見送ってから、ぼくらは村を探検し始める。
「ぼくさ、今までずーっと誕生日のプレゼントとかもらってないよね? 魔法の絨毯とか貰えたらすっごーくうれしいんだけどなあ。見つけておいたらお父さん、くれないかな?」
ぼくはそんな事をいいながら歩く。
「ずるい、わたしだって貰ってないわよ、プレゼント。わたしだってほしいわ」
「お借りするだけですよ」
サンチョはそんな事を言って苦笑した。

ぼくらは村を歩き回る。
サンチョはきつい坂道と階段の連続で、すぐに息があがっちゃうし、マァルは高い所が嫌いだから、いつもみたいに早足で歩けない。ぼくらはゆっくりと村の中を探す事になった。
何回か階段を上ったり降りたりして、漸く切り立った崖にこっそり置かれている宝箱を見つけた。
「宝箱だ!」
「あけてみて」
ぼくが声をあげると、マァルは目を輝かせた。
「あけるよー!」
ぼくは宝箱をあける。中にはなんだか奇麗な刺繍のしてある絨毯が入っていた。四隅にはふさがついていて、なかなか豪華。
お城に敷いてあっても、変じゃないかも。
「これが魔法の絨毯? 本物かな? ねえ本物かな?? 早く乗ってみたいね!」
「こうして見ると普通の絨毯みたいだけど……。本当に飛ぶのかな? 魔法の絨毯なんて絵本の中の話だと思ってた」
ぼくらは顔を見合わせる。
奇麗だけど埃っぽいし、なんだか空なんて飛びそうに無い。
「大事にしまっておくのはいいんですが、たまには日に当ててほさないと……。あとで私がやっておきますよ」
サンチョも少し顔をしかめる。
ぼくらは顔を見合わせた。

絨毯を広げて地面においてみる。
少しだけ浮き上がった。
「……浮いてるね」
「でも、なんか予想と違うね」
「乗らないとちゃんと飛ばないのかもしれませんよ?」
ぼくらはもう一回顔を見合わせた。
「ま、坊っちゃんが帰ってきたら、試してみましょうね」
サンチョはそういって、絨毯を奇麗に巻いて小脇に抱えた。

しばらく探していたら、魔法の鍵も見つけることが出来た。
キラキラ光っていて、とても奇麗。
「うわ〜! きれいなカギだね。ふしぎな色に光ってる!」
ぼくが言うと、マァルも覗き込む。
「それっていろんなトビラが開けられる、魔法の鍵でしょ? え〜と……どこで使えるんだっけ……?」
首をかしげながらマァルは色々思い出してるみたいだった。
「片っ端から使ってみたらいいよ!」
ぼくがいうと、マァルは少しため息をついた。

お昼になって、ぼくらは宿の前に戻る。
お父さんはもうついていて、入り口の階段に腰掛けてぼんやりとしてた。
「お父さん」
ぼくが声をかけると、お父さんはこっちを見た。
その頬に思いっきり、手形があった。
「……ど、どうなさったんですかソレ!」
サンチョが悲鳴をあげる。確かにいたそう。
「……ちょっとドリスちゃんと喧嘩を……」
お父さんは少し遠い目をした。

グランバニアで一体何が……?

「これ、お昼。貰ってきた」
お父さんは足元においていたバスケットを持ち上げた。
「もぎ取ってきたんだからね!? 大事に食べてよ!?」
「ドリスちゃんとの喧嘩って、もしかしてこのバスケットなの?」
マァルは首をかしげる。
「うん、そう」
「……一体何したの」
「秘密」
お父さんはにっこりと笑った。
「そうだ! オルゴールってどんなの?」
ぼくがお父さんに聞くと、お父さんは小さな木箱を出してきた。
「これ」
見せてくれたオルゴールは、凄く奇麗で、上のほうにヘンリーさんとマリアさんの人形が乗っていた。
「奇麗だねー! 人形乗ってる! 恥ずかしい!」
「ボクとおんなじこと言ってる」
お父さんはクスクス笑った。
「どうしたの? これ」
マァルが聞くと、お父さんはオルゴールを箱にしまいながら
「ヘンリー君たちの結婚記念品なんだ。ボクは結婚式には出られなかったけど」
お父さんは少し優しい顔をして笑った。
「お父さんたちは、何か記念品作った?」
ボクが聞くと、お父さんは少し考えてから「紅白饅頭?」って呟いた。
「そういえば坊っちゃんはドコで結婚式をしたんですか?」
「サラボナだけど?」
お父さんはこともなげに言って、立ち上がる。
「さ、フツルさんに渡しに行かなきゃね」

おまけ

■Q・テっちゃんとドリスちゃんの間に何が起こったのですか?

A・
「子ども放っておいて一人で帰ってくるとはどういう了見だー!!!」
ばちーん!(頬を叩く音)
「誤解! ドリスちゃん誤解!」
「早く帰れ! 今帰れすぐ帰れ! 用事済んだんだろ!」
「まだお昼ご飯のバスケット貰ってない!」
「んなもんいいからとっとと帰れ!」

テっちゃん無抵抗。


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