21■新婚旅行
新婚旅行で、思い出の地をめぐる。


97■これからの事 (ビアンカ視点)
村は、いつもどおりだった。
ノンビリと、同じ時間が流れてる感じ。
「旅が終わったら、こういうところでノンビリと過ごすのもいいかもね」
私はテスを見上げて言う。
「そうだねー、最終的にはこういうノンビリしたところがいいかもしれないね。……ずっとせわしなく移動し続けることになるだろうから」
テスも村をじっと見つめて答えた。
テスはお父さんの手を引いて歩き出す。と、いうのもお父さんは、慣れない船旅でちょっと疲れたのかふらふらしてるから。「気をつけて」とか言いながら、少しゆっくりと歩く。
「お父さん、暫く私達村にとどまろうか?」
そういってみたけど、お父さんは首を横にふった。
「そんな暇があったら、さっさと旅に出なさい。決心が揺らぐ」
って。
 
誰の決心かって。
多分、私も、テスも、お父さんも。
みんなの「決心」が揺らいじゃうんだろうな。

私は親元を離れたことがなかったし。
お父さんも私と離れるの、何だかんだで寂しがってくれてるし。
テスも、お父さんが病身だから、私を連れて行くことに少し戸惑ってるみたいだし。
勢いで行っちゃわなきゃダメなんだろうな。

そんな事を考えながら、家までの道を歩く。
途中で、よろず屋さんのおじさんと会った。
「あ、ダンカンさんビアンカちゃん、お帰り。どうだったね、結婚式は」
「え? おじさんなんで知ってるの?」
私が驚くと、よろず屋のおじさんのほうが今度は驚いて
「だって、ビアンカちゃんがかぶったヴェールは俺が作ったんだよ? あれ? 聞いてない?」
「聞いてないよ?」
答えて、あわててテスを見ると「あー」って慌てたような顔をする。言い忘れたことを反省したみたい。
「で、どうだった?」
「とっても素敵な式になったわ。きっとおじさんの作ってくれたヴェールの御蔭でもあるわね」
私が答えると、おじさんは胸を張った。
「まあね、俺の作るヴェールは天下一品なんだぞ。大昔だけど、ある国の国王さまにたのまれて作ったこともあるくらいだ。……あれはたしか……何て言ったっけな」
おじさんはそういうと少し考え始める。
「国王に頼まれたこともあったのかい、へー」
お父さんは驚いて目を見開く。
「お前、お姫様と同じ品質のものをかぶったんだねえ」
お父さんがマジマジと私を見ていった。
「ルドマンさんってすごいわね」
私も呆然として呟く。「貰っちゃって良かったのかしら?」

実はあのあと、ドレスもヴェールも頂いてしまって、今は荷物として馬車に乗せてある。そんな「良い物」だって知ってたら、ちゃんとお父さんに管理してもらったのに。
「あー、そうだ。思い出した。パパスという王子さまが結婚するときだったな、作ったのは」
よろず屋のおじさんは、手を叩いてそんな事を言った。
 
「え?」
私とテスと、お父さんの声が見事にハモった。
 
「誰って?」
「パパス王子だよ。そろそろ俺店に戻らないといかんから、もう行くな」
そういって、おじさんは最後に「おめでとう!」と言ってから足早に店のほうへ歩いていってしまった。

「ええと」
テスが困ったように声をあげる。
「……どういうことかしらねえ?」
私も困って、首をかしげる。
「……あやかったのかな。王族の名前に。……お父さんと王子様っていうのがどうしてもイコールになりそうにないしさ。まあ、王子様ってヘンリー君くらいしか知らないけどね」
「でも、パパスは結構品のある、いい男だったぞ」
お父さんがぼそぼそという。「どこか堂々としてたし」

私達は、道の真ん中で大きなため息をついた。

「……まあ、考えても答えのでる問題ではないしね」
テスはそういうと、もう一度大きく息を吐いてから、お父さんの手を引いて歩き始める。
私もその後ろからついて歩いた。
 
少し考える。
おじ様は、まあ、子どもでも分かるくらいに堂々とした素敵な人で、ちょっと「普通のオトナ」と違ってたけど。
ソレがどういう「違い」だったのかなんて、流石に今になっては分からない。
第一、子どもであるテスが「イコールにならない」って言ってるし。
良くある名前って感じでもないんだけど。
……なんなのかしら。

結局答えなんて、ないんだろうけど。

久しぶりに帰った我が家。
「明日の朝出発するにしても、気分だけでもゆっくりしていこうね。ここはもう、テスの家でもあるのよ?」
私はそういうと、すぐに台所に向かう。
お父さんは横になるって言って、自分の部屋に行ってしまった。
テスがテーブルからコッチを見てる。
「何か手伝う?」
「じゃあ、玉葱剥いて」
頼むと、テスがこっちに歩いてきて玉葱を剥き始める。
「これからドコへ向かうの?」
「取り敢えずはポートセルミかな。船を借りに行かないと。くれるってルドマンさんは言ってたけどさ、まあ借り物くらいの気持ちで……」
「そうね、高いものだもんね。借り物くらいのつもりで乗ってたほうがいいかもしれないわね。その後は?」
「何処か行きたいところはある?」
「そうねえ、カジノ船は気になるし、でも、ルドマンさんが言ってたみたいに、昔のなじみの場所っていうのも気になるかなあ」
答えると、テスは少し嬉しそうに笑った。
「よかった」
「え?」
「昔なじみの場所に行こうと思ってたから。……ボクらの最初の冒険には、うってつけの場所があるからね」
「レヌール城!?」
私は思わずテスを見上げる。
「うん。昼間に行けば暗くないし、もうお化けもいないしさ」
「……言っておくけど、もうお化けとか暗闇は怖くないわよ?」
憮然として言うと、テスは隣で笑いをこらえてるのか、肩をすこし震わしてた。
「別に怖がってるのを見たいとかじゃないよ。……なんていうのかな」
テスは暫く言葉を捜しているみたいだった。
「やりなおし? ……違うなあ。再スタート? しきりなおし?」
どうやらいい言葉が見つからないらしい。しきりに色んな言葉を並べている。
「ともかくさ、アルカパとか、サンタローズとかさ。その辺が思い出の場所なんだから。そうなると、レヌール城は欠かせない」
「……サンタローズは、平気なの?」
私はテスをまっすぐ見て尋ねる。
思い出す惨状。
私は、あの村を、ほとんどちゃんと見ることが出来なかった。
「平気だよ。シスター達にも結婚を伝えたいしね」
テスはなんてことなさそうな様子で、軽く答えた。
「そう、じゃあ、そうしましょ?」

これからの事が決まっちゃうと、少し落ち着いた気がした。
旅の「苦労」より「楽しみ」の気分の方が、ずっと大きい。
甘いのかもしれないけど。
きっと楽しんで旅ができると思う。
98■新婚旅行 ポートセルミ編(テス視点)
「大きな船ねー!」
ビアンカちゃんは船を見上げてぽかんと口をあけた。
ボクは無言でうなずく。
外海にもでられる船だって聞いてたから、ある程度大きいだろうとは思ってたけど……。
「大きいねー」
なんとか声をあげる。ビアンカちゃんも頷いた。
「ルドマンさんのスケールって、私たちとは何かケタが違うね」
ボクらは顔をあわせて苦笑しあう。笑うしかなかったって感じ。

見覚えあると思ったら、ビスタからポートセルミに乗ってきたときに使った船だった。ルドマンさんの持ち物、そういえばそんなことを聞いた記憶もある。
クルーは「なんと」と言うか「さすが」と言うか……リングを探すときに船を操ってくれていた人たちだった。ボクらにとっては有り難い。皆について、また説明をいちからしなくても良いって事だし。
「夕方には全部荷物が積みおわると思うっす! その後すぐ出発もできますが、オーナーは夜出発されるっすか?」
「……オーナー?」
ボクとビアンカちゃんは首を傾げて、思わず振り返る。後ろに誰かいるんだと思ったから。実際には誰も居なくて、話し掛けてくれたサミュさんが苦笑している。
「オーナーはテスさんっす! ルドマンさんから名義が代わったんすよ!」
「……あ、そうか」
ボクとビアンカちゃんは再び顔を見合わせる。
「ルドマンさんから買ったって考えて毎月貯金しようとか考えてたんだけど、月幾らの何年ローンになるのかしら」
「見当つかないよ……。ボクらもしかしなくても、今すごい状況にいる?」
顔が引きつるのがよく分かる。お互いに虚しい空笑いをした。
「で、オーナー! 出発はどうしますか!?」
「明るくなってからで……明日の朝で良いと思います」
ボクはなんとかかんとか声を絞りだすようにして答えると、船の準備をクルーのみんなに任せて、ビアンカちゃんと港をあとにした。
 
 
 

町のなかは相変わらず波の音と、カモメのなく声がたえずどこからか聞こえてきている。
ボクとビアンカちゃんは手をつないで、目的もないままぶらぶらと町を散歩した。
途中で見かけた定食屋で軽く食事をしながら、ボクらは地図をみる。
「ビスタに向かうのよね? 途中でカジノ船の近くを通るんだねー!」
「先にカジノ船にいく?」
「どうせ当たらないけど、ちょっと寄ってみたいわね。特別室って泊まってみたいし。……けど、テルパドールだっけ? そこへ行くときに寄れるわよね?」
「航路的には問題ないよ」
「じゃあ、カジノ船はその時でいいわ。アルカパに早く行ってみたいもの」
「やっぱり、故郷は懐かしい?」
「戻った事がないから、分からないけどたぶんね、懐かしいと感じるでしょうね。いやな思い出とかないし」
ビアンカちゃんは笑うと、運ばれてきた林檎のゼリーを見て目を輝かせた。

翌朝、ビアンカちゃんに叩き起こされて(やっぱり宿で眠るとぐっすり寝てしまって寝過ごしてしまう)町の外に皆を呼びに行った。
皆はもちろんちゃんと起きていて、めずらしくボクが「ちゃんと朝といえる時間」に町を出てきたと言って驚いている。
「ビアンカと結婚したから張り切ってるんだろ」
スラリンが「へっ」って鼻で笑うように言う。
「張り切ってるのは、むしろビアンカちゃんだよ。……今日だって叩き起こされて……」
答えると、皆が声をあげて笑った。
「もう負けててどうする! 最初が肝心なんだぞ!」
スラリンがボクの足に体当たりしながら叫ぶ。
「何の勝ち負け? それって。いいじゃない、別にビアンカちゃんが楽しそうならそれで」
「けどさー」
「ビアンカちゃんはまだ旅に不慣れなんだし、ダンカンさんと別れて生活するのは初めてなんだからさ、そういう辛さとか淋しさとかが紛れるなら、別にボクは尻に敷かれてても気にしないよ」
ボクのことばに、皆か「ハイハイ、言ってろよ」みたいな事を言って馬車に入っていく。
「もー何でもいいから、船に乗ろう」

「それではビスタに向けて出発ー!」
ビアンカちゃんの合図に、クルーの皆が「オーッ!」と答える。
船長が次々に号令をかける。クルーの皆がそれに答えてキビキビと動く。
やがて、船が動きだす。
ぐんぐんと進んでいく。港が小さくなっていく。それとともに、ポートセルミの町が小さく遠くなっていく。
不思議な感覚だった。
どういうふうに説明をしたらいいのか、分からない感覚。
ビアンカちゃんも皆も、神妙な顔つきで小さくなっていく町を見つめていた。
 
これから、長い長いたびになる。
99■新婚旅行 アルカパ編 1 (テス視点)
ビスタ港から、そのままアルカパをめざす。見慣れた景色だったはずなのに、少し違って見えるのは、隣にビアンカちゃんがいるからかもしれない。
港から歩いて二日くらいで、アルカパについた。本当はルーラで戻れたんだけど、やっぱりちょっとでも一緒にいる時間はほしい。例え皆に冷やかされても。
……おかげで冷やかされるのにも慣れてきた。
いつもどおり町の入り口で皆と別れて、ボクはビアンカちゃんと町に入った。

「うわー、懐かしい!」
ビアンカちゃんは町の入り口で軽く叫ぶ。
「なぁんにもかわってないわ! 人はかわってるけど!」
キョロキョロと周りを見渡して、興奮したように頬を染めている。そして、ボクの手を引いて早足で歩きだす。
花畑に囲まれた教会。
橋の向こうの小さな小島も、花が咲いている。
「ここでゲレゲレを助けたのよね! 懐かしいなぁー」
「猫だと思い込んでたんだよね」
ビアンカちゃんがボクの手を離して、足元の花を摘みはじめた。
「綺麗ね」
ビアンカちゃんはニコニコと笑いながら、いくつも花を摘んでから立ち上がると、それをいきなりぱっと空に向かって投げた。
 

花や花びらがパラパラと空から降ってくる。
雪みたいな白い花びら。
秋の冷たい風。
なのに、ここだけが春みたいな感じ。
 
 
その中でビアンカちゃんはニコニコ笑ってボクをしっかりと見つめていた。
「綺麗ね」
「うん」
「ねぇ、テス」
「何」
「一緒にいられるって素敵ね」
ビアンカちゃんはボクの手を握る。ぎゅっと。
「テスがここにいてくれてよかった。……テスはこれまで結構大変だったけど、きっともう、大変な事は起こらないの。人生の辛いことは全部済んじゃったの。これからは、きっと良いことしか起こらないわ」
 
ビアンカちゃんはそう言ってにっこり笑う。
ボクもつられて笑った。
 
「テスはここに居る。生きてる。もういいことが始まってる。神様もそんなに意地悪なわけないもの。これから、世界はテスにやさしいの」
「例えばビアンカちゃんに逢わせてくれたり?」
そう言ったらビアンカちゃんはクスクス笑って、済ました顔で「そうよ」って答えた。
 
 

ビアンカちゃんが言ってることは、子供じみた夢みたいな事だったのかもしれない。
けど、その言葉はとても嬉しくて、絶対にそうなるだろうって気がした。
予言ってこんな感じなのかもしれない。

 
ボクらはしばらく見つめあってて、急に恥ずかしくなってお互い目を逸らした。
「私たち何やってんのかしらね」
ビアンカちゃんが恥ずかしそうに頭を掻く。ボクも苦笑しながら頷いた。
「本当にね。皆の前ではしないように気を付けよう」
ボクらは頷きあって苦笑しあう。
ビアンカちゃんはそのあと、「なるべくね」って付け加えた。

ボクらは町の奥にある大きな宿の一番良い部屋をとった。
もちろん、ビアンカちゃんの元実家。
人手に渡ってるとはいえ、やっぱり懐かしいらしい。ビアンカちゃんはしみじみと宿のあちこちをみている。
 
新しい持ち主は、丁寧に宿を使っているんだろう。宿はどこもピカピカに研かれていて、ビアンカちゃんはそれが嬉しいって喜んでいた。
「ここでかくれんぼやったよねー」
ビアンカちゃんはバスタブを指差して笑う。
「ごめん、あんまり覚えてない」
ボクが謝ると、ビアンカちゃんはまた笑った。
「まあ、小さかったからね、仕方ないか。……テスったら毎回ここに隠れるんだもん、探しやすかったわー!」
ビアンカちゃんはバスタブを覗き込むと、お腹を抱えて笑っている。
「そんなに笑わなくても……」
「ごめんごめん、思い出すとやっぱり……」
ビアンカちゃんはまだ笑ってる。あんまり笑うからさすがにムッとしてきた。
「どうせ単純だよ。昔も今も」
「ごめん、怒ったの? ねぇ、ごめんね」
ビアンカちゃんは上目遣いでボクを見る。
ずるいなぁ、そんな風にされたらこれ以上怒れない。きっとそんなのもわかっててやってるんだろうなぁ。
ずっと小さい頃から、きっとずっと先まで、ボクはビアンカちゃんにこんな風に振り回されて、あしらわれていくんだろうなあって、ちょっと思った。
まあ、別に悪いことじゃない。
 
「……も、いい。怒ってないよ」
「ウソっぽい」
ビアンカちゃんもそう言いながらも、もうボクが怒らないのがわかってるみたい。また宿のあちこちを見はじめた。
 
「どこもかしこもちゃんと覚えてる自分の家なのに、自分の家じゃないのよね。……変な気分だわ」
少し淋しそうな顔つきで呟いたのに、次にボクを見上げたときはもう元気ないつもの顔に戻ってた。
「ご飯食べにいこうよ」
ビアンカちゃんはボクの手を引いて歩きだす。
 
 
 
ここに泊まるのはよくなかったんじゃないかな。まだ早かったんじゃないかなって、ぼんやりと思った。
100■新婚旅行 アルカパ編 2 (ビアンカ視点)
闇の中で、じっと天井を見つめる。闇に慣れた目は、天井を走る柱を見分ける程。もうベッドに入って随分たつのに、まだ眠れない。
隣のベッドからは、テスの規則正しい寝息が聞こえてくる。もうすっかり眠っているみたい。
ため息。
私は音を立てないように起き上がって、窓から外を見る。
町全体が眠っているみたい。暗い大通りには誰もいなかった。
小さかった頃、私とテスがおばけ退治にむかったのも、こんな時間だった。今見てみても、ビックリするくらい暗い。
よくやれたものだ、と思った。
 
 

「ビアンカちゃん」
急に声をかけられて驚いて振りかえる。囁くような声だったけど、今のは寝言じゃない。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん」
テスは起き上がったりはしないで、声だけ返してくる。
「どうしたの? 眠れない?」
「……ちょっと昔の事を思い出して……」
私は眠れない事を否定しないで答えて、ベッドの方に戻る。
テスはじっと私を見ていた。
闇の中でも分かる、優しい真っ黒なつやつやの瞳。
「……悲しい?」
「ううん、悲しいとか、そんなんじゃないのよ。昔は昔、今は今だもん」
「……」
テスは何か言いかけて、結局何も言わなかった。
「……それに今はテスが傍にいてくれるもの。とても幸せ。悲しいなんて、ないわよ」
「……そう。……よかった。……本当はここに泊まるのはよくなかったんじゃないかなって、思ってた」
テスの声はとても低くて、やわらかで、優しい。
泣きそうなくらい、優しい。
包み込まれるみたい。
「ねぇ、テス。……そっちに行っても……いい?」
テスはしばらく私を見つめていた。そして頷いた。
「うん、いいよ」
テスはベッドの中で少し動いて、私が入り込めるだけのスペースを作ってから、掛け布団を少しだけ持ち上げて私を招き入れてくれた。
私は素早くテスのベッドに潜り込む。
そしてテスの腕を枕にするみたいにして、テスにくっつく。
「あったかい……」
「ビアンカちゃんが冷えすぎなんだよ……。一体どれだけ起きてたの? こんなに体冷やして……。風邪ひいたらどうするつもり? 風邪って侮れないんだよ? ビアンカちゃんも知ってるでしょ?」
テスはブツブツ説教しながら、私をぎゅっと抱き締めてくれる。
「ごめんなさぁい」
暖かい。
しばらくしたら、ふわりと眠気が襲ってきた。
私はゆっくりと目を閉じる。
このまま眠ろう。
そう思った、ら。
 
 

「ビアンカちゃん」
テスの声に目を覚ます。
「なぁに?」
とろとろとした眠気の中、返事をする。
幸せな気分。
「あの、そろそろ、自分のベッドに戻ったほうが……そのほうがしっかり寝られるかと思います」
 
 

眠気が吹き飛んだ。
これは……どういうことかしら?
一緒に寝るのがイヤってこと?
え?
私魅力無いのかしら。
それともぐっすり眠りたいのかな?
色んな事が頭のなかを巡っていって、考えがまとまらない。
 
 

「……なんで?」
「ちょっと時間切れ……これ以上は紳士的に振る舞う自信がありません」
意味が頭に染み込んでくるまで時間がかかった。
意味がわかったら、笑えてきた。
「いや、笑い事じゃないですよ?」
テスがかなり真剣だから、ますます笑えてくる。
 

この人、可愛いわ!

 
 
「テス、私達結婚したよね?」
「しましたよ?」
「だったら、別に……ねえ?」
「……」
テスはテスで私が何を言いたいのか、暫く頭に入らなかったらしい。しばらくきょとんと私を見ていて、やがて
「!!!」
……どうやら意味を理解したみたい。
はっきりと分かるくらいにうろたえた。
「……あの、いいんでしょうか?」
「いいよー」
私はにこにこ笑って答える。
「テスってさ、照れたりはずかしかったりすると丁寧語になるよね、私に対して」
「え!?」
「なんだ、気付いてなかったんだ」
私はクスクスと笑う。テスはちょっと居心地悪そうに咳払いしたあと私をじっと見つめて
「……好きだよ、ビアンカちゃん」
って、ささやくように言った。
「……愛してるわ、テス」
私もにこりと笑ってから答える。
テスは私を抱き寄せると、おでこにそっとキスしてくれた。

 
それから私達は、コレまで以上に仲良くなって。
思いっきり朝寝坊した。
101■新婚旅行 レヌール城(ピエール視点)
主殿とビアンカ殿がアルカパの町から馬車に戻ってきたのは、昼に近い時間だった。
「ごめんねー、遅くなっちゃったー」
相変わらず、主殿はあまり誠意の感じられない謝罪を口にする。我々も主殿が町から出てくるのが遅いことには慣れてしまっていて、苦笑するくらい。
なぜかビアンカ殿が少し落ち着かない感じで、私たちと目を合わせようとしないのに気付いた。
「ビアンカ殿、どうされましたか?」
私が尋ねると、ビアンカ殿は目に見えて驚いた。
「え? いつもどおりよ?」
引きつったような笑顔でビアンカ殿は答える。
「そうですか?」
私が首を傾げてさらに質問をしようと口を開きかけた時。
「ビアンカちゃん、ちょっと」
ビアンカ殿は主殿に呼ばれて、少しほっとしたような顔をして主殿の方へ歩いていった。

「気くらい使え」
その様子を見ていたマーリンにぼそりと言われて、私はますます首を傾げることになった。

アルカパから北に歩いたところにある、朽ちかけたレヌール城と言うところが、本日の目的地。
何故そのような所にわざわざ行くのか聞いてみたら、主殿とビアンカ殿の思い出の場所なのだそうだ。
城への道はそれといった苦難もなかったので、道すがらその思い出を聞かせてもらった。
主殿とビアンカ殿は小さな頃から活発で、勇気と優しさを持っていたようだ。ただ、無謀でもあるとは思った。
彼らは、もしかしたら小さな頃からあまりかわってないのかもしれない。

レヌール城は、川のほとりにぽつんとたっていた。
こんな所まで、本当に子供二人で真夜中に来たのだろうか?そんな気持ちで主殿を見上げる。
「懐かしーい! 昼に見ると全然雰囲気違うわね!」
ビアンカ殿が弾んだ声をあげる。どうやら本当に来ていたらしい。主殿も、少し懐かしそうな目で城を見つめている。
「空気が澄んでるわね、約束どおりもうお化けも悪さをしてないんだ。……この城はもう大丈夫ね」
どうせ誰も居ないよ、という主殿の言葉に、我々も一緒に城に入ることにした。
「思い出すわねー、テスったらお城に入るとき挨拶したわよねー」
「言ったね……」
「全然動じてなくて頼もしいと思ってたのに、『お化けってなぁに?』だもんねー」
「知らなかったんだから、仕方ないよ……」
主殿はビアンカ殿の言葉に苦笑しながら答える。
小さな頃の主殿たちが想像できて微笑ましい。たぶん今と変わらず主殿はビアンカ殿にたじたじだったのだろう。
 

大きな門を開けて中に入る。中は大広間になっていた。
「今見ると埃っぽいわね。あの辺の角とか影になってて恐かったなー」
ビアンカ殿が部屋の隅を指差す。主殿は頷いてから、真ん中の方を指差して
「ここで食べられそうになったんだよねー」
などとさらりと恐ろしい事を言いながら、主殿たちは歩いていく。我々もそのあとにつづいて歩く。
沢山の部屋を見ながら、彼らは思い出を語り合う。
その一つ一つが本当に子供の頃の話としては、かなりハードだ。
ゲレゲレの命がかかっていたとはいえ、本当に豪胆というか無謀というか……。
思わずまじまじと主殿を見上げてしまった。
 

やがて、玉座の間についた。
「ここにお化けの親玉がいたんだよねー」
ビアンカ殿は言いながら、ドアを開ける。
すると一組の男女が、ベランダの方へ走り去るのが見えた。
「え?」
「何?」
主殿たちは口々に言うと、その二人を追っていく。我々もそのあとにつづいた。
 
男女は、ベランダの端で手に手を取って縮こまっていた。
「お願いです! 見逃してください!」
彼らは必死に話をはじめる。
身分違いの恋に、二人で手に手を取って逃げてきたこと。
死のうと思っていたのを、この城をみて、招き入れられた気分になり、死ぬことをやめたこと。
しばらく主殿は静かに話を聞いていて、ただ一言「お幸せに」と言って、ビアンカ殿の手を引いてその場をあとにした。
「身分違いの恋かぁ……。どっちが偉かったのかな?」
ビアンカ殿が首を傾げる。
「どっちでもいいよ、あの人たちが幸せならさ」
主殿は答えて、ビアンカ殿の手をぎゅっと握った。
「そうね」
ビアンカ殿はやわらかく微笑むと、その手を握りかえしていた。

最上階には、花に囲まれた墓が二つ並んでいた。
「よかった! 荒らされてないね。たぶんあの人たち、王さまたちに招かれたんだよね。優しい王さまだったもの」
ビアンカ殿はそう言うと、そっと王の墓を撫でて「ありがとうございます」と言って微笑む。「これからもあの人たち、守ってあげてね」
ビアンカ殿と主殿は、跪いて墓に祈る。
「さぁ、もう行きましょう? ここはもう大丈夫」
 
 

立ち上がって笑ったビアンカ殿は、とても美しかった。
102■新婚旅行 サンタローズ編 (ビアンカ視点)
レヌール城での思い出の旅を終わって、私達はまた旅に戻った。今はアルカパはそのまま素通りして、野営しながらサンタローズを目指している。
テスの故郷。
壊されてしまった、故郷。
今でも憶えてる。ラインハットが、サンタローズに攻め入ったって聞かされた日、怖くて仕方なかった。
「ウソだウソだ!」って叫んで泣いて。
両親を説き伏せてからサンタローズに様子を見に来たんだ。

サンタローズは見る影もなくて。
とても怖くて。
今だって本当は、怖い。
「……ビアンカちゃん大丈夫?」
「……平気よ? テスは平気?」
「うーん、まあ、平気」
テスは「うまく言えないけど」って呟いて、頭を掻いた。
 
 
サンタローズについたのは、夕方というよりは夜といったほうが良いような時間帯だった。
皆と村の入り口で別れて、村に入る。
「私ね、一回だけここに来たんだ。村が壊れたって聞いてから。洞窟とか、探したよ。テスが居るんじゃないかって思って」
「……そう、怖かったでしょ?」
「うん」
答えながら、呆然と村を見つめる。
月明かりの中にぼんやりと浮かぶ、打ち壊された建物。
いまだに残る、ばら撒かれた毒。
コレまで寄ったどこの村よりも、ずっとずっと静か。
動くものなんて何もない。
「……静か過ぎるよね」
私は呟く。
「そうだね」
テスは頷いて、私の手を握った。
ちょっとだけ震えてる。
やっぱり、全然怖くないって訳ではないんだ。
「今の町の景色を見てると、大切な思い出までラインハットの兵にこわされた気がして悲しくなるわ」
「うん、でも、兵達が悪いわけじゃないんだよ。あのときのラインハットは、ちょっと壊れてたんだ」
「わかってるのよ、テスとヘンリーさんの話はちゃんと聞いたもの。……それはそれ、コレはコレっていうの?」
「……うん、まあ、それも否定はしないよ?」
テスは複雑な表情を浮かべて、苦笑する。
テスだって、やっぱり微妙な立場と気分なんだろうな。……これ以上は、何も言わない方がいいのかも。
 
 

「……やっぱりテスの家の壊され方が一番酷いよね。昔私がテスに読んであげようとした本も、もう燃えちゃった……」
テスの家は、もう柱だけしか残ってない。
屋根も、床もなくて。
ただ月明かりが照らしてる。
「しかたないよね、一応口実がウチだったんだから」
テスはぼんやりと柱を見つめて、こつんと額を柱に押し付けた。
「……ただいま。また来たよ。今ね、本当に幸せだから。……ビアンカちゃんと結婚したんだよ」
テスは呟く。
そこに誰かが居て、報告するみたいに。
 
私はぎゅっとテスの腕を掴む。
どこかに行っちゃいそうな感じ。
 
「きっと、サンチョさんは無事だよ、どっかでテスを待ってるよ」
私は無理やりにっこり笑う。
「そうだね」
テスも笑うと歩き始める。
「今日は教会に泊めてもらおうよ。シスターに、村に寄ったらいつでもおいでって言ってもらってるんだ」
「夜だけどいいのかなあ?」
私は首をかしげながらテスに続いて歩く。

振り返って、テスの家をもう一回だけ見る。

あの日は、ちゃんと見られなかった。
ここが壊れたのは、もうずっとずっと前の話なのに。
まだ、生々しい傷になって残ってる。
 
でも、乗り越えていかなきゃ。
そのために、私達は二人になったんだ。
一人ずつでは乗り越えられなかったものも、きっと乗り越えていける。
 
 
「あらまあ、テっちゃん、お帰りなさい」
教会でシスターは笑顔で私達を迎えてくれた。
テスもニコニコと笑いながら「ただいま」って言ってる。
そういえば、ちっさい時からテスはこのシスターに懐いてたっけ。
……もしかして、年上趣味?
私がなんとも微妙な気分に陥ってる間にも、テスとシスターの話は弾んでいたみたい。シスターが私を見て驚いてる。
「え? なんですって? テっちゃんとビアンカさんが結婚を!? まあ! それじゃそのステキな人がビアンカさんね!」

素敵な人って言われちゃった。

「お久しぶりです! シスター。今はテスと2人で旅をしてるんです」
色んなことが色々と頭をよぎっていくけど、考えてみたら私もここに来るたび、シスターのお世話になってたんだっけ。
シスターの方が、子ども好きだったんだわ、きっと。
「そうだったの…。それならパパスさんがいなくても、もう淋しくないわね、テっちゃん。あとはお母さまが早く見つかるといいわね。私もお祈りしているわ」
にこりと笑って、シスターは言う。
「今日は泊まって行ってね? 隣のおじいちゃんにも会っていってあげて?」
「ええ」
テスは頷いて、私達は今日はシスターのお言葉に甘えることにした。
眠る時に、「絶対お母さんを探し出そうね」って約束をした。

 

次の日の朝、私とテスは朝ごはんをシスターに御馳走になってから、隣のおじいちゃんの家に行ってみた。
隣のおじいちゃんは、元気にしてた。
小さな男の子が一人、一緒に暮らしてた。
両親をなくした子を引き取ったんだって、おじいちゃんは優しい瞳をして男の子を見つめてた。
「テスがこの村に居たのも、あの子くらいのときだったなあ」
「うん」
テスは小さく頷く。
そう。テスがパパスさんを失ったのも、あのくらいの歳だったんだ。
きっと、私が想像するよりずっと辛かったんだろうなって、ふと思った。
「淋しい?」
テスは男の子に訊ねる。
「ううん、じいちゃんがいるし、ベラも遊びに来てくれるもん。オレ、もう遊びに行かなきゃ!」
男の子が家から飛び出していこうとするのを、テスは引き止めて。
「ベラによろしく。テスは元気だって、伝えてくれない?」
「……いいよ? 言っとく!」
男の子は今度こそ、って感じで家から飛び出していった。
「ベラ? 友達?」
「うん、妖精だよ。皆見えないだろうけど。ボクも遊んだこと有る。妖精の国の話、したよね?」
「うん、聞いた。いいなあ、私も行ってみたかったな」
「いつかいけるよ。遊びに来てもいいって言われてるし」
テスは天井を見上げて笑った。

もう、テスは大丈夫。
直感的にそう思う。
私はともかくそれが、嬉しかった。

 / 目次 /