26■試練の洞窟
王になる為の試練。


125■試練の洞窟 1 (ピエール視点)
主殿が、この国の王子であること、そして次期国王になるということを聞かされたのが、去年の冬の事だった。
それから主殿は王になるための勉強をはじめ、我々は城の一角に住まわされる事になった。
春になったら、王になる証を試練の洞窟に取りに行くと聞かされていた。
気がつけば季節は巡って、もうすぐ夏になろうとしている。

本当は、雪深いこの国の、雪が溶ける春に出発する予定だった。
しかし、出発予定の寸前に主殿が一度過労で倒れ、それが回復したと思ったら、今度はビアンカ殿が風邪で体調を崩し、その回復を見てから出発、とばたばたしている間に、このようなことになったのだ。

去年の今頃は、まだ主殿は「結婚なんて早いよ」などと言っていた。しかし今やビアンカ殿の体には、主殿との新しい命が宿っている。
……人間は歳をとるのが早いとは聞いていたが、本当に目を見張るような変化である。
 
 
「でね、試練の洞窟はここ」
主殿は、我々が住まわせて貰っている城の一角にやってきて、先ほどから地図を使ってこれからの旅路を説明している。
「往復でも一週間くらいだって話。早く行って早く帰ってこよう」
「だよなー、帰ってきたら子どもが居た、なんて間抜けだもんなー!」
スラリンが主殿の周りを跳ねながらからかう。
「まあね、確かにそれはそうなんだけどね」
主殿は照れたように笑って、それから真面目な顔に戻った。
「どういう試練があるのかは聞かせて貰えなかったけど、まあここまで来た事を思えば、きっと大丈夫だと思う。明日の朝には出発するから、皆宜しく」
「久しぶりの旅だから楽しみじゃな」
「うん」

それにしても。
試練の洞窟へなぜわざわざ行かねばならないのだろうか、と思う。
先ほども主殿が言ったが、ここまで旅をしてこれた事で十分勇気や力があることは証明できていると思う。
知恵にしたって、これまでこの城で主殿が勉強していた様子を見れば、誰だって納得できる程度には主殿は賢いはずだ。
剣術の教師も、魔術の教師も、歴史の教師も、その他いろいろな事を主殿に教えた教師達は、皆、主殿のあまりのもの覚えのよさに驚いていたはずなのに。
「それにしても面倒くさい事するよなー、別にわざわざ証とかとってこなくても、テスはそこそこ出来るってわかってるはずなのに」
スラリンも不満そうに言うと、主殿を見上げた。
「うーん、まあ、しきたりって言われたらそれまでだよ。それで皆が納得するなら、楽だし。……まあ、思うところがないわけでもないんだけど、それは行く道で言うよ、ここで言うのも何だし」
主殿は笑っているのか困っているのか、曖昧な表情をして天井を見上げた。
「それより、長距離歩いたり、戦ったりするのが久しぶりだから、ちゃんと体が動くか、そっちのほうが心配」
「テスちょっと太ったもんな。まだ痩せてるほうだけど」
「だって出てきたもの食べないと、給仕の人が淋しそうな顔するんだもん。料理人はすっ飛んできて『お口に合いませんでしたか!?』とか悲壮な顔するし。少食なんだって言っても信用しないしさ」
主殿は苦い顔をしてため息をつく。
「ここでの暮らしは慣れませんか?」
「うーん、色々ボクにはもったいないかな? って気分はするよ。贅沢すぎて。でも贅沢に文句は言えないよ。かなり質素にして貰ったんだけど。皆のほうが大変なんじゃない?」
「我々は、モンスター爺さんにも来て頂きましたし、マーサ様が魔物と仲良くしていたという過去のおかげで、それといった苦労はしておりません」
「そっか。なら良かった」
主殿は笑うと立ち上がる。
「じゃ、明日の朝、城門に集合ね」

 
その日の天気はとても良く、空は美しい青色に晴れ上がっていた。
主殿は着慣れた旅装束に身を包み、我々と合流した。
ビアンカ殿も、入り口までは見送りに来てくれている。
「なんか、今にも破裂して子どもが出てきそうだ……」
スラリンがビアンカ殿を見て少し恐そうに後ずさる。
「あはははは、そんな事にはならないわよ。皆が帰ってくるまでは『ちょっと待ってなさい!』っていって止めとくから」
「……それこそ無理だよ」
笑いながら言うビアンカ殿の言葉に、主殿は目をそらしながらボソリとつぶやく。
「坊っちゃん、無理をせずに行ってきてくださいよ? ちゃんと戻ってきてくださいよ!?」
「ビアンカちゃんを置いてどっか行くわけないでしょう?」
「ちゃんとキメラの翼とか持ちましたか?」
「あのねサンチョ、ボクもうちゃんと大人だから。心配しないでいいからね?」
「坊っちゃん割とぼんやりしてるから……サンチョは心配です」
「……信用ないなあ」
主殿は困ったように笑ってから、大きくため息をついた。
「まあ、なるべく出来るだけ早く行って早く帰ってくるから。サンチョは心配しないでビアンカちゃんを見てあげててね。ビアンカちゃんはぜーったい無茶しない事」
「私も私で信用ないなあ」
ビアンカ殿は苦笑して、それから主殿の手を握った。
「気をつけて行ってきてね。無理だって思ったらすぐに帰ってくるのよ?」
「わかった」
そういうと、主殿とビアンカ殿はそっと抱きしめあう。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
我々は、ビアンカ殿とサンチョ殿に見送られて、洞窟があるという北東の方角に向けて歩き出した。
126■試練の洞窟 2 (テス視点)
洞窟は深い森の中でぽっかりと口をあけていた。
入り口のところに小さな小屋が建てられていて、そこで兵士が見張りをしているようだった。
「こんにちは」
声をかけると、兵士が軽くお辞儀をした。
「テス様、お疲れ様です! お話は伺っております。お気をつけて!」
「あ、どうも」
ボクは軽く頭を下げると、ピエールとゲレゲレ、そしてマーリン爺ちゃんと共に洞窟に入る。
一緒に来てくれたほかの皆には、いつもどおり馬車で待っててもらう事にした。
 
「うわー」
中に入ったボクらは、思わず感嘆の声をあげる。
綺麗な洞窟だった。
青緑の深い色をした石で作られた洞窟で、中はヒカリゴケでも生えているのか、うっすらと青白い光で満たされていた。
さらに同じ色の光の球体が、大小さまざまに浮かんでいる。
歩くと、その風に乗って光はふわふわと動いていく。
「ルラムーン草も綺麗だったけど、ここも物凄く綺麗だね。……ビアンカちゃんに見せたかったな」
「また来られますよ」
「うん」
ピエールの言葉にボクは頷くと、皆でまとまって奥に向かって歩き始める。一本道で、細い廊下がしばらく続いているみたいだった。
「それにしても、なぜおとなしく証を取りに来たのですか?」
「まあ、なるべく騒ぎは小さいほうがいいじゃない? ボクが帰っただけでも本当は大騒ぎなんだろうけど」
「そういえば、今のところまだ一部の者しかテスの事を知らぬようじゃの」
「まあねえ、ボクが帰ってきたら困る人も居るって事だよ。だからなるべく、本当に王になるまで黙っておきたいんだ」
「そんな事が!?」
「どこにでも、今の地位を守りたい人は居るよ。もしくは、もっと上に行きたい人とかね」
「一体誰が?」
「……大臣だよ。オジロン様はさ、お人よしって言うか、自分でどうこう意見を言ったり、決断をするのが嫌な人みたいでね。大臣に助言を頼むわけ。つまり、大臣は思うとおりにコレまでこの国を動かしてきたんだ。でも、例えばソレでおかしなことになっても、その時は王の首が落ちるだけだよね? これほどおいしい役職はないでしょ? ところが、ボクが王になったら自動的にオジロン様は大臣に下がって、大臣はもう一つ下に下がるよね? それって嫌でしょ? 大臣にしてみれば。そういうことだよ」
「お前さん、それを知ってて大臣の言いなりでここまで来たのか!?」
マーリン爺ちゃんが呆れたような顔をする。
「あの人、『そこそこ新しいほうも言いなりに出来る』ってわかったら、おとなしくしてるんじゃないかな? とか思ったんだよ。ああいう人はさ、それなりに使い方さえ間違わなきゃ便利だし」
「主殿……」
「お前さん逞しくなったなあ」
ゲレゲレが呆れたように鳴いて、ピエールや爺ちゃんも何だか遠い目をしたような気がしたけど、気づかない振りをした。
「お城って恐いねえ、ホント」
 

そんな話をしているうちに、やがて大きな半円形の部屋に出た。
部屋の真ん中には大きな石版が埋め込まれていて、何かが書き付けてある。
半円を描く壁には、等間隔で青い金属製の、彫刻の美しい扉が4枚ついていた。
ボクらは石版に近寄る。
 
『王たるべき者、決して争いを許すべからず。
 互いに背を向けるものあらば
 王自ら出向きて正しく向かい合わせるべし。

 全ては紋章の導くままに……』
 
ボクは声を上げて石版を読み上げる。
「……だって。何だろう? 王様って争いを収めに行くの?」
「人間界の王がどういう仕事をするかは、お前さんのほうが良くしっとるじゃろう?」
「そういう話は聞いてないなあ。……まあ、紋章の導くままにって言うんだから、思い通りやれって事かな?」
そう言いながら、ボクは石版の裏側に回ってみる。石版の裏側はのっぺりとしていて、何もかかれていなかった。
「石自体は随分古いものみたいだから、書かれている言葉はずっと昔から同じだったんだろうね。……お父さんもコレ読んだのかな?」
その言葉を聞いて、ゲレゲレは少し小さく鳴いたあと、ボクの腕に鼻先を寄せてきた。ボクはその頭をなでながら、首を傾げてあたりを見回してみた。
良く見ると、扉の前の床には小さな正方形の窪みがあって、一箇所だけに紋章の入った石版が埋められていた。
「……なるほどね、『全ては紋章の導くままに』ね。……皆行こう、多分この部屋だから」
 
 

扇形の小さな部屋だった。
部屋の中央近くには、お互いに別のほうを見た二匹の鷲の石像が置かれていた。
「ああ、なるほど『自ら出向きて正しく向かい合わせるべし』ね。割とあからさまなヒントだね。単純」
ボクは笑うと、石像をお互いに向き合うように動かし始める。
何か仕掛けでもあるのか、随分重くゆっくりとした動きで石像が動く。
「こちらのをまわしましょうか?」
ピエールが向かい側で声をかけてくれたけど、「王自ら」って書いてあったから、自分でまわす事にした。

向かい合わせてみたけれど、何も変わらなかった。
 
「?」
仕方がないから、外に出てみると、入るときには扉の前に埋め込まれていた紋章がなくなっていた。
その代わり、別の位置に紋章が移動している。
「どうやら、同じ事の繰り返しかな? 四部屋あるから、四回?」
「……結構重労働ですね」
「疲れたら休めよ? それじゃなくても春に一回倒れておるんじゃからな?」
「わかってるよ」
ボクは笑って答えると、再び全員で新しく紋章が移動した部屋に入った。やっぱり、中は同じつくりになっていて、同じように違う方向を向いた鷲の像が二体おかれていた。
ゆっくりと向かい合わせるように動かすと、遠くのほうで低く「ごとん」と何かが動くような音がした。
「今、何か音がしたね?」
尋ねると、皆が頷く。
「行ってみよう」

部屋の外に出てみると、景色が変わっていた。
半円形の部屋ではなく、真っ直ぐの廊下が伸びていた。
「正解だったみたいだね」
「四回もさせないあたりに、昔の王達の賢さを垣間見ますね」
「じゃな、正解かまぐれかは、今の回数でわかるもんじゃしな」
ボクらはお互いに顔を見合わせ、大きく頷きあってからその廊下を進んだ。
127■試練の洞窟 3 (テス視点)
地下一階も、上と同じように青緑の綺麗な石の壁になっていた。周りには相変わらず、青白い光が浮かんでいる。
造り自体は複雑ではない。ほとんど一本道って言ってもいいような単純なつくりになっている。
所々、太い木の根が壁を突き破って伸びている。
木の生命力の凄まじさ。
同時に、この洞窟がそれだけ長い時間ここに存在している事の証明のようにも思えた。

しばらく進むと、床が土になった左右に伸びる細い通路に出た。
コレまでは、床も壁と同じ材質で造られていて、継ぎ目のないような印象だった分、少し異質な感じがした。
しかも土になった通路はコレまでの床よりも随分下にあって(ボクの身長分くらい下)そこに降りていけるように、通路の両側は階段のように段差がついている。
「何か、仕掛けでもあるのかの? ここだけ床が違うのは明らかにおかしいの?」
マーリン爺ちゃんの言葉にボクらは頷きながら、ゆっくりと慎重に階段を下る。土の床は予想より随分しっかりしていた。
通路の右手側には頑丈そうな扉がついていて、その手前にはまた、紋章の入った石版が少し床より出っ張るように取り付けられていた。
その紋章よりボクらに近いところに、大きな岩が転がっている。
「なぜあんなところに岩が?」
「うーん、ソレよりボクはあっちが気になる」
扉と反対側、ボクらの左手側の床に、土の通路の左右いっぱいに広がる大きな穴が開いていた。
「何のための穴なんだろう? この通路、思ってるより頑丈じゃないのかも?」
ボクは首をかしげて、肩をすくめる。
「また何かカラクリがあるんじゃろうな。お前さんの先祖は随分カラクリ好きのようじゃ」
「そうみたいだね、つまり今一番怪しいのは、やっぱりあの紋章かな?」
ボクらは顔を見合わせたあと、ゆっくりと扉の前に並んだ。
「踏むよ?」
「どうぞ」
ボクは扉の前の紋章を踏んだ。カチリと音がする。やっぱりスイッチだったみたいで、扉がすーっと開いた。
 
扉が開いて、その向こうにあったものが一気にボクらに押し寄せる。
 
「!!!」
「え! ちょっと待って!!」
「は!?」
「!?」
ボクらは口々に悲鳴を上げた。
扉の向こうにあったもの。それは大量の水だった。
一瞬のうちに水に足元をすくわれ、そのままバランスを崩して倒れる。あとはどんどん水に押し流され、なすすべなく通路を凄い勢いで進み、そのまま口をあけていた穴に落ちた。
幸か不幸か、水と一緒に落ちたおかげで、どこも怪我をしなかった。
落ちた先は小さな部屋で、水はどこかに排水する装置でもあるのか、すぐに部屋から引いていった。
ボクは何だかとても可笑しい気分になって、思い切り笑う。
しばらく声を立てて笑い続けた。ともかく、何だかとても楽しい。あとからあとから、笑いがこみ上げる。
笑い続けて、漸く落ち着いてから皆を見渡して「……いやあ、吃驚したね」って言って、また笑った。
「吃驚したね、じゃないじゃろう。大体笑いすぎじゃ」
マーリンがぜいぜいと肩で息をしながらつぶやく。向こうのほうでゲレゲレが体を震わせて水を飛ばす。ピエールはスライムにまたがりなおした。
「でも、コレでよくわかった。この洞窟は魔物が出なかったって話しだったし、力を試す洞窟じゃないんだね。いろんな仕掛けがあって、ソレを乗り越えるだけの知恵があるか試すんだ。一階ではヒントがあったけど、今度はノーヒントだね。受けて立とうじゃない?」
ボクは立ち上がって天井を見上げてにやりと笑う。
「こういうの、ボク凄く好きかもしれない」
 
 
部屋の隅に階段があって、元の階に戻れるようになっていた。戻った先には、さっき流されて落ちた土の通路が左右に延びている。一階から降りたときとは逆側にいるみたいだ。
ご丁寧にも、あの扉はまた閉まっている。さっきの水は、どこかに排水されていったみたいだったから、もしかしたらまた、あの扉の向こうに戻っているかもしれない。
「あの岩、さっきの水では流されなかったみたいだね。……水が流れてきたら体勢を変えられないから、先に岩を流される場所に動かしておけばいいのかな? まあ、今度も水が流れてくるのを前提に話してるけど」
「……流れてくると思っているのでしょう?」
「流れてくると思うよ? そうじゃなきゃ仕掛けの意味がない」
ボクは笑うと、岩に近寄る。全身の力をこめて押すと、何とか動く。……岩を押すなんて事をまたすることになるとは思わなかった。少し気分が重くなる。
「どうされましたか? 主殿?」
「……ううん、なんでもない。……この辺でいいかな?」
ボクは何とかピエールに笑い返して、岩を紋章の延長線上に置いた。それにしても、ピエールは人の気持ちの変化に物凄く敏感だ。

「じゃあ、踏むよ?」
「準備出来てます」
皆が岩の前に立ってボクを待ち構えてくれているのを確認してから、ボクはスイッチを踏んだ。
カチリと音がして、扉が開く。やっぱり水は物凄い勢いでボクに押し寄せてきた。そして、再び何も出来ずボクは水に押し流される。どんどん岩に迫っていくのはかなり恐かった。
でも、皆岩にしがみつきながら、ボクがこれ以上流れていかないようにちゃんと受け止めてくれた。
しばらく、全員で身を寄せながら水が引いていくのを待った。
(水の勢いでほとんど岩に押し付けられていたっていうほうが本当は正しいかもしれない)
やがて水は全部なくなって、ボクらはゆっくりと歩いて扉の向こうに行くことが出来た。

扉の向こうは狭い部屋で、上り階段の向こうにまた扉がある。
その扉を開けると、下りの階段があった。
「……まだ続くんだ。今度はどんな仕掛けかな?」
「面白い事は面白いが、少々ワシは疲れたよ」
「じゃあ、ちょっと休もう。先はまだ長いかも知れない」
ボクらは下り階段の前で、しばらく休憩することにした。
128■試練の洞窟 4 (ピエール視点)
階段を下りた先は、小さな小部屋になっていた。
階段の両脇に、これまでと同様に紋章の入った小さな石版が床に埋め込まれている。多分、スイッチになっていて、何かの仕掛けが動くのだろう。
「狭いね」
主殿はあたりを見渡してから、ボソリという。
「全然どうなるのか想像つかない」

我々は、何かないものかとしばらく辺りを調べてみたが、結局何も見つける事が出来なかった。
扉もなければ、壁に継ぎ目もない。
「スイッチ、踏んでみる?」
主殿は足元の紋章をまじまじと見つめた。
「今度も水ってことはないとおもうけど」
「もうああいうのは、勘弁してほしいの」
マーリンが肩をすくめる。確かに、あれは少し参った。
「じゃあ、踏むよ?」
主殿は辺りを見て、何もないことをもう一度確認してから、片方のスイッチを踏む。
一瞬、足元が揺れた様な気がした。その後、ゴウンという低い音がして、細かな振動が続く。
「うわ、今度は何だろう? かなり大掛かり?」
主殿は少し不安そうな瞳で、あちこちを確認する。
やがて、大きな振動が一度。ソレが始まりだった。
右手側の壁がゆっくりと動き出す。
何も継ぎ目などなかったはずなのに、壁がスライドして隠されていた通路が我々の目の前に現れる。
「……どんな技術なんだろう?」
主殿は首をかしげ、それから壁をじっと見つめた。
「ともかく、行ってみよう」

通路は二人ほどが並んで歩ける程度の広さで、しばらく真っ直ぐ続いていた。しかし、最終的には行き止まりになっていて、何も見つける事は出来なかった。
「はずれを踏んだかな?」
主殿は首をかしげて苦笑する。
「そのようですね」
私が答えると、主殿は肩をすくめて、それから元来た道を戻り始めた。

もう一方のスイッチも、やはり同じ働きをした。
今度は先ほどとは向かい側にあたる壁がスライドして、やはり同じような一本道の長い通路が現れる。
「今度は当たりだといいね」
「当たりじゃなけりゃ、困るじゃろ。他の道はなかったんじゃから」
「うーん、途中で何回か失敗してるから。資格を剥奪されてないことを祈るよ」
主殿はそんな事をいいながら、通路に向かって歩き始める。
我々も慌ててその後に続く。

通路の突き当りには、下に降りる階段があった。
「よかった、とりあえずチャレンジ続行」
主殿はそういうと、我々に向き直る。
「ねえ、ボクってさ、王様に向いてると思う?」

唐突な質問に、我々はしばらく言葉を失った。
「なぜそんな事を聞く?」
我に返ったのは、マーリンが一番早かった。
「うん、ずっと考えてたんだ。……ずっと不安だったっていうか」
主殿はしばらく言葉を捜すように、天井を見上げていて、やがて
「勉強はしたよ。マナーだってとりあえず叩き込んだ。けど、付け焼刃だからきっとボロがでるし、そもそもここに来たのだって、大臣に信用されてないからだよね」
そこで、一度言葉を切る。
「なるからには、ちゃんとやりたいとは思ってるけど、そのうちまたお母さんと勇者様を探す旅に出るんだし、そういうの前提で王様になっていいのかな? って思うんだ。それに……」
「それに?」
「王様の器って、やっぱりお父さんみたいな人にあると思うんだ。今でも国の人にお父さんが好かれて尊敬されてるのは、きっとそういうことだと思う。皆は……ゲレゲレ以外はお父さんを知らないから、あんまりわからないかもしれないけど、ボクは……あの人のレベルにはまだ遠く及んでないって言うか……」
主殿が喋るたび、少しずつ暗い気分になっていってるのがわかる。

偉大すぎる父。

その方が、どのような方だったのかはわからない。
しかし、主殿に大きな影響を与えているのはわかる。

それは、尊敬の念であり、

重荷でもある。


「お前さんは、王に向いてるとおもうぞ」
マーリンが沈黙を破るように静かな声で言った。
「確かにマナーは悪いかもしれん。だがお前さんは良く回る頭と、度胸がある。大臣には信用されてないかもしれんが、それ以上にお前さんを信用してくれている人が居る。嬢ちゃんも居る。それに」
マーリンは手を伸ばして、主殿の手をそっと握った。
「わしらは、ずっとお前さんについてきた。国という形はないが、もうずっと、お前さんはわしらの王じゃったよ。お前さんはわしらのために命をかけてくれた。わしらも、お前さんのために命をかけた。お前さんが今からなろうとしている、王様というのは、国と国民のために命を懸けて、そのかわり国と国民からいのちを守られるんじゃ」
「……」
「同じじゃろ? 国は、支配するものと、支配されるもの、二人が居れば成り立つ。わしらは支配という言葉とは縁遠く、信頼という言葉で結びついていたが、やる事は同じじゃ」
「ああ、うん……そうか」
「だから胸を張れ。わしはお前さんの父親は知らないが、きっとお前さんは同じようになっていると思う」
主殿は少し照れくさそうに笑った。
「だと、いいけど」

「さあ、迷いはもうなくなったか?」
「うん」
「では、進め」
マーリンは、下りの階段を指差す。
主殿は頷くと、その階段を下る。我々もその後に続いた。
129■試練の洞窟 5 (ゲレゲレ視点)
階段をさらに下りると、コレまでとは随分雰囲気の違う場所に出た。
柱がたくさん立っていて、遠くのほうには祭壇のようなものも見える。ここの階にも、太い木の根がやってきている。よくもまあ、洞窟が壊れないものだと思った。
柱は通路に沿うようにびっしりと並べられている。細身のテスでも通り抜けるのは少し難しそうだ。……つまり、柱の隙間を通り抜けて先に進むことは出来ないようになっている。
柱と柱の間には、人間が二人くらいなら並んで歩けるほどの通路が延びている。
しかし、その入り口には一階で見たような、大きな鳥の彫像が置かれていて、しかもその台座はちょうど通路の広さとほとんど同じになっていて、通り抜けられないようになっていた。

「まいったね、また何か仕掛けがあるんだ」
さすがに、面白がっていたテスもここまで続くとうんざりするらしい。少し顔をしかめて、鳥をにらむように見上げる。
「動くのでしょうかね? 何も継ぎ目はないように見えますが」
ピエールは台座の下の床を見て首を傾げる。俺も見てみたが、確かに床には動きそうな継ぎ目や、動かせそうな仕掛けはないように見えた。
「うん、でも、さっきも継ぎ目なんて見えない場所からいきなり壁が動いたからね、きっと動くんだよ。例えば、このスイッチとかで」
テスが指差したのは、俺とピエールが見ている彫像のちょうど正面の床にある、またも紋章の刻まれた正方形の石だった。二つ、左右に並んでいる。
「ご丁寧にも、動く余地のある場所にあるな」
マーリンは、少し離れた場所にあるスイッチを見て苦笑する。
「とりあえず、他にもスイッチがないか、見てみてからにしようか。……向こうにも似たような像があるのが見えるし」
テスが指差したのは、通路の奥側だ。確かに、通路をふさぐように同じような彫像がある。そして、その向こう側には赤い絨毯が敷かれていて、さらにおくに進めるようになっているのが見えた。

この階をぐるりと回ってみた結果、大まかに言って三つのルートに分かれている事がわかった。
先ほどまでいたのは中央の道。手前と奥がそれぞれ像で封鎖されている通路があって、その先には祭壇がある。
その左右には、それぞれ奥側の像より少し進んだ場所くらいで行き止まりになる通路があって、やはりスイッチが二個並んでいる。左側のスイッチは左右に、右側のスイッチは前後に、それぞれ並んでいた。今は右側の奥に居る。
「このスイッチも関係あるんだろうね、奥側の像がちゃんと見えるようになってる」
テスが言うように、確かに柱と柱の隙間から、像が見えるようになっていた。
「このスイッチで、多分像が動いて、通路を通れるようにしてから渡りなさい、ってことなんだろうね」
テスはそういってため息をつく。
「……城の構造といい、ここのつくりといい、もしかしてウチの国は大工仕事が好きなのかな?」
「軍事に力を注いで周辺に恐怖を抱かせるより、多少はマシじゃなかろうかの?」
「……かもね」
テスはマーリンとそんな事を話しながら、「とりあえず」といってスイッチを踏んだ。

低い音と共に、鳥の像が奥側に動いた。
「あ、動いたよ」
テスはそういうと、もう一方のスイッチを踏む。すると、鳥の像は前に動き、元あった場所に戻った。
「ああ、なるほど、前後に対応してるわけだ」
そういうと、テスはもう一度、奥側のスイッチを踏んだ。
「コレで、あっちの左右のスイッチのどっちかを踏んだら、奥側は通れるようになる、と。真ん中の道は、あのまん前にあったスイッチを踏めばいいわけだね」
テスはそういうと、さっさと元来た道を戻り始める。
俺たちも後からついていく。

ちょうど真ん中の道に戻ってきた。
テスは右側のスイッチを踏んで、像を右側に動かした。ふさがれていた通路が見通せるようになった。
「あとは、左の通路で奥の像を右か左に動かすだけだね」
「ええ、意外とあっさり進みましたね」
テスとピエール、マーリンはほっとしたように話し合う。
「?」
俺はふと、さっき下ってきた階段を見上げた。何もなかった。
「どうしたの? ゲレゲレ?」
それに気づいたらしいテスが俺のほうを見て、首をかしげた。
「……」
こういうとき、すぐにテスと話が出来ないのがもどかしい。ピエールたちのように、人間の言葉が喋れる口をしていたら、と本当に思う。
『なんでもない』
結局、ピエールに話を伝えて貰う。
気のせいだったのだろう。何か、視線を感じたような気がしたのだが。
「じゃあ、あとちょっとだし頑張ろう!」
テスの言葉を合図に、俺たちは残る左側の通路のスイッチを目指した。
130■試練の洞窟 6 (ゲレゲレ視点)
左の通路の奥にあったスイッチをいじると、やはり通路の奥をふさいでいた石像が動いて、中央の通路を通り抜けられるようになった。俺たちはテスを先頭に、ゆっくりと、しかし堂々とした足取りで奥にある祭壇を目指す。
両脇を柱で囲まれた通路を進み、動かした石像の横を通ると、そこからは床に赤い絨毯が敷かれていた。随分古いもので、ホコリが積もっている。しかし、そもそもモノが良かったのだろう、毛足の長い絨毯はまだしっかりしていて、多少踏んだくらいでは破れたりはしなかった。
絨毯は真っ直ぐ奥の祭壇に向かって敷かれていて、その両脇には立派な燭台が並んでいた。今は炎が入れられていないが、本来ならば炎が入れられ、この祭壇は明るいのかもしれないと思った。
「何か、立派だね」
テスは少し不安な声を上げながら、ゆっくりと祭壇に続く階段を上っていく。
俺たちはソレを見上げるようにしながら、階段の下で待った。
なんとなく、この階段は上ってはいけない気がした。

「あ、コレかな?」
テスがそんな声をあげながら、祭壇の真ん中から何かを拾い上げたのが見えた。
「ああ、ちゃんと鳥の紋章が入ってるね、ウチの国の」
階段を下りながら、テスは拾い上げたものの表や裏をまじまじと見つめている。
「『ウチの国』か。もう随分王様気分か?」
マーリンがそんな事を言いながら笑った。
「『よその国』って程親密な気分は希薄ではないし、でも、『ボクの国』っていうほどまだ厚かましくないよ」
テスはそういって笑うと、持ってきたものをオレたちに見せてくれた。
「随分重々しい……歴史を感じさせるものですね」
ピエールが言うとおり、テスが持ってきたものは小さいながらも重々しい光を放つなかなか立派なものだった。
「コレ一つで王様か。……なんだかなあ、ピンとこないね」
「コレはあくまで印であって、本当の実感はこれから来るんじゃよ」
「だろうね」
テスは少し苦笑いすると、手に入れた紋章を布でしっかりとくるんでから道具入れにしまいこんだ。
「さて、じゃあ、気をつけて急いで帰ろう。ビアンカちゃんが待ってる」

 
通路を半分来たところで、何か慣れないニオイがした。
生き物のニオイ。……知らない人間のニオイだ。
少し低くうなり声を上げて、先を歩くテスに知らせる。
「何? どうしたの?」
「何かが居るみたいですよ」
ピエールが通訳しながら剣を引き抜く。
「見えないけど……。匂い?」
「そのようです」
「ありがとう、ゲレゲレ」
テスも言いながら剣を抜いた。カジノ道楽で手に入れてきた割には、切れ味の良いあの剣だ。
「気をつけて進もう」
 
 
通路を通り抜け、広い場所に出た。
真正面には下りてきた階段。そこに二人組みの人間が居た。
片方はがっしりした覆面、もう片方はその子分といったところか。あまり強そうには見えなかった。
「おーっと、待ちな!」
がっしりしたほうが野太い声を上げる。テスは相手を見ながら、向こうにはわからない程度の小さなため息をついて立ち止まる。
「悪いが王家の証を持っていかせるわけにはいかねえな!」
がっしりした覆面は、そこでばっと右手をこちらに向けて一瞬動きを止めた。どうやら決めポーズらしかった。
「……」
テスはどうしていいか考えているらしく、リアクションしなかった。心底呆れた顔で向こうを見ている。
ソレがどうやら向こうには驚いて声も出ないように見えたらしく(半分は正解だ)さらに気を良くして胸を張った。
今度は子分みたいなほうが半歩前に出て、
「テスさんが王になるのを嫌がる人もいるってことよ」
と、品の悪い声で言ってから笑った。
「……」
テスは「あそう」とでも言いたそうな顔をして、少し視線を相手からそらした。本気でどうしたものか困っている。
『代わりに噛み付いてやるか?』
俺がピエールに聞くと、ピエールは力なく首を左右に振った。
「とりあえず、主殿に任せましょう」
小声でやり取りしている間に、あっちは進展があったらしい。がっしりしたほうが、右手の人差し指を口元に持っていって、「しー!!」とかやっている。
「余計な事を言うな! お前なんて事するんだ!」
そんな事を言って子分を殴っている。
「……どうしたもんかなー」
テスがついに小声でぼやいた。
「ともかく!」
がっしりしたほうが気を取り直したのか、再びこっちをみてびしぃ!と人差し指を突きつけた。
「そいつは返してもらうぜ!!!」
「……嫌です」
テスは随分さわやかな笑顔で言った後、しっかりと剣を構えて見せた。
『噛んでもいいのか』
俺がピエール越しにテスに聞くと、テスはため息混じりに「死なない程度にね」とだけ言った。
 
 
あっけなく戦いは終わった。
「……どうも見くびられてるのかな? ボクってそんなに弱そう?」
テスはひっ捕まえて縄で縛り付けた男達を見て、大きくため息をつく。
「まあ、黙って立っていればそんなに使い手には見えないですね」
ピエールは剣をしまいながら答えた。
「うーん、コレでも冬と春はお城で剣術習ってたから、知ってるべきだよね。それだけ城の中で起こってることに興味がないってことだよね。……地位を守る前にやるべきことあるよねー?」
「い、言っとくけどオレたちは誰に雇われたかなんていわないからな!」
がっしりしたほうは、テスたちの話を聞いて居るのか居ないのか、そんな事を悲鳴混じりに叫ぶ。
「いや、別に言って貰わなくてもわかるし。大臣でしょ?」
「何でわかるんだー!」
「あ、やっぱり当たりだって」
「貴様オレたちをはめたな!」
「お前さんたちが馬鹿なだけじゃ」
「何か、面白いねこの人たち」
テスと爺さんは捕まえた奴らをしばらくからかった後
「じゃあ、帰ろうか。この人たちどうしよう? ここに置いて行ったらここが穢れるし、かといって国に連れて行くのも面倒だから、入り口の兵士さんに預けていこうか。ボクが王様になったら最初にする仕事はこの人たちの裁判の傍聴かな?」
「よかったの、お前さんたち即刻死刑じゃなさそうじゃぞ」
「……主殿もマーリンも、いじめるのはその辺に……」
ピエールが目を伏せながらつぶやくようにたしなめた。
 
 
結局捕まえた奴らは、予定通り入り口に居た兵士達に預ける事になった。最後まで奴らは口々に何か言っていたが、悲鳴じみていてほとんど聞き取れなかった。
「じゃあ、帰ろうか。ルーラで行こう。早くビアンカちゃんにあいたい」
テスがそういうから、俺たちはルーラでグランバニアの城に戻った。コレでテスは王様になるらしい。
……何だかよくわからない話だと思う。

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