29■月日は流れ
それぞれの家族。それぞれのかたち。


144■はじまる不幸
グランバニアの玉座の間では、国の主だった者達があつまり、気が気でない時間をすごしていた。
王が信頼する仲間とともに出かけてから、もう一週間近くが立とうとしている。各地に放った兵も、次々と成果を上げられないまま帰還してきていた。
王も、王妃も見つからない。
オジロンはいらいらと歩き回りながら声を荒げる。
「ええいっ! テス王の行方はまだわからんのかっ!?」
温厚でコレまで声を荒げたところなど見せたことの無かったオジロンの苛立ちに、周囲の兵達は気圧される。
兵士長がなんとか一歩前へ踏み出し、成果を告げる。
「は……はい……。国中の兵士に探させておりますが、いまだ……」
オジロンは大きくため息をついた。
「それにしても大臣までいなくなるとはっ! 全くもって何がどうなっているのか……」
オジロンは大臣を信頼していた。その彼が姿を消したことも、オジロンを苛立たせる。
一体何が起こっているのか。本当に分からなかった。
「オ……オジロン様!」
一人の兵士が転がり込むように部屋の中へ入ってきた。
「はるか北の教会で王のお姿を見た者が!!」
その声に部屋に居たものは全員、はっとして兵士を見つめる。
「なんと! テス王を見た者がいたと申すかっ!?」
「はっ!」
兵士は頭を下げて返事をする。
オジロンの目に力が戻った。
「よし! 皆の者! 北の地じゃ! 北の地をくまなく調べるのじゃ! どんな些細な事でも見逃すでないぞ! さあ行けいっ!」
その声に、辺りに居た兵士たちが駆け足で慌しく部屋を出て行く。
「テス王も王妃も ご無事でおられると良いが……」
そういって、オジロンが天井を見上げた時だった。
突然、玉座で眠っていた二人の赤子が大声を上げて泣き出した。
王と王妃がのこしていった二人の子どもは、持ち主が消えた玉座で、それでも親のぬくもりを感じるようにと寝かされていたのだ。
その子ども達が、いきなり泣き出す。
あまりの泣き方に、サンチョは驚いて玉座に駆け寄った。
「おお! ソル様マァル様、どうなさいました!」
そっとソルを抱き上げ、サンチョはあやし始める。
同じ様にマァルを抱き上げ、彼らを守り抜いた女官も首をかしげる。
「まあまあ! こんなにお泣きになるなんて初めてですわ。もしやテス王と王妃さまの身に何か……」
思わず顔を曇らせる女官を、オジロンはたしなめる。
「これ! めったな事を言うでないぞ」
サンチョもそれに同意した。
「そうですとも! お二人はきっとご無事でございます! ですからソル様もマァル様もどうかご安心を……。父上と母上はきっと帰ってきます。帰ってきますとも!」
彼は腕の中の赤子に優しい目を向けた。
「おお、よしよしよし……」
あやしながら天を仰ぐ。
本当は厭な予感がして仕方がないのだ。
余りにも似すぎている状況に。
それを打ち消すことだけで、精一杯だった。

 
 
同じ頃。
グランバニアから遠く北に離れた土地で、競売が始まっていた。
壊れた遺跡で行われるこの競売は、もちろん正規のものではない。
盗品や真贋の不確かなもの、本来ならば売られるはずの無いもの、そういうものが売られるわけありの競売だった。
ここで売買されたものについては、来歴も行き先も告げられない。売り手も買い手も、商品については口を閉ざすのがルールだった。

男は、この競売に来るのは久しぶりだった。
家族や使用人たちは、ここの競売に来ることを嫌がっている。
出かけることも、物を買うことも危険だからだ。男も危険なことは承知していた。しかし、それを凌駕するだけの魅力的な品が出品されることもまた、事実だった。

男は長く続けられている競売を静かに見守っている。
お披露目で見せられた品に、気に入ったものがあった。
生きているかのような見事な石像だった。あれになら、幾らかけてもかまわない。そのために、他の品は全て見送ってきたのだ。
舞台に若い男が二人上ってくる。
目当ての品が出品された。
何度見ても美しい。本当に精巧な石像だった。
美しい青年と女性の像が舞台上にのせられる。一対だとなお良かったのだが、女性像には既に決まった買い手がいるらしい。男のほうだけが売りに出ていた。
男は気を取り直す。対で無くても、石像は価値を落とさないだろう。

「さあさあいよいよ今日の1番の売り物だよ!」
舞台の男が声を張り上げる。
男は落ち着くために深呼吸した。
何が何でも競り落とす。
「どうだい! 見事な石像だろう! これほどの物はめったによそじゃ手に入らないぜ! さあ一万ゴールドからだ! 一万ゴールド!」
舞台上の男の声に、男は少し眉を寄せる。
スタートは思ったより高かった。
しかし、石像の価値に比べるとかなり安い。
芸術の分からない男だ、と舞台上の男を心の中で批判する。
「12000!」
声が上がった。
まだだ、と男は思う。まだ声をあげるには早い。
「おっときたぜ! 12000! 12000! 他にないかっ?」
舞台上の男はキョロキョロと客席を見回す。
その動作に釣られたように老人が手を挙げた。
「15000じゃ!」
少し辺りがざわめいた。
舞台の男は嬉しそうな声をあげる。
「よ! じいさんお目が高い! さあ15000だよ! 15000!  15000……」
「16000!」
「おっと出ました16000! もうないかっ? 16000! 16000……! 早くしないと買われちまうよ! めったに手に入らない見事な芸術品だ! その上この石像は幸運を呼ぶという予言つき! さあさあ買わなきゃ損だよ!」
幸運を呼ぶなどということは今初めて聞いたが、そんなことはどうでも良かった。芸術品のあの石像の価値に比べて、意味は無いように思える。
この辺りが潮時だろう、と男は考えた。
そして手を挙げる。
「20000!」
「20000! よーし売ったあっ!」
男はあの芸術品が手に入った事に満足する。
「お客さんいい買い物をしたね。じゃあ支払いはそこの男によろしくたのむよ」
若い方の男がニコニコと自分を見るのをみて、男は微笑み返した。
そして声を張り上げていた方に金を渡す。
「確かに20000ゴールド受け取ったぜ。さあ持っていってくんな! みんなありがとうよ! オレたちお宝兄弟の売り物は これでおしまいだ!」
男は石像を受け取ると、すぐに帰る支度を始める。
その耳に売り手の兄弟の声が聞えてきた。
「あれれ? 兄さん。もう一つの石像は売らなくてよかったの?」
「ああ、こっちはちょっとしたあてがあってな」
「ふーん」
一体どこに売られていくのかしらないが、やはり対で欲しかった、そう思って男は振り返る。
みつあみの髪をした美しい女性の像は、自分の買った男の像を見ているような気がした。

その目は寂しげに見えた。
145■ある一家に起こった事
「あっだんなさまおかえりなさいませ!」
男は声を掛けてきた下男に手を軽く挙げると、懐かしい我が家に目を細めた。今回の買い付けは随分長く掛かってしまっていた。
「奥さま! だんなさまがもどられました!」
下男が家の中にいる妻を呼びに行くのを見ながら、男は自分の買ってきた石像を見分する。やはり美しいと思った。

「おかえりなさい。ほらジージョちゃん、パパが帰ってきましたよぉ」
妻は息子を抱きかかえて、家の外まで出てきた。
生まれて少したったばかりの息子は、こちらを見てまぶしそうに瞬きをする。いとおしい家族に、男は目を細めた。
妻は夫が買い付けてきた石像を見つけ、不思議そうな顔をする。
「その石像は?」
首をかしげる妻に、男は少し胸を張った。
「なかなか見事な石像だろう? ジージョも生まれたことだし、わが家の守り神として庭にかざろうと思ってな」
答えると妻は少し困ったように笑いながら答える。
「まあ、あなたったらジージョのことばっかり。私へのおみやげはございませんの?」
少し拗ねて口を尖らせる妻に、男は苦笑した。妻のこういう押さないところがたまらなく愛しい。
「いや、それはその……わっはっはっはっ。まいったなどうも……」
男はもごもごと口の中で言い訳をする。
下男が家の中から出てきて二人を見た。
「さあだんなさま、お疲れでしょう。中で何か冷たい物でも……。さあ奥さまも」
二人は促され家の中に戻る。
幸せな時間が流れるその庭の片隅で、買われてきた石像はぼんやりとその家族を見つめていた。
 
 

時間は流れすぎ、一年がたった。
ある晴れた明るい春の午後に、妻の声が響く。 
「あなた! あなたったら早く出てきてくださいな」
「そんな大声をあげて、一体何事なんだ?」
男は部屋の中でしていた仕事を切り上げると、庭まで出て行く。
妻は庭の真ん中を指差して、嬉しそうに興奮気味の声をあげる。
「ほらあなた見て! ジージョが! ジージョが……」
妻が指差す方を見ると、自分の子どもがよちよちと自分を目指して歩いてくるのが見えた。
男は、胸の奥に暖かいものが広がっていくのを感じる。
「おお! ジージョもついに歩くようになったか! 偉いぞジージョ! どれもう一度父さんに見せておくれ」
自分のところに歩いてきた息子の頭を優しく撫でながら、男は優しい声で言う。息子はしばらくきょとんと父の顔を見つめたあと、またよちよちと母のところまで歩いていく。
危なっかしい歩き方だが、コレが子どもというものなのだろう。
「ジージョは本当にアンヨがお上手ねえ」
妻は息子を抱き上げた。
その様をみつめ、男は少し考え込む。
「……」
「……どうしたのあなた? 急に黙ってしまって」
男は大きくため息をついたあと、ゆっくりと話し出す。
言わない方が良いのかもしれないが、やはり気になる。
「いや……最近何かとよくないウワサを耳にしてな。せめてこのジージョが大きくなるまでは……」
この家族に何か有ったら。
そう思うだけで、男は心の中につめたいものが広がるのを感じる。
「大丈夫ですよ」
妻はにこりと笑うと、庭の隅に置かれた石像のところに歩み寄る。そしてその像の顔を見上げた。
「だってわが家にはあなたが1年前買ってきてくれた、この守り神の石像があるのですものね」
妻はこの石像を気に入っていた。
確かに、顔が美しいというのもある。
しかしこの石像がここに来てから、いいことばかりが起こっている。それが気に入っている一番の理由だった。
「そ……そうだったな。わっはっはっはっ」
男は薄く広がる不安を消し去ろうと、ムリに笑った。

 
 
 
時はどんどん流れる。
もう石像がこの家にやってきてから、随分長い時間がたった。
生まれたばかりだったジージョも大きくなり、庭を走り回っている。
「まあまあジージョったら。そんなにはしゃぐところびますよっ」
妻は息子のそんな様子をこれ以上ないくらい幸せそうな顔で見守っていた。
「わーいわーい」
ジージョは嬉しそうに声をあげながら、庭の草を引っ張ってみたり、走り回っていたりする。
広い庭はジージョにとって世界の全てであり、冒険するにはちょうどいい広さだった。
 
 
その日はずっと良い天気だった。
しかしにわかに空が暗くなる。
音も無く二匹のホークマンが庭に降り立ってきた。
妻はその魔物を見て、息をのむ。
「……!!」
そうして息子に手を伸ばす。
「ジ……ジージョ! こっちへいらっしゃい……」

子どもにとって、初めて見るその生き物達は不思議で仕方が無かった。
「おじちゃんたち、誰?」
首をかしげて、ホークマンに近づいていく。
「ジージョ!」
妻は悲痛な叫び声を上げた。
「ケケケ! この子供か?」
母親の声など気にならないのか、ホークマンは何の警戒もなく自分を見上げる子どもを見下ろした。
「さあ? わからねえな。間違えたってドレイとして使えばいいだろう。ケケケ!」
「そうさな。子供なら大人とちがって、言うことを聞かせやすいし」
ホークマンたちはそんな恐ろしいことを言い合いながら、ジージョを見て、口の端を吊り上げる。
「や……やめて……その子は……」
叫ぶようにいいながら息子に走りよる妻を突き飛ばし、ホークマンはジージョを連れ去って行った。

強い風が一度吹き抜け、あとには何も残らなかった。

「ど……どうしたんだっ!? 一体何があったんだっ!?」
庭の異変に気付き、男は家の外に飛び出してくる。
「あなた! ジージョが……! ジージョが怪物たちに…!」
その言葉に、夫は言葉を失う。
「な……なんとっ!」
それだけ口にするのがやっとで、あとはただ呆然と空を見上げるしかなかった。
 
 
 
「あれからもうひと月。私たちのかわいいジージョは今ごろどこに……」
呟きながら頭を抱える男に、下男が声を掛ける。
「だんなさま」
旅から帰ったその下男は、少しやつれた顔をしていたが、それでもしっかりとした足取りで男のところまでやってきた。
「やっクラウドもどったな! で? どうなんだ? ジージョの事が少しでも?」
男はすがるように下男を見つめる。下男は困ったように目を伏せる。
「……いえだんなさま……それがさっぱり」
男は大きくため息をついた。
「そうか……。ごくろうだったな……」
何とか声を絞り出した男をみて、下男はそっとしておこうと家に入りかける。
突然男が大声を上げた。
「ええいっ! なにが守り神だっ!」
大事にしていた庭の石像を男は蹴り倒す。そして大声で叫びながら、ひたすらその石像を足蹴にし続ける。
「こいつめ! こうしてやる! こうしてやる!」
下男は慌てて男を止めた。
「だんなさま! だんなさま! どうかおちついて!」
何とか止めると、男は肩で息をしながらそれでも石像を睨みつける。つかれきっているのだろう。体を支えると、グッタリと体重を預けられた。
「ほらだんなさま。言わんこっちゃねえ。そんなに息をきらせて。さあ、家の中で少し横になったほうが」
下男の言葉に、男は頷いた。
「ああ……うむ……」
二人は家の中に戻る。
 
日が沈み、夜が来る。
朝が来ても、希望は見えない。

そのまま季節は流れ行く。
秋が来た。冬が来た。春が来た。そしてまた夏が来た。
 
世界は刻々と時を刻む。
しかし希望はまだ見えない。
146■お父さん (マァル視点)
ずっとずっと、今日の事を忘れない。
お父さんに初めて会った今日の事を。
 
 
「今回こそ本物です」
そう聞かされてグランバニアを旅立ってから、一ヶ月くらい。
たどり着いた島はとっても小さな島だった。
小さいけど、この島全部が一人の人の持ち物だって聞かされて、わたしはとってもビックリした。
島には大きな家が建っていて、白い柵で囲まれたお庭があった。ちゃんとお手入れをしたらきっと綺麗なお庭なんだろうけど、通るところ以外はお手入れされてない。お庭の隅っこのほうは草が好きなだけ伸びていた。
見回しても、何もないみたいに見える。
サンチョさんが草だらけのお庭の隅っこに顔を向けた。

男の人の石像が、空を見るようにして倒れてた。
「ああ」
サンチョさんが小さく声を上げる。それでわたしもソルもわかった。

この人が、お父さんなんだ。
 
そっと手を伸ばしてみる。
春の日差しを浴びて、ほんのりと暖かい。
けれど、それは決して人間の暖かさじゃない。
固い石だった。
泣きそうになる私の手を、ソルがそっと握ってくれた。
「お父さんなの?」
ソルがサンチョさんに聞く。
「ええ」
サンチョさんは嬉しそう。「この家の人と交渉しないといけませんね」
 
お話をしていると、家の中から男の人が出てきた。
やつれていて、顔色がとっても悪い。悲しそうな顔をした男の人だった。
「我が家に何か御用ですか?」
男の人は不審そうにわたしたちを見る。
サンチョさんが深々と男の人にお辞儀した。
「はじめまして、私どもは通りすがりの旅の者ですが……それにしてもこれは立派な石像でございますね。あまりにすばらしいので見せていただいていたのですよ」
男の人は不機嫌そうに石像を見て、無言のままだった。
サンチョさんは少し不安そうに首を傾げて
「どうでしょう? この石像を私たちにお譲りいただけませんか? 御代なら……」
まだ話しているサンチョさんをさえぎるように男の人は声を荒げる。
「そんな石像、只でくれてやる! さっさと持って行きなさい!」
男の人は石像を見ないで、吐き捨てるように言う。
サンチョさんは嬉しそうな顔をしてもう一回頭を下げた。
「おお、そうですか! ではお言葉に甘えて!」

サンチョさんはそういうと、倒れていた石像を助け起こす。
そして持ってきていた水筒の水で付いていた土を落として、ぬれたところを綺麗なタオルで拭いた。

私は立ち上がったお父さんを見上げる。
強くて、優しくて、賢くて、気高いって教えて貰ってた。
それで想像をしてたけど、ちょっと違ってた。
思ってたより背が高い。思ってたより痩せている。
そして、
思ってたよりずっとずっと、綺麗な顔をしてた。
「さ、マァルさま、どうぞ!」
サンチョさんに言われて私は頷く。
「はい、サンチョおじさん。この杖を使うのね?」
私は持ってきていた杖を取り出す。
遠い北の賢者に教えられて探し出したストロスの杖。
強力な魔力を秘めていて、麻痺を直すといわれるこの杖の魔力を全部使えば、あるいは石化も直せるかも知れないと教えてくれた。
私はその杖を天にかざす。

どうかどうか神様。
お父さんをもとに戻してください。
 

やわらかい不思議な光がストロスの杖から湧き出してきた。
その光はやがてお父さんを包み込み、ゆっくりと離れていった。
光が全部おさまった。

最初に見えたのは、眩しそうに何回か瞬きをしている真っ黒なつやつやの瞳だった。
不思議そうにその人はこっちを見てる。
「うわ! 石像が人間になった!」
見ていた男の人が腰を抜かして庭に座り込む。

「……?」
男の人が、わたしたちを不思議そうに見つめる。
「ああ、やっぱりテス王でございましたね。探しましたよ! わかりますか? サンチョめでございますよ!」
サンチョさんが男の人の目の前で早口で一生懸命言った。
「うん、サンチョ……老けた?」
優しい声だった。
真っ黒な長い髪の毛が風に揺れてるのが見える。
もう石じゃない。
「またソレですか?」
サンチョさんは苦笑して、それからお父さんの手を握る。それからわたしたちを見て
「さあ、お二人とも! お父上ですよ?」
私とソルはサンチョさんに促されてお父さんの前に出る。
私たちは嬉しくなって、先を争うようにお父さんに話しかけた。
「ぼくお父さんのこと、いっぱいいっぱいさがしたんだよ!」
ソルがお父さんを見上げて叫ぶ。私は深呼吸してから、コレまで何回も考えていた、最初の挨拶をゆっくりとした。
「はじめましてお父さん。わたしマァルです。この名前、お父さんがつけてくれたんですよね? お父さんのことはサンチョおじさんからいつも聞いていました。そしてお母さんのことも……」
その後にまたソルが続ける。
「それから世界が大変だってこともね! ねえお父さん! ぼくたちと一緒に今度はお母さんを助けに行こうよ! それから悪いヤツをやっつけて、ぼくたちが世界を救うんだよね!」

私たちはお父さんの言葉を待った。
不思議そうにわたしたちを見ていたお父さんが口を開く。
  
「何の冗談?」
 
お父さんが眉を寄せてサンチョさんを見つめた。
私と淋しい気持ちになって思わずお父さんを見上げる。
お父さんは続けた。
「あのさ、ボクのソルとマァルはさ、生まれたばっかりでもっとこう、小さいっていうか……壊れそうっていうか……こういうしっかりした子どもになってないんだけど?」
お父さんは胸の前に両手で小さな丸みたいなのを作って首を傾げる。多分、あの大きさがお父さんが知ってる私たちなんだろう。その小ささが嘘みたいだった。
サンチョさんが大きくため息をつく。
「あの、坊っちゃん。非常に申し上げにくい事なのですが……」
サンチョさんは困ったような顔をしてお父さんを見上げた。
「坊っちゃんがグランバニアを出て石にされてから、既に八年がたっております。つまりお子様達はそれだけ成長なさっておりまして……」
「は?」
お父さんは間の抜けた声を上げて、しばらく困ったように空を見上げた。それから、諦めたように大きくため息をついて、その後大きな声で笑った。
「ああ、そうなんだ。何か石になってからあっという間だったから、実感ないけど……そうかー、八年かー」
そういうと、立っていたお父さんはしゃがんで私たちに目線を合わせる。

「久しぶりだね、ソル、マァル。大きくなったね。良く顔を見せてよ」

お父さんは「はじめまして」じゃなくて「久しぶり」って言った。それが何だか不思議だった。
お父さんは優しい不思議な瞳でわたしたちを嬉しそうに見つめてから、
「うん、ビアンカちゃんに良く似てる」
そういってにっこりと笑って、わたしたちを抱きしめてくれた。

お日様のにおいがした。
147■お父さん 2 (ソル視点)
お父さんはしばらくぼくらをぎゅっと抱きしめた後、立ち上がる。
背の高い人だなって思った。
「で?」
お父さんは首を傾げてサンチョを見る。
「ビアンカちゃんは?」
サンチョが少し目をそらすのがわかった。
ソレを見て、お父さんは小さく「ふーん」って言ってそれから頷いた。
「まだ見つかってないんだね? そっか」
何でもないみたいに明るく言うのが、凄く変な感じ。
お父さんは、お母さんに会いたくないんのかなって嫌な気持ちになった。

「ビアンカちゃんを助けに行くチャンスを、神様はまだくれるんだ」

お父さんは空を見上げて、にやっと笑う。
サンチョはぽかんとお父さんを見上げた。ぼくらももちろん、呆気にとられてお父さんを見上げる。
「だってそうでしょ? ボクは確かに一回ビアンカちゃんを助けるのに失敗した。もう一回チャンスをくれたんだよ、神様が。今度はへましない」
助けに行くのは当たり前。お父さんはそういってるんだ。とっても嬉しい。

「あ!」
ぼくは声を上げる。
「あのね! あのねお父さん!」
「何?」
「お父さん聞いて! お父さんが残していった天空の剣。ぼく装備できたんだよ!」
ぼくは、お父さんに会ったら言おうってずっと思っていたことを言う。
「え?」
お父さんはぼくを見て声を失う。
ざーっと血の気が引いていく音が聞こえた気がした。
「……ええ?!」
ぼくを見ていた顔が、今度はサンチョに向く。
サンチョは大きく頷いた。
「……と、とりあえず、後で考える」
お父さんはそれだけ搾り出すように言うと、がっくりと地面に座り込んだ。
何かマズイ事を言ったんだろうか?と不安になった。
サンチョが気を取り直したように言う。
「まあまあ、ここはひとまず、グランバニアのお城にもどることにいたしましょう。さあマァルさま」
サンチョがマァルを促す。マァルはにっこりと笑うとルーラを唱えた。
 
 
「……」
お父さんは茫然と、目の前のグランバニアのお城を見上げる。
「え? 何で?」
「ルーラっていう魔法よ? お父さんも使えるんでしょ?」
「使えるけど……」
お父さんは複雑そうな顔でマァルを見つめる。
「……ま、いい」
全然良くなさそうな顔でお父さんはつぶやくように言う。
「ところで」
お城の門を開ける前にお父さんはサンチョに話しかける。
「何か変わったことはあった? うっかりドリスちゃんが結婚してるとか」
サンチョは呆れたようにお父さんを見上げる。
「残念ながらドリス様はまだご結婚なさってませんよ。そんな事言ってドリス様に蹴り飛ばされてもしりませんからね?」
ぼくはお父さんがドリスに蹴り飛ばされるところを想像してみた。

なんとなく、お父さんが負けるような気がした。

 
 
城門をくぐる寸前、お父さんは大きく息を吸って、それからぴしっと背筋を伸ばした。
そのとたん、それまで優しいけどどっか頼りない気がしていたお父さんの雰囲気がガラっと変わった気がした。
ぴしっとしてて、凄く格好いい。
「あ!」
城門を守っていた兵士が驚いた声を上げる。
「お帰りなさいませ! 陛下!」
「うん、ただいま」
にこりと笑って、軽く手を上げる。
堂々としてて、お父さんは本当に王様なんだなってその時初めて思った。
一人の兵士が頭を下げて、先に階段を駆け上がっていく。
オジロンおじさんや城の皆に、お父さんが帰ってきた事を伝えに行ったんだと思う。
お父さんはソレを見送ってから、「じゃあ、行こうか」って行ってぼくらの手をひいて歩き出した。

お父さんはぼくとマァルを自分の両側に連れて、ゆっくり歩いてくれた。
城の皆が思わずお父さんを振り返る。
後ろについてきてるサンチョが、とっても誇らしげなのがわかる。
「よう、テステス」
途中でドリスが待っていた。壁にもたれて、腕組みをしてる。
お父さんが立ち止まってにっこり笑った。
「ドリスちゃん、久しぶり。元気そうで何より」
「テステスこそ元気だな。八年も外出てて、お前後始末大変だぞー?」
ドリスがにやっと笑う。こういう顔をしてるときは、とっても機嫌がいい。ドリスもお父さんが帰ってきて嬉しいんだなって思った。
「うわー、ドリスちゃん手伝ってよ」
「ビアンカ様を助けてきた後なら手伝ってやるよ、きりきり働け」
そういうとドリスは壁から離れてこっちへ歩いてきた。それから、お父さんの頭を乱暴にわしわしとなでて、
「無事でよかったよ」
って言って、そのままどっかへ歩いていってしまった。
「ドリスちゃんは相変わらずいい子だなあ」
お父さんはクスクス笑うと、歩き出す。
「もうちょっと言葉遣いを何とかしたほうがいいですけどね」
サンチョは苦笑して後から付いてくる。

「ああ、そうだ、先に皆に会いに行っていい? オジロン様に会ったら多分長引くから」
お父さんは立ち止まってサンチョに確認を取る。サンチョはしばらく考えた後
「……まあ、いいでしょう」
って言った。
「皆って、魔物の皆?」
ぼくが聞くと、お父さんは頷いた。
「そうだよ。皆とは仲良くできた?」
「もちろんだよ!」
ぼくとマァルは頷く。
「皆大好き!」
「あー、でも怒ってるだろうなー、怒られるだろうなー」
お父さんは遠い目をしながら、モンスター爺さんのところに顔を出す。
「!」
ゲレゲレが一番最初にこっちを見た。
「やあ、ゲレゲレ。元気だった?」
お父さんの声に、皆が一斉に振り返る。
「テス!」
スラリンが声を上げると共に、物凄い勢いでお父さんに体当たりした。不意をつかれて思いっきりこけたお父さんは、そのままスラリンにお腹で飛び跳ねられて、地面を叩きながら叫び声を上げる。
「痛いってばスラリンー!!!」
「うっさい! 心配かけといてなんだお前!」
「あああ、ごめんなさいごめんなさい!」

「……さっきまでお父さん格好良かったのに」

マァルが隣でぼそっと言うのが聞こえた。
「うん、そうだね」
ぼくも同意してお父さんを見る。
お父さん、皆に手荒い歓迎を受けてはっきり言ってもみくちゃ。
……やっぱりなんか、この人情けない気がする……。

しばらく皆にもみくちゃにされていたお父さんは、漸く解放されて起き上がる。
「おかえりなさいませ、主殿」
「うん、ただいまピエール」
ずっと見守っていたピエールがお父さんに頭を下げた。

ああ、やっぱり信頼されてるお父さんは格好いいかもしれないって思ったけど。
 
 
 
評価は保留しようと思った。
148■これまでのこと、これからのこと (テス視点)
頭が痛い。
ベッドの中で軽く頭を押さえて、暫くの間軽く反省する。
昨日は夜遅くまでボクが帰ってきたことを喜んでくれる宴が開かれた。もちろんボクが参加しないわけには行かず、ずっと付き合った結果、現在二日酔い。
……本気でお酒に弱いな、と苦笑する。
何とか体を起こすと、身の回りの世話を引き受けてくれている落ち着いた感じの女性が近寄ってきた。
「おはようございます。ゆうべは本当によくおやすみでございましたね」
「ちょっと寝すぎかもね」
ボクは答えて苦笑する。女の人は――クレアさんというらしい――は控えめに笑った。
「サンチョ殿もソル様マァル様も本当にお喜びで……。お二人はずっとお世話させていただいていましたが、あれほど無邪気にお喜びになったのは初めて見ましたわ」
ボクは少し淋しい気分で微笑む。
「苦労かけます」
クレアさんは少し笑った後、胸の前で手を軽く叩く。
「……そうそう、これはサンチョどのからテス王にと。かつてパパス王がマーサさまとご結婚されたときお城の名工がつくった記念ペンダントです」
そういって、クレアさんはそっと戸棚から小さな箱を持ってきた。あけてみると、中には綺麗なロケットが付いたペンダントが入っている。装飾が細かくて、確かに名工の作というのも納得ができた。
もしかしたら、お母さんの顔がわかるかもしれない、そう思ってロケットを開けてみる。
けれども、中は空だった。
ボクが落胆したのがわかったんだろう、クレアさんは話を続ける。
「パパス王はそのロケットペンダントにマーサさまの絵を入れるおつもりだったようなのですが……マーサさまがさらわれてしまい画家に絵を描かせることができなかったのです。ですからこのロケットペンダントは空っぽのまま……」
クレアさんは少し淋しそうに窓の外の空を見た。
「サンチョ殿はテス様が王になられた時、これをお渡しするか悩んだそうですわ。テス様がごらんになれば きっとすぐにでもマーサさまをさがしに行ってしまうだろうと。サンチョどのはテス王をパパス王のような危険な目にあわせたくなかったんですね」
クレアさんは一度だけボクをしっかりと見つめた後、すぐに目をそらす。
「お出かけになられるのでしょう? どうかテス王、ご無理だけはなさらずに……」
受け取ったペンダントをボクはしっかりとしまいこむ。
あまりに華奢で、繊細な作りのペンダントだったから、首にかけるのはためらわれた。
戦いのときに壊れてしまったら、きっと後悔してもし足りない。
「さあ、オジロンさまがお待ちかねでございますよ」

ボクは部屋をクレアさんに頼むと、外に出る。
すぐの廊下に、ソルとマァルが立っていた。
「お父さん! お母さんを探しに行くんでしょ! それで世界をほろぼす悪いヤツをやっつけに行くんだよねっ! ねえ、ぼくたちも連れていってよ」
「わたしサンチョのおじさんから聞いたの。お父さんもわたしたちくらいの頃、パパスおじいちゃんに連れられて旅をしたって。
だからわたしたちも、お父さんについてゆくって決めちゃったんだ! わたしたちきっと、お父さんの力になるからねっ! ね! ソル!」
「うん!」

うーん、見事なまでの自己完結。
 
ボクは苦笑して二人の頭をなでる。
「確かにボクも、二人より小さい頃から旅をしていたから、そう言われちゃうと、連れて行くしかないよね? けど、条件がある」
ボクの言葉に二人はボクを見上げる。
少し緊張しているみたい。
きっとこのはしゃぎっぷりも、年よりもずっと大人びた話し方も、この子達が精一杯しっかり生きようとした結果なんだろう。
ボクやビアンカちゃんが居なかったから。
早く大人になりたかったんだろう。
「条件って? 何?」
暫く二人を見つめたまま黙っていたら、痺れを切らしたのかソルが声を上げる。
「簡単な事だよ。決して無茶はしない事。辛いときや苦しいときは遠慮しないでボクにいう事。皆の事を信頼して、守る事。……約束できる?」
二人はそれぞれ大きな声で「うん!」と叫んで何度も頷く。
「よし、じゃあ一緒に行こう。もう離れたりしないから」
ボクは二人の手を引いて歩き始める。
オジロン様を随分待たせてしまった。
 
 
玉座の間では、オジロン様が待ってくれていた。
「お! 目がさめたようだなテス王!」
「おはようございます、オジロン様」
オジロン様はボクを見る。「うんうん、ちゃんと父親らしいぞ」なんて言ってひとしきり笑った後、ボクに地図を見せた。
「わしらは長い間テス王を探していたが、その途中で……。偶然にもマーサ殿の故郷を発見したのじゃ! 先代のパパス王は随分嫌われていたらしいが、それも昔の話。マーサ殿の子供のテス王になら、チカラになってくれるかも知れん。場所はこのあたりだ」
グランバニアより北の大陸の内陸部をさしながら、オジロン様はそう教えてくれた。
「……お母さんはコレまでどこから来たのかわからなかったのですか?」
「兄もマーサ殿も、エルヘブンという名は教えてくれていたのだが、場所は聞いた事がなかったのだよ」
「……お父さんが嫌われてたっていうのと、多分関係あるんでしょうね」
ボクとオジロン様が話している間、子ども達は退屈そうに部屋の隅で遊んでいた。
が、急にマァルが顔を上げてこちらを見る。
「わたしたちエルヘブンにも行きたかったけど、お父さんを見つけるのが先だと思ったの。だっておばあちゃんの故郷なら、絶対お父さんが行きたいって言うと思って……」
ボクはマァルに笑いかける。
「マァルは優しい子だね」
そういうと、彼女は少し照れたように笑った。ソレを見てから、ボクはオジロン様に顔を向ける。
「……行ってきてもいいんでしょうか?」
そういうと、オジロン様は暫く笑った後、
「本当はもうどこへも行ってほしくない。しかし8年も待ったのだから、もう少し待っても同じだろう? どうせビアンカ殿が居ないとテス王も気が気でないだろうし、真面目に仕事してもらわんと困るからな。先に気になることは全部片付けてきて貰わないと」
なんて事を言った。
「納得しました。なるべく急いで全部終わらせてきます」
答えると、オジロン様は大きく頷いた。
「それまで、もう少しだけグランバニアをよろしくお願いします」
ボクは深く頭を下げる。
この人には、感謝してもし足りない。
「ああ、気をつけてな。ここを拠点に、色々探してくるといい。ついでにコレまで以上に見聞を広めて、国に還元してくれるとなお良い」
オジロン様はそういうと、書き込みをしてくれてある地図を渡してくれた。

「じゃあ、行ってきます。ソル、マァル。行くよ?」
声をかけると、二人が駆け寄ってきた。
「おじさん、行ってきます!」
そんな事を言いながら、二人は手を振る。
そのままボクは玉座の間を後にして、皆のところへ向かう。

「ああ、世界はまだ、ボクに優しいみたいだ」
つぶやくと、不思議そうな顔をしたマァルと目が合った。
「不思議な言葉ね?」
「うん、ビアンカちゃんがボクに昔言ってくれた言葉。いい言葉でしょ?」
ボクが答えると、二人は嬉しそうな顔をして笑った。
149■旅立つ前に (マァル視点)
お父さんは、わたしとソルを連れたままモンスター爺さんのところへ歩いてきた。そして、ピエールとスラリンとゲレゲレとマーリンを連れ出して、そのままお城の外へ出る。
夏の日差しが、真っ直ぐに地面に降りてきていた。

「ああ、夏だねえ」
お父さんはそんな事を言いながら、サンチョさんの家のドアをくぐる。
「サンチョ」
声をかけると、サンチョさんが奥から出てきた。
「坊っちゃん」
サンチョさんは、皆の前ではお父さんのことを「テス王」って呼ぶけど、普段は坊っちゃんって呼ぶ。お父さんはソレを気にしないみたい。わたしはちょっと、ソレが不思議。
「ちょっと教えてほしい事があるんだ。で、確認が取れたら旅に出るんだけど、サンチョも一緒に来る?」
お父さんは軽い声で言いながら、キッチンにある椅子に浅く腰掛けて、それから背もたれにべったりともたれる。
まるで椅子の上に寝転がるみたいに見えた。
「坊っちゃん、お行儀が悪いですよ」
サンチョさんはそういった後
「私も連れて行ってくださるんですか?」って初めて嬉しそうな顔をした。
お父さんは大きく頷く。
「勿論。一緒に行ってくれると嬉しい」

 
サンチョさんが旅に出る用意をするのを、出して貰ったオレンジジュースを飲みながら待つ。お父さんがオレンジ大好きだからでてきたんだけど、わたしにはちょっとすっぱかった。
すっかり用意ができたサンチョさんが、椅子に腰掛ける。
「で? 坊っちゃんは一体私に何をご確認なさりたいんですか?」
真剣な目で尋ねる。
お父さんはサンチョさんに向かってVサインを見せた。
「知りたい事は二つ。一つ目はソルが天空の剣を本当に装備できるのかという事。それに付随して、現在天空の剣がどこに保管されているのか。二つ目は……気を悪くしないで聞いてほしい。この国に魔物が大挙して押し寄せてくる事があったかどうか。この二つだ」
お父さんの目は真剣だった。
「ぼく天空の剣装備できるよ? 本当だよ?」
ソルはきょとんとお父さんを見上げる。
サンチョさんも大きく頷いた。
「ソル様が天空の剣を初めて装備なさった時は、本当に衝撃を受けました。歩けるようになったばかりの頃、ソル様は天空の剣を手にとり軽々とふり回されたのです。あの日私の手に剣が残ったのはこういうワケだったのかと妙に納得しましたよ」
サンチョさんは懐かしいような目をしてしみじみというと、部屋の奥の床板をはずして、そこから天空の剣を重そうに取り出してきた。
「宝物庫にあると、いかにもって感じでしょう? それでここに保管していたんです」
ばつの悪そうな顔でサンチョさんはうつむく。お父さんはソレを受け取って、ソルに渡す。お父さんにも重いらしい。少し顔をしかめてる。
「使える?」
ソルは剣を片手で受け取ると、ちょっと振り回して見せた。
お父さんはソレを凄く複雑そうに見守る。
「オーケイ。納得した。行き先も決まったね」
お父さんはため息をつく。
そのまま机に突っ伏して、暫くぼんやりとした目でソルのことを見ていた。その後「二つ目に付いては?」って疲れた声を上げた。
「実はは坊っちゃんがいない間、この城へ何度か魔物が飛来したことはありました。しかし、その度に天空の剣が不思議な光を放ち、魔物たちは何もせずに去ったのです。今思い出してみてもあれは本当に不思議な光景でした」
その話を聞いて、お父さんは体を起こす。
「ソレは本当? 一度も魔物は大挙してこなかったの? せいぜい何度かやってきた程度?」
お父さんは不思議そうに何度もサンチョさんに確かめる。
「不穏な事を言わないで下さいよ。坊っちゃんはこの国を魔物に襲わせたいんですか?」
サンチョさんは顔をしかめてお父さんを見つめる。
「そういうわけじゃないんだけど……」

お父さんはそう言ったっきり、暫く椅子にもたれて腕組みをしたまま動かなくなった。
途中、何度か右手の人差し指でこめかみを叩く。
目を閉じて、大きく息を吐いて、それから全然動かない。

「お父さん、どうしちゃったの?」
私は不安になって声を上げた。
「主殿は今少し考え事をしているのですよ、しばらくお静かに」
ピエールが私の前で指を口に当てて「しー」ってして見せた。
「考え事?」
ソルが聞き返す。
「テスは頭がいいし物凄く記憶力がいいぞ? 二人ともきっと驚くじゃろうな」
マーリンが面白そうに笑いながら言う。
「ああなると暫く周りの音は聞こえないから、放っておいたほうがいいぞ?」
スラリンはふーっと息を吐いた。

 
 
「皆に言わなきゃいけない事がある」
お父さんが目を開けた。きりっとした表情で、落ち着いた声で話し始める。
「話を聞いている限り、まだ魔物の親玉は、ソルが伝説の勇者として生まれたことに気づいてない」
やけに自信たっぷりに断言するお父さんに、皆がぽかんとする。
「そもそも、何でソルは勇者になりえたか? それは簡単だ。ビアンカちゃんが伝説の勇者の血筋にあたる人だからだ」

わたしたちはビックリしてお父さんを見つめる。

「ぼ、坊っちゃんはソレをご存知でご結婚なさったのですか?!」
サンチョさんの声が裏返った。
「まさか」
お父さんは首を横に振った。
「石になる直前、腹立たしい事に相手の魔物に聞かされたよ」
お父さんは思い出したのか、一瞬凄く恐い眼をした。
「その時、確かあいつはこう言った。『予言では勇者の子孫は高貴な身分にある、だから目ぼしい子どもをさらっていた』それから……『伝説の勇者はお前の血筋により、これから生まれてくるのだろう』って」
少し悲しそうな顔をして、お父さんは一気に喋った。
「相変わらずの記憶力じゃの」
マーリンがお父さんを見る。
「大体の事は一回見たり聞いたりすると覚えちゃうんだよね。で、忘れられない。便利といえば便利だけど……忘れたい事も忘れられないから、辛い時もある。忘れるなってことだろうね。」
お父さんはそこで、ふっと淋しそうに笑う。

それから、少し気を取り直したように話を続けた。
「向こうは、ボクらに子どもが居る事も知らないみたいだったし、その後も調べてない。ここに攻め入って来ないのも証拠だし、相変わらず彼方此方で子どもがさらわれているっていう気の毒な話からも、間違いなく、ソルやマァルに気づいてない」
お父さんはそう断言して、立ち上がる。
「職務怠慢だよね。ボクならクビにするな、そんな管理職」
そういってニヤって笑うと、右手の拳を左手に叩きつける。

「反撃開始だ」

お父さんはそういうと、わたしとソルを順番に見た。
「お母さんも、おばあちゃんも、きっと助けよう。二人とも頼りにしてる」
「ぼくらが悪い奴をやっつけるんだよね!」
ソルが嬉しそうにお父さんを見上げた。
「そうだよ」
お父さんがにっこり笑う。
「わたし一生懸命お父さんのお手伝いするね!」
「ありがとう」
そういって頭をなでてくれたお父さんの手は、大きくて暖かかった。

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