22■世界って広い
海には知らない場所がいっぱい。


103■名産品博物館 (スラリン視点)
「暇よね」
ビアンカがぼんやりと水平線を見つめてつぶやく。
「そーだなー」
オイラも暇だったから返事をした。
今、見えるのは海だ。
どっちを見ても海だ。
水ばっかりだ。
さっきあんまり暇だったからテスに海しか見えないって文句を言ったら「当たり前だよ海だもん」って呆れられた。
「暇よね」
ビアンカはまた同じことを言ってため息吐きながら、ライムジュースを飲んでいる。
ちょっと前、ホイミンがトヘロスを唱えたから、敵も出ない。
「暇だなあ」
向こうではテスとピエールが剣の稽古をしてる。
ビアンカは「危ないから」って近寄ると叱られるから、近寄らない。だからオイラと一緒にここから見物。
……まぁビアンカは船のクルーを手伝ってご飯作ったり、マーリンと魔法の練習したりするから、わりとすることはあるみたいだけど。
それにしても暇だ。 

「あれ?」
ビアンカがそんな声をあげて、船の縁から外をじっと見つめる。
「どーしたんだ、ビアンカ? なんかあったのか?」
「うん、あれ何かしら?」
ビアンカがオイラをひょいっと抱き上げる。
オイラはビアンカに抱き締めてもらうのが好きだ。
なんかうれしい気持ちになる。
テスが不機嫌そうにオイラを見るのもおもしろい。
テスと一緒に昼寝するのも好きだけど、なんかちょっと感覚が違う。
「ねえ、何か建ってるわよね?」
ビアンカが指差す方向。遠くに島が見えた。
森に囲まれた小さな島だけど、その森からちょっとだけ石造りの建物が見える。
「建物」
「そうよね? でもテスの見せてくれた地図、あんなの載ってた?」
「進んでるほう、間違ったのか?」
オイラとビアンカは顔を見合わせて、あわててテスのところへ走った。

「うーん、方角は合ってるねぇ」
テスと船長は地図やらコンパスやらを見ながら首を傾げる。
船長はコッチのほうはあんまり来た事がないから、あの建物を知らないって言ってる。
「とりあえずちゃんとテルパドールには向かってるから、心配はいらないけど」
テスは建物を見て、面白そうに笑った。
「行ってみる?」

オイラたちは、テスにくっついて島にあがった。
深い森は静かで、ひっそりとしていた。その中に石造りのしっかりとした建物が建っている。ヘンリーが住んでる城ってのにちょっと似てる。
「立派な建物ねぇ」
「そうだねー」
テスとビアンカは圧倒されたようにぼんやりと建物を見ている。
ふらふらと建物に吸い寄せられるように歩いていくと、建物の前に一人の爺さんが立っていた。

ただし、透けてる。
 
「透けてる人はおばけ」
テスがぼそっとつぶやく。
「私たちっておばけに縁があるのかしら……」
「そういう星のもとに生まれたかな……?」
テスとビアンカは諦めたように苦笑し合っている。

「はー、やっときおったか」
爺さんがテスを見て呟いた。
「は?」
テスが首を傾げる。けど、爺さんは気にせず続ける。
「わしゃ待ちくたびれてしんでしもうたぞい!」
「いや、あの、お爺さん、どちら様でしょう?」
「ん? わしか? ……えーと、誰じゃったっけ? まぁ、いいわい。幽霊の爺さんじゃからゆうじいとでも呼んでくれ」
爺さん、マイペース。
テスは「良かった初対面」って呟いた。知り合いなのに顔を覚えてないって思って焦ってたな。
「わしは世界中の名産品を集めるのが夢でこの名産品博物館を建てたのじゃ」
爺さん、そこで大袈裟にため息を吐いた。
「しかし集めるのを誰かに頼もうと待っておったのじゃが……わしが生きとる間に誰もこなかった」
爺さん、もう一度ため息。
つーか、集めるのが趣味じゃなかったのか。
「と、言うわけじゃな! わしは幻の名産品をもってきた者にこの博物館を譲ろうと思っておるんじゃ。お前さん、あのメダル王の城に隠された幻の名産品を持ってきてくれんか?」
「え?」
「お前さん、色々集めてそうじゃし」
「……えーと」
「じゃあ頑張れ!」

「メダル王って誰よ?」
「知らない」
「何で引き受けるのよ」
「なんか逆らえなかったんだよ……」
「まあその気持ちも分かるけど……」
テスとビアンカは顔を見合わせてため息を吐いた。
「まあ、とりあえずテルパドール……」
テスが疲れたように言う。
「そうね、メダル王もそのうち見つかるだろうし、お爺さん、幽霊だから気長に待ってくれるわよ」
ビアンカはこめかみを押さえながら呟く。
それで話はまとまって、船は再び南に向かって動きだす。
 
 
 

「暇よね」
「暇だなあ」
周りは海で、水ばっかりだ。
オイラとビアンカはまた暇になって、それはそれでため息を吐いたりした。
……テルパドールって、遠いな。
104■テルパドール (テス視点)
『死ぬかとおもった』
ボクの人生はかなり酷いもので、これまでも何度かそんな風に思ったことがあった。
でもそれは、あの地獄のようなドレイの日々だけで、二度とそんな事を考えながら生きるなんてことは無いと思ってた。
 
ああ神様、一体ボクの何が気に入らないって言うんですか。
勝手に砂漠に来たボクが悪いですかそうですか。
……死にそうだ……。
 

「ビアンカちゃん、大丈夫?」
ボクは隣に朦朧とした顔で座り込んでいるビアンカちゃんに声を掛ける。
ビアンカちゃんは力なく頷いた。
「……大丈夫、もう水も飲んだし……」
「よかった……」
「テルパドール、見えてきたよ」
ボクの言葉に、ビアンカちゃんはまた頷く。
ボクのマントを頭からかぶったビアンカちゃんは、はっきりいって、かなり参ってきている。
ピエールもゲレゲレも、かなりグッタリしてる。
 
なるべく、日中の日差しが強くて死にそうな暑さの時間帯は動かないようにしてたけど、やっぱりちょっと無謀だったのかもしれない。特にビアンカちゃんは船に残してきた方が、良かったのかもしれない。
コレはボクの判断ミスだろう。
砂漠を甘く見てた。
昼間は灼熱だし、夜は物凄く寒い。
「……それにしても……あまりの暑さでたおれそう……。それはそれで新婚旅行の思い出になるかしら」
「そんな思い出作んないでね……」
ぶつぶつ言ってるビアンカちゃんにボクは苦笑して水の入った袋を渡す。
「さっき飲んだよ?」
「持っていて、好きなときに飲んだほうがいいよ」
「……テスは?」
「テルパドールが近いからそこで飲むよ、大丈夫だから」
「……ごめんね」
「大丈夫だから。ビアンカちゃん死にそうな顔してるよ」
「……ごめんね。実は最近私ちょっと熱っぽい気がするのよね。カゼひいちゃったかな……」
「……え? そういうことは早く言ってくれなきゃ……、いつから?」
「最近」
ビアンカちゃん、答えになってない……。これは大分参ってるな。
「……そう、これからはなるべく早く言ってね」
 
 
その後何とか、夜になる前にボクらはテルパドールに辿り着いた。
砂漠の真ん中に大きなお城が建っていて、その周りを日干し煉瓦で出来た平たい屋根の町並みが取り巻いている。
草はちょろちょろと家の陰に有る程度で、ほとんど無い。
ドコまでも砂色。
「……辿り着いた……」
「帰りはルーラで戻ろうね……」
ボクらはふらふらと、町の入り口にある宿に部屋を取った。
その日はそのまましっかり水分を取って、食事をちゃんとして、その後しっかりと眠った。
 
 
「テス、おはよう」
そんな声でボクは目を覚ます。
隣にはもうしっかり着替えて支度したビアンカちゃんが居た。
「……おはよう」
ボクはのろのろと起き上がる。
「今日はお城に行ってみるんでしょ?」
「うん、なんか伝説の勇者様のお墓があるとかないとか、そういう話だから。まあ、何か残ってたり、もしかしたら勇者様の末裔とか居るかもしれないし」
「王様が末裔だったらどうする?」
「そうだったら……付いてきてはくれないよね」
ボクらは顔を見合わせて、ため息をついた。
「でも、まあ、ヒントくらいは落ちてるかも知れないもんね、行ってみなきゃね!」
ビアンカちゃんはにっこり笑って腕を大きく上げる。
「そうだね、何か分かるかもしれないしね」
 
 
ボクらは朝ごはんを食べてから、ノンビリとお城に向かう。
お城までの道のりはやっぱり砂漠特有の熱い砂を含んだ風が吹いていてかなり参った。
お城は、旅人にも開放されていた。
大きな石造りの立派な城で、中はひんやりとした空気で満ちていた。
 
 
かなり気さくな国民性なのか、なんと女王様にもお目通りができることになった。
どうやら、この国は「伝説の勇者様」の伝説が沢山残っていて、今でもその「伝説の勇者様」の再来を待ち望んでいるらしい。
だから、ボクらのように旅をする者はかなり優遇されるのかもしれない。……勇者かもしれないから。
まあ、もっともボクらは「勇者様の墓参り」に来たという理由だったからお目通りできるのかもしれないけど。
お城の人たちがどんな判定をしてるのか、その辺はボクらには分からない。
「それにしてもさっきの伝説、ビックリしたわよね。『いにしえの昔、天空よりひとりの女舞い降りき……。その子供勇者となり世界を救う……』ってやつ。勇者様ってやっぱり特別なんだねー」
ボクらは女王様が居るという地下庭園に向かいながら、そんな話をする。
「なんか今まで分からなかった伝説の勇者様の話がどんどん出てきて、なんだか不思議な気分だよ」
 
 
地下庭園と呼ばれているところは、目を思わず疑うほどの美しい場所だった。
砂漠なのに、こんこんと水が沸いていて、緑に覆われている。
緑の絨毯には花も植えられていて、綺麗な花々が乱れ咲いている。
「わ〜! 砂漠の真ん中でこんなにたくさんの緑を見られるなんて思わなかったね!」
ビアンカちゃんは思わず歓声をあげる。
「本当に。……綺麗だねえ。緑を見たのが久しぶりな気分」
「実際久しぶりなのよー?」
ビアンカちゃんはそういってしゃがんで足元の花を見つめる。
庭園には色んな人が居て、それぞれに働いたりしているみたいだった。花畑を手入れしているおばさんが、コッチに歩いてきた。
「さあさ、お花の手入れをしなくっちゃ」
「あ、お邪魔してます」
ビアンカちゃんがおばさんを見上げて立ち上がった。
「おやまあ! あんたも美人だねえ。女王さまに負けないほどだよ」
おばさんがビアンカちゃんを見て、目を丸くする。
 
なんだか悪い気はしない。
 
「まあおばさんたら…。お上手なんだから!」
ビアンカちゃんは照れたように笑いながら、頬を染めている。
「女王様にお会いしたいんですけど」
ボクは二人から目を逸らしながらぼそぼそと言う。
「……女王様は奥のテーブルでお茶を楽しまれているよ。そちらへ行ってみてくださいな」
おばさんにお礼を言って、ボクらはその場を離れた。
「うふふ、テレちゃうね。でも私はテスにだけキレイと思われてたらそれでいいのよ、本当はね」
ビアンカちゃんがボクを見上げてにっこり笑った。
「ビアンカちゃんは……可愛いですよ?」
ボクは目をそらしてぼそぼそと答える。
「あははは、また丁寧語だ!」
ビアンカちゃんはおなかを抱えて笑った。
 
……無意識なんだから直しようが無いんだろうけど。
……直したいなあ。
ずっとからかわれるんだろうなあ、このままじゃ。

そんな事を考えながらボクはビアンカちゃんの後に続いて、女王様の居るテーブルを目指した。
105■テルパドール 2 (テス視点)
アイシス女王は、庭園の奥のほうにあるテーブルで優雅な雰囲気で紅茶を飲んでいた。
真っ黒な髪の毛を肩の高さで切りそろえた、浅黒い肌の女の人。
切れ長の瞳が、こちらを見た。
綺麗な人だなって思った。

……銀のナイフみたいな人。
 
空気が張り詰めてる気がした。

「ようこそいらっしゃいました。私がこの国の女王アイシスです。あなたも伝説の勇者様のお墓を参りに来たのですか?」
透明な声だった。
女王はにっこりと笑う。
「はい」
ボクとビアンカちゃんは頷いた。
女王はボクらをじっと見つめて、それから微笑んだ。
「いいでしょう。あなたには何かしら感じるものがあります。案内しましょう、私についてきてください。……さ、こちらです」
女王は席をたってこちらを振り向きもせず歩き出す。

はっきりいって、足速いです女王様。

ボクとビアンカちゃんは女王を見失わないように慌てて後について歩き出す。
女王様は足音も立てずにすたすたと、まっすぐ前を見て歩く。
何の迷いも無い歩き方だった。

地下庭園を出て、城の正門から外にでる。
城を取り囲むような回廊を歩いて、離れのような場所にやってきた。
鍵がかかった、頑丈な建物。
女王はその建物の鍵を開けて、どんどんと階段を下っていく。
下るたびに、温度が下がっていくような感覚。

階段を下りきったところは、さっきまでの地下庭園のように緑に覆われていて、大きな石版が置かれている。
その奥に、水が滴っているようなヒカリをたたえた、銀の華奢なカブトが置かれていた。
天空の剣や盾と同じ様な雰囲気。
女王が、そのカブトを見つめてから、こちらを見て言う。

「……あなたは勇者さまの墓をまいりにいらっしゃったとのことでしたが……実を言うと、ここでは勇者さまを祀ってはいますがお墓ではありません。世界を救ったあと、勇者さまがどこにゆかれたか誰も知らないのです。しかし、我が国には代々天空のかぶとが伝わっていました。もし再び伝説の勇者さまが現れれば、きっとこのカブトを求めるはず。その日が来るまでカブトを守るためここを建てたのです。さあ、あなたもそのカブトをかぶってみてください」
「えっと……」
ボクは困ってビアンカちゃんを見る。
「色々話したいことがあるのは分かるけど、とりあえずカブトをかぶってみるのがさきよ」
ビアンカちゃんは、カブトから目を離さないで呟く。
「え、あ、うん……」
ボクはもごもごと返事をしてから、ゆっくりとカブトに近づく。

カブトの前に置かれた石版には「闇が世界をおおうとき 再び勇者来たらん」と刻まれていた。

まるで、自分から輝きを放っているかのような、綺麗なかぶと。
ボクはそっと手にとってみる。
……やっぱり、重い。
多分ダメだ。
ボクは、このカブトには選ばれていない。
そう思いながら、かぶってみる。
重い。
首が折れそう。
ボクは慌ててカブトを元あった場所に戻した。
女王は、ボクのその様子を見てため息をついた。
「やはりダメでしたか。あなたにはなにかしら感じたのですが 思いちがいだったようですね。ではもどることにしましょう。ついてきてください」

 
女王について、ボクらは地下庭園に戻る。
その時にはもう、女王の飲んでいた紅茶は新しいものに取り替えられていて、ボクとビアンカちゃんの分まで用意されていた。
女王は紅茶を優雅に一口飲んでから、ボクを見つめた。
「私は少しですが、人の心を読むこともできます。たぶんあなたの勇者さまを強く求める心が、私を感じさせたのでしょう。なぜそれほどまでに勇者さまを求めるのか、事情を聞かせてくれますか?」
ボクは暫く考えてから、やがて決心して話し出す。
話したからと言って、何か変わることでもない。
そんな気分だった。
けど、女王様はボクの話が進むにつれて驚いたように目を見開き、息をのんだ。
「亡き父にかわって母親を魔界から救い出すために勇者様を!? もしやその父とはパパス王のことではっ!?」
今度はボクが驚く番で、思わずビアンカちゃんと顔を見合わせる。
『パパス王』
この前村で聞いたときは『王子』で、今度は『王』。
同じ人だろうとは思うけど、それがボクのお父さんだとはやっぱり思えない。
「この地より海をこえた、はるか東の国グランバニア。その国のパパス王がさらわれた王妃を助けるため、おさな子を連れて旅に出たと……。もしそのおさな子があなたなら……。東の国グランバニアへ行ってみるといいでしょう」
「……確かに父の名はパパスですが、どうしても王だったとは思えません。……王族の方にあやかってつけた名前だと思うんですけど……」
ボクはコレまで思っていたことをゆっくりと言ってみた。
すると女王は首を横にふる。
「私が知る限り、グランバニアの王族は自分の名前をとても大切にしています。本名を親族以外には教えないほどだということです。……そのような国で、たとえ通称であっても、王族の名にあやかって同じ名前をつけるとは思えません」

……これは……もしかすると、もしかするのかもしれない。

ビアンカちゃんがいきなり立ち上がった。
「パパス王。王妃を助けるための子ども連れの旅……。テスのお父さんはパパスさん。パパスさんは妻を探すためにテスを連れて旅をしてた。ねえ、偶然だとは思えないわ。ともかく行ってみましょうよ、グランバニアに」
にっこり笑うと、ボクの手を引っ張る。
女王様はその様子をみてすこし笑った。
「もし、グランバニアに行かれるのであれば、とても厳しい道のりです。お気をつけて」
ボクらは女王様にお礼を言って、その場を離れる。

「きっと、グランバニアってテスの故郷よ」
ビアンカちゃんはそういって笑う。
「そうだったらいいね」
ボクは答えてにっこり笑い返す。

そんなにうまくいくもんじゃない、とも思うけど。
なんだか、ビアンカちゃんが笑顔で「できる」とか「大丈夫」って言ってくれると、全部本当にそうなるような気がする。
だからきっと、グランバニアではいいことがあるんだろうって、そんな気がした。
106■メダル王の城 (テス視点)
地図を見てみると、グランバニアは東の山奥の国だった。
「しばらく東へ向けて航海っつーことだな」
船長は船を東に向けて進め始める。
「この地図から行くと、東の大陸に入ってから陸路を北上って感じよね?」
ビアンカちゃんは開けた地図の上を指でつつーっとたどりながら首をかしげた。
「ここで山にぶつかるんだけど……峠道でもあるのかしら?」
「うーん、コレばっかりは行ってみないとわからないね」
ボクは苦笑して答える。
「とりあえず、あんまりラクには行けないだろうね」

 
テルパドールを出て、1週間くらいたったころだった。
「なー、テスー。何かあるー」
暇な船旅にすっかり飽きてしまったスラリンが、ボクのところへ跳んできた。
「何? どうしたの?」
ボクはスラリンが言うほうを船から見てみる。
広い草原の真ん中に、ぽつんと金色の屋根を持った建物が建っている。
その屋根は、スライムみたいな形をしてる。
「……スライムの御殿?」
ボクが首をかしげると、スラリンがエヘンと体をそらした。
「な! 何か有るだろ!」
「確かに、何かある、としか表現できないかも」
ボクはぼんやりと返事をする。
「なにやってるの?」
ビアンカちゃんがボクらの様子を見に来た。
「なにあれー。スライムのお城だー!」
ビアンカちゃんは建物を指差して笑う。
「私あそこ行きたい!」
その一言でボクらはその建物を目指すことになった。
 
 
建物は、近くで見ると結構こじんまりとしていた。
川のほとりに建てられていて、周りをコレまで見たことも無い南の木が囲んでいる。
「すごーい、本当にスライムよ? 顔もある!」
ビアンカちゃんは屋根を指差して叫ぶ。
「ビアンカちゃんわりと気に入ってるね?」
「うん、楽しい!」
ボクらはドアをノックしてみる。
すると中からドアが開いた。ドアを開けてくれたのはメガネをかけた男の人だった。
「ようこそ、メダル王のお城へ」
その言葉にボクらは顔を見合わせる。
こんなところで、ゆうじいさんの言っていた「メダル王」のお城につけるとは思ってなかった。
「来てみるものねー」
ビアンカちゃんも少し驚いている。
「おじいさんが言っていた幻の名産品だったっけ? あるかもしれないよね」
 
 
メダル王は、小柄なメガネのおじさんだった。
「こんにちは」
ボクらは王様に頭を下げる。
「あの、ボクらこの城にあるっていう幻の名産品っていうのを……出来れば譲っていただきたいと思いまして……」
そういうと、王様は首をかしげる。
「幻の名産品とな? うーむ、それはひょっとするとこの前偶然出てきたアレのことじゃろうか?」
「え? どんな感じの?」
ビアンカちゃんが顔を輝かせる。
「わしもなあ、色々アレの使い道を考えてみたんじゃが、いまいちでの。つい前までは王座にしいて座っていたのじゃが、尻が痛くてなあ……」
王様は大きくため息をついた。
「ねえ、なんかどんなものか想像つかないね」
ビアンカちゃんがこっそりとボクに言う。
ボクは頷いた。
「宿屋のおかみさんが使いたいって言うから、プレゼントしたはずじゃな」
 
 

「ねえ、アレって何かしら?」
「なんだろうねえ?」
ボクらは宿屋についた。
小さな建物だけど、けっこう施設はそろっている。
「王様から頂いたアレ? アレはダメね。漬物石がわりにしたら重すぎたし、まな板代わりにもならなかったし。随分前に銀行のおじさんにあげちゃったわ」
おばさんは大きくため息をつきながらそんな事を言った。
「……幻の名産品のはずよね? 何か変な使われ方してない?」
「……そうだねえ?」
ボクらは途方にくれそうな気分になりながら、銀行を目指す。
宿屋の向かいが銀行だった。
「おかみさんに頂いたアレですか? 頑丈だったので盾に作りかえてみたんですが、いやー、重すぎて誰も装備できませんで。ジャマなので外に捨てました」
おじさんは悪気なさそうな笑顔でそんな事をいう。
「……す、捨てた?? そんなにいらないもの?」
「むしろ幻の名産品じゃないのかもしれないね。ただのいらないもので……」
「こういうの、たらいまわしって言うんじゃない?」
「本人達にはたらいまわしにしようっていう意識ないんだから、そうは言わないんじゃないかな?」
ボクらは首をかしげながら、一度城の外に出てみた。
周りを回ってみると、川辺に大きな金色の丸いものが落ちている。
「たーすけてー」
その下から小さな声が聞えた。
ボクらは顔を見合わせてから、慌ててその丸いもののところに走り寄った。
「たーすけてー」
確かに声がする。
ボクは驚いてソレを持ち上げる。
かなり重い。
その下からは、ひしゃげたピンク色のスライムが出てきた。
「あー苦しかった……」
スライムが大きく息を吐いた。ひしゃげていた体が、元に戻る。
「……??」
ボクらは思わず顔を見合わせる。
スライムはボクらを見上げて、ぴょこんと一度跳ねた。
「助けてくれてありがとう! ボク、アレで体を鍛えようと思ったんだけど、うっかり下敷きになっちゃって。ここにおいておくと危ないからもっていってよ」
スライムが、丸いものをずずーっとボクの足元の方へ押し出した。
仕方ないからボクはソレを拾い上げる。
金色の丸いものは、大きな金貨のレプリカみたいな感じで、銀行のおじさんが言っていたように盾になっていた。
「よかった、コレで安心して体を鍛えられるよ」
そういうと、スライムはピョンピョンと向こうへ跳ねていってしまった。
ビアンカちゃんはボクの腕の中の金の丸い盾を見る。
「……これが幻の名産品、なんだろうけど……。『やったー! 遂に手に入れたわよ!』っていう喜びは感じられないわね。……スライムにまで押し付けられちゃって……」
ビアンカちゃんは大きくため息をつく。
「まあ、とりあえずダメ元でゆうじいさんの所へ持っていこうよ。……それより、とりあえずもうちょっとこのお城の探検してみない?」
ボクが首をかしげながら言うと、ビアンカちゃんは大きく頷いた。
「それは賛成。メダル王って何でメダル王って呼ばれてるのかとか知りたいし。それにここ、ちょっと楽しいわ。綺麗だし、何より可愛いもん」
ビアンカちゃんがにっこりと微笑んで、ボクらはここにもう少し滞在することになった。
107■メダル王の城 2 (ピエール視点)
「お帰りなさい、主殿」
主殿とビアンカ殿がスライム型の屋根を持った建物から帰ってきたのは、建物に入ってから半日くらいたった頃だった。
二人ともなんだかちょっと疲れたような顔をしている。
「どうされましたか?」
「うーん、何かちょっと精神的に疲れちゃった」
主殿は曖昧に笑ってそんな事を言いながら、大きな盾のようなものを馬車に置く。
かなり重いものなのか、ごとりという音がした。
「それは?」
「……ゆうじいさんが欲しがってたもの。……たぶん」
ビアンカ殿はそういうと、大きくため息をついた。
「なんだか疲れちゃったわ」
そういって肩をすくめている。

話によると、どうやらコレを貰う為に、主殿たちは色々と歩き回るハメになったらしい。しかも最終的にはスライムに押し付けられたとかで、それは確かに精神的に疲れる話であろうとは思った。
「とりあえず、ちょっとこの辺を探検してみようか」
主殿はそういって、草原の方を見る。
「なんか、変わった木が生えてたりして楽しそうだし」

 
この辺りは土地の起伏が無く、見渡す限り草原が広がっている。
他の土地では見ないような幅広で長い葉がついた変わった木が生えている。確かに、少し楽しそうではある。
「そうだなー、海も飽きたしな」
スラリンが嬉しそうに飛び跳ねた。
彼はずっと海ばかり見るしかない航海にかなり飽きてきていたから、実際かなり嬉しいのだろう。
他の皆も、すこし海に飽きていたのだろう、嬉しそうだった。

 
この辺りには、スライムが沢山生息しているようだった。
そんな中、出会ったのは8匹ほどの群れになったスライムだった。
「なんかさっきからスライムばっかりでちょっと目覚め悪い感じだよね……」
確かに、普段からスラリンと仲良くしてる分、普段他の敵を相手にしている時より、気分が悪い気がする。
主殿が少しためらいながら剣を抜いた時だった。
「ねえ、何か変よ?」
ビアンカ殿が、群れているスライムを指差した。
「え?」
我々の目の前で、それは起こった。

群れになっていたスライムが、次々と身を寄せ合う。
一つの山のようになって、そしてピョンピョンと群れの山が飛び跳ね、くるりと回る。
と。
群れだったはずのスライムは、一匹のスライムになった。

但し、小山のような大きさを持った王冠をかぶった貫禄のあるスライム。
「……ウソ!」
「詐欺だ!」
ビアンカ殿と主殿が口々に叫ぶ。
しかし相手はそんな事はお構いナシで、ぷくーっと大きく膨れ上がって飛び跳ねた。
「……!!」
あっと言う間に下敷きにされる。
「うわ!」
我々は口々に叫びながら(半分は悲鳴だ)その山のようなスライムと戦うハメになった。
 

のしかかられたり、馬車を閉じられたり、ともかく色々なことがあったが、何とかそのスライムに勝つことが出来た。
「あんなに大きくなるなんて……ずるいわよ」
ビアンカ殿が肩で息をしながら、恨めしそうにその山ほどあるスライムを睨む。
すると、そのスライムがのそりと起き上がってきた。
小山ほどあるスライムと、主殿の目が合った。
「……一緒に来る?」
「ふぉふぉふぉ。お前さんはつよいのぅ。おじさんは驚いてしまったよ。是非一緒に行きたいものだねぇ」
スライムは体を揺らして笑う。
「おじさんはキングスライムのキングスと言うよ。お前さんはなんていうのだね?」
「ボクはテス。皆の事も紹介するね」
主殿はわれわれの事を紹介する。
「それにしても……」
主殿はキングスを見上げた。
「大きいねえ。……船とか大丈夫かな」
主殿は心配そうにキングスを見ている。
確かに、パトリシアが引く馬車に乗られたら……お終いな気がしないでもない。絶対動かないだろうと思う。
「ふぉふぉふぉ、心配は要らないぞテス。おじさんバラバラになれるからのぅ」
そういうとキングスは一瞬のうちにスライムの群れに戻る。
「群れになってもおじさんはおじさんだから、心配は要らないぞ?」
「……ああ、そうなんだ」
主殿はどう答えていいものか、と少し困ったような顔をした後、なんとかそのようなことをひねり出すように言った。
「ま、ともかくヨロシクね、キングス」
 
 
その後、我々はこの城の周辺で一日だけ野営して(主殿とビアンカ殿は城の宿にとまりに行った。灯篭が綺麗だったとビアンカ殿は目を輝かせていた)この城から離れる事になった。
「とりあえず、このなんだか分からない盾みたいな物をゆうじいさんに届けに行こう。それからグランバニアに向かえばいいよ」
「グランバニアに急いだ方がいいんじゃないかしら?」
ビアンカ殿は少し首をかしげて言う。
「うん、でも、このままこの何か分からない物を持っていても仕方が無いし、ゆうじいさんが待ってくれてるだろうから、先に博物館に行こうよ。そんなに時間の無駄にもならないだろうし」
「……そうね」
ビアンカ殿は納得したように頷く。
「それじゃ、とりあえず次に向かうのは博物館で、そのあとがグランバニアってことで。決まりね」
船に乗って船長にそのように説明する。

船はまた、博物館を目指して進み始めた。
108■名産品博物館 (ビアンカ視点)
「おぉ! おう! おーう! それはまさしく大きなメダル!」
ゆうじいさんはテスが持ってる盾をみて歓声をあげた。そしてテスの肩をかるく叩くと、とっても嬉しそうな笑顔になって
「よし今からお前さんがこの博物館の館長じゃ! さぁ、入って見てみてくれ」

私とテスは博物館の中にはいる。
すこしひやりとした空気。誰もこれまで入った事のない建物には思えないくらいのきれいな建物だった。
「しっかりした建物だね」
テスは壁や天井、階段なんかをじっと見てから、感心したように言った。
ゆうじいさんは私たちの後ろから、建物に入ってきて
「いい建物じゃろ?」
と嬉しそうな顔をした。
「ねえ、探険してみていい?」
私はゆうじいさんに尋ねる。ゆうじいさんは頷いた。
「よーく建物を見学して、よい名産品を並べて、よい博物館にしてくれ」

私はテスの手を引いて、中を見て回る。
建物の中は 陳列棚がたくさん並んでいる。
三階建てで、二階にはテラスがあった。
テラスにでてみると、やわらかな緑の匂いがした。
「静かね……」
「うん」
私たちはテラスにおいてある椅子に腰掛ける。
「緑が深いね……」
テスは目を細めて周りの木々を見つめる。
「本当ねー。……それにしてもこの緑に囲まれた小さな島に、たった一つしかない建物が博物館だなんて、なんだか素敵ね」
私は深呼吸してみる。
秋のすこし冷たい、さわやかな空気。
「いいところねー」
しばらくしてからテスの返事。
「うん……」
「ここが新婚旅行の最後になるくらいかしら? だってこれからはテスの故郷をめざす旅だもんね」

 
想像してみる。
行き着いた先。
山の中の国・グランバニア。
テスの血縁の人たちがいて、テスが帰ってきた事を喜んでくれる。
そこに小さな家でも借りて、いつか生まれる子供と一緒にニコニコ笑って暮らして。
しばらくしてからまた旅にでて、テスのお母さんを連れて家に戻って。
のんびり暮らすんだ。
ずっと仲良く。
そういうのって素敵。
特別なことなんていらない。
仲良く一緒にいられたら。
 

「ねえ、テス。グランバニアってどんな所かしらね?」
「……」
テスの返事はなかった。
「テス?」
隣を見てみると、テスは半分椅子から落ちそうになりながらも、器用にバランスを保った態勢で眠っていた。
「……いくら静かだからって……ムード台無し」
私は大きくため息を吐く。
 
確かに、静かで秋のさわやかな風のなか、この景色のいいところでお昼寝するのは悪いことじゃないけどね……。
「テス、起きてよ、風邪引くよ」
テスの体を揺さ振って起こす。
けど、一回眠るとなかなか起きない筋金入りのねぼすけさんは、なかなか目を覚まさない。
「……」
私は起こすのを諦める。
しばらくここでのんびり眠るのも悪くない。
テルパドールの砂漠以来、テスも私もちょっと疲れが溜まってるし。
こういう雰囲気のいいところに二人きりだから、本当はおしゃべりしたいけどね。でもおしゃべりはいつでもどれだけでもできる事だし。
私は大きく欠伸する。私もなんだか眠くなってきた。
私は椅子をテスのほうに寄せて、テスの手を握る。
目を瞑ると、とたんに眠気がすーっとやってきた。

 
 
目が覚めると夕方だった。
私にはテスのマントがかけられていて、テスは隣の椅子に座って剣の手入れをしていた。
「よく寝た?」
「先に寝たのはテスよ」
私はマントを返しながら頬を膨らます。
「折角いい雰囲気の所なのに」
「ごめんね、でもまあ、ボクはそれなりに楽しかったよ」
テスは手入れした剣をいろんな角度から見ながらチェックして、そんなことを言った。
「寝てたじゃない」
「うん、だから見れたんだよ、ビアンカちゃんの寝顔。可愛かった」
「……!」
 
顔が赤くなるのがわかる。恥ずかしいったらない。
 
「そんなのまじまじ見てないでよ!」
「わりと普段からよく見てるけど? 見るたびに可愛いなぁって思いながら。もうね、見るたびに幸せ噛み締めるよ。この可愛い人がボクの恋人なんだなぁって。世界中に自慢したい気分になる」
テスは私のほうを見ないで、少し頬を染めてそんな事を言った。
 

……知らなかった。
 
 
私も似たような事考えたことあったけど。
まさかまさか、テスがそういうこと考えてるって思ってなかった。
だって。
「今までそんな素振りみせなかったじゃない!」
「……見せたほうがよかったの?」
「そうよ! いいに決まってるじゃない!」
「……恥ずかしくない?」
テスに聞かれて、ちょっと考える。
「……恥ずかしいかも」
私たちは顔を見合わせて、どちらからとなく笑いだす。
 
「私たち、今くらいが丁度いいのかもしれないわね」
「そうだね、無理に表現しないって事で」
「あ! でも時々表現してほしい!」
私がそういうと、テスはしばらく私をじっと見つめたあと、いきなりキスしてくれた。
「それじゃ帰ろう、皆待ってる」
テスに手を引かれて歩く。
真っ赤な夕焼け。
テスの耳が赤いのは夕焼けのせいじゃないといいなぁって、そんなことを思った。

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