30■よく似た別の話
様々な再会。新しい出会い。


150■テルパドール (テス視点)
「うわあ」
ボクは思わず声を上げる。城の少し北に行ったところにある港には、見慣れた船が泊まっていた。
ボクがルドマンさんにお借りしていた船を、オジロン様が買い付けてくれたらしい。乗組員もそのまま引き受けて、全然変わらない姿のままだった。
「凄いでしょう? 皆と一緒にお父さんを探していたのよ?」
マァルは澄ました顔で言うと、船員に手を振る。見慣れた人たちがボクらに手を振っていた。
「凄いね。ほとんど何もかも、そのままだ」
ボクはあっさり認めて、それから船に乗り込む。
「久しぶり」
船長と握手をして、お互いの無事を喜び合った。……まあ、もっともボクは暫く無事じゃなかったわけだけど、ソレはソレだ。

 
「で? コレからどこへ向かう? 聞いてた通りすぐエルヘブンかい?」
船長は楽しげにボクを見る。
「とりあえず、ルーラでテルパドールへ向かいます」
その言葉に、全員がきょとんとした。
「え?」
「なんで?」
ソルやマァルがぽかんとボクを見上げる。
「おばあちゃんの故郷へ行くんじゃなかったの?」
「うーん、まあ、エルヘブンはなくならないし。先に済ませたい用事があるんだ。……まあ、何ていうか」
そこでボクは言葉を切る。

なんて説明したらいいだろう?
伝説の勇者を心待ちにする、あの国へ。
ソルを連れて行くのは、果たしていいことなのだろうか?
ボクは確かに、お母さんを探すために勇者を探してた。
多分、この子は勇者だろう。
喜ぶべき事なんだろう。
けど。

「うん、まあ、とりあえず、行ってみたらわかるよ」

ボクは結論を先送りする。
何の解決にもなってないのはわかってるけど、それでももうちょっと迷う時間がほしかった。
『天空の剣を扱う事ができる』って聞いてから、ずっと、迷ってきた。
テルパドールへ行くべきか、知らない振りをしておくか。
けど、船に乗って、あっさりとボクはあの国の名前を出した。
本当は、多分、もうボクの中で答えは出てるんだろう。
ただ、それを認めたくないボクも存在するってだけで。
 
 
 
 
ボクのルーラでたどり着いたテルパドールは、真夏の太陽にじりじりと照らされて、物凄く暑かった。
町の入り口から、宿に行くだけでも相当の気力が必要だった。
町は相変わらず、石でできた白っぽい壁が規則正しく並んでいて、ゆったりとした時間が流れているように見えた。
ちょっと違っているのは、通路には色とりどりの布でできた日よけが広げられていて、そこを人々が嬉しそうに歩いている事。
少し、前より活気があるように見えた。
「伝説の勇者さまが現れ、この国にやって来る日が近いというウワサなんですよ。あなたも勇者様に一目会おうとやってきたんですか?」
宿に部屋を取るときに、そこの主にそう聞かれた。
「あのね! ぼく」
言いかけるソルの口を慌ててふさいで、ボクは曖昧に笑い返す。
「まあ、ええ、そんな感じです」
 
あてがわれた部屋に入ると、ソルが口を尖らせる。
「どうして口をふさぐの?」
「軽々しく自分が勇者かもしれないとか言わないほうがイイ。どこで何があるか分からないんだよ?」
ボクが答えると、ソルはますます不思議そうな顔をする。
「何で?」
「折角、まだ魔物に勇者の事が知られてないのに、自分からばらさなくてもいいってこと」
マァルは呆れたようにソルに向かって言う。
「ね? そうでしょ?」
「ま、それもある」
ボクは答えると、大きく息を吐く。
「夕方になったらお城に向かおう。女王様にお目通りしよう」
ボクがいうと、今度はサンチョが驚いた。
「坊っちゃんはここの女王様とお知り合いなのですか? まだお目通りのお約束とか、まったく取り付けていませんでしょう?」
「ああ、ここの国ね、気軽にお城に通して貰えるの」
ボクは答えると、ベッドに突っ伏す。
「とりあえず、休んでおこう。……多分かなり長い話になるから」
「坊っちゃん何か私たちに隠してますね?」
「……」
サンチョの言葉に、ボクは答えない。
本当に、どうしていいのかわからない。
 
 
 
夕方になって、陽が傾く。
昼の名残の赤い太陽と、夜の訪れを告げる紫の空の、少し不思議な空の色を見ながら、ボクらは城を目指した。
風は吹いてなくて、とんでくる砂に困る事はなかったけど、その分歩くと砂埃がひどかった。
相変わらず、城は旅人にも開放されていた。
不思議と冷たい空気が満ちている。
決まってしまったら、ボクはどうするだろう?
ボクはそんな事を考えながら、一直線に地下の庭園を目指した。
 
「うわー、綺麗!」
マァルが歓声を上げる。相変わらず、城の地下には美しい庭園が広がっていた。
「見事なモノですねえ」
サンチョも目を見開いて、あたりの光景を見つめる。ソルが不思議そうに、あちこちきょろきょろと見回した。
「多分、奥のテーブルのところに、女王様が居ると思う」
ボクはソルとマァルの手を握った。
「? どうしたのお父さん?」
ソルがボクを見上げた。
「緊張してるの?」
「……うん」
「女の人に会うのって、大変なんだよね?」
「……え?」
ソルは「わかってるんだよ」みたいな、妙に悟ったような顔をしてボクにこっそりとそんな事を言った。一体、誰にそういう事を聞いたのか説明してほしかったけど、その説明を聞く事もできないまま、ボクらは女王様の前にたどり着いていた。
 
 
相変わらず、優雅で、ソレで居て銀のナイフの切れ味を思わせる、綺麗な女王だった。
「ようこそいらっしゃいました。私がこの国の女王アイシスです」
そういって、女王はボクを座ったまま見上げた。
「あら? あなたは前にもいらしたことがありましたね。テスさんでしたね。あれからあなたのことは、ずっと気になっていたのですよ。グランバニアには無事に着かれました?」
「ええ」
「あなたも勇者を求める人でしたね。実は先日、天よりお告げがあったのです。伝説の勇者が現れる日が近い……と。ところで……。そちらの男の子はあなたの息子さんですか?」
女王様はボクを少し鋭い目で見つめた。
本当は、何もかもわかってるんだろうなと、そんな事を感じた。
「ええ、そうです。こちらが娘のマァル。そして、……こちらが息子のソルです」
女王様は静かにボクらを見た。
そして大きく息を吐く。
「そうですか。お子さんがいらっしゃるとは時がたつのは早いものです」
そういって、にっこりとソルに笑いかけた。

女王様は優雅に笑った後、真顔に戻ってボクを見た。

ああ、この人はわかったんだろう。

「……私、その子から何かを感じます。とても強く……」
そういうと女王様は真剣な顔のまま、急いで立ち上がる。
「その子を連れて私について来てください!」
そのまま慌てたように歩き出す。
「……皆、行くよ」
ボクは大きく息を吐いて、それから二人の手をぎゅっと握り締める。

 
 
覚悟を、決めるときがきた。
151■テルパドール 2 (マァル視点)
女王様はすごい早足で歩いていく。わたしはお父さんに手をひかれて、女王様を見失わないように一生懸命歩いた。
お父さんは、さっきからずっと黙ったままで、真正面をじっと見つめたまま歩いている。
何だか、とっても恐い感じがした。

階段をあがって外に出る。そのままお城の周りを囲んでいる回廊を通って、小さな建物に案内された。
女王様はその建物の鍵を開けて、すたすたと階段を下りていく。
お父さんはどこに連れて行かれるのか知ってるみたい。ちょっと淋しそうな顔をしていた。
「ああ、足が速い方ですね……」
サンチョさんはわたしたちよりちょっと後ろを歩きながら、ふうふうと息を吐いている。

階段をおりきったところは、小さな部屋だった。
外の暑さが嘘みたいに、すごく涼しい。……ちょっと寒いって言ってもいい感じ。
さっきの地下庭園と一緒で、綺麗な花や緑に覆われた綺麗なところだった。
石版があって、その向こうに銀色の綺麗な兜が置かれているのが見える。
「ここにまつられているのが、我が国に代々伝わる天空の兜です。伝説の勇者であれば、かぶることが出来るはずです。さあソル。この兜をかぶってみてください」
女王様はソルを見てにっこりと笑った。
「かぶるの?」
ソルは不思議そうに兜を見た後、ソレを手にとってかぶって見せた。
「ぶかぶかー」
面白そうに、頭の上でぐらぐらと揺れる兜を、ソルはつついてみせる。
「ぼくには大きいよ?」
そう言って、ソルが振り返った。
「あれ?」
言ってる間に、どんどん兜が縮んでいって、いつのまにかソルの頭の大きさにちょうどいいサイズになっている。
「うわ、すごいや! ぼくの大きさにぴったりになったよ。このカブト」
ソルは目を丸くしてる。

いいなあ。
私も勇者だったら、あれがかぶれたのに。

そう思ってたら、女王様が嬉しそうな顔をしてソルを見つめてるのに気づいた。
「ああ……。なんという事でしょう……。とうとう……。伝説の勇者が私たちの前に現れたのですね。ソル様……。世界を覆う闇を必ずぬぐって下さい。
女王様は嬉しそうにそんな事を言った。
それとは反対に、お父さんは凄く辛そうな顔をしていた。
「この国に来た時から、なにかに呼ばれてる気がしたんだけど。天空の兜が呼んでたんだね」
ソルが嬉しそうに言いながらお父さんを見上げたときだった。
お父さんが両膝をついて、ソルと目線を合わせる。
「お父さん? どうしたの?」
ソルも、お父さんがあんまり嬉しくない顔をしてるのに気づいたみたい。少し困ったようにお父さんを見つめてる。

「ごめん」

お父さんはそういうと、ソルの両肩に手を置いた。
「ごめん。本当にごめん」
「どうしたの? ねえ? お父さん?」
ソルは困ってしまって、わたしとサンチョさん、そしてお父さんをかわるがわる見つめた。
「ごめん、ごめんね」
お父さんはそういうと、ソルをぎゅっと抱きしめる。
「坊っちゃん……」
サンチョさんはお父さんに声をかけると、そっと立ち上がらせる。そして、その耳元に何かを囁いた。お父さんが頷く。
何をサンチョさんが言ったのかわからなかったけど、お父さんがそれで少しほっとした顔をしたのがわかった。

お父さんは、一体ソルに何を謝ったんだろう?

 
 
わたしたちは、女王様に連れられて玉座の間に向かう。
天空の勇者が現れたということは、すぐに国中に知らせをだしたと言っていた。
お父さんは、ここに来てからずっとわたしとソルの手を握ったまま離さなかった。
「ソル。まだ若いとはいえ、あなたには勇者としての使命が当てられたのです。その勇者としての力で世界をおおう闇をふりはらってください。あなたがたをお助けすることはできませんが……せめてあなたがたのご無事を祈らせてください」
女王様はそういうと天を仰ぐ。
「おおいなる天空の神よ。主の御子たるこの者たちに祝福を……」

 
 
その日は女王様と一緒に、勇者が現れた事を祝うパーティーに出席した。
パーティーの間、ずっとソルだけがちやほやされて、何だか凄く淋しい気分になった。
そういう事を思うって、わたしは嫌な子だなって思う。

なんでソルだけなんだろう?

パーティーが終わって、わたしはベッドの中にうずくまって暫く泣いた。すごくすごく、嫌な気分。
ソルだけがちやほやされること。
それがうらやましい事。
でもいえないこと。
全部が嫌だった。
自分が嫌な子なのが嫌だった。

なかなか眠れなくて、夜のお城をお散歩することにした。
すごく静かで、窓の外には大きくて綺麗なお月様が浮かんでいるのが見えた。

「うん、なんだかね、複雑だよ」
お父さんの声に気づいて、わたしは立ち止まる。
サンチョさんと、お父さんがテラスでぼんやりとお話しているのが聞こえた。
「ずっと勇者様を探してたでしょ? その時は、どこかに勇者様がいて、その人を冒険に連れ出すんだと思ってた。『助けてください』って言ったら、付いてきてくれるものだと思い込んでた」
お父さんは静かな声で言いながら、月を見上げる。
「凄く身勝手な話だよ。勇者のほうは旅に出たくないかもしれないのに。家族だっているだろうに。全部すっ飛ばして考えてた。自分の身内から勇者が出て、初めて自分が考えてた事が、どれだけ都合のいい話だったか思い知らされた」
お父さんは淋しそうに笑う。
「あんな小さな子に世界中の期待が寄せられて、それに応えるためにあの子は必死だ。本当はさ、普通の旅だって連れて行きたくないんだ。怪我されたくないし、魔物とはいえ、相手の命を奪って生きていく旅だし。なのにボクはあの子を連れて行かなきゃならない。ボクは駄目な親だね」
お父さんは大きく息を吐く。
「確かに、勇者さま勇者さまって……あんな小さな子に、ちょっと気の毒ですね」
サンチョさんもため息をついた。
「それにね。マァルも可哀想だ。同じ親から生まれたのに、自分は選ばれなかった。選ばれないって辛いよ。ボクも剣にも兜にも否定されたからわかる。『どうして自分じゃ駄目なんだろう』って。あの子はボク以上だよ。目の前に居る兄弟が選ばれて、自分は選ばれなかったんだ。……何でボクは二人とも連れてきたんだろう?」
「坊っちゃん……」

わたしはまた、泣きそうになった。
お父さんは勇者を探してた。
自分が違ったことにがっくりしてた。
自分じゃない。
子どもを危険にさらす。
ソルが選ばれた事は、本当は叫びだしたいくらい辛いんだと思う。わたしよりずっと。

「お父さん」
わたしは声をかける。今歩いてきたばっかり、そんな顔をして。
「あれ? マァルどうしたの? 眠れない?」
「うん。ちょっと淋しいの」
わたしは正直に言う。
「そう」
お父さんはそういって、わたしのところまで歩いてきてくれた。そのあとわたしを抱き上げて、しっかりと抱きしめてくれた。
「少し泣いた? 目が赤い」
わたしは答えないで、お父さんの首に手を回して、ぎゅーっと抱きしめ返す。

嫌な気分は忘れてしまおう。
お父さんは、わたしのことも見てくれている。
「お父さん、ごめんね。ありがとう」
言ったら、お父さんは不思議な顔をして、それからにっこりと笑ってくれた。
152■懐かしい友と (テス視点)
「じゃあ、この次はラインハットね」
そう声をかけると、サンチョが嫌そうな顔をした。
まあ、当然といえば当然だろう。お父さんを悪人にしたてあげ、サンタローズを焼き払った国。ボクらが離れ離れになるきっかけを作った国。
本来なら、ボクにとっても辛い国なはず。なんとかボクはラインハットを許せる事ができたけど、それはヘンリー君が居たから、ラインハットを立て直す手伝いをしたからであって。
そういう事が出来なかったサンチョが、ラインハットを憎むのは当然だろうと思う。
「辛かったら皆と馬車で……」
「いきますよ」
言いかけたらサンチョがじとっとした目でボクを見た。
「……いい国になってるよ、これは本当だから」
ボクは笑うと、静かにルーラを唱えた。 
 
 
「ああ、こうしてきてみると、やはり……頭ではわかっているのですが、胸がはりさけそうになります」
サンチョは複雑な顔でラインハットの城を見上げた。
「中に居る人は皆気さくだよ」
ボクは苦笑しながら言うと、子どもたちの手を引く。
「ねえ、グランバニアとラインハットは仲良しの国なんだよね?」
ソルがボクを見上げていった。
「うん、そうだよ」
「へへへー、ぼくちゃんと知ってたよ?」
ソルは嬉しそうに笑う。ボクもにっこり笑い返す。
マァルは心配そうにサンチョを見上げて、それからボクの手をぎゅっと握ってきた。
「大丈夫だよ」
声をかけて、ゆっくり城に向けて歩き出す。ルーラを覚えて一度来ていらい、全然来てなかったけど、平和にやってきたみたい。町は隅々まで綺麗だったし、ゆったりとしている。
「うん、大丈夫だよ」
ボクはもう一度言うと城門をくぐった。
 
兵士達はありがたいことにボクの顔を覚えてくれていたらしい。すぐに中に通してくれた。
「すごいねー、お父さん有名人だ」
「国の恩人なのに、ヘンリー様のお友達扱いとは……。ちょっと教育がなってませんよ」
ソルは目を輝かせてボクを見上げる。サンチョは不満そうにボクを見る。人それぞれだな、と苦笑しながらボクは頷く。
「まあ、中に入れるんだからそれでいいじゃない」

城の中は綺麗に花で飾られていた。相変わらずのんびりしている。ヘンリー君が居る限り大丈夫、と思っていてよさそうだ。
にこにことあちこちを見ながら歩いていく。
知ってる人知らない人、時間の流れを感じながら歩く。
城内で、いま一番の話題は「コリンズ様」らしい。話を聞いていると、どうやらまだ小さい子で、いたずらが大好きらしい。
デール君はまだ結婚してなくて、これからも結婚するつもりがないらしい、という話もあったから、たぶんヘンリー君の子どもがコリンズ君なんだろう。

……。
いたずら好きかあ。

思わず遠い目。
実際には、ヘンリー君もかなり手を焼いているらしいから、ちょっと、まあ、なんとうか……ざまあみろ?
思ったことが顔に表れたらしい。
「どうしたの? お父さん楽しそうだよ? ヘンリーさんがいたずらに困っているのがおもしろいの?」
マァルが不思議そうにボクを見る。
「え? あー、うん、まあ……そういう感じ」
ボクは曖昧に答える。
まあ、確かに面白いといえば面白い。
 
 
漸く玉座の間にたどり着いた。
デール君が座っているんだけど、やっぱり8年が長かった事を痛感する。
前あったときはまだ10代であどけない感じがしていた彼も、随分落ち着いた顔をして座っている。……自分の顔がまだ10代の、なんとなく幼い顔なのがちょっと不満に思えた。
そんな間に、サンチョはボクを見て、髪が乱れてないかとか服がおかしくないかとか、すばやくチェックした。
一応、ボクもデール君も国王だから、こういう事はしっかりしないといけないらしい。

「あ! あなたは…!」
デール君が、ボクに気づいて立ち上がる。
「テスさん……いえテス王! 王が行方不明になった時は本当に心配しましたよ。でもグランバニアにもどられたと聞いて……。またこの国にも来てくださることと思っていました。どうぞごゆっくりくつろいでいって下さい。兄は上におりますので、会っていってあげてくださいね」
そういってにこりと笑う。
王様の風格っていうのすら感じる。
……ボクにはまだないなあ。
「どうもありがとう。色々心配をかけたみたいで……。おかげさまで無事戻ることができました。……お言葉に甘えて、ヘンリー君にも挨拶に行かせてもらいます」
言ってる間にも、自分が何を言ってるのか良くわからなくなる。
ちょっと前までは気軽に話をしてたはずなんだけどなあ。
 
「まあ、ギリギリ合格って所ですかね」
階段を上がるときに、サンチョがボソッと言った。
 
ヘンリー君の部屋のドアを開ける。
相変わらず広い室内には沢山の花が飾られている。マリアさんの趣味なのかもしれない。
落ち着いた赤色の絨毯の敷かれた部屋の真ん中に、一人の男の子が立っているのが見えた。ヘンリー君たちは部屋の奥に居るらしく、ここからは見えない。
「んっ! 誰だおまえはっ!?」
男の子はそういうと、部屋の奥のほうへじりじりと後ずさっていく。微妙に焦っているらしい。多分、あの子がコリンズ君なんだろう。
 
それにしても。
 
……。
あの偉っそうなものの言い方といい、緑の髪といい、ちょっと意地の悪そうな目といい、浮かんだそばかすといい……。
小さい頃のヘンリー君そっくりだ。

「こら! コリンズ! お客様にむかっておまえとは何だ!?」
部屋の奥からはそんなヘンリー君の声がする。
なるほど、手を焼いている。
ボクらはゆっくりと部屋の中に入った。
「いや申しわけない。私の息子が失礼を……」
部屋に入ると、ヘンリー君がまず頭を下げていた。
「いえいえ。お気になさらず?」
ボクはにやにやと笑いながら答える。その声にヘンリー君は「ん?」と声を上げて、それから顔をあげた。
「……あっ! よおー! テス!! テスじゃないか! 待ってたんだよ! お前がグランバニアに無事もどったって聞いて本当にうれしかったんだぜ! テス。大変だったなあ……。全くお前は苦労ばっかりするヤツだよ」
そういって、ヘンリー君は笑って、ボクの手をがっしりとつかんだ。
「でもまあ、こうしてまた会えてうれしいぜ! ……お前変わってないなー」
「ちょっと年をとらなかったもんで……」
「何言ってんだかイマイチわからんが、その話も聞かせてくれるんだろ?」
「そのつもり。結構心配かけたみたいだし」
「『結構』じゃなくて『随分』だ」
ヘンリー君は呆れたように言うと、ボクにチョップする。
何とかソレをよけて、それからボクは笑った。
「ヘンリー君も変わってなくて嬉しいよ」
「それなりに変わったさ」
そういうと、部屋の奥にあるソファを薦めてくれた。
「ま、長い話になるだろうから座れよ。お連れの方々もどうぞ?」
ボクらは好意を受け取って、順番にソファに座った。
サンチョだけは、ボクの後ろに立っている。
「じゃ、ま、近況からかな?」
そういってヘンリー君は話し始めた。
153■懐かしい友と 2 (テス視点)
ヘンリー君はボクの正面のソファに座ると、まずは子どもを紹介した。
「…オレ子どもができたんだよ。息子のコリンズだ」
「……」
ヘンリー君はコリンズ君を隣に座らせて紹介する。けど、コリンズ君のほうは口を尖らせて不満そうにボクをみるばかりだった。
「コラ! ちゃんとあいさつしないか!」
ヘンリー君はそういうと、隣に座るコリンズ君の頭を軽く叩く。
「あいてっ! は、はじめまして……」
コリンズ君は頭をさすりながら、上目遣いでボクを見ながらしぶしぶと挨拶をした。もしかしたら人見知りするタイプなのかもしれない。
「ヘンリー君、叩くのはよくないよ」
ボクは苦笑しながら「ねえ?」とコリンズ君に同意を求める。けど、やっぱりコリンズ君はこわばった表情のまま全く反応をしなかった。
……嫌われた、かな?
「いやー悪い悪い。どうもわんぱくでさー。ところでテスにも子どもがいるんだろう?」
「わんぱくって言うか……人見知りするんじゃないかな?」
ボクは答えてから、両側に座る子どもたちの頭をそっとなでる。
「紹介するね。ウチ双子だったんだ。上がソル。下がマァルだよ」
「へえーやっぱり昔のお前に似てるなあ。あ、でもどっちかって言うとビアンカさんに似てる。……よかったなあ、美形に生まれて」
「……」
ボクは苦笑して、それ以上は答えないことにした。
「あ、そうだ! 子どもは子どもどうし。コリンズに城の中を案内させよう。コリンズ。城の中をいろいろ見せてあげなさい」
「はーい」
大人のつまらない話から開放されてほっとしたのか、コリンズ君はおとなしく返事をして、ソファから立ち上がる。そしてソルとマァルを見て「行こう」と一言声をかけた。
「行ってきてもいいの?」
ソルがボクを見上げる。
「うん、行ってらっしゃい」
「じゃあ、行ってくる。行こう、マァル」
「……うん」
マァルはなんとなく嫌そうに、ソルについて歩いていく。
三人は連れ立って部屋から出て行った。
「やれやれ。うるさいのがいなくなってホッとしたよ」
ヘンリー君が苦笑しながら言うと、マリアさんが
「まああなたったら。本当はコリンズがかわいくてかわいくてしかたないのに」
なんていって笑った。
「テスさんもお子様は可愛らしくてしかたないでしょう?」
マリアさんが小首をかしげる。
「うん、可愛い。けど、いっぱい苦労をかけたから、申し訳ない気分でいっぱいだね。それにあの子たちはもう8年も子どもをやってきてるけど、ボクは父親を1ヶ月くらいだから、何だか付いていけないことが多くてね……」
「まあ、お年を召さなかったというのは本当みたいですね。詳しくお聞かせくださいね」
マリアさんがころころと笑う。
それを見ているヘンリー君は幸せそうだ。
コレが普通の家族って奴なんだろうなあ。

……ウチってホント規格外。

ヘンリー君は一度ため息をつく。
「けど、お前のうちの子は聞き分けよくてよさそうじゃないか。まったくコリンズは誰に似たんだか……。オレの小さい頃はもっとおとなしかったもんだがなあ」
「え?」
思わずボクは聞き返す。
「誰が何だって?」
「だから、オレはもっとおとなしかったと。コリンズほどひどくなかったぞ」
「嘘だぁ。駄目だよマリアさん騙されちゃ。ここまで聞いてきた話だとコリンズ君は結構いたずらが好きみたいだけど、ヘンリー君も筋金入りだったからね!? かえるをかえる嫌いの人に投げるなんて日常茶飯事だったんだからね!?」
「お前あることないこと言うなよ!」
「あったことしか言ってないよ! 何格好つけてるの!?」
そんなボクらのやり取りを、マリアさんはくすくす笑いながら見ている。
「本当にお二人は仲がよろしいですね。ヘンリー様はいつもテスさんと……ああ、テス王様と旅をしたときの話ばかりしますのよ」
「王様なんてつけなくていいですよ、これまでどおりで」
「そうだぞマリア! こいつはそんな風に呼ばなくていいからな!」
ボクらのやり取りを、どこか複雑な顔でサンチョが見ているのがわかったけど、それは気づかない振りをすることにした。

その後、少し落ち着いてから、これまでにあったことを話す。
グランバニアの戴冠式の日、ビアンカちゃんがさらわれたこと。
助けに行った先で、ジャミを倒したこと。
けど、ゲマにはまた負けて、ビアンカちゃんともども石にされてしまったこと。
八年の月日が流れたことに気づかなかったこと。
子ども達がサンチョと一緒に、ボクを助け出してくれたこと。
ソルが、天空の勇者として生まれてきたこと。
今はビアンカちゃんと、お母さんを探していること。

ヘンリー君もマリアさんも、静かにずっと聴いてくれていた。
そして、最後に
「ああ、まだつらい旅を続けてるんだな。……いつでもここによって行けよ、オレたちもできる限りの情報を集めるから」
とヘンリー君は静かな声で言ってくれた。

 
「ああ、もう随分遅い時間になっちゃったね。みんなはどうしたんだろう?」
窓の外を見ると、赤い夕日が西の方角に落ちていこうとしていた。
「そういえば、城の案内だけにしてはやけに遅いな」
ヘンリー君も眉を寄せる。
「今日は泊まっていってくれるんだろう?」
「お言葉に甘えるにしても……とりあえず子どもたちは探してこなきゃね。……ボク、ちょっと見てくるよ」
「そうか? じゃあ、オレはデールに連絡してくる。あと、料理人に腕によりをかけるようにも言ってこなきゃな」
「あ、少なくていいよ?」
「わかったわかった。じゃあ、後でこの部屋で落ち合おうぜ」
「うん。じゃあ、ボクは探しに行ってくるよ。サンチョも行く?」
「ええ。ぜひ」

ボクらは部屋を出て、階段を下りたところでヘンリー君と別行動になった。そのとき、サンチョが唐突に
「大きい声じゃ言えませんが、やっぱりあれは親のしつけに問題があると思いますよ」
と小声で言う。
「ああ、やっぱりそう思う? 子どもができたら目一杯かわいがるっていってたけど、ちょっとあれは問題あるよねえ。……うちの子がいい子なのがよーくわかったよ。ありがとうね、サンチョ」
答えるとサンチョが少し顔を赤くして笑った後、
「あ、でも今のは内緒にしておいてくださいね?」
「もちろん。わかってるよ。……さ、探しに行こうか」
ボクはサンチョと一緒に歩き出す。
窓からは赤い夕日が差し込んできていて、長い影が伸びている。
「たぶんね、うちの子はコリンズ君にからかわれてるんだよ」
「え? 坊ちゃん心当たりが?」
「なーんとなく、ね」
ボクは苦笑しながら、昔のヘンリー君の部屋を目指した。
154■居なくなったコリンズ君 (ソル視点)
どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
ぼくは思わずマァルを見た。マァルは泣きそうな顔でぼくを見返す。
「なんで?」
マァルが小さな声でぼくにいった。
「わかんない」
ぼくは困ってしまって首を傾げる。
ぼくとマァルがちょっと目を話した隙に、コリンズ君はぼくらの前から消えてしまった。
 

コリンズ君は変な子だ。
ぼくと同じくらいなのに、凄く変な喋り方をする。無理やり威張ってる感じ。普通に喋ればいいのになって思う。
マァルなんか、コリンズ君が何か言うたび、どんどん不機嫌になっていった。きっとコリンズ君のことが嫌いになったんだと思う。
ぼくもちょっと苦手だ。

グランバニアには、ぼくらと同じくらいの歳の子がほとんど居なかったから、一緒に遊んだことはない。だから、仲良くしたかったのに、出来なかった。……コリンズ君もたぶん同じくらいの歳の子と遊んだ事がないんだろうと思うけど。

なんか、台無し。

お父さんと別れて、ぼくらはコリンズ君にお城を案内して貰ってた。お城をちゃんと見るのは、初めてだからとっても楽しかった。前行ったテルパドールは、お城の中を探検する時間がなかったから。
見慣れない形の窓とかあったし、飾ってあるものなんかも、グランバニアと全然違ってて凄く面白かった。コリンズ君はつまらなさそうだったけど。
それで、最後に案内して貰ったのが、この東側の小さな部屋だった。手前側は赤い絨毯が敷いてあって、ベッドと小さな机だけがあるだけの部屋。奥側は何もない部屋の真ん中に宝箱が一つだけぽつんと置いてある。
「部屋の置くに子分のしるしがあるから、取ってこい」
みたいな事を言われて、「いやだ」って断ったけど、なんか話をしてるうちに取りにいく事になって、それで奥の部屋に行って戻ってきたらコリンズ君は居なくなってた。

「ともかく、お父さんに来て貰おう?」
マァルが小さな声で言うと、ぼくのマントを引っ張った。
「うん、そーだね」
ぼくは答えて、マァルと一緒に部屋を出た。
夕方のオレンジ色の光が、窓から入ってきてる。見慣れない窓の影は、やっぱり見慣れない形をしていた。

ぼくらは走ってお父さんと別れた、ヘンリー様の部屋を目指した。
暫く行くと、お父さんがサンチョとこっちに向かって歩いてきてるのが見えた。
「お父さーん!」
声をかけると、お父さんが立ち止まる。ぼくとマァルはお父さんに抱きついた。
「どうしたの二人とも。そんなに慌てて」
お父さんがのんびりした声でぼくらに尋ねた。
「コリンズくんがいなくなっちゃった!」
「子分のしるしを取ってこいって言うから宝箱を開けたら、そのうちにどこかに行っちゃって。ねえ! お父さんもいっしょにさがしてみて!」
ぼくらが口々に言うのを聞いて、お父さんは大きくため息をついた。そして小さな声で「あーあー、もう、全然かわんないのか」って言ってから
「心配しなくてもいいよ。ボク心当たりあるから。さ、皆で捕まえに行こう」
そういって、お父さんはぼくらの手を引いて歩き出す。
サンチョが後ろで大きくため息をついた。
 

さっきの部屋に戻ってきた。相変わらず、コリンズ君はどこにも居ない。
「あのね、ぼく子分にはなりたくないって言ったのに、とって来ないと泣くぞって言うんだ……。ホントにコリンズ君、どこに行っちゃったのかなあ……?」
そういうと、お父さんは
「泣かしちゃえば良かったのに。なりたくないなら、ちゃんとそう言わなきゃ」
お父さんはそういいながら、部屋の中を見回す。
「あの子いないまま帰っちゃダメ?……ダメだよね」
マァルは口を尖らせてそんな事を言う。
「まあ、とりあえずね、見つけたら文句くらいはいったほうがいいね」
お父さんはそういうと、机の前においてあった椅子を横にどけた。
それから、えいやって敷いてあった赤い絨毯をどける。そこには下に降りる階段が隠されていた。
「あっ! こんなところに階段が! お父さんすごーい。よく知ってるね!」
「うん、まあね。……まだ残っててビックリした」
お父さんは舌打ちしそうな雰囲気で、階段を見ている。
「さあ、行こう。文句くらいは言うんだよ?」

 
ちょっと暗くて狭い廊下の真ん中に、コリンズ君は立っていた。
偉そうな笑い方をして、ぼくらを見てる。
「なんだ、もう階段を見つけてしまったのか……。ふん! つまらないヤツだな。しかし子分のしるしは見つからなかっただろう。子分にはしてやれないな」
「別に子分になりたくないし。……コリンズ君が泣いたら面倒だから取りにいったんだよ」
「わたし子分になんて絶対ならないわ」
ぼくらが口々に言い返したから、コリンズ君はちょっと困ってるみたいだった。
お父さんはぼくらのやり取りを、笑わないようにしながら見てるみたいだった。

と、突然、横にあったドアが開いた。
「ん?」
コリンズ君がのんびりとそっちを見る。
お父さんはとっさに剣に手をやって身構えた。
「コリンズ王子! またこんなところでいたずらをして!」
入ってきたおじさんが怒って叫ぶと、コリンズ君をじっと見下ろした。
「なんだよう。いいじゃないか!」
「よくありません! またお父上にしかられますぞ。さあさあ!」
おじさんはそういうと、コリンズ君の腕を引っ張った。
「申し訳ございません」
おじさんはぼくらに頭を下げてから、コリンズ君を引っ張って歩いていく。
「痛い! 痛い!」
コリンズ君の声がどんどん遠ざかっていく。

「……」
お父さんが大きく息を吐いて、ふらふらと壁際に歩いていく。そしてそのまま、壁にもたれながら座り込んでしまった。
お父さんは、凄くこわばった顔をしていて、少し顔色が悪い。
「お父さんどうしたの? びっくりした? 汗いっぱいかいてるよ」
マァルは心配そうにお父さんをみて、持ってたハンカチでお父さんの顔を拭いてあげてる。お父さんはそんなマァルを抱きしめた。
「お父さん?」
お父さんが震えてるのがわかった。
「ごめん……ちょっとビックリして……」
固い声でお父さんは言うと、暫く動かないでじっとしてた。
「恐かったの?」
「うん」

随分長い間そうしていた気がする。
お父さんはようやく立ち上がった。ぼくはお父さんを見上げる。
少し怒ってるみたいだった。
いきなり、お父さんは壁を殴りつける。
「お……お父さん?」
ぼくはおそるおそるお父さんを見上げる。
「……大丈夫」
お父さんはそういうと、天井を見上げた。
「ともかく、抗議しよう。あー、もう、腹が立つ」
それだけいうと、大股で足早に歩き出す。
ぼくとマァルとサンチョは顔を見合わせて、それから慌ててお父さんを追いかけた。
155■お父さんが怒った(マァル視点)
お父さんは凄い早さでどんどん歩いていってしまう。わたしやソルは、ちょっと走らなきゃついていけなかった。
サンチョも、少し走ってる。
あんまり凄い早さで歩いてるから、デール様がびっくりして立ち上がった。そしてお父さんに「どうなさったんですか?」って聞いたんだけど、お父さんは答えないまま階段を駆け上がっていってしまう。
わたしはデール様にお辞儀してから、お父さんを追いかけた。

 
お父さんは、ヘンリー様のお部屋のドアを、蹴破るような勢いであけると中へ入っていく。
ヘンリー様が一瞬ビックリしてこっちをみて、それから
「悪かったな、ウチのが迷惑かけたみたいで」
って言って頭を軽く下げた。コリンズ君はむすっとしたままで、口を尖らせている。
「ヘンリー君」
お父さんの低い声に、ヘンリー様は眉を寄せた。
「ヘンリー君、目、瞑ってて」
「断る。おまえが目を瞑れって言うのは、大体人を殴るときだ。この状態で殴られるったら、コリンズだろ? こどもが殴られるのがわかってておとなしく目を瞑ってられるか」
ヘンリー様はそういうと、軽くお父さんをにらんだ。
お父さんは少し口の端っこを吊り上げる。勝ち誇ったような笑顔。
「その時はグランバニア国王と王子王女を侮辱した件で外交問題に発展させるから。その時はえげつない手を使うよ?」
ヘンリー様は暫くお父さんの顔を見つめていて、それから大きくため息をついた。
「……マリア、目、瞑ろう。テスは友人間の話にしてくれるらしい」
その言葉に、コリンズ君が青ざめる。
「父上!」
「コリンズ、お前が全面的に悪いんだからいたずらの責任くらい取れ。それから、テスは本気で怒ってるからな、ちゃんと謝れ」
コリンズ君が泣きそうな顔をした。
「ま、運命だと思ってあきらめなよコリンズ君。ラインハットの小生意気なくそガキはグランバニアの国王にひっぱたかれる決まりなんだ」
お父さんはそういってにやりと笑う。
「おいちょっと待て、聞き捨てなんねぇ!」
ヘンリー様が叫んだけど、お父さんは聞こえないふりをした。

「覚悟はいいね?」
お父さんはそういって、コリンズ君の前に立つ。
コリンズ君は最後の抵抗なのか、それでも偉そうにお父さんを見上げて、「ふ、ふん! おまえ弱そうだからな、恐くなんかないぞ!」なんて叫んだ。
お父さんはあっさりと頷いて、
「うん、弱いよ。本気だしてもせいぜい片手で林檎を握り潰すくらいだし、壁だってちょっとへこむ程度だ」
そういって、コリンズ君の前でボキボキと指を鳴らして笑った。
コリンズ君は「ひぃ」って息をのんだ。顔が、こわばってどんどん青ざめていく。
マリア様がおろおろと、お父さんとヘンリー様と、それからコリンズ君を見比べた。
「歯、食いしばれ」
お父さんが低い声で宣言する。
コリンズ君が目をぎゅっと瞑った。
お父さんの拳が勢い良く振り上げられる。
私は恐くなって、目を閉じた。
 
 
暫く、とっても静かだった。
思ったような音はしなかった。
恐る恐る目を開けてみる。
隣ではちょうど、ソルがそーっと目を開けたところだった。

コリンズ君は殴られてなかった。
コリンズ君も漸く、恐る恐る目をあける。
そして殴られなかった事を知って、あの嫌な笑い方をした。
「ふん、何だ、結局殴らないのか。口だけじゃないか」
「だって、ボクが本気で殴ったら、君無事じゃないでしょ?」
そういうと、お父さんは隣にあったテーブルに、がん!と拳を下ろす。丈夫なテーブルが、物凄い音をたてた。上においてあった花瓶が振動で倒れて床に落ちて、けたたましい音を立てて割れた。コリンズ君はそれを呆然と見ていた。

お父さんは少ししゃがんで、コリンズ君に目を合わせる。こつん、とその額を叩いてから、
「君はね、ちょっと自分がしたことについて考えてみるべきだ。例えば、君がヘンリー君と歩いていて、ちょっと目を離した隙にヘンリー君が居なくなったらどんな気分?」
「父上がオレを置いてどっか行くわけないだろ?」
「そうかもしれない、けど、そうじゃないかもしれない。人が居なくなるなんて簡単だよ。君がソルやマァルの目の前から消えたのと同じで」
お父さんは優しい声でそういった。
しばらく、コリンズ君は考えてるみたいだった。
「父上が……オレを置いていったら、やだな」
「だろう? 君がしたのは、そういうことだ。ソルやマァルに嫌な思いをさせた。いいかい? 大事な人や、知ってる人が、目の前から消えるって事は、凄く凄く恐い事だ。君がしたことは、とても卑怯な事だよ?」

「卑怯」って言葉は、コリンズ君にとってとってもビックリする言葉だったみたい。コリンズ君は目を見開いて、それから、ヘンリー様を見上げた。
ヘンリー様は頷く。
「コリンズ、することがあるだろう? 謝りなさい」
ヘンリー様はそういって、コリンズ君を見る。
コリンズ君が口を尖らせた。そして、小さな声で
「ふん、わるかったな」
とだけ言った。
それを見てため息をついてから、お父さんは立ち上がる。
「ヘンリー君、あのさ、もうちょっとちゃんとコリンズ君に言葉遣いを教えたほうがいいと思うな。それから、あの階段なんだけど。よくもまあ残してられるよね? 痛い目にあったのを忘れたわけ? はっきり言って不快だよ」
「お前まだ怒ってるな?」
「当たり前だよ。……死ぬの覚悟したもん、あのドアが開いたとき」
お父さんの言葉に、ヘンリー様は少し顔を曇らせて、それから
「あれは緊急脱出用だからなくすことは出来ないが、普段は使えないようにしておくよ。悪かった」
「言っておくけど、今回の事は根に持つからね? 事あるごとに蒸し返すからね?」
お父さんはそういってにやりと笑う。
「お前ってホント、たまにしか怒らない分怒ると根深いよな」
ヘンリー様は呆れたようにそういって、それからお父さんの肩を軽く叩いた。

その間に、コリンズ君はわたしとソルのところにやってきた。
「何?」
声をかけると、コリンズ君は少し頬を赤らめて、「いいものをやろう、大切に使えよ?」そういって、羽のついた帽子を私にくれた。
「……プレゼントでごまかさないで、ちゃんとごめんなさいって言わないと駄目なのよ?」
わたしは呆れてしまってコリンズ君を見る。
コリンズ君はわたしから目をそらした。
本当に、嫌な子。
 
「ソル、マァル。今日はここに泊まるからね?」
その言葉にわたしはうなずく。
本当は、コリンズ君がいるここに泊まるの、ものすっごーく嫌だったけど。

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