20■結婚式
結婚式。幸せの記憶。


90■結婚式 1 (ビアンカ視点)
「何だか、不思議な気分だわ」
私はつぶやく。
「とてもキレイですよ、ビアンカさん」
フローラさんがにこにこ笑う。
「それにしても隣はにぎやかですねー」
フローラさんが隣の部屋につながってる壁を見つめる。
隣はテスが着替えをしてるんだけど、さっきから「いいです、一人で着替えられます!」とか「お気遣いなく!」とか言う悲鳴じみた声が聞こえてくる。
「テスさん、素敵だから皆お手伝いしたいんでしょうね」
フローラさんは苦笑する。
「本当にイヤがってるわねー」
私も苦笑する。テスの慌てぶりが目に見えるよう。
……ああ、なんか可笑しい。私とフローラさんは顔を見合わしてクスクス笑う。

「ビアンカさん」
フローラさんは私のドレスの後ろのリボンを結びながら、真面目な声をあげた。
「なに?」
「私、テスさんが選んだのが、ビアンカさんでよかったです」
「フローラさん、好きな人がいたから?」
「それもありますけど……私、ビアンカさんを見たときに、あ、私この方が好きだわって思ったんです。可笑しな話ですけど……この方になら、負けても仕方ないわって。……私、ビアンカさんの事、好きです。多分、テスさんが選んだのがビアンカさんじゃなかったら、私、認めなかったと思います」
何か言わなきゃって思って鏡越しにフローラさんを見て見たら、フローラさんと目が合った。
フローラさんはにっこりと笑う。
「次はお化粧ですね」
……はぐらかされたのかしら?

フローラさんにお化粧してもらった顔をみて、私は思わず笑う。
「何だか見慣れないせいか、とっても変な気分だわ。うーん、似合わない……」
「そんなことありませんわ、とってもキレイ」
フローラさんがにこにこ笑うと、ブラシで私の髪をといてまとめてくれた。
「うーん、やっぱりアップの方がいいですね」
そんな事を言って、みつあみにした髪をまとめあげる。
「さあ、できました。とってもキレイですよ、ビアンカさん」
「ありがとう、フローラさん」

鏡に映った自分を改めて見る。うっすらと自然に施されたお化粧。
白い、胸の開いたドレス。
体の線が強調されるようなドレスで、タイトスカートになっている。
肘までの手袋も白。
後でテスにヴェールをかぶせてもらう。
この格好で白い花をまとめあげた花束を持つことになっている。
やっぱり、見慣れなくて変な気分。自分で自分を見て、笑っちゃいそう。

私は立ち上がるとフローラさんを抱き締める。とても不思議な気分。つい先日出会ったばかりなのに、ずっと前から友達だったみたいな、そんな感じ。大切なお友達と、結婚前に別れを惜しんで一緒にいるような。そんな気分。
「私もフローラさんの事、好きよ。大切なお友達。フローラさんに会えてよかった」
本当、不思議。
私この人と、本当に男の人取り合ったのかしら。……テスってところが締まらない感じだけど。
……まあ、フローラさん自身が違う人好きだったんだから、純粋には勝負してないけど。

部屋をでて、隣の部屋を見る。部屋前に居たメイドさんが私を見てにっこりほほえんだ。
「ビアンカさん、とてもおキレイです」
「ありがとう……テスは?」
訊ねると、メイドさんは苦笑して肩を竦めた。
どういう意味のジェスチャーなのか、分からなかった。

しばらくすると、テスが部屋から出てきた。
テスも白を基調とした素敵な服をきている。
テスは私を見ると、かーっと頬を染めた。そして興奮したようにまくしたてる。
「うわっ! ビアンカちゃん、綺麗! お姫さまみたい!」
「……お姫さま見たことあるの?」
「ないけど、イメージ!」
私たちのそんな会話を聞いて、フローラさんやメイドさんがクスクス笑っている。
「本当に綺麗」
テスは私をまじまじと見つめている。
「お化粧、変じゃない?」
「全然! とっても素敵!」
あんまりストレートに誉められると、とても恥ずかしい。

「さあ、花婿さん、花嫁さんにヴェールを被せてあげてくださいね」
メイドさんに急き立てるように声をかけられて、テスはうなずく。
「ビアンカちゃん」
テスは私の前に立つと、にっこり笑った。
私は少しだけ屈んで、テスを見上げる。
シルクで作られた、つやっとした綺麗なヴェールが、私にふわりとかけられる。
あぁ、私、本当に結婚するんだって、今初めて実感がわいてくる。

「それじゃあ私、先に教会に行ってますね。テスさん、ビアンカさん、今日は本当におめでとうございます」
フローラさんは頭を深々と下げてから、別荘を出ていく。たくさんのメイドさんもついて行った。

「ではテス様、ビアンカ様、ご案内いたします」
私はテスと腕を組んで、案内してくれる人について歩きだす。

とても晴れた空。
秋らしい、透明な空気。
やわらかな日差し。
赤やピンクの花で彩られた道。
胸いっぱいの幸せ。

私は忘れない。
きっと忘れない。

世界全部がキラキラして見える。
今日を、絶対忘れない。
91■結婚式 2 (ビアンカ視点)
教会にむかって歩いていると、向こうから足早に歩いてくる二人連れが見えた。
一人は男の人で、綺麗な緑の髪を肩まで伸ばして、とっても素敵な服をきている。
もう一人は女の人。綺麗な栗毛を腰までのばしてる。。やっぱり素敵な服をきている。
何ていうのか……ちょっと浮き世離れしてる感じ。何でこんな所にいるのかしら、って感じの人たちだった。さすが大商人の主催の結婚式だわーって思ってたら、テスが隣で「あ」って声を上げる。「知り合いの人?」って聞くよりも早く、向こうの男の人が声を上げた。
「おーい! テス!」
緑の髪の男の人がテスに手を振った。
「ヘンリー君!」
テスが弾んだ声をだす。
ヘンリーさんと言えば、確かテスと一緒にラインハットを救った人じゃなかったっけ?テスの友達で、ラインハットの元王子様。
「よう、元気そうで良かった。今日はおめでとう!」
ヘンリーさんはテスの手を取って握手した。結構フランクな感じ。……はっきり言って王子様な雰囲気ってあんまり無い。それが残念と言えば残念かも。
「遠いところありがとう」
テスもヘンリーさんの手を握り返して微笑む。
「馬子にも衣裳って感じだな」
ヘンリーさんはテスの服を上から下まで見て笑う。
「ヘンリー君こそ」
テスの受け答えは聞こえない振りでヘンリーさん続ける。
「テス、結婚式の最中に格好付けて失敗すんなよー?」
ヘンリーさんはテスの肩をバンバン叩きながら豪快に笑った。
「……ヘンリー君、失敗したんだ」
テスが心底気の毒そうな顔をすると、ヘンリーさんは恥ずかしかったらしく、少し顔を赤らめてテスにチョップを繰り出す。
「俺の事はどーだってイイんだよ!」
テスはそのチョップをがっちり受けとめながら笑う。
「うん、もう親分の尊い犠牲を糧に、失敗しないように気を付けるよー。そうかそうかヘンリー君失敗したんだー」
「まだ言うか!!」
その様子を見て、ヘンリーさんと一緒に来た女の人が笑わないように必死になっているのがわかった。でも、肩は震えている。
「今日はおめでとうございます、テスさん。とても素敵な結婚式になりそうですね」
女の人が深々と頭を下げた。とっても清楚で穏やかな感じ。フローラさんに似てるかも。
「ありがとう、マリアさん」
テスが微笑む。マリアさんって名前も聞いた。ヘンリーさんの奥さんだったはず。テスの知り合いって、テス本人は少ないとは言ってたけど、その分つながりが濃密な雰囲気。
「それじゃあ俺たち先に教会に行くな。また後で」
「うん、後でね」

ヘンリーさんとマリアさんは、軽く手を振って先に教会へ歩いていく。
「後でちゃんと紹介してね」
「もちろん」
テスがにっこり笑う。
「沢山の人にお祝いしてもらうんだね、ボクたち。……なんか、うれしいね。漸く『あー、結婚するんだー』って気がしてきたよ。……ちょっと遅いかな?」
「大丈夫よ、私も今日テスにヴェールをかけて貰ったとき、初めて実感がわいたもの。私たち、何もかもが急だったから仕方ないわ」
私が苦笑して答えると、テスがほっとしたように笑った。
「良かった。ボクだけじゃないんだね」
「そうよ、テスだけじゃないわ」
私も笑い返す。

「ではまいりましょうか」
私たちを先導してくれている人に促されて、私たちは再び歩きだす。
教会が近づいてきた。ソレとともに、心臓が物凄い速さで動く。
あぁ、いよいよ。
結婚式なんだ。

教会のドアが開け放たれた。中ではすでに沢山の人が私たちを待ってくれている。
さっき会ったヘンリーさんとマリアさん。
フローラさんやルドマンさん夫婦。
ケガが少し癒えてきたアンディさん。
町の人々。
そして、お父さん。

まだ何も始まってないのに、もう胸がいっぱい。
ちらっとテスを見上げたら、テスは緊張した顔で真っすぐ前を見ていて、私が見上げたのにも気付かないみたいだった。

二人で、静かに教会の中央の道を歩く。
天窓から光が束になってやわらかに降り注いでる。その中を通り抜けるたび、体が清められていく感じ。
私たちに注がれる、やさしい眼差し。

ついに神父様のもとに辿り着く。
神父様がゆっくりと私とテスを見比べてから、にこりと笑った。
「では、式をとりおこないます」
神父様の低い、しっかりした声とともに私たちの結婚式は始まった。
92■結婚式 3 (ビアンカ視点)
「それでは、本日これより神の御名においてテスとビアンカの結婚式を行います。それではまず、神への誓いの言葉を」
神父様の凛とした声に、私とテスは頷く。
神父様はそんな私たちを見て満足そうに微笑んで頷いた。

「テスはビアンカを妻とし…すこやかなる時も病める時も、その身を共にすることを誓いますか?」
「はい」
テスはにっこり笑って答える。
「なんじビアンカはテスを夫とし…すこやかなる時も病める時も、その身を共にすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
私は誇らしい気持ちで頷きながら答えた。この返事で私は、神様に見守られて、身も心もテスのお嫁さんになったわけで。
何だかとっても素敵な気分。
「よろしい。では 指輪の交換を」
神父様はそういうと、二つのリングが乗せられた平たいトレーを取り出した。
  
片方は、私とテスが一緒に探し出した、水のリング。
天窓からの光で、見つけたときよりもさらに輝きが増してるように感じる。とてもキラキラしている。
もう片方は、初めて見るリング。多分これが話に聞いていた炎のリングなんだろう。水のリングと元々対になってたみたいな感じ。とても綺麗なリングで、宝石の中で炎が燃えているみたいに見える。
テスは水のリングを手にとると、私の左手の薬指にそっとはめてくれた。
私は炎のリングを手に取ると、テスの左手の薬指にリングをはめる。テスの手は、骨ばってて指が結構長いことを、今初めて知った。こんな晴れの日に、しかも盛装してるのに、なぜかいつもはめている手首のバングルをはめたままだった。

「それでは神の御前でふたりが夫婦となることの証をお見せなさい。さあ誓いの口づけを!」

私はテスのほうを、テスは私のほうを、お互いに見る。
テスが私のヴェールをあげる。はっきりした視界にうつる、テスの照れた顔。
「恥ずかしいね」
テスの口が、声をださずにそう動く。私は少し笑って小さく頷いた。
遠くから見たら、きっと名前を呼ばれて頷いたようにしか見えなかっただろうと思う。
テスが少し屈んで私の頬を触ってにっこり微笑む。そしてそっと口付けてくれた。

体に電撃が走った気分。
そのあと、じわじわと体が幸せに包まれてく。
あぁ、私、テスが好きだ。
そんな事を再確認した。
テスの顔が離れていく。目が合ったら、テスは笑ってた。
 
 
教会の鐘が鳴り響く。
天井から響いて落ちてくる音。
荘厳な雰囲気のなか、神父様が天を仰いで手を広げて宣言した。
「おお神よ! ここにまた、新たな夫婦が生まれました! どうか末長くこの二人を見守って下さいますよう! アーメン……」
神父様が胸の前で十字をきった。
 
教会が歓声に包まれる。
この声が、皆、私たちに向けられてる「お祝いの言葉」だなんて、本当に信じられない気分。
私たちは、沢山の人に見守られ、祝福されている。
こんなに幸せで良いんだろうか。
そんな事を思いながら、教会の外を目指してテスと二人で歩く。
 
 
 
「おめでとう! テス! 幸せにな!」
ヘンリーさんが、右手を拳にして掲げながら、素敵な笑顔でいってくれる。
「テスさん、ビアンカさん、どうぞお幸せに!」
フローラさんはまるで自分の事のように、嬉しそうな顔をして手を叩いてくれてる。
「テスさん! 奥さんを大事にしろよ!」
半分冷やかすような声をあげて、口笛を吹いてる人もいる。
 
私とテスはそんな歓声の中、ようやく教会の外に出た。
お祝いに来てくれていた人たちも外に出てくる。
「……なんか、すごいね」
「そうね」
テスの言葉に、私も苦笑して答える。
「ウソみたい」

 
お祝いの人たちが、教会の入り口を囲むように並んだ。
皆ニコニコしてる。
私とテスだけが幸せなんじゃなくて、町の人まで幸せそう。
それがなんだか不思議な気分。
「おめでとう」
そんな言葉が、今日くらい嬉しい日って、もうないかもしれない。
そんな事を思いながら、私はお祝いしてくれてる人たちの顔を一人ひとり見て、ようやく探していた人を見つける。
 
私は狙いを定めてブーケを投げる。
秋特有のすがすがしい空気と高さを持った青い空に放物線を描いて、ブーケは飛んでいく。
 
そのブーケは狙ったとおり、ちゃんとフローラさんの腕の中に納まった。
「え?」
フローラさんが驚いて私を見たから、私はにっこり笑って返した。
 
次はきっとね。
そんな気持ちを込めて。
93■結婚式 4 (ビアンカ視点)
結婚式の後は、町を上げてのお祝いパーティーになった。
ルドマンさんが呼んだ楽団が、素敵なワルツを奏でてくれてる。
噴水のある広場に、いくつもテーブルが並べられ、その上には豪華なお料理がたくさん並んでいる。
お酒にいたっては、樽ごと並べられていて、誰でも好きなだけ飲んでいいようになっていた。
あちこちから、酔った陽気な声が聞こえる。
 
歌声。
笑い声。
 
少し向こうでは、ルドマンさんにお酒を勧められてテスが苦笑している。
私はフローラさんと話をしたり、ときどきテスのお酒を嗜めたりして(テスはものすごくお酒に弱いの)一緒に挨拶したりして、それなりに忙しく、楽しく過ごした。

少しずつ、日は傾いて空が瑠璃色にかわっていく。
お祭騒ぎはますます陽気に、ますます加熱していっている。
「ビアンカさん」
声をかけられて振り返ると、そこには酔ったのか少し顔を赤くしたヘンリーさんが、にこにこして立っていた。
「ヘンリーさん」
「今日は本当におめでとう」
「わざわざありがとうございます」
もう何度目か分からないお礼を言いながら、頭を下げる。テスの友達とはいえ、ヘンリーさんは王子様だったって聞いてる。そのせいで緊張して仕方ない。
「あのさ」
ヘンリーさんは「どこから話したらいいのか」って呟きながら、少し困った顔をした。
「こんなめでたい日になんなんだけどさ、たぶん今日しかビアンカさんと話す機会がないと思うから……」
ヘンリーさんは頭を掻きながら、ぼそぼそと話をはじめる。
ちょっと前、テスが紹介してくれた時のハキハキした感じがなかった。
「ビアンカさんは、テスと一緒に旅に行くつもり?」
「ええ、そのつもりですけど……?」
私が首を傾げると、ヘンリーさんは何かを決意したような真面目な顔をした。
テスは向こうで、マリアさんと話をしている。
何か、とてつもないことを言われる予感がして、私は深呼吸した。
「一緒に行くなら、テスの手を離さないでいてやって欲しい」
「え?」
「あいつはさ、オレにとって唯一の親友でさ。家族と同じくらい大切に思ってる。……ある意味家族より大切になるときもあった。オレが命を掛けることがあるなら、多分家族の為か、あいつの為だろうと思う。……あいつさ、漸く人並みの幸せに辿り着いたんだ。だから絶対、その幸せをなくさないでいて欲しい。その幸せは、ビアンカさんが握ってる。だから絶対、手を離さないでいてやって欲しいんだ」
ヘンリーさんの声はとても静かで、とても真剣だった。視線は向こうにいるテスに向けられていて、とてもやさしい。
「あいつはさ、しっかりしてるように見えて、わりと抜けてるし、何かに集中しちまうとまわりが見えなくなるし、ちょっと危なっかしいっていうか……。結構目的のために手段を選ばないトコがあったりして……」
ヘンリーさんは少し言葉を探してるみたいだった。
「あいつさ、簡単に諦めたり、死んだりしないって約束したんだけどさ。……時々、破滅願望があるんじゃないかって、ぞっとする事があったんだ。基本が無茶するタイプなんだろうなって……思う」
「破滅願望?」
「自分の身を顧みないって感じ。だから危なっかしい」
私は遠くで笑ってるテスを見る。何にも憂いのない顔で笑ってる。小さいときと変わらない笑顔。
 
なのに、破滅願望がある?
 
「だから。やばいと思った時には遅いかもしれない。なんかヤバそうな事言いだしたり、やりだしたら止めてやって。あいつ、たぶん自分の命が一番軽いと思ってる。そんなことないのにさ」
ヘンリーさんは悲しそうな顔で笑った。
「オレ、あいつには幸せになって貰わないと困るんだ。あわせる顔がないっていうか……。オレ、先に幸せになっちゃったからさ」
「ヘンリーさん、色々ありがとうございます。私、テスに幸せにしてもらったから、今度は私の番ですね。任せてください」
私はにっこり笑って、胸をたたいてみせた。
「絶対、手を離さないわ」
 
 

「ヘンリー君」
いつのまにか、テスとマリアさんが私とヘンリーさんの所にやってきていた。
「何話してたの? なんかビアンカちゃんちょっと悲しそうな顔してるんだけど? ヘンリー君?」
テスが笑顔を見せる。少し引きつったような、怒ったような顔。
「いくらヘンリー君でも、ビアンカちゃんを泣かせたりしたら許さないからね……?」
笑顔のまま、指の骨を鳴らして脅してる。
……子どもじみてる。本当に破滅願望なんて有るのかしら。
 
「そんなんじゃねぇっての! テスがガキの頃からどれだけビアンカちゃんビアンカちゃんって言ってたかとか、どれだけ女神ビアンカに夢中だったかとか、それでオレがどれだけからかって面白かったかとか、そういう結婚式にはつきものの恥ずかしい暴露話しかしてねぇ!」
「ヘンリー君の馬鹿ー! そんな恥ずかしい事言うことないでしょー!?」
テスが耳まで真っ赤にしてヘンリーさんに文句を言う。ヘンリーさんは笑いながら走って逃げていく。
それをテスは追い掛けていく。
……まさかさっき聞いたのが初めてだなんて思わないだろうな。詳しく聞きたいけど、もう聞けそうにない。何よ、女神って。
私とマリアさんは取り残されて思わず苦笑した。

それにしても。
私の知らないテスを、ヘンリーさんは知ってた。
ソレがとても、悔しくて淋しい。
私が、一番じゃないのが淋しい。
一番じゃなきゃ、嫌だ。
 
 

頼まれたって、手を離したりしない。
私は、テスと一緒に幸せになる。
誰にもジャマさせたり、しない。
94■結婚式 5 (ビアンカ視点)
お祭り騒ぎが終わったのは、夜も遅い時間だった。
私とテスはルドマンさんの別荘で一夜を明かすことになっている。
 
……初めての夜。
認識すると心臓が物凄く早くなってきた。
 
 
どうしよう。
そんな事を思いながら、ゆったりしたパジャマに着替えてベッドルームへ行くと、テスも似たようなゆったりした服を着て、ベッドの端に座っていた。
ベッドの脇の蝋燭がぼんやりとした明かりをベッドに落としている。
高い天井から、月明かり。
幻想的だった。
 
「こ、こんばんは」
思わず他人行儀な挨拶をした私を見て、テスはちょっと笑った。
お互い緊張してる。
「あのさ、ビアンカちゃん」
テスは私のほうを見た。

ドキンとした。
テスの目は見たことないくらい真剣で、マジメだった。

「テス……」
私はドキドキしながら、ベッドに腰掛ける。
「……あのさ、ヘンリー君に聞いた」
「え?」
「……ヘンリー君と、話してたでしょ。本当はボクの恥ずかしい話を聞いていたんじゃなかったんだってね」
テスは苦笑してる。
「……うん」
なんだか、嫌な気分。
何か、すごく嫌な予感。
「それでね、ええと。……言っておきたいことがあるんだ。本当は再会した日に言った方が良かったのかもしれないけど。あの時はまさか結婚できるとは思わなかったから。……言って、驚かせたりしないほうがいいかなって思って」
「……何?」
私は動揺を隠すように、なるべく冷静に声を出す。
胸の奥のほうが、ちりちりする。
嫌な予感。
何か、怖い。
さっき知らされた、私の知らないテスが、ここにいる。
「ボクが言わなかった、10年を言わないと、きっとボクは前に進めない……気分の悪い話だから、嫌になったらすぐに言って。すぐにやめるから」
 
 
そういうと、テスは右手を左の手首にやる。
いつもつけてる、幅の広いバングル。
盛装してる時だって外さなかった。寝てるときにだって外してない、そのバングルを外す。
どこかで見たことがある気がする紋章が「焼き付けられてた」。

焼印。
驚いてテスを見上げると、テスはとても落ち着いてた。
 

「光の教団の持ち物につけられる、焼印だよ」
テスの声はどこまでも静かだった。
「ボクとヘンリー君は、7歳の時に……お父さんを殺した魔物につかまって、ドレイとして光の教団に売り払われた。……最初にこの焼印をつけられて、そのあとは、毎日が地獄だった。飢えるか飢えないかギリギリの量のご飯。体力以上の労働。逆らうと鞭で打たれて……。もうね、体中ボロボロ。心もね。毎日、誰かが目の前で死んでいった。次は自分かもしれないって、毎日思ってた。……毎日朝起きると思うんだ。まだ生きてるって。まだ逃げるチャンスがあるって気持ちと、また地獄で働かなきゃいけないって気持ちで。……多分一人だったらもう死んでた。ヘンリー君が居たから、助けてもらって生きてた。ビアンカちゃんを夢に見た。そのたび、励まされた」
テスは淡々と、ただ事実を並べる。
何の表情もうかがい知れない。
そのまま、バングルをまた左の手首にはめなおした。
幅の広いバングルは、焼印を全く見えなくした。
「……体中、ボロボロなの?」
「怪我してないところはないね。痕がいっぱい残ってる」
「……」
何もいえない。
何もいえなかった。
「……あの、さ。ゴメンネ、黙ってて」
テスは私を見て、呟くように言った。
「本当は、ずっと言うつもりなかったんだけど……そのうちばれることだしね。だったら、最初に言っちゃった方がいいと思って」
 
 
「ねえ」
私は決心して顔を上げる。
テスは、何もなかったような顔をしてた。
淡々と話してたから、そんな気はしてた。
何も感じてないんじゃないかって、思った。
あまりにつらい日常ばかりが続いたから、きっと、そのことについては麻痺しちゃったんだと思った。
「ねえ、テス。……体、見せてもらっていい?」
「……酷いよ?」
「覚悟した」
私は、無理やり笑った。
テスは暫く考えてから、やがて小さく頷いて服を脱ぐ。
 
息が止まった。
胸に大きく走った傷。
引き攣れたままふさがってしまった痕。
逆に、えぐれたままふさがった部分もあった。
やけどの痕。
変色したようなところもある。
テスが言ったように、怪我のないところがない。
胸も。
背中も。
傷だらけ。
「ねえ、触っても、いい?」
「いいよ」
私は一番目立つ、胸の大きな傷を指でたどる。
「……痛い……の?」
「もうふさがってるからね、痛くないよ」
テスは苦笑する。何事もなかったように。
 
何もいえない。
言う言葉が思いつかない。
私はただ、テスをぎゅっと抱きしめた。
「ねえ、好きよテス。世界の全部が敵になったとしても、私はテスが好き。絶対離さない」
テスは私の頭や髪を撫でながら、ただ頷く。
「ありがとう」
泣きながら、ただ思いつくことをひたすら言う。
次から次へ、涙が出てきてとまらない。
「……怖い?」
テスは小さな声で私に尋ねる。私は首を左右に振った。
「……悲しい。それ以上に、悔しい。悔しくってたまらない」
テスをぎゅっと抱きしめる。

 
 
そのまま、手をしっかり握りあって眠る。
このまま闇に落ちる事になっても、私はきっと後悔しない。
95■結婚式の後で (ビアンカ視点)
朝、目が覚めたときテスの顔がすぐそこにあった。
一瞬、何があったのか考えて、そうだ、結婚したんだってじわじわと実感がわいてくる。

間近で見るテスの顔。
意志の強そうな、すっとした眉。
長い睫毛。
通った鼻筋。
綺麗な顔。
見てると自分の顔がにやけてくるのが分かる。
嬉しい。
今すぐ窓をあけて、世界中に向かって叫びたい気持ち。「羨ましいでしょー! この人が私の夫なんだぞー!」って。自慢したい。
笑いがこみあげる。
寝ているテスの鼻先に口付けると、テスは擽ったそうに顔をしかめてから、手で鼻の辺りをこすって、私に背を向けるように寝返りをうつ。
視界にテスの背中。
昨日の薄暗い明かりの中で見た傷跡より、明るい日の光の下で見る傷跡は、より凄惨だった。

確かに傷もショックだったけど。
それ以上にショックだったのは、テスの痩せた細い体。
あばら骨とか、浮いて見えた。そのくせ、その細い体についている筋肉は、びっくりするくらいしっかりとしていて。
 
……すごくちぐはぐな感じだった。
 
村で再会したときに、テスがとても少食だったことを思い出す。
あの時は「旅をしてるとどうしても保存食とかの関係で食べる量が少なくなるから、それになれちゃって」って言って苦笑してた。
けど、本当は。
昨日言ってた「飢えるか飢えないか」という状況で、テスの体はある一定以上の食べ物は受け付けなくなってるのかもしれない。
そのせいで、いまだに体が細いままなのかもしれない。
 
私は。
まだちゃんとテスを知らないんだ。
……たぶん。
 
嬉しい気分がしぼんでいく。泣きそうな気分。
深呼吸して、なんとか堪える。
まだ寝ているテスを起こさないようにゆっくり起き上がると、そっと着替えて、窓をあける。
秋の涼しい風が、部屋のなかに入ってくる。

落ち着かなきゃ。
 
 

テスは。
あの傷だらけの細い体で戦ってた。
魔物と。
絶望と。
挫けそうな傷だらけのテス自身の心と。
 
私が知ってた悲しみなんて、きっと比べものにならない。
だから、私が、傷を見て泣いてる場合じゃない。
 
深呼吸。
 
しっかりしなきゃ。
これから長い時間を一緒に生きていくんだから。
悲しみも、喜びも、分け合っていくんだから。

しばらくすると、テスが目を覚ましたのか、起き上がってきた。
ベッドの上であぐらをかいて、ぼんやりと首筋を掻きながら大きなあくびをしている。
私はテスに走りよる。
「おはよう、テス。よく眠れた? もうお昼近い時間よ?」
「あー、おはよう。もうそんな時間?」
テスはぼんやりとした声で私に笑いかけた。
いつもの笑顔。
私もテスに笑いかけると、頭をしずしずと下げた。
「こんなふつつか者ですが 末長くよろしくお願いいたします……」
テスはベッドの上で、かしこまると
「あの、こちらこそ、頼りにならない者ですが、末長くよろしくお願いします」
なんて頭を下げた。
お互い、頭をあげて顔を見合わせる。クスクスと笑いがこみあげる。
「なーんて、私らしくないセリフだったね。テス……。ずうっとずうっと仲よくやってゆこうね!」
私は右手の小指を差し出す。テスは笑って、小指を絡める。
「約束するよ、ずっと仲良しでいよう」

私とテスは着替えてから、用意されてた遅い朝食を食べる。
「これからどうするの?」
「うーん、とりあえずダンカンお義父さんを村に送っていかなきゃいけないし、そのまえにルドマンさんに挨拶していかなきゃね。……それからじゃないと、今後の事は予定できないかなあ」
テスはスープを飲みながらそんな事を言った。
「そうね、まずはルドマンさんに挨拶しなきゃね。それじゃ、ご飯食べたらすぐに行こうか」
「うん」
 
 
 
ルドマンさんの家に行くと、ルドマンさんが応接間で私達を待ってくれていた。
ニコニコと機嫌よく笑っている。
この人、本当に心が広い人なんだろうな、ってぼんやりと思った。
「よ! ご両人のおでましかっ。なかなか似合いの夫婦だぞ!」
私達を見て、からかうようにそんな事を言ってから、向かいのソファに座るように勧めてくれた。
特に断る必要もないから、言われたように私達はソファに腰掛ける。
「ヘンリーさんたちは今朝早くお帰りになったが……、テスのことをいろいろと聞かせてもらった。なんでも伝説の勇者をさがして旅をしているとか。そこでだ! 私からの祝いを受けとってくれい!」
ルドマンさんは私やテスに口を挟む暇も与えないくらいの早口でそんな事を言うと、自分の後ろにおいてあった大きな箱から、綺麗な装飾が施された銀色の大き目の盾を取り出して見せた。
 
心が、ざわめく。
初めて見るはずの盾なのに、どこかとても「なつかしい」。
ざわざわと、体のどこか奥のほうから何かの力が湧き出てきて、指先の方までチリチリとする。
なんだろう、この感覚。
 
「ウチの家宝の、『天空の盾』だ。伝説の勇者を探すのにきっと役に立つ。持って行きなさい」
「でも、これ、家宝なんでしょう?」
テスが慌てたように顔を上げる。
「いいんだいいんだ、持って行きなさい。それからポートセルミにある私の船も、自由に使っていいぞ。あの船ならかなりの長旅にもたえられるだろうからな。すぐに連絡しておこう」
ルドマンさんは、豪快に笑った後、付け加える。
「私の家で誰にも使われないままの盾や、ただ泊まってるだけの船なんて、宝の持ち腐れだろう? ……どうせ魔物が多くてなかなか船を使うことも出来ないくらいだ。うまく使ってくれる人に使われたほうが、盾だって船だって良いに決まってる。ともかく私は、テスたちが気に入ったのだ」
そういうと、ルドマンさんは満足そうに笑った。

テスは呆然とルドマンさんを見てる。
私ももちろん、呆然とはしたけど。ちょっと「呆然」の内容が違うような気がした。
96■出発前に (テス視点)
「ポートセルミから船で南に向かえば、やがてテルパドールの国に着くだろう。しかし、せっかくの新婚だ。途中すこし寄り道をして楽しんで行くといい。まずはポートセルミから東近くの海にうかぶカジノ船。宿泊するときに私の名を出せば 特別室に泊めてくれるはずだ。それから2人でなつかしい場所をめぐるのもいいかもしれんな。幼なじみなのだから、なつかしい場所もあるだろう? 夫婦仲良く助け合いよい旅をなっ!」
ルドマンさんは、これからの事をイロイロと考えてくれたらしい。地図を指でたどりながら、テルパドールの位置と、カジノ船の場所を教えてくれた。
カジノ船は、ちょっと前に見たことがあった。
大きな船だった事を思い出す。
「旅立つ前に、フローラにもあっていってやってくれ」
そういわれて、フローラさんに会いに行く。
フローラさんは、二階の彼女の部屋で本を読んでいるところだった。
「もう、旅立ってしまうのですか? 寂しくなりますね。……それにしても、お二人の結婚式は見ていて本当に幸せそうで、うらやましかったですわ。また遊びに来てくださいね。その時は私も結婚しているかも知れませんことよ」
フローラさんは、口元を覆って笑う。
「きっと綺麗な花嫁さんになれるわ、フローラさんなら」
ビアンカちゃんはフローラさんと握手した。

ボクらは、ルドマンさんに心の底から感謝して、もう一度ルドマンさんにお礼を思いつくかぎり言ってから、ルドマンさんの屋敷をでる。
「ダンカンさんは宿屋だよね?」
噴水のある広場で、後ろから来てるビアンカちゃんを振り返って見る。
ビアンカちゃんは立ち止まってサラボナの町をしみじみとした表情でじっと見ていた。
「結婚式をしたから、かしら? なんだか町がキラキラして見える」
ビアンカちゃんはスキップしてボクのところまで来た。
ボクを追い抜いたところで、止まるとくるりと振り返る。
「ねえ、聞きたい事があるんだけど」
ボクの両手を握って、ビアンカちゃんはボクの目をじっと見つめた。
真剣な、瞳。
「なに?」
「理由」
「え?」
「今なら聞いてもイイでしょ?」
「何の?」
「……盾、貰えたから良かったようなものの、どうするつもりだったの?」
「……聞くの?」
ボクはビアンカちゃんから目をそらした。
ビアンカちゃんは、はっきりという。
「答えて」 
 

 
「この町の外に、ルドマンさんが建てた大きな塔があるの知ってる?」
「うん」
ビアンカちゃんは頷く。何でそんなの聞くの?って顔をして。
「誰もがこの町が魔物に襲われたって話を聞いたことないのに、この町が魔物に襲われるとき、いち早く分かるように塔を建てたって言ってた。他にもさ、ルドマンさんは船を連絡線に使わせてくれたり、寄付とかもかなりしてるみたいだしね」
「ねえ、何の関係があるの?」
「……つまり、ルドマンさんは社会貢献が好きな人なんだよ」
「それは分かるんだけど。だから何の関係が有るのよ?」
「そんなルドマンさんだから、伝説の勇者様が『天空の盾』を探してるって知ったら、絶対盾を差し出すよね?」
「え? それはまあ、そうでしょうね」
「ボクは勇者を探す為に、天空の装備を探してる。でも、ボクがその装備品を持ってる必要って、本当はないんだよ。使えないんだから。場所さえ把握してればいいの。ここにあるって分かってるんだったら、別に貰っていく必要はないよね?」
「……呆れていい?」
「呆れれば?」
ボクが苦笑して答えると、ビアンカちゃんはボクを見て大げさにため息をついて見せた。

「ついでだから、もう一つ聞きたいんだけど」
「今度は何?」
「そもそも、どうしてフローラさんのお婿さんに立候補したの? ……やっぱり盾が目的だったの?」
「盾は……半分くらい。半分はフローラさんに憧れてたから。一目惚れしたんだよ。……でも途中でアンディ君やフローラさんを見てて、勝ち目はないって思ったけど」
「……それで私に乗り換え?」
ビアンカちゃんは眉を寄せて、不機嫌そうに言う。
「そんな訳ないでしょ。ビアンカちゃんは、元々……その、まあ、ヘンリー君的に言えばボクの女神だったし。それに……山奥の村でビアンカちゃんに再会したとき、フローラさんの時とは比べ物にならないくらいの一目惚れをですね、したんですよ」
ボクはビアンカちゃんから目をそらして、ぼそぼそと答える。
ビアンカちゃんが、ボクのそらした目の方へ動いて、視界に入ってくる。
にこにこと笑ってた。
ちょっと、勝ち誇ったような笑顔。
「じゃあ、じゃあ! フローラさんが、テスを振らなかったらどうするつもりだったの?」
「振られるための言葉は一杯用意してあったよ。……前日の夜、ちゃんと先に予告したじゃない、『酷いこと言っても、見捨てないで』って。酷いこと言ったことでビアンカちゃんにも嫌われたら意味がないからさあ。……どうも別の解釈されてたみたいだけど。ビアンカちゃんには」
「……え?」
「だから、あの言い方でフローラさんがアンディ君を選ばなかったら、ボクがフローラさんに振られるための酷い言葉を一杯用意してあったの」
ビアンカちゃんが顔を顰める。
「どうあっても、絶対にテスに利益が行くようになってたのね、どの局面でも」
「……負ける賭けはするだけ無駄だって言ってるじゃない。その上、誰も不幸になってなくて皆幸せなんだから、まあ、大目に見てよ」
ビアンカちゃんは、あきらめたように息を吐きながら笑った。
「今回は多めに見るわ。でも、テスはいつも自分に利益が来るように立ち回る人だってことは、頭の片隅に入れておくことにするわ」
ビアンカちゃんは、そういうとにやっと笑って、ボクの手を引いて歩き出す。
「全部聞いてすっきりしたから、お父さん迎えに行かなきゃね」
「……そうだね」
 
今日、とりあえず一つ教訓を得た気がする。
『言わない方が、いい事もある』

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