19■運命
好きな人は、たった一人。


84■廻りだす運命 (テス視点)
山奥の村で一泊して、船はさらに南下する。
 
ビアンカちゃんは元気で、甲板でゲレゲレたちと遊んでいる。
ボクも元気なふりをして、一緒に遊んだ。
ともかくボクは「フローラさんが好き」で、「今はフローラさんとの結婚に浮かれている」状態なわけで。
元気でいなきゃいけない。

……これ以上ビアンカちゃんと一緒にいたら、ボクはきっとボロをだすし、ビアンカちゃんと離れられなくなる。

このまま、一緒にどこかに行ってしまっちゃいけないだろうか?

……ダメ、だろうな。

早くサラボナについて、全部終わればいい。
お別れの、覚悟を決めなきゃ。

船は静かにサラボナに着いた。船長さんたちは、船を決められた場所に移動するために、そのまま船に残る。
みんなにいつもどおり町の外で待ってもらっていて、ボクはビアンカちゃんと町に入る。
町に入るとき、ボクは深呼吸した。

「テスは結婚したらこの町のヒトになるのね」
ビアンカちゃんは町をくるりを見渡した。
「実はこの町に住むのも考えたのよ。でもあの村のほうが静かでお父さんの体にいいからって理由であっちにしたの」
「へー」
ボクは、内心どうしてこの町に住んでくれてなかったのかって思いながら返事をする。
「あー、もうこんな風に気軽に話できるのも最後ね。……テスが結婚しちゃったら、もう一緒に旅はできないでしょ? おくさんに悪いしね。だから強引についてきちゃったの。ごめんね」
そういうとビアンカちゃんは少しだけ淋しそうに笑った。
ボクは少し首を左右に振ってから「いいよ」とだけ言った。
一緒にいられて、うれしかったのは、確か。

宿に部屋を取ってから、水のリングだけ持ってルドマンさんの家に急ぐ。ビアンカちゃんも一緒だった。
ルドマンさんの家はあいかわらず豪華で、趣味がいいって思った。
「凄く立派なお家ね、ちょっとテスには似合わないかんじ」
ビアンカちゃんはボクを見上げていたずらっぽい笑顔を浮かべる。
完全にからかわれてるな、と思った。
ちょっと笑っちゃいそうな気分。
たぶんボクの緊張を解してくれたんだと思う。
「お姉ちゃん」には最後までかなわなくて、お世話になりっぱなし。

ボクはちょっとでもビアンカちゃんに、何かかえせただろうか?
 
「テス、胸をはりなさい? テスなら大丈夫!」
ビアンカちゃんに背中をドンとたたかれて、ボクは少し苦笑してから、ルドマンさんの家のドアをくぐった。

ルドマンさんは一階の応接間の椅子に座っていた。フローラさんも一緒。ルドマンさんは、部屋に入ってきたボクをみて表情を明るくした。
 
「水のリングを持ってきました」
ボクが言うと、ルドマンさんは立ち上がる。
「おおテス! 水のリングを手に入れたと申すか! よくやった! テスこそフローラの夫にふさわしい男じゃ! 約束どおりフローラとの結婚を認めよう! 実はもう結婚式の準備を始めとったのだよ」
ルドマンさんはそう言って豪快に笑った。
「そうそう、水のリングをあずかっておかなくてはな。二つのリングは結婚式の時に神父さまから手渡される事になっているからな」
ルドマンさんは水のリングを色々な角度から見ながら言った。とても嬉しそう。
 
ちょっと強引だけど、娘さんの幸せを祈っているのがよくわかる。

「フローラ! おまえもテスが相手なら文句はないだろ?」
「ええ、お父さま」
フローラさんは頷いた。
けど、その視線はボクの後ろにいるビアンカちゃんに向けられている。
「……でも、そちらの女性は?」
フローラさんはビアンカちゃんから視線を離さないで言う。
いきなり話が自分にむいて、ビアンカちゃんはあわてたみたいだった。
「え? 私? 私はビアンカ。テスとはただの幼なじみで……」
ビアンカちゃんは視線をくるりと宙にさまよわせる。
「さぁてと! 用も済んだし、私はこの辺で……」
ビアンカちゃんは、あわてて帰りかける。
 
フローラさんは立ち上がってビアンカちゃんを呼び止めた。
「お待ちください! もしやビアンカさんはテスさんをお好きなのでは……? それにテスさんはビアンカさんの事を……。その事に気付かず私と結婚してテスさんが後悔することになっては……」
フローラさんはうつむく。
ビアンカちゃんはあわてた。
「あのねフローラさん、そんなことは……」
 
 
「まあ落ち着きなさいフローラ」
ルドマンさんは落ち着いた声で、見つめ合ってるフローラさんとビアンカちゃんの間に割って入った。
「今夜一晩テスにはよく考えてもらって、フローラかビアンカさんか選んでもらうのだ。それが良い!」

……ルドマンさんは本当に強引だ……。
ボクは唖然とした気分でルドマンさんを見る。
「いいかね? テス」
ルドマンさんの満足そうな顔にボクは圧倒されて、頷く以外なかった。
「テスよ、じっくりと考えるようにな!」
ルドマンさんに言われて、ボクはルドマンさんの家を後にする。ビアンカちゃんはルドマンさんの別荘に案内されていった。

一晩の猶予。
ボクは宿に戻ると、必死に考え始める。
幸せを、みんなが手に入れるには、どうしたら良いだろう?
85■彼の想い (テス視点)
……。
 
何回目なのかわからないくらいの寝返りをうつ。
少しだけ開けてある窓から、夏の終わりの少し涼しいような、まだねっとりと熱いような風が入ってきている。静かで、かえって耳が痛くてうるさい気がした。

眠れなかった。

ボクは仕方なく起き上がると、服を着替えてから部屋をでる。少し歩けば頭も冷えるだろうし、疲れて眠れるかもしれない。
「ま、ゆっくり散歩してきなよ」
宿のお兄さんに言われて、ボクは外にでる。もう夜中なのに、まだ町の通りには多くの人が歩いていた。
 
 

人々の話の話題は、フローラさんとビアンカちゃんの事。まあ、どっちをボクが選ぶのかっていう話。
確かに格好の話題だろうけど、もうちょっとそっとしておいてくれればいいのに、と思った。
もちろん、色々な人に話し掛けられる。フローラさんなのかビアンカちゃんなのか先に教えろとか、フローラさんが良いとかビアンカちゃんが良いとか。
……もう放っておいてほしい。

人が少ないほう少ないほうをめざして歩いていたら、気付けばルドマンさんの家の前だった。
……そりゃ、人は少ないだろうな。
内心苦笑する。
ルドマンさんの家の二階に、まだ明かりが付いていた。ボクは光に引き寄せられるようにふらふらとルドマンさんの家の門をくぐった。
 
二階の一室で、ルドマンさんが書類を読んでいた。
「おお、テス」
ルドマンさんはボクに気付いて書類から目をあげた。
「こんばんは」
「悩んでいるな」
ルドマンさんはボクを見て苦笑した。
「テス、ワシはな、お前のことが気に入ったよ。お前が幸せになると信じられる方と結婚しなさい。それがフローラでなくても、ワシは何もいわんよ。ワシはお前が気に入ったんだ、どんな理由で旅をしとるのかは知らないが、ワシで出来る事があれば、何でも言ってくれ。力になろう」
ルドマンさんはそう言うと静かに笑った。
「ありがとうございます」
「さあ、ワシは明日に備えてそろそろ寝るとしよう。テスも適当な時間には眠るようにな」
ルドマンさんはボクの肩を軽くたたくと、寝室の方へ歩いていった。

ルドマンさんの家を後にして、遠回りして宿をめざす。
途中でルドマンさんの別荘の前を通った。
二階の窓が開いていて、そこからビアンカちゃんが外を見ているのが、ここからでもわかる。
ビアンカちゃんもボクに気付いたみたいで、軽く手を振った。
「何してるの?」
大きな声じゃなくても、静かな夜だからボクは聞き取ることが出来た。
「散歩。ねぇ、ちょっと話があるんだけど、そっちいっていい?」
ビアンカちゃんは少し考えてから、「いいよ」と頷いた。
 
 

別荘の二階にあがる階段から、ビアンカちゃんを見上げる。窓から月の光が入ってきていて、その光を背中に受けてるビアンカちゃんは、この世の人とは思えないくらいにキレイで、本当に女神みたいだった。
 
ビアンカちゃんは髪をおろしていて、白いネグリジェをきていた。なんだか知らない人みたい。
 
「なんだか大変なことになっちゃったわね」
ビアンカちゃんは笑う。
「ごめんね、巻き込んで。ここへくるまで、今度の結婚の話ばっかりだったよ。……ビアンカちゃん、6対4でちょっと劣性気味」
ビアンカちゃんは声を上げて笑った。
「そうなの? へぇー!」
そう言ってまた笑って、それからボクを見上げた。
「悩むことないわ。フローラさんと結婚したほうがいいに決まってるじゃない。」
「でもビアンカちゃんは?」
「私の事は気にしないで。今までだって一人でやってきたんだもの」
ビアンカちゃんはにっこり笑った。
「さ、テスは疲れてるんだから、もう寝たほうがいいわよ? 私はもう少しここで夜風にあたってるわ。なんだか眠れなくて……」
ビアンカちゃんは弱々しく笑うと、ボクを階段の方へ押す。
 
 

もう、話もしてくれなさそう。
 
 

嫌われても、仕方ないとは思ってたけど、やっぱりきついな……。
 

ボクは階段を半分くらいおりてから、振りかえってビアンカちゃんを見上げる。
「あのさ、ビアンカちゃん」
「なぁに?」
「……もし、明日、ボクがひどいことを言っても、ボクのことを見捨てないで」
「馬鹿ね、見捨てたりしないわよ」
ビアンカちゃんは笑っていた。

ボクはビアンカちゃんに「おやすみ」ってあいさつをしてから、ルドマンさんの別荘を後にした。

気持ちは、とっくに決まってる。
度胸も、覚悟も決めた。
明日。
ちゃんとやれば、良いだけ。
ボクは宿に戻ると、ベッドに潜り込む。
眠りはすぐにやってきた。
86■彼女の想い (ビアンカ視点)
二階の窓から、宿に引き上げていくテスの姿を見送る。こっちを振り返らず、まっすぐ歩いていく。
 
テスは「ひどいことを言っても、見捨てないで」って言った。
 
つまり。
テスが選ぶのは、フローラさん。
 
 
だから私に、言ったんだ。
ひどいことを言うって。
これからも兄弟みたいに仲良くいようって。

そんな予告、いらないよ。
明日目の前でフローラさんにプロポーズしてくれたほうが、ショックも小さいよ。
やさしさのつもりかしら。ピントがずれてる。

 
……ソレはソレでテスらしい、か。
 
 

私はため息をつくと、一階におりていつもの服に着替える。
みつあみにする時間がもったいないから、髪を後ろでひとつにまとめた。
忘れ物がないか、部屋をぐるりと見回す。大丈夫そう。
 
そっとドアをあけて、外にでる。紺色をもっと濃くしたような空に、星が瞬いてる。
 
 
泣きそう。
 

私は足早に町の入り口をめざす。
テスは別荘にくるまで、色々な人にあったって言ってたけど、さすがに時間が遅いせいか、ほとんど人はいなくて、私は誰にも止められる事無く町を出ることが出来た。
 
 
 

ここから、一週間くらい北にむかって歩けば、村に戻れる。そのくらいなら歩いていく自信はあった。
「あれー?」
不意に背後で声がして私は振り返る。足元でスラリンが跳ねていた。
「ビアンカ何してるんだ? こんな夜中にー。危ないぞー?」
その声に気付いたのか、他のみんなが集まってきた。
「ビアンカ殿、夜中に女性が一人で町の外にいるのは危険です、戻ってください」
ピエールがサラボナを指差す。
「私、村に戻りたいの!」
私は叫んでいた。
みんなが困ったように顔を見合わせる。
 
「嬢ちゃん、何があったのか話してみぃ?」
マーリンが私に座るように手で示しながら、困ったように笑った。
私はマーリンの隣にへなへなと力が抜けたように座り込む。
「落ち着いて、ゆっくりでええから、話してみぃ。ワシはどんなに長い話でも平気じゃからな」
「マーリンはやさしいね」
私は泣きそうな気分を必死に押さえながら、ゆっくり話しだす。
 
 
「あのね……。今、町は大変なことになってるの。私がうっかりテスについていっちゃったでしょ? そのせいで、テスが結婚相手にフローラさんを選ぶか、私を選ぶかって町中の噂になっちゃってね」
そこまで聞いて、マーリンはちょっと笑った。
「人間はそういう話が好きじゃからなぁ」
「テスがね、さっき会いに来てくれたんだけどね。『ひどいことを言っても、見捨てないで』だって。……テスはフローラさんを選ぶの」
私はそこで深呼吸した。
「私ね、テスが好きなの。でもテスはフローラさんが好きなの。……選ばれないのがわかってて、どうして明日までここにいなきゃいけないのよ。目の前でフローラさんにプロポーズするのを見てなきゃいけないのよ。だから、私は帰るの。帰りたいのよ……」
私はついにわんわんと大声をあげて泣く。
みんなが困ったように私を見る。
「嬢ちゃんは、それをテスに言ったか?」
マーリンに静かな声で聞かれて、私は首を横にふる。
「言えないよ、私はテスに幸せになってほしいの。テスがフローラさんを好きなら、ソレを後押ししてあげるのが、私に出来ること」
「ビアンカー」
「何、スラリン」
スラリンは何とも言えない不思議な表情で私を見上げてから、大きくため息をついた。
「あのな……?」
スラリンは何か言いかけて、一瞬黙った。なんか私の後ろを見て、一瞬固まったみたい。
「び、ビアンカ! 腹たたないか!? テスの奴無神経だろ!」
スラリンがびくりと体を震わしてから、あわてて話しだす。
無理やり話を変えたような気がするけど、それはどうでも良かった。
「まぁ、確かに……」
「明日、テスのプロポーズの場所にいたほうがイイぞー? で、ひっぱたいてやれ!」
「だから、私はテスに幸せになってほしいの。そんな結婚を台無しにするみたいなこと、出来ないの」
「そこまで覚悟しとるなら、テスが本当に幸せになるところは見ていってやりなさい」
マーリンは私をじっとみて、静かに笑った。
 
それもそうかも、知れない。
 

「……わかったわ。そうね。ここで逃げるのは私らしくないし、きっと後悔するわね」
私は立ち上がると、笑った。
「テスの結婚式がおわって、村に帰るとき、誰か一人くらいは一緒に来てくれない? 私、テスに一人頂戴ってねだるから!」
「じゃあオイラ一緒に行ってやるよ、ビアンカ!」
スラリンが跳ねながらいってくれる。
本当はそんなふうについてくれないのはわかるけど、その気持ちがうれしかった。
「ありがと。じゃあ、私もう町に戻って、寝るわね」

私はみんなに手を振って町に戻る。
別荘のベッドに潜り込むと、すぐに眠りにおちた。
明日なんか、永遠に来なくていい。



■オマケ・モンスターたちの会話
スラリン:「ビアンカも筋金入りに鈍いなー。ピエールですら気付いてるのに」
ピエール:「私が基準なんですか?」
スラリン:「鈍さの基準だなー」
マーリン:「あそこまで行くと、逆に思い込みの力強さというのを感じるのぅ」
ホイミン:「ビアンカさんとー、テスさんはー、きっと結婚すると思うのー」
ゲレゲレ:「テスがビアンカを選んでこなかったら、噛み付いてやる。フローラとか言う奴をかみ殺してやる……」
ピエール:「ゲレゲレ、それはちょっと……」
マーリン:「なんにせよ、ワシらにできることはこれ以上ないな。……まあ、ビアンカを帰らせなかっただけでも上出来だろう」
スラリン:「それにしてもテスもビアンかも無茶するの好きだよなー」
ゲレゲレ:「アレは一生治らんだろう……」

87■ボクの好きな人 (テス視点)
朝、呼び出されてルドマンさんの屋敷に向かう。早朝の町は、清々しい空気で満ちていた。町を行き交う人々は足早に目的地をめざしている。
ボクは噴水の近くで一度大きく深呼吸した。
今日、決まる。
心に決めた人は、たった一人。
あとは、想像どおりうまく行くか、だけ。
「よしっ」
ボクはまっすぐ前を見て、足早にルドマンさんの屋敷をめざした。

応接間に通される。
豪華なテーブルセットのソファにルドマンさんが座っている。
その隣に俯き気味のフローラさん。
逆の方向にまっすぐ前を見て座ってるビアンカちゃん。
ボクはルドマンさんの向かいに座るように言われて、ソファに腰掛けた。

「さて……」
ボクが座ったのを確認して、ルドマンさんが咳払いをした。
「フローラとビアンカさんのどちらと結婚したいか、よく考えたかね?」
ルドマンさんがにこにこと笑ってボクを見る。有無を言わせぬ迫力があった。ボクは無言でうなずく。
「そうか、随分悩んだであろうが、両方と結婚するわけにはいかんからな。では約束どおり結婚相手を選んでもらおう! フローラとビアンカさんのどちらか本当に好きなほうにプロポーズするのだ」
ルドマンさんはにこにこと笑っている。上機嫌だ。
ボクはしばらく無言でルドマンさんを見つめた。
そして、言う。
 

「あの、もうやめませんか?」
 
 

「ん?」
ルドマンさんをはじめ、部屋にいた全員がびっくりしてボクを見る。ボクはかまわず続ける。
「好きな人は一人です。そのひと以外と結婚するつもりはありません。心は決まってます」
 
ボクはそこで深呼吸した。
何度も想像して練習したけど、実際言うとなるとなかなかことばが出ない。
 
「でも、ここで言えません」
「なぜだね?」
「今、町の人たちはボクがどちらを選ぶのか、興味津々で待ってます。そういう状況でボクが選んだら、選ばれなかった人はどうなりますか? 好奇の目にさらされて。それって……ボクはそんな目にあうのはイヤです。だから今ここで言えません」
 
ボクはそこでもう一度深呼吸した。
 
「そもそも、ボクがこの町に着いたとき、フローラさんの結婚話でもちきりで、実際フローラさんの結婚相手を探してたはずです。なのに、今はボクがどちらか選ぶ話にすりかわってます。だから、最初に戻ってフローラさんがボクで良いか、考えるべきです」
ボクはフローラさんを見つめた。
「フローラさん。ボクは今回のことで、自分自身が本当に好きなのが誰なのかわかりました。フローラさんも、そうでしょ?」
フローラさんは、よく見てないとわからないくらい、微かに頷いた。
「テスさん。私……」
フローラさんはしばらく俯いていたけど、やがて決心したように顔をあげた。
「私、テスさんとは……結婚出来ません。私、他に好きな方がいるんです。なかなか気付けませんでしたけど、テスさんのことばを伺って確信いたしました」
ルドマンさんは驚いたようにフローラさんを見た。ボクはフローラさんに頷く。
「よかった。ボクもフローラさんとは結婚出来ません」
ボクは立ち上がると、ビアンカちゃんのところへ歩く。
ビアンカちゃんはソファに座ったまま、茫然とボクを見た。ボクはビアンカちゃんの前に跪くと、その手を取った。
「ビアンカちゃん」
そして、ビアンカちゃんを見上げて、眼をじっと見つめて言う。
 
 

「ビアンカちゃんの未来を、ボクに頂戴?」
 
 

ビアンカちゃんの眼が大きく見開かれる。
「テス……。私で良いの? フローラさんみたいに女らしくないのに」
「うん」
「なによ、私が女らしくないって言うの?」
ビアンカちゃんはそういうと笑った。
「でも、それでも私を選んでくれるのね。ありがとう、テス」
「ビアンカちゃんじゃなきゃ、ダメなんだよ」
「また一緒に旅が出来るわね!」
「うん」
ボクは頷いた。ビアンカちゃんはちょっと泣いてるみたいで、瞳が潤んでいる。ボクはそっと手を伸ばして、ビアンカちゃんの頬をさわる。瞳からこぼれた涙を拭う。
「ビアンカちゃんこそ、ボクでイイの?」
ビアンカちゃんは大きく頷いた。
「テスとの未来があるって、素敵」
ビアンカちゃんはボクに言うと、笑った。
 
 

「よしっ決まった!」
ルドマンさんは手をたたいて立ち上がる。
「ビアンカさんを選ぶとは、やはり私が思ったとおりの若者だな!」
ルドマンさんは上機嫌だ。ちょっと前までボクはフローラさんの結婚相手だったはずで、調子がいいというか、なんというか……。
「ではさっそく式の準備だ! 花嫁の支度は別荘で整えさせよう!」
ルドマンさんの声に、ささっとメイドさん達が入ってきて、ビアンカちゃんをささっとつれていく。
「私もお手伝いします」
フローラさんが立ち上がって、一緒に部屋を出ていった。
 
 

ボクはその様子を茫然と見送ったあと、ゆっくりルドマンさんを振りかえる。
「あの、フローラさんじゃないのに、式をあげてくれるんですか?」
「昨夜も言っただろう、ワシはテスを気に入ったのだよ。気に入ったおまえのために、式をあげるんだ、気にするな」
ルドマンさんは豪快に笑うと、ボクを見た。
「では式の説明をするからしっかり聞くように」
「はい」
ボクはソファに座りなおして、ルドマンさんに向き直った。
88■彼の答え(ピエール視点)
昼がすぎても、誰も来ない。
主殿も、ビアンカ殿も、どちらも来ない。
 
 
我々はただじっと、どうなっているのか分からない町をじっと見つめている。
外から見るかぎり、町はいつもと同じ。穏やかで、ゆっくりと時間が流れている。
「遅いな、テスたち」
スラリンがつぶやく。
我々は頷く。
「相手によっては噛み付く……」
今だにゲレゲレは不穏なことを言っている。
 

主殿は、どのような決断をしたのだろうか。
昨夜、ビアンカ殿が言ったようにフローラ殿を選んだのだろうか?
思いをまげて?
盾のために?
それは、主殿の本意なのだろうか。
母上が大切なのもわかる。父上の最期のことばを守りたい気持ちもわかる。
だが。
主殿の気持ちは、それでイイのだろうか。
自分の気持ちより優先することが、本当にいいのだろうか。
重要だろうか?
これは一生にかかわる話。相手の人生にかかわる話。主殿がソレを考えてないはずがない。
 
 

あの方は、優しい方だ。
自分より相手を優先する方だ。

でも、こういうときくらい。
お願いですから、自分を優先してください。

私は祈る気持ちで町を見つめる。
どうか。どうか。どうか。

昼も随分過ぎ去った頃、ようやく町からヒトがでてくる。
主殿だった。
「何? 皆どうしてそんな待ち構えてるの? 何でそんな怖い顔してるの?」
主殿は町を見つめてたたずんでいた我々を見つけ、きょとんとして訊ねる。
「……一人か?」
マーリンが訊ねると、主殿はまた、きょとんとしたまま頷く。
「皆、どうしたの?」
苦笑しつつ、首をかしげた。
 
「いや……」
我々もどう尋ねたものか、少し迷った。
「結婚は?」
スラリンがつぶやく。
「するけど?」
「……誰と?」

主殿はしばらく黙って眉を寄せていたが、やがて首を傾げて
「あのさ、何でそんなこと聞くの?」
主殿は本当に困ったような顔をする。
 
「ビアンカは?」
スラリンがまたもやつぶやく。
「……あのさ、なんか皆詳しく知ってる? もしかして」
主殿は苦笑いして、ばつが悪そうに尋ねた。我々は静かに頷く。
「昨日の夜、ビアンカが町の外まで来たんだ。もう村に帰るって。テスはフローラと結婚するって言って泣いてたぞ」
「え? ……ビアンカちゃん、泣いてたの?」
主殿は心底驚いている。そして、町を振り返った。
少し、心配そうな顔をしている。
「で」
我々は主殿に詰め寄った。
「どちらを選んだ?」
ゲレゲレは低くうなっている。
 
 

「え? ビアンカちゃんだけど?」
 
 
主殿はあっけらかんと、あっさりと、至極当然のように答えた。
一瞬、場が沈黙した。
「え?」
「皆が幸せになるのがいいでしょ? え? もしかしてフローラさんだと思ってた?」
主殿は笑った。そして、
「そんな、誰も幸せになれない選択なんてしないよ」 
 
 

落ち着いて話を聞いてみると、主殿が一人で来た理由は明快で、ビアンカ殿は今、町に残って結婚式の準備をしているそうだ。
主殿はビアンカ殿にかぶせるヴェールを山奥の村まで取りにいくところなのだそうだ。
「……我々の心配って……」
我々は呆れたやら、安心したやら、色んな気持ちがない交ぜになってどういっていいやら分からず、ともかく笑うしかなかった。

 
「じゃあ、行こうか。皆町で待ってくれてる。はやくヴェールを持ってこなきゃね」
主殿はそういうと、サラボナの川に泊まったままになっていた船に近づく。
コレに乗って、山奥の村まで行くのだ。
 
「村に着いたら、まず最初におじさんに挨拶しなきゃ。ビアンカちゃんと結婚するんだし」
主殿はぶつぶつと、村に着いたらやるべき事というものを指折り確認している。
「なあ、テス」
マーリンがテスを見上げた。
「嬢ちゃんと結婚するんじゃろ? だったら嬢ちゃんの親はテスの親だろう? おじさんじゃないわなあ」
「!! あ、そうか」
主殿ははっとしたように答えると、カーッと頬を染めた。
「そうか、おじさんじゃなくて、お義父さんだ」
そのまま何度か「お義父さん」をいえるように練習し始める。
「なんだかほほえましいなあ」
スラリンが呆れたように主殿を見た。
「不慣れなことをすると、絶対シッパイだよな」
さらに続けてそのようなことを言う。
 
 
船に乗っている間に、主殿の緊張はピークに達したらしく、甲板の上でグッタリとしてしまった。
「なんか、情けない」
「テスさん格好悪いー」
周りでスラリンとホイミンが色んなことを言いながら飛び跳ねていても、主殿は反応を示さなかった。
 
大分参っている。
 
「何か、ああいう主殿を見るのは初めてで、新鮮ですね」
「普段結構物事に動じない分、見てて楽しいがな」
所詮他人事、といった感じで私とマーリンも遠くから主殿を見守る。
「とりあえず、ゲレゲレが噛み付くことなくてよかったですよ」
私は主殿の隣で一緒に甲板に寝そべっているゲレゲレを見て、ほっと息を吐く。
 
 
船は静かに山奥の村を目指している。
89■山奥の村で (テス視点)
村は相変わらずゆっくりした時間が流れている感じがした。どことなく、ほっとする。
ボクは深呼吸した。
落ち着かなきゃ。
村に入るとき、ひとしきり皆にからかわれたせいで、どうも緊張してきた。
 
ちょっと前にあったときは、ダンカンさんは「おじさん」だったのに、今日は「お義父さん」。
 
あー、人生って不思議。
何が起こるかなんて、誰も本当に分からないんだ。
 
 
……まあ、幸せになる「唐突」なら、いいか。
コレまでの人生の「唐突」は、全部不幸になる類だったから。
 
ボクはもう一度深呼吸。
なんだか顔がにやけてる気がする。
せめてね、きりっとしていかないと、ダンカンさんも不安だろうし。
 
 
ボクは、ヴェールは後回しにして、先にダンカンさんの家がある村の奥を目指す。
軽くノック。
返事を待ってから、ボクは家の中に入った。
「おやテス。ビアンカはどうしたんだい?」
ダンカンさんは、ボクを見て首をかしげた。
「えと……ビアンカちゃんは今……サラボナで結婚式の用意をしてます」
「……何故?」
「あの、その……」
色々考えてあったはずの言葉が、全部頭の中から消えうせていって、ボクは口ごもる。
「つまり……あの、ビアンカちゃんに、結婚を……申し込んで」
ボクがなんとかそういうと、ダンカンさんはビックリしたようにボクを見て、一瞬黙った。
そして、笑った。
「そうかそうか! ビアンカを嫁にもらってくれるのか! いやありがとう! これで私も安心だよ!」
「……あの、いいんですか? ダンカンおじさん……じゃなくて、お義父さんだ……」
ダンカンさんは、今度は大声で笑った。
「テス、無理にお義父さんなんて言わなくていいよ。べつにコレまでどおりでいいよ」
ダンカンさんは笑いすぎておなかが痛い、とまで言い出す。
「あの、いいんでしょうか?」
「いいよー、全然かまわない。ビアンカはずっとテスの事を好きでね、ずっと想ってた。そんな相手と結婚できるんだ。私がとやかくいうことはないさ。……ビアンカを幸せにしてやっておくれ」
ダンカンさんはそういって、ボクの手を握った。
ボクは頷く。
「ボクも、ビアンカちゃんに幸せにしてもらいます。……ずっと旅を続ける事になるから、苦労をかけると思うけど……大事にします」
「二人で仲良くやりなさい」
ダンカンさんはにっこりと微笑んでくれた。
「家族ができるって言うのはね、とても嬉しいことだよ。幸せなことだ。テスはもう、父さんを亡くしてたった一人だった。これからどんどん家族が増えるぞ? そのせいで背負う苦しみや苦悩もあるだろうが、それ以上に幸せを家族からもらえる。……幸せになりなさい」
「……ありがとう、ダンカンさん……じゃなくて……」
「だから気にせんでいいよ」
ダンカンさんは苦笑する。
「結婚式、来ていただけませんか? またここまで送りますから」
「連れて行ってくれるのかい?」
「ええ、もちろん。ただ……ちょっと一緒に行く仲間が特殊ですけど」
「え?」
ダンカンさんはボクが魔物を仲間にするという話を聞いて、豪快に笑った。
「パパスも不思議な男だったが、テスも変わってるな! たのもしい限りだよ、行く先々で次々たのもしい仲間が増えるってことだ」
 
 
ダンカンさんと二人で、よろず屋に向かう。
途中で何人か村の人とすれ違うたび、ダンカンさんは少し世間話をする。
ソレを見ていると、ダンカンさんが村でちゃんと愛されて生活しているのが分かる。
ビアンカちゃんを連れて行ってしまっても、大丈夫。

 
「ああ、シルクのヴェールならご注文の通りいいのが出来たよ! そらこれだよ。持って行っておくれ」
よろず屋のおじさんは機嫌よく円柱形の箱を渡してくれた。
「もうね、自分でも惚れ惚れするくらいの出来だよ。フローラさんとか言う娘さんがかぶるんだろ?」
「……ビアンカだよ」
ダンカンさんがちょっと照れたように言うと、よろず屋のおじさんは目を丸くした。
「えぇぇ!? ビアンカさんか!? だってこれ、サラボナのルドマンさんに頼まれたんだよ?」
「なんか色々あったらしいんだわ、この子がウチの婿」
「はー」
よろず屋のおじさんは心底驚いたようにボクを見た。
「そうかそうかー、いやダンカンさんおめでとう」
「今から結婚式を見に行ってくるよ」
 
 
よろず屋さんをでて、ボクとダンカンさんは村の外を目指す。
「ああいうの、言ってよかったんですか? 村に戻ってきたら話しが広まってますよ? きっと」
「いいんだよ、めでたい話だからばーっと広まれば。説明する手間も省けるってものだ」
ダンカンさんはそういって豪快に笑った。
 
小さい頃から、ダンカンさんといえばなんか「病気で寝てる」っていうイメージで、この村についたときも実際寝込んでたから、こんなに元気なのがちょっと不思議な気分。
「それじゃ行こうか、テス。仲間のみんなに挨拶もしないとねえ」
ダンカンさんはボクよりも足早に歩いていく。
ボクはそのあとを追いかけるのに必死なくらい。
 
 
結婚したら幸せになるのは、ボクとビアンカちゃんだけだって思ってた。
実際は、ダンカンさんも幸せそう。
 

本当は、ちょっと怖かった。
ダンカンさんからビアンカちゃんを連れて行くことが。
ダンカンさんにとってどれだけ苦痛だろうかって。
 
 
 
初めて、いいことをしたのかもしれないって思った。

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