24■山を越えて
山を越えて、まだ見ぬ故郷へ。


115■グランバニアへ 1 (ピエール視点)
チゾットはずれにある大きなつり橋を渡るとき、馬車から初めてグランバニアを見た。
大きな石造りの建物が悠然とたたずんでいた。
「あそこが、目的地だよ」
主殿がそういって、指をさす。
「さあ、行こうか」
 
つり橋を渡りきったところに、洞窟の入り口があった。
ここからどんどん下っていくと、やがてグランバニアの近くの森の中に出る事が出来るそうだ。
洞窟の中は、少し乾いた空気に満たされていた。
チゾットには雪が積もっていて(これは年中解ける事はないのだそうだ)寒かったのだが、洞窟の中は少し暖かい。
主殿が、出掛けにもらったコンパスを見ている。
「すごい、コレ便利だ」
そう言って、主殿はコンパスを我々に見せてくれた。そこには、洞窟の名前と、今居る場所が何階なのか示されている。
「えええ!? 11階!?」
ビアンカ殿が表示を見て愕然としたような声を挙げた。
「あの山道、そんなに大変だったかしら?」
「大変だから倒れたんでしょ?」
「うう……まあ、そうなんだけど……ともかく、今度は下りばっかりで楽だと良いわね」
主殿は不審そうな顔をビアンカ殿に向けてから、コンパスをしまう。
「のんびり行こう」
主殿はそう言うと、ゆっくりと歩き始めた。
 
入り口に入ってすぐのところに、階段があった。
馬車で下るのはかなり大変だったが、馬車に乗せてあった板を渡してなんとか降りる事に成功する。
次の階段までの道のりも、また一本道になっていた。
「やっぱり、グランバニアへ行くための洞窟だから、つくりは簡単になってるのかしら?」
ビアンカ殿は階段を跳ねる様に下りながら、そんな事を言う。「うーん、どうだろう? あんまり単純すぎて何だか不安だよ」
主殿がそういうと、ビアンカ殿は「滝の洞窟でも同じ事言ってたよね、テスは心配性だわ」といって笑っていた。

二度目の階段を下ると、少し広い場所に出た。
階段の周りを囲むように、他の地面とは違って緑の石が敷き詰めてある。そしてその石に、大きな紋章が刻まれていた。

鳥だった。
大きく羽を広げた尾の長い鳥の紋章が、床に大きく刻まれている。
「……」
主殿は、その紋章を見てしばらく呆けたように立ち尽くす。
「この紋章、凄いわね。あれってグランバニアのものかしら?」
ビアンカ殿は紋章を踏まないように、注意深く歩きながらまじまじと床を見つめる。

見覚えのある、紋章だ。
主殿の、父親が遺した手紙に。
主殿の、父親の形見としてゲレゲレが護っていた剣に。
刻まれていた物と、同じ。

「ビアンカちゃん」
主殿はいまだ床を見つめているビアンカ殿に声をかけ、それから紋章の入った剣を見せた。
「あ、同じ紋章だね。これどうしたの?」
「お父さんが使ってた……」
主殿は掠れたような声で、小さく言うと床を見つめる。
「そっか」
ビアンカ殿はそういうと、主殿を短い間だが、力いっぱい抱きしめた。
「ほらね? グランバニアは絶対テスの故郷よ?」
ニコニコ笑って、ビアンカ殿は嬉しそうだ。
「……何か出来すぎだよ、兵士で同じ名前とか、やっぱりそういうオチだと思うなあ」
「まだ疑うの? 絶対王様だったんだよ!」
「王子様?」
主殿が自分のことを指差しながら不満そうに口をゆがめる。
「王子様! 少なくとも、私にとってはずっとそうだよ? だってちゃんと大人になって迎えに来てくれたもん!」
言われて、主殿は顔を耳まで赤くして座り込んでしまう。
言ったほうのビアンカ殿も、「きゃー! 恥ずかしい!」と頬に手を当てて照れ隠しなのか飛び跳ねている。
「……何でそんなにハイテンションなんだよ」
スラリンがビアンカを見上げて苦笑する。
「何かね、楽しくて仕方ないの」
ビアンカ殿はそう答えて、座り込んでいる主殿の腕を引っ張る。
「さ、行きましょう? 一刻も早くグランバニアが見たいわ」

 
しばらく歩いていくと、疲れたのか座って休憩している商人が居た。
「大丈夫ですか?」
主殿が声をかけると、商人は顔を上げて
「いやはや、えらい目にあいました。あなたこれ以上先に進まないほうがいいですよ」
などとため息混じりに言う。
しかしその後商人の言葉は続かず、ただ肩をすくめて見せただけだった。

「あんなに言うなら、どういう目にあったのか教えてくれてもいいのにね」
商人の前を通り過ぎ、細い一本道を少し行った所で、ビアンカ殿は口を尖らせる。
「そうだね、でも、とりあえず気をつけて歩いてれば大丈夫だよ。……何か少し明るくなってきたから、多分一度外に出る事になるんだと思うけど」
主殿が進行方向を指差して言う。
確かに、言うように少しずつ先は明るくなってきていた。
少し新鮮な空気を吸うことが出来るかもしれない。

と。
先頭を歩いていた主殿が、急に立ち止まった。
「うわ!! 皆ストップストップ!!」
主殿が大きな声をあげる。
すぐ後ろを歩いていたビアンカ殿が、急に立ち止まった主殿にうっかりぶつかり、鼻を打ったと不機嫌そうな声で言った。
「どうしたのよ? 何で急に立ち止まるの?」
主殿が無言で座る。
視界が開けて、ビアンカ殿や私は主殿が見ていた風景を見た。

この道の先は、切り立った崖にぽっかりと開いた出口だったらしい。
下に床が見える。落ちて死ぬ高さではないが、何も知らずに落ちたら、ひどい目に遭うのは間違いない。
その分、飛び降りろといわれたら、足のすくむ高さだった。
「どうしよう? 一本道だったから進むしかないんだけど」
主殿は震えた声で言う。
「と、飛び降りるの? ちょっとそれは……」
ビアンカ殿の声がこわばっている。

しばらく、皆無言だった。

「ふぉふぉふぉ、おじさんにまかせなさい」
突然キングスはそういうと8匹全員次々と下の床に向かって落下していった。
主殿とビアンカ殿、そして私は慌てて下を見る。
床で一度べちゃりと崩れた彼らは、やがて元のスライムの形に戻り、そして合体してキングスに……本来のキングスライムの形に戻った。
そして見る見る間にキングスは膨れ上がり、その体はやがて我々の足元近くまで達した。
「うわ、凄いキングス! ありがとう!」

こうして何とか無事に、我々は下にあった床に無事たどり着く事が出来たのである。
116■グランバニアへ 2 (ビアンカ視点)
キングスの体を借りて降りた場所には、また洞窟に戻る入り口が、切り立った崖にぽっかりと口を開けていた。
さっきの商人さんは、多分明るい外の光に喜んで走って、そのままここに落ちちゃったんだろう。そう考えるとちょっと気の毒だ。
「皆無事だったね?」
テスは全員に怪我がないか確認してから、再び洞窟を覗き込む。
「うん、まだまだ続いてるね。もうちょっと広い場所に出たら一回休憩しよう」
そういうと私の顔を覗き込んで、額に手を当てた。
「よし、大丈夫」
「ちょっと、熱なんてないわよ? 心配性なんだから!」
「ビアンカちゃんの大丈夫は信用できない」
じとーっとした目で私を見た後、テスは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。そして「気分が悪かったら早く言うこと」って言ってから先に洞窟に入っていった。

……。
本当に信用なくしちゃったなあ。

私は内心ため息をついて、テスの後ろに続いた。

次の階も一本道だった。
そして出口は一つ。今度もやっぱり崖の上にぽつんとある出口になっていて、少し低い場所に棚になったような場所と、そこから洞窟に戻れる入り口があるのが見えた。
「今度もよろしくね、キングス」
私が言うと、キングスは笑ってから階下に落ちていった。

「落ちるのにもちょっとなれてきたかな。外が明るい出口は要注意ね?」
私がテスの顔を見上げて言うと、テスは苦笑して
「そうだね。どうせ出口は一つしかなかったけどね」
テスはさっきの出口を見上げて肩をすくめた。
「じゃ、行こうか」
私達はまた、洞窟の入り口から中に入る。

また一本道だったけど、少し広い空間があったから、少し休む事になった。
「それにしてもこんなに飛び降りて大丈夫なのかな? もうチゾットには戻れないかも?」
私は水を飲んで、小さなパンを食べながら、洞窟の天井を見上げて呟く。
「うーん、まあ、グランバニアとチゾットを繋いでる道なんだから、戻れないことはないだろうけど……今までの道を使うんじゃないんだろうね。基本的に一方通行だったし」
テスはリンゴをかじりながら答える。
「行きと帰りで使う道が違うのかも」
「本当にそうだったら、すごいわよね」
「技術的にも戦略的にもかなりすごいよね」
テスはそういって頷く。
暫く休憩してから、私達はまた歩き出した。

今のところ、体調は全く問題ない。
テスが随分心配してくれるのが分かる。
休憩だってかなり小刻みに取ってくれるし、信用してないという形でではあるけど、大丈夫なのかって確認してくれる。

倒れるわけには行かない。

まだどのくらい時間がかかるか分からないだから。

「あのね、テス。私もしかしたら……」
言った方が、いいのかな?
そう思って私はテスを見上げて声を掛ける。
「何? どうした? ……気分悪い?」
テスは私を心配そうな顔で見る。
……うーん、そうじゃないんだけど。
とりあえず、まだ言わない方がいいな。
「ううん。なんでもないっ。ごめんね」
私は慌ててにっこり笑って、胸の前で手を横に振った。
「……そう?」
テスは不審そうに私を見て、それから「まあ、信じるけど……気分悪いなら早めにね」って言って先に歩き出した。

 
暫く、長い間ずっと一本道だった。
もちろん、くねくねと道が曲がっていたし、外に出てまた中に入るとか、そういうことはあったけれど。
途中で何回も休憩も挟んだ。

「途中飛び降りたりしたから、今何階にいるのかよくわからないわね」
私が言うと、テスは頷いた。
「そっか!こういうときにチゾットのコンパスを使えばいいんだわ」
「あ、そうか。そういえば全然見てなかった」
テスはそういうと、コンパスを取り出す。どうやら今は3階を歩いてるらしい。
「三階か、もうちょっとで外かな?」
「そうね、あと2回くらい降りたら絶対外の出口よ」
私達は少し嬉しい気分になって、笑いあう。
「早く外の光が浴びたいね」
私が言うと、テスは大きく頷いた。
「お日様の光って、ありがたいよね」

 
基本的に、洞窟は沢山階段があって面倒な雰囲気ではあるけど、一本道になっている。
テスは地図を書きながら、どことどこが繋がっているのかそのメモの方が大変だって言っていた。

今の道は外に繋がっていた。また崖に棚みたいに突き出た場所ではあったけど、地面がすぐそこに見える。もうちょっとで洞窟を抜けられるんだって思うと気分がよかった。
この場所には一人、おじいさんが先客として景色を見つめるように立っていた。
「わしゃあ、この山にかれこれ100年ほど暮らしとるもんじゃ。さっきむこうの岩場ですごろく券をひろったが、お前さんの落とし物かな?」
おじいさんは、私達を見てそんな事を言った。
100年暮らしてるってどういうことだろう?
私がそんな事を考えてるうちに、テスは「落としてないですよ」って答えてる。
おじいさんは少し笑った。
「ではこっちのちいさなメダルがお前さんの落し物かな?」
テスは首を横にふる。
「ちょっと前、メダルは全部王様に渡しました」
「ではこちらの水のはごろもがお前さんの落し物じゃろう?」
「……いえ、そういうものは持っていたことがないので、落としようがないです」
テスは苦笑して答えた。
おじいさんは嬉しそうに笑って頷いた。
「ふむ……。お前さんはたいへん正直者のようじゃな。よかろう! ほうびにすべて持ってゆくがええ」
おじいさんは、テスにさっき言っていたものを全部手渡す。
「え? いいんですか?」
テスが慌てておじいさんを見ると、おじいさんは大きく頷いた。「最近は正直な旅人がへってなげかわしいと思っておったんじゃよ。久しぶりに嬉しい気分なんじゃ。持っていっておくれ。道中気をつけてゆくんじゃよ」
おじいさんは嬉しそうに私達に手を振ってくれた。
117■グランバニアへ 3 (テス視点)
仙人のお爺さんを別れて、また元来た道を戻る。
コンパスを見たら、ここはどうやら2階。
あと一回階段を下れば、この洞窟を抜けてグランバニアにたどり着く事が出来る。

みんなの顔を見てみる。
まだ元気そう。

下りの階段を見つけて、その階段をおりる。
小さな空間に出た。でも、出口はなかった。
「おかしいわね。下におりる階段はここだけだったのに……」
ビアンカちゃんは、しばらく外に出られる出口が隠されてないかとか、実はもう一回下る階段があるんじゃないかとかいいながら、しばらくあたりを探してみた上で、凄く嫌なことに思い至った顔をしてボクを見上げた。
「……もしかしてもう一度上にあがらないといけないとか?」
「……かもしれない」
ボクらは顔を見合わせてから、大きくため息をついた。

降りた階段をもう一回のぼる。壁に隠れて見えにくくなっている場所に、3階からおりてきたのとは別の階段が隠れていた。
「……行こうか」
何だか愕然とした気分になりながら、ボクはつぶやくように言う。
皆が無言で頷いた。

階段を上ると、狭い通路に出た。すぐ向こうに、のぼりの階段があるのが見える。しばらくの間、ずっとそういう一本道が続いた。
大きな穴が開いているフロアがあって、その時だけは落ちないように気をつけたけど、基本的には全く苦労する事はない。
只、ずっと一本道なのが気になるけど。
「まさか一度おりて、もう一度のぼることになるなんて思わなかったわよ……」
「本当にねえ……」
途中にあった、少し広い空間で一休みしているときにビアンカちゃんがつぶやいた。
一体どういう考えがあって、こんな洞窟を造ったんだろう?
紋章が彫られていた事から考えて、多分ここを造ったのは、グランバニアの国の人たちだと思う。
確かに、これだけ複雑に入り組んでいたら攻め入る事は難しいだろう。国のヒトたちは道筋が分かっていて簡単に進めるのかもしれないけど、コレだけ複雑だということは、旅人とかは苦労する。実際今まさにボクらは苦労してるわけで。
そうすると国の外の情報とか物とか、なかなか入ってこないってことになって……不利なことが多いような気がするんだけど。
「どうしたの?」
ビアンカちゃんが不思議そうな顔でボクを見た。
「何難しい顔して考えてるの?」
「うーん、どうしてここの洞窟はこんなにややこしいんだろうかなって、ちょっと考えてただけ」
「ふーん」
「休めた?」
「うん、元気よ」
「じゃあ、行こう」

一本道を随分来た。
何度も階段をのぼっている。今はコンパスによると9階。最初が11階だったんだから、随分上まで戻ってきてしまった。
「ずいぶんのぼったけど、本当にこの道であってるのかしら……?」
ビアンカちゃんも不安なんだろう。そんな事を言いながらボクを見上げる。ボクは曖昧に首を振るしかなかった。

階段を上って、10階まで戻ってきた。
一本道の終着点は、大きな穴だった。
「……下に落ちていかなきゃいけないのかな?」
「……どのくらい落ちるのかしら?」
しばらくボクらは顔を見合わせる。どうもこの洞窟は構造的に大きな欠陥があるんじゃないかって気分になってきた。
結局、今回もまたキングスにお世話になって、下に落ちる。

「……」
ボクは少し嫌な気分になって、その床をじっと見つめた。
見覚えがある。
ここはもう、通った事のある場所だ。
大きな鳥が、翼を広げた紋章が刻まれている。
「あれ? あそこに見える商人さんは?? 私たち落ちる場所をまちがえちゃったのかしら……」
ビアンカちゃんが、向こうで進むかどうするか迷っている商人を指差してつぶやく。

「……あーあ」
スラリンが馬車の中で大きくため息をついたのが聞こえた。
「一体どこで間違ったんだろう?」
ボクはメモしてきた地図を見ながら考える。
「ここ! ここの大きな穴で落ちて、下に行くんじゃないかしら?」
「……そうかもね、どれがつながってるか分からないけど」
「じゃ、仕方ないから戻りましょうか」

 
洞窟の来た道をたどって歩くって言うのが、どれだけつまらなくて気がめいる事なのか、初めて知った気がする。
コレまでは同じ道を歩くっていうのは、帰るときだけだったから。
結局、2回休憩を挟んで、それから漸く6階のたくさんの穴が開いているフロアに戻った。
「どれかが出口につながってるわよ!」
ビアンカちゃんはそういって穴を見比べた。
「どれがイイ?」
「じゃあー、……右」
ボクらはもう何回目か分からないけど、またキングスに手伝って貰って、下の階に飛び降りる。
一本道の先は、見慣れた「崖から外に飛び降りる」タイプの出口だった。
ただ、コレまでと違うのは、落ちる先に広がっているのが、地面だって言う事。
「あ、地面だ!」
「もうちょっとで出られるんだね!」
皆が口々に嬉しそうな声を挙げた。

落ちた先に、また洞窟へ入る入り口がある。本当はこのまま、外に向かって歩いていきたいけれど、森がものすごく深くて、そんな事をするのは無謀そうだった。
仕方がないから洞窟に戻ってみると、ほとんど一本道だった(のぼりの階段があったけど、とりあえず見ない振りをした)

すぐに外に出る出口があって、そこから出てみると大きな獅子の石像が並んでいる立派な道に出た。
ここが正式な出口であり、入り口なのだろう。
「うわー、やったね! とうとう外よ!」
ビアンカちゃんは嬉しそうに、降り注ぐ太陽の光に向かって手を伸ばす。
石像のところには一人の吟遊詩人が居て、久しぶりの旅人に少し驚いているようだった。
「私はよくこの洞窟まで歌をつくりに来るのですが、旅人が通るのは久しぶりです。あなた達みたいに、楽しそうな人は本当に久しぶりですね。そういえば……あの人は無事に着いたかなあ……。もうずいぶん前の話ですが、サンチョという人がここを通ってグランバニアにむかったんです。なにやらさびしそうで妙に気にかかりました」
「……!!!」
ボクらは思わず顔を見合わせた。
「サンチョさんて、サンチョさん? テス! こうしちゃいられないわ。すぐグランバニアへ向かいましょう!」
ボクらは吟遊詩人にお礼を言って、グランバニアを目指して歩き出した。

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