27■破滅の足音(前半)
そしてはじまる悲劇。


131■誕生 1 (テス視点)
城に戻って、皆と別れてからオジロン様のところへ向かう。本当はそういうのすっ飛ばしてビアンカちゃんに会いに行きたいんだけど、通り道にオジロン様がいる。諦めて話をさっさと終わらせたほうがいいだろう。
王座に座るオジロン様に挨拶してから、洞窟で探してきた王家の証を見せた。オジロン様は目を輝かせて、大臣はその横で非常に不機嫌な目で。それぞれ王家の証をまじまじと見つめた。
「テス! よくぞやり遂げた! 王家の証、しかと見届けたぞよ! これで晴れてそなたに王位を譲れるというもんじゃ」
オジロン様はニコニコと心底嬉しそうにボクに言う。

……そんなに王様嫌だったのかな?なんてちょっと心配になった。

「大臣、そなたももはや文句はないであろう?」
オジロン様は無邪気に大臣に尋ねる。
大臣はさっきまでの不機嫌そうな顔を、すっと普通の顔に戻すと澄ました声で、
「文句とは心外ですな。私はただ、しきたりのことを言っただけで文句などは……」
なんて言い返す。

……文句だよ、あれは。
内心そう思ったけど、言わない事にした。

「そ、そうであったな」
オジロン様は大臣の言葉になんとなく気圧されながら、慌てたように声を上げる。
「とにかく、テスがこの国の王になるのじゃ」
オジロン様に握手を求められ、ボクはなんとなく複雑な気持ちでオジロン様と握手をする。
「では、このことを国中に知らせなくてはなりませんな。それに即位式の準備を。その役目、この大臣が引き受けましょうぞ! さて、そうと決まってはこうしてはおれません。ではコレにて!」
大臣は早口にそういうと、走って部屋を出て行った。
「反対していたわりには、大臣も気が早い事だ」
オジロン様は感心したように言うけど、あれは変わり身が早いだけだと思う。なんとなく複雑な気分のまま、ボクは大臣が出て行ったドアを見つめた。
 
 
「大変でございます!」
突然女の人がそう叫びながら、階段を下りてきた。
上にはビアンカちゃんが居るはず。……大変って、何かまずい事でも起こったんだろうか?
「何事だ!?」
オジロン様も慌てた様子で、裏返った声で叫ぶと女の人を見た。
ボクは、声が出せなくて、ただ女の人を見守るばかり。
女の人はボクらの前まで走ってくると、息を整えてから、背筋を伸ばして
「ビアンカ様が……テス様の奥様が赤ちゃんを!」
そこで女の人、もう一度息を整えるために深呼吸した。
「!!! なんと! 生まれたと申すか!?」
オジロン様が驚いて声を上げる。ボクは思わず天井を見上げた。
「いえ、でも、今にも生まれそうで!!」
女の人は嬉しそうに顔を輝かせて、両手を拳にして胸の前で軽く上下させる。
「なんとめでたい! これはもしかすると新しい王と王子の二人が同時に誕生じゃな! テス、のんびりしている場合ではないぞ? 今すぐ行ってあげなさい!」
「さあテスさまこちらです!」
ボクは女の人に手を引かれて上の階に駆け上がる。
途中でもどかしくなって女の人には悪かったけど、手を離して、階段を二段飛ばしで駆け上がって、走っちゃいけない廊下を全力疾走。一番奥の部屋の扉を勢い良く開けた。
部屋の真ん中のベッドでは、ビアンカちゃんが苦しそうな息をしている。その周りにたくさんの女の人たちが集まっていた。
お湯を運んでる人や、布を用意している人がいる中を掻き分けるように歩いて、ビアンカちゃんの隣にたどり着く。
「テス……戻ってきてくれたのね」
ビアンカちゃんは苦しそうな息の合間合間に声を絞り出すようにして喋る。顔が赤い。目が潤んでる。
「遅くなってごめん」
答えると、ビアンカちゃんがにっこり笑って、そして手を握った。
物凄く、力強い。
こんなにぎゅっと手を握られたのは初めてかもしれない。
「私、頑張って、元気なテスの赤ちゃんを産むわ」
それだけ言うと、またしばらく苦しそうに息をする。
このまま死んじゃいそうで恐かった。
「愛してるわ、テス」
ビアンカちゃんはそういうと、もう一回にこりと笑う。ボクは何だか見ていられなくなって、逃げるように目を瞑るとビアンカちゃんの額に口付けた。
「なーに、大丈夫さ、私だってこれまで三人も産んでるんだ。ここに居る女は皆なれてるから、安心おし!」
恰幅のいい女の人が、ボクの背中を叩いて笑った。どうも死にそうな顔をしてるのはボクのほうらしい。
「お二人の赤ちゃんですから、きっとかわいらしい赤ちゃんですわ」
「さあ、お静かに。今まさに新しい生命が生まれようとしています」
「さ! ここは私達に任せて下の部屋で待っておいで!」
ボクはほとんど部屋からたたき出されるようにして、外に出る。
階段のところに立っていた兵士に「こういう場合、男はただオロオロするばかりですね」って苦笑された。
ドアの向こうから、物凄い悲鳴みたいな声が聞こえてきて(そういうものらしい)ボクは気が気じゃなくて階段を駆け下りた。
 
ビアンカちゃんはこんな気弱なボクを許すだろうか?
 
部屋の中央で、もう立っていられなくて力なく座り込む。
そんなボクを見て、オジロン様は少し笑った。
「もうすぐ生まれそうなんじゃな。王子になるか王女になるか、どちらにせよめでたい事だ」
「……ええ」
何とか答えるけど、声がかすれてうまくでない。
「あ、坊っちゃん! 話を聞いて私もとんできたんですよ」
そういって、サンチョは座り込んだボクをみて、苦笑した。
「落ち着きませんか?」
「もう恐くて仕方ない」
「それにしても、ここでこうして待っていると、まるで坊っちゃんが生まれたときのようですね。坊っちゃんが生まれた時、パパス様がどれだけ喜ばれたか……」
サンチョはそういって少し遠い目をする。
「ああ、兄上はとても喜ばれたな。それに……生まれるまではみっともないくらい落ち着かなくてな」
「部屋中歩き回ってましたよね。坊っちゃんはその気力もないみたいですけど」
二人が思わぬお父さんの思い出話をしてくれたけど、そんなのもほとんど頭に入ってこなかった。
 
 
どのくらいたったんだろう?
さっきと同じ女の人が、階段を下りてきた。
「テス様! お生まれになりました! しかもお二人! 双子なんですよ!」
凄く嬉しそうな笑顔で、女の人は言った。
「坊っちゃん! おめでとうございます!」
サンチョはそういって頭を下げた後、ボクの腕を引っ張って立たせてくれた。何だか、足元がおぼつかなくて、夢の中に居るみたいだった。
「ええと、ありがとう」
ボクは伝えにきてくれた女の人と、オジロン様とサンチョにお礼を言う。
「わしらにかまわず、早くビアンカ殿のところへ」
オジロン様が笑いながら階段を指差した。
ボクはのろのろと首を縦に振ると、まだなんだか良くわからない夢のような感覚のまま、ふらふらと階段を上った。
132■誕生 2 (テス視点)
部屋の中は落ち着いていた。窓が開けられているらしくて、どこからともなく風が吹いてきている。
ビアンカちゃんは両側に赤ちゃんを寝かせた状態で、ベッドに横たわっていたけど、ボクを見つけてすぐににっこりと笑った。
「テス……私頑張ったよ。良くやったって、褒めてくれる?」
そういって、ボクのほうに腕を伸ばす。
ボクはその手をしっかりと握った。
「うん、ありがとう。……凄いと思う。ボク恐くて下でずっと座り込んでただけで……その間にビアンカちゃんは……頑張ってくれたんだよね。ボクは何にも出来なかった」
そういうと、ビアンカちゃんは優しく笑った。
「ありがとうテス。お城にテスが居るときに産めてよかったわ。一人だったら、きっと頑張れなかったと思うの」
ビアンカちゃんは言いながら、隣に寝ている赤ちゃんを交互に優しい瞳で見つめた。
ああ、お母さんの目って、こういう感じなんだなってふっと思った。
「ねえ、私達の赤ちゃんよ? 名前どうしようか?」
「ビアンカちゃんは考えなかった?」
「考えてたけど、産んでるときに忘れちゃったわ。私、テスにつけてほしいって思っていたし。どんな名前がいいかしら? テスは考えた事あった?」
「まあ、考えた事は……一応」
「じゃあ、教えて?」
ビアンカちゃんは期待のまなざしでボクを見た。
「そんなに期待されても……普通だよ? 男の子がソルで、女の子がマァル。どっちが生まれてもいいように考えてたら、どっちも生まれてきてくれたよ。……欲張ったのが神様にわかったのかな?」
ボクが言うと、ビアンカちゃんは少し笑った。
「欲張っておいて良かったわね。いっぺんに二人なんて、私達幸せ者よ。……男の子がソルで、女の子がマァル。ちょっと変わってるけど、素敵な名前だわ」
「……変わってるかな?」
「私的にはね」
そういって、ビアンカちゃんは笑うと、二人にそれぞれ、「君はソルよ」とか「あなたはマァル」なんて言いながらその頬をなでた。
「この二人が大きくなるまでに、平和な時代がやってくるといいわね」
「うん、そうだね」
「テス、ちょっと抱いてみる?」
ビアンカちゃんはそういうと起き上がる。
「起き上がって大丈夫なの?」
「病気じゃないのよ? ちょっと疲れてるだけで。平気」
呆れたように笑ってから、ビアンカちゃんはソルを抱き上げた。
「何かね、こうやって頭を支えるみたいにして抱くんだって。まだ首がしっかりしてないから」
「へえ」
ボクは恐々、マァルを抱き上げる。物凄く小さくて、壊れそうな感じ。手とか凄く小さいのに、ちゃんと手の形をしているのが凄く不思議な感じだった。
「……うわ、重い」
思っていたより、赤ちゃんはずっとずっと重かった。壊れそうなくらい小さいのに、ちゃんと重くて、ちゃんと人間だ。
「……こんなに小さいのに、いつか大きくなってお嫁さんとかになっちゃうわけ? この子が? ……嘘みたいだ、嫌だなあ」
思わず口をついて出た感想に、ビアンカちゃんは大笑いした。
「ちょっと、今生まれたばっかりなのよ? お嫁さんって何年先の話よ。しかも今から『嫌だ』なんて。……ちょっと心配しすぎよー!」
「だって、いつか居なくなるんだよ? 嫌だよそんなの」
「……でも、大好きな人と結婚するならいいじゃない、ちゃんと祝福できるわよ私。だって私もテスと結婚してとーっても幸せだもの。テスはその幸せをマァルにはあげないわけ?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「どっちにせよ、ちょっと心配しすぎよ。ああ、今からこれからの事が心配だわー。何をするにも大騒ぎするテスが目に見えるわ」
ビアンカちゃんはそういってちょっと遠い目をした。
「……とりあえず、小さいときはともかく可愛がって……ある程度大きくなったら距離を置けばいいんでしょ?」
「ぜーったいそういう事出来ないわよ、今のテスじゃ」
「……努力します」
ボクはそういうと、眠っているマァルをビアンカちゃんの横に寝かせた。ビアンカちゃんも笑いながら、ソルを隣に寝かせる。
「ごめんね、疲れたせいで何だか眠くなってきたの。ちょっと眠るわ。おやすみ、テス。私とっても幸せよ」
「うん、ありがとうビアンカちゃん、ボクも……凄く幸せだ。少し眠ったら、また話をしよう」
「うん。ごめんね。テス……王様になるの?」
「うん、多分今週中には即位式があるとおもう。頑張るよ」
「うん、頑張ってね。……お休み」
 
 
ビアンカちゃんが眠るのを見届けて、ボクは部屋から出る。
外で待ち構えていた皆に、ソルはボクに似てるだとか、マァルはビアンカちゃんに似て美人になるだとか、いろんなことを言われた。
皆が心のそこからお祝いしてくれるのが、とても嬉しかった。
サンチョなんか、もう泣きながら喋るから全然何を言ってるかわからないくらい。
その日は夜ささやかなお祝いの席があって(盛大なお祝いは、即位式と一緒にしてくれるらしい)ボクは本当に、幸せの中にいるんだなって、漸く実感した。

夏の、風がさわやかな日だった。
133■即位式 1 (テス視点)
「……顔色悪いけど大丈夫?」
ビアンカちゃんが少し眉を寄せて、心配そうな顔でボクを見上げた。
「……だ、大丈夫……だと思う」
ボクは着慣れない豪華な服に、少し戸惑いながら答える。
いつもは適当にくくってるだけの髪も、今日は綺麗に整えられ、シンプルながらも高価そうな髪留めがつけられてる。
どうも、お金のない人生を送ってきたせいで、お金がかかってるものを身に着けると緊張してしまう。
……情けない。

子ども達が生まれて5日。
今日はボクの即位式と、子どもの誕生祭がいっぺんに行われることになっている。
そのためにボクは正装させられて(した、というよりさせられたのほうが、絶対に正しい)朝から緊張の極致にいる。
ビアンカちゃんは今日の式には残念ながら出席しない。そのせいで気楽なのか、ボクの正装をみてケタケタ声を上げて笑ってる。
「うん、でも、とっても似合うし素敵よ。後は度胸だけね」
「だから、その度胸がないんだってば」
城下町のほうでは、もうお祭りは始まってるらしい。
にぎやかな音楽や声がここまで聞こえてきている。

大臣はよほど上手に宣伝したらしく(こういう腕前は買ってもいいんじゃないかと思う)城下町の人たちはボクが生きていた事に心から喜んでくれて、オジロン様がボクに譲位するという英断に喝采を浴びせている。
さらに王子と王女の誕生も知らされて、お母さんが居なくなってからずっと、辛いことが続いていた国にとって、明るいニュースばかりが続くことに、本当に喜んでくれている。

後は、王になるボクが、失敗さえしなければ。

「……ホント、ちょっと落ち着きなさいよ」
ビアンカちゃんは呆れたようにボクを軽く小突くと、にこりと笑った。それからソルとマァルを見て少しやわらかい笑顔になる。
「ねえ、不思議だと思わない? 私、小さい頃、お父さんやお母さんはずっと昔からお父さんお母さんなんだと思ってたわ。でも、みんなこうしてお父さんやお母さんになっていくのね」
そういって、ビアンカちゃんはボクを見上げる。
「テス、私たちも素敵なお父さんやお母さんになろうね」
「……うん」
答えると、ドアがノックされた。
「テス様、お時間です」
「じゃあ、頑張ってきてね、『お父さん』」
「出来る限りの事はしてきます、『お母さん』」
言い合って、お互いまだ慣れない言葉の響きに声を上げて笑って、ボクは部屋を後にした。
 
 
階下の、王座の前にはたくさんの兵士達がずらりと並んでいてなかなか壮観だった。この人たちが皆、ボクのために並んでいて、国のために働いている。その頂点にボクが居るのだと思うと、なんだか凄く落ち着かない。
「おお、来たかテス!」
オジロン様がボクを迎え入れてくれた。
「皆のもの! 良く聞くように! 既に知っているものもおろうが、今、余の隣にいるのが先代パパス王の息子、テスじゃ。余はこれよりこのテスに王位を譲ろうと思う!」
コレまで聞いた事もないくらい、凛とした声でオジロン様が言う。どよめきと、歓声が兵士達から沸きあがった。
「テスよ、跪くが良い」
ボクは言われたとおり(そして何回か予行練習したとおり)オジロン様の前に跪く。
「グランバニアの子にして、偉大なる王・パパスの息子テスよ! 余は神の名にかけて本日このときよりそなたに王位を譲るものである」
そういって、オジロン様は自分が被っていた綺麗で立派な王冠と、金の刺繍の入った赤いマントをそれぞれボクに着けてくれた。
「さあ、テス、その王座に座るが良い」
言われたとおり、王座に座る。
赤い、立派な、ふかふかの椅子。座ると、大きなファンファーレが鳴り響き、それに続いて曲が演奏される。
「グランバニアの新しい国王の誕生じゃ!」

あちこちから「テス王万歳!」とか「グランバニアに栄光を!」とか言う声が聞こえてくる。
何だか恥ずかしい。
責任が一気に何倍にも膨れ上がったのが良くわかる。
「ありがとう」
ボクはとりあえず、大きな声でそういうと、右手を上げる。
兵士達がぴたりと声を上げるのをやめた。
ボクが何か言うのを待っているのだ。

「本日、この日を迎える事ができて、幸せに思っている。思えば父が母を捜しにこの国を出てから、皆には多大な苦労と心配をかけた。まずはその事を父に代わり謝罪と感謝をしたい」
そういって、ボクが頭を下げると、少し辺りがざわついた。
「国王、あまり気軽に頭を下げないように……」
オジロン様が困ったように少し笑った。
「今、世界は不安定で、平和とはいいがたい。まずは、せめて国の中だけでも安心してすごせる様、皆の力を貸してほしい」
いっせいに歓声が上がった。
とりあえずは、第一段階成功、ってところだろうか?
なんか自分でも何をいってるのか良くわからなくなりつつある。
「いつの日か、父が探し出したものを頼って、勇者様がこの国を訪れる日がくるだろう。その時が世界の平和へ第一歩であり、わが国がその手伝いを出来る日が来る。それまで、共に国を守っていこう」

 
「なかなか立派に出来てたわよ」
次は城下に出るから、少し着替えが必要になる。
その着替えに部屋に戻ると、ビアンカちゃんがそういって出迎えてくれた。
「廊下まで行くとテスの声が聞こえるんだよね。聞いてたけど、なかなか。いい王様っぷりだったわよ」
「まだまだだよ、これから」
「うん、そのくらい謙虚なほうがいいんじゃない?」
ビアンカちゃんは笑う。
「テス、そろそろ城下に向かおう。さっきの演説はなかなかのものだった。初回にしてはなかなか度胸があったな。あとはあんまり頭を気軽に下げない事」
オジロン様はそういうと、ボクの手を引く。
「じゃあ、いってきますビアンカちゃん」
「後ひとふんばり頑張ってらっしゃい」
ビアンカちゃんはニコニコ笑って、ボクに手を振った。

 
再び王座に向かうと、兵士達が整列していた。
先頭に立っていた人が一歩前に出てきて
「新しい国王テス様に敬礼!」
声を上げると、兵士全員がいっせいに敬礼をした。
「国中の民が下の階で国王様のお出ましを待っております!」
「わかった、報告ありがとう」
ボクは右手を軽く上げてこたえる。随分偉そうで嫌なんだけど、そういうものだってこの数日でオジロン様に叩き込まれた。
……ちなみにオジロン様もこの挨拶が偉そうで嫌いだったらしい。

「では、参りましょう」
オジロン様に連れられて、ボクは大勢の兵士を連れ、城下町へ向かう。なんだかもう、どうにでもなれって気がしてきた。
恥ずかしいやら、疲れたやら。
全部終わったら、今日はさっさと眠ってしまおう、そんな事を考えながら、ボクはぼんやりオジロン様の後を歩く。
ともかく、早く終われとだけ願っていた。
134■即位式 2 (テス視点)
城下町ではお祭りが既に始まっていて、既に飲めや歌えの大騒ぎになっていた。
ボクは、普段は教会になっている少し広いテラスみたいなところでその様子を見ながら(むしろ姿を見られながら)食事をしたり、いろんな人と挨拶をした。
さすがに国民とは直接話が出来ないけど、それでもテラスの下まで沢山の人が来てボクに挨拶をしていく。
ボクはそんな人たちに手を振ったり笑顔を振りまいたりしていた。お父さんが国を出て行って以来の明るいニュースに、国中が沸きあがっているのが良くわかる。
サンチョは事あるごとに「おめでとうございます!」だの「今日ほど嬉しい日はありません!」だの言っては泣いていた。
ずっと心配をかけてきて、漸くサンチョにも喜んで貰える。親孝行みたいなものを出来てるんだと思うと、少し誇らしい気分になった。
 
その日は遅くまで祝いの宴が続いた。
 
 
寒い。
そう思って目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。あたりはとても静かで、そこかしこのランプの光がぼんやりと明るく、幻想的に思えた。
「……喉渇いたな」
つぶやき、起き上がる。だらしない事に、床に寝転がってしまっていた。ふらりと歩き出すと何かにつまずいて転んでしまった。
「……?」
まだ頭の芯がぼんやりとしてる。痛い、というほどでもないけど、しびれている感じ。なかなか状況が把握できない。一体何につまずいたんだろう。そう思って薄暗い中目を凝らす。

人だった。

神父さんの足につまずいて転んだらしい。
「?」
少し変だ。
そう思ってあたりを見渡す。
「!!!」
思わず大きな悲鳴を上げそうになって、口を押さえて座り込む。

人が大勢倒れていた。
テラスだけじゃない。町中の、国の人たちも。見渡す限りに居た人たちが、折り重なるように倒れていた。
体がガクガク震えているのがわかる。
恐くてたまらない。
思い出すのは、あの地獄のようなドレイの日々。
病気で一斉に知っていた人たちが折り重なるようにして死んでいった、あの日と同じ光景。
目をぎゅっと瞑る。
自分の腕で、自分を抱きしめる。
落ち着かなきゃ。
誰か。
生きてる人が居るはずだ。
何回か、大きく深呼吸。
ここはあの地獄じゃない。グランバニアだ。
「うーん」
目の前の神父さんが小さく声を上げた。そして、体を動かす。
「!」
はっとして、近寄る。そして震える手を伸ばし、首筋を触る。
暖かく、そして脈打っているのがわかる。
生きてる。

……生きてる。

ボクは立ち上がった。
テラスに居る人をとりあえず全員調べて回る。
皆寝入っているだけ。死んでる人は一人も居ないみたいだった。
「……」
ほっとして、座り込む。
そして、気づく。兵士も一人残らず寝ている。今なら、誰だって王宮に乗り込んでいける。
「……ビアンカちゃん」
ボクは立ち上がる。
少し足がもつれる。思うより、走れない。もどかしい。

階段を駆け上がって、屋外の王宮へ続く回廊を走り抜ける。
頭上は満天の星空。
夏なのに、吹き抜ける風がとても冷たかった。
何だかとても嫌な感じがする。
背中がぞわぞわする。
途中で見かける見張りの兵士も全員眠りこけてる。
王座の横を駆け抜け、階段を駆け上がる。
幅の広い廊下を走って、その突き当たり。
ドアを開けると、開け放たれたドアから風が吹き込んできて、カーテンがゆらりと動いた。
「……ビアンカちゃん?」
誰も居なかった。
見事なまでに、誰も。
眠ってる人すら、ここには居ない。
「ソル? マァル?」
子どもすら居ない。
部屋を横切って、ベランダに出てみた。
降りるようなはしごなんてないし、誰も隠れてなかった。
綺麗な星空が広がっているのが見える。

「他の部屋」
とりあえず、何をするにも声を出して認識しないと体が動かなかった。頭を二・三回、思いっきり横に振る。
「しっかりしろ!」
自分を叱りつけて、まだふらふらする足で他の部屋を見て回る。
本当に、誰一人として人が居ない。
キッチンに置かれていた水差しから、水を飲んで考える。

なにがあった?
何で国中の人が眠ってしまった?
ビアンカちゃんと子ども達はどこへ行ってしまった?

どんどん冷たいものが胸の奥に広がっていく。
嫌な予感。
嫌な想像。
ボクは意識して深呼吸を繰り返しながら、歩き出す。
ともかく、誰かを呼んでこよう。
サンチョでも、オジロンさまでもいい。
誰か。
相談の出来る人。
ピエール。爺ちゃん。
どうしたらいいんだろう?
ねえ、お父さん?

そんな事を考えながら階段に足をかけたときだった。
遠くで、赤ん坊の泣き声がした。
たった一度だったけど、力強い泣き声。
「……ソル……マァル」
泣き声は奥の部屋から聞こえた。
生きて、居る。
ボクは走る。
開け放ったままのドアから部屋に飛び込む。
どこだ?
ベッドには居なかった。
クローゼットをあける。バスタブをのぞきこむ。
そして、ボクとビアンカちゃんが使うベッドの下をのぞきこむ。
人が居た。
目が合うと、その人はベッドから転がり出てきた。
腕には、ソルとマァルを抱えている。
「ソル……マァル……」
ボクが茫然とつぶやくのを見て、その人は、いつも豪快に笑っていたおばさんが縮こまる。
「お……王さま! 申し訳ありません! 王妃様が……ビアンカ様が魔物どもにさらわれて! 私はふたりの赤ちゃんを抱いて身をかくすのが精一杯で王妃様までは……!」
縮こまり、泣き崩れる女の人に、ボクは手を伸ばす。
「いいから、顔を上げて。ソルとマァルを守ってくれてありがとう。ビアンカちゃんがそう言ったんでしょ?」
女の人は頷いた。
「だったら、あなたはきちんと言われた事をした。堂々としてればいい。大丈夫、ビアンカちゃんは強いから。きっと大丈夫だから。二人を守ってくれてありがとう」
ボクは女の人の腕の中の二人の頬をなでる。二人は静かに眠っていた。何も知らないで眠ってくれてる。ともかくほっとした。お母さんがさらわれた、その事を知らないで居てくれることが嬉しかった。
「大丈夫だからね。二人を寝かせてきてあげて」
言うと、女の人はうなずいて、小さなベッドのほうへ歩いていく。
「坊っちゃん!」
サンチョの声が後ろから聞こえた。振り返ると、ドアのところに肩で息をしながら立っている。
「城の中が妙に静まりかえっておかしな気がしたので来てみたのですが……まさかビアンカさまが……?」
サンチョは青い顔でボクを見た。
「魔物にさらわれたらしい」
ボクが短く答えると、さらに血の気が引いていく。
「なんということだ! これではまるで20年前のあの日と……。いえ、同じにさせてなるものですかっ! 坊っちゃん! 城の者たちをたたき起こすのです! そしてなんとしても王妃様を……ビアンカ様を!」
「わかってる、絶対助ける」
ボクは短く答えて頷くと、ベッドで眠っている二人の頬にキスをした。
「この子達は、ボクと同じ気分は知らなくていい」
ボクの答えに、サンチョは少し淋しそうな顔をして、そして大きく頷いた。
135■会議 (テス視点)
国中の兵士をたたき起こして、主要な人間だけが二階の会議室に集まった。
重苦しい空気に、場が支配される中、オジロン様が声を上げる。
「すると城の者たちが眠りこけた頃怪物どもがやってきたと申すのだな?」
部屋の隅に立っていた、女の人が頷く。
「はい。でもビアンカ様は逸早く邪悪な気配を感じられ……私に赤ちゃんを連れて隠れるようにと……」
女の人はまだ恐ろしさが消えないのだろう、青ざめた顔で震えながら答える。
「それにしても、この騒ぎに誰も気づかぬほど眠りこけていたとは妙ですね」
兵士長が腕組みをほどきながら、重い声で言った。
「何者かが祝賀の酒の中に眠り薬でも入れたのかも……」
その言葉に皆がはっとしたような顔をして、それから黙り込んだ。
お酒に薬が入っていたなら、ボクが最初に目を覚ましたのはわかる気がする。ボクはお酒に弱いのと、全員の話を聞くので忙しかったせいでほとんどお酒は飲まなかった。
「そういえば大臣の姿が見えんな。大臣はどうした? 誰か大臣の姿を見た者はおらぬか?」
オジロン様は、会議室を一通り見渡して首を傾げる。
中に居た人間は、全員首を横に振った。

誰も見てない、か。

もう少し気を配っておくんだったな、と後悔する。
「ふむ……いつもならここで大臣の助言を聞くところだが、いないものはしかたがないな。テス王……心中お察し申すぞ」
オジロン様が大きなため息と共にボクの手をそっと握った。
ボクは曖昧に頷く。
「とにかく一刻も早く王妃様を探し出すのじゃ! ではゆけっ!」
オジロン様は立ち上がると、凛とした態度で手をドアに向ける。
その声にしたがって、中に居た兵士達は一斉に外へ出て行った。
会議室に残ったのは、ボクとオジロン様、それとサンチョだけになった。
「せっかくテスが新しい国王になってくれたというに、こんな事になって……。わしはいったいどうしたらいいのか……」
オジロン様はさっきまでの態度を一変させて、オロオロとあちこち歩き回った。
「坊っちゃん! いえテス王! 王妃様はきっと見つかります! ええ見つかりますとも!」
サンチョは青い顔で、それでも言い切った。
ボクは頷いた。
「うん、見つけるよ」
ともかく、大臣が最近何をしていたか、まずはソレを知る事から始めよう。
そんな事を考えながら、ドアに向かう。
サンチョがその進路に立ちふさがった。
「坊っちゃん! ……まさかビアンカ様を探しにに行かれるおつもりでは?」
「ボクが行かなきゃ誰が行くんだよ」
「それはなりません! お気持ちは分かりますが、ここは兵士たちに任せて。……生まれたばかりのお子たちもいるのです。どうか……どうか……」
思わず左手を拳にして、壁を殴る。
少し壁がはがれて、パラパラと欠片が落ちていった。
少し手を傷つけて、血が滲んだけど気にならなかった。
「子どもが居るからこそ行くんだよ! お母さんが居ないのがどれだけ淋しいか、知ってるからボクは行くんだよ! まだそんなに遠くに行ってない筈なんだ、今行かなきゃ駄目なんだよ!」
ボクは言い返して、サンチョをにらむ。
サンチョも、ボクを見上げてにらんでいる。
しばらく、ボクらは無言でにらみ合った。
行かせたくないサンチョと、行かなきゃいけないボク。
主張は平行線のまま、交じり合う事はない。

「サンチョ、お願いだ。どいて」
無言に堪えられなくなって、ため息混じりにいったときだった。
急に会議室が明るくなって、部屋においてあったはずの天空の剣がその場に現れた。
光をまとって、とてもまぶしい。
「こ……これは……パパス様が求められた天空の剣!」
サンチョは驚いて目を見開きながら、現れた剣を見つめる。
「どういうことでしょう……この剣で……いやこの剣が城を守るというのでしょうか?」
「……」
ボクは答えられなくて、しばらく黙って剣を見つめた。
そのうち、すーっと剣は床の上に落ちる。
からん、という乾いた音がした。

「……ともかくこの剣は大事にお預かりしておきます」
しばらくうつむいて剣を見ていたサンチョが、小さな声で搾り出すように話し出す。
「どうか坊っちゃん……いえテス王! 無茶をなさいませんように……」
「……行かせてくれるの?」
「お留めしても行かれるのでしょう? なら、送り出させてください。そして……お願いですから、絶対に帰ってきてください」
「うん、必ず帰ってくる。ビアンカちゃんを連れて。すぐ帰ってくるから、少しの間、ソルとマァルをお願い」
「わかりました。お気をつけて」
「うん」
ボクはサンチョの顔を見ないようにしながら、横をすり抜ける。

とりあえず皆に声をかけて、すぐ出かけられるように準備をしてもらおう。
それから大臣の部屋にいって、何か手がかりがないか調べて……。
そんな事を考えながら、自分の部屋に向かう。
服を着替えて、旅装束を着る。
ベッドを見ると、二人は何事もなかったように静かに眠っていた。
「行ってくるね、すぐ帰るから、いい子で待ってて」
ボクは二人の額に口付けると、部屋を出る。

外に出ると、ドリスちゃんがいた。
「おう、テステス。大変な事になったな」
「ドリスちゃん……」
「なっさけない声上げるなよ。それにちゃん付けはやめろよな」
「だったらドリスちゃんもテステスなんて犬みたいにボクの事呼ぶのやめてよね。……で、何?」
ドリスちゃんはオジロン様の一人娘で、ボクの唯一のイトコになる。可愛い子なんだけど、言葉使いが物凄く悪い。ソレがオジロン様の悩みだった。
けど、とても優しくて、いい子だとボクは思う。
「いやな、信じなくってもいいんだけどさ。あたし、大臣の奴が北の方へ飛んでいったのを見たんだ」
「それ、本当?」
「こんな時に嘘言っても仕方ないだろ? ま、あの大臣前からどっかオカシイ感じだったしさ、言っておこうと思って」
「ありがとう、北のほうへ向かってみる。大好きだドリスちゃん」
いうと、ドリスちゃんは顔をばーっと赤くした。
「軽々しく好きだとか言うなよなー。そんな事はビアンカ様に言ってろよ。さっさと探しに行け、あたしはビアンカ様が心配であって、テステスはどうでもいいんだ」
ドリスちゃんはそういうと、「はっ」って鼻で笑って先に階段に向かって歩き出す。
「ありがとうドリスちゃん」
その背中に声をかけると、ドリスちゃんは右手をひらりと振ってそのまま振り返らないで階段を下りていった。

「さてと」
ボクも階段を駆け下りて、まずは皆の所へ向かった。

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