18■水のリング
リングなんて見つからなくてもいいのに。


78■カジノにて (ビアンカ視点)
……私、何してるんだろう。
私はぼんやりと、回り続けている絵柄を見つめてる。

今居るのは、オラクルベリーのカジノのスロット置き場。
私の武器だとか防具だとかを調達してくれる筈だったテスが連れてきてくれたのが、ここだった。
「ねえ、遊びに来たの?」
不安に思ってテスに聞くと、曖昧に笑う。
「ま、一日くらい、大丈夫だよ」
「……遊びに来たのね? あとでフローラさんに言いつけるからね?」
「うわ、それだけはやめて……」
テスは私から視線を外して天井を見上げる。
本当は、私と想い出作ってくれるつもりなんだろうけど。何かちょっと的外れなような、気持ちだけ受け取っておくべきか、何だか複雑な気分だわー。
「……ちょっとだけよ?」
「うん、わかってるよ」
私が仕方なく笑ってテスの肩を叩くと、テスはちょっとほっとしたように笑った。
「じゃあ、コイン引き換えてくるね」
テスはそそくさとコイン交換所に走っていった。

……というやり取りを経て、スロットをしているんだけど。
全然当たらないし、ちょっと熱中してる間にどんどんコインは減っていくし、気付けばテスとはぐれてるし。
 
……私、何やってるんだろう。
 
私にテスがくれたコインは、今入れたコインでお終い。
やっぱり外れて、こういうのって当たらないものなのねーって思う。
スロットを離れて、テスを探してカジノの中を歩く。
いろんな人がいた。
負けて泣いてる人、勝って喜んでる人、そういう人を観察してる人。ホント色々。
色々回ってみたけど、結局テスがいたのもスロット置き場だった。私がいた、1ドルスロットじゃなくて、10ドルスロットのほうだった。
見てみると、手元にかなりのコインを持ってるみたいだった。
「テス」
「あ、ビアンカちゃん。楽しい?」
「外れた人が楽しかったって話って聴いたことないわ」
「……外れちゃったの?」
「外れたのよ」
私が不機嫌な声で言うと、テスは苦笑した。
「テスは当たってるの?」
「そこそこ」
そういって、足元の箱を指す。いつの間にかコインの山が出来てる。この量って、そこそこって言わないんじゃないかしら?
「平たく言うと、つまらないんだけど」
私はとうとう思ってることを言う。
「……ま、当たらなきゃつまらないよね?」
テスはそういうと、立ち上がる。スロットからコインが吐き出された。また当たったんだ、テス。
テスは出てきたコインを箱に入れて、私を見る。
「遊んだ?」
「当たらなかったからストレスたまったけど、遊んだわ。……私達が小さかった頃って、北の橋がなかったから、ここまで来られなかったのよね」
「うん、まあ、来られてもお父さん達はカジノには入れてくれなかっただろうけどね」
テスは笑った。
「ま、当たってたコインは使い切らないと勿体無いよね? でもこの枚数じゃそれと言って良いものもらえないしね?」
テスはそう言うと、スロット置き場の一番奥にある大きなスロットを見上げた。
「あれ、やってみようか?」
「あれって、一回100ドルだよ?」
「コイン、あるよ?」
「当たってたのねー!」
私はテスを見上げる。テスは曖昧に笑った後
「人がやってるのを見てるでしょ? 当たる時って、最初の並びが決まってるみたいなんだよ。だからね、人がやってあきらめた後の並びを見て、当たる並びになってるスロットにコイン入れると大体当たるんだよね」
「……観察したの?」
「うん」
「そんなにうまくいくもの?」
「大体ね。まあ、憶える人なんて居ないだろうから、カジノのほうもそういう人の想定はしてないって事だね」
テスは言うと、コインの入った箱を持って100ドルスロットの方へ歩き始める。私もあわててそれについていった。
テスはじっとそのスロットを見る。
「六回くらいまわすと当たるよ、コレ」
「見てたんだ?」
「うん。空くのを待ってた」
「うーわー、酷い客だ」
私の言葉に、テスは苦笑するとスロットにコインを入れる。
私はスロットに背を向けて腰掛けた。
相変わらず、カジノは盛況で悲喜こもごもがあちこちで巻き起こっているみたいだった。

「ビアンカちゃん」
声に振り返って見上げると、テスがスロットのリールを指差す。
一番下の列にスイカがそろいかけてた。
「あたるよ、これ」
テスの声と同時に、スロットがとまる。
大きなファンファーレ。
そしてジャラジャラと出てくるコイン。
周りの客の唖然とした顔。
「な、何枚当たったの?」
「30万枚」
「……!!!」
「このままもうちょっとまわすとね、当たるんだよ」
「……そうなの?」
「うん、最終的には60万枚くらいいくと思う」
「……」
「負ける賭け事なんて、するだけ無駄だよ」
「その言葉は、ここに居る人大半を敵にまわすと思うわ」
「基本的に、賭け事は負けるように出来てるんだよ。分母を説明しないで、当たった人の事だけクローズアップされるから、当たる数が多く思えるだけなんだよね。さて、このくらいあれば足りるから、行こうか。暫くこの台当たらなくなるし」
「それにしても、いつそんな観察してたの?」
「ヘンリー君とこの町寄ったこと有るから、その時。まあ、遊んでないんだけど。お金なかったから。……設定変わってなくてよかったよ」
「……あー、カジノの人が気の毒」
 
テスはコインの入った箱を持って、交換所に歩いていく。私もその後に続いた。暫く待っていると、テスは引き換えた景品とともにやってきた。
「はいこれ、ビアンカちゃんの分」
一振りの鞭を、テスがくれた。
「いいの?」
「これのために来たんだよ」
「そっちは?」
テスは剣を3本持っている。
「コレは、ボクとピエールの分。もう一本は予備」
「そっか……。遊びに来たんじゃなかったんだ」
「遊びに来たんだよ。ビアンカちゃんが当たらなくて残念だったけど」
テスはそういって私に笑いかけた。
どうせなら、当たるときの見分け方くらいは、教えといてほしかったわ。
79■滝の洞窟 1 (ビアンカ視点)
「ほ、本当にこの剣を使ってもよろしいのですか?」
ピエールは驚いた様子でテスを見上げる。
「うん、いいよ」
テスはにこりと笑って言うと、同じ剣を装備する。
「使いやすそうだよね、コレ」
「それにとても自分が強くなった気がします」
「お互い慢心しないように気をつけようね」
テスとピエールはそんな事を言い合って、軽く剣を触れ合わせ、やがて軽い練習試合みたいなのをした。
終わるのを待ってから、
「そんなに違うものなの?」
私が尋ねると、二人とも大きく頷いて「全然違うよ」っていうような事を言った。
「ビアンカちゃんの鞭はどう?」
「とってもいい感じ」
「良かった」
テスはにっこり笑った。

「ええと、じゃあ、これからルーラで村に戻って、ビアンカちゃんに水門を開けてもらいます。で、そのまま北上して滝の方へいってみようと思う。何かあると思うんだよね」
テスは地図を広げて、私達に見せてくれた。
確かに、あの大陸には他に水に関係するところはないみたいだった。
「もし、なかったら?」
私が聞くと、テスは苦笑して「まあ、その時は近くの小島とかに祠とかないか調べるしかないよね」って答えた。

 
ルーラで、村に戻る。
そのまま、村には入らず私達は山道を歩いて南下する。水門についたのは夕方だった。
テスたちが乗ってきた船が、泊まっていた。
「じゃあ、開けるわね」
「怪我とかしないでね?」
テスが不安そうに私を見た。
「大丈夫。私にまかせてね?」
にっこり笑いかけて胸をどんとたたく。水門を開けるのは初めてだけど、そんなに難しいことじゃない。
「えっと、ここをこうして……」
私は教えられた手順で水門をあける。
川をさえぎっていた鉄の扉がゆっくりと開く。
「さ、行きましょ?」

船に乗って、船長さんに紹介してもらう。
船長さんはとっても豪快かつ気さくな人で、私が一人増えたくらいでは全然動じなかった。
むしろ「綺麗な姉ちゃんは大歓迎だ!」とか言って歓迎してくれた。

水門を通る。
西日で水面がキラキラ光ってる。吹き抜けていく風がとても涼しくて気持ちがいい。
波の音を聞くのは久しぶり。この村に引っ越してくる時、ポートセルミまで船に乗ったとき以来かも。
甲板の少し向こうにテスが座ってる。風に目を細めて、沈んでいく太陽を見ているみたいだった。傍にはゲレゲレが寝そべっていて、もたれているみたい。
一枚の絵みたいだった。
何か、とても綺麗で、そのくせ、綺麗過ぎて嘘くさい。
私は何だか笑っちゃいそうな気分になった。
 
見納め。
だから一つ一つの場面を、ちょっとしたしぐさを。
全部憶えておこう。
 
「ねえ、一番星!」
私は空を指して、テスに叫ぶ。
テスは空を見上げてから、私を見て「ほんとだ!」って笑った。
 
 
次の日の昼頃、滝に到着した。
物凄い水が上から落ちてきている。
「この上を歩いたことあるんだ。ルラフェンの西なんだよ、ここ。もうちょっと西に行くととっても綺麗なルラムーン草があるんだよ。……時間があったらビアンカちゃんにも見せてあげたいなあ」
テスはそういって、西の方角を見つめた。
「いつか見に行ってくるわ」
私は笑って言うと、テスのほうを見る。
「ねえ、どうするの? これから」
テスはじっと滝を見つめて
「ねえ、この奥、何か横穴があいてない? 洞窟があるみたい」
私や皆は、言われてじっと滝を見つめる。
落ちていく水の向こう側に、大きな横穴が口を開けているのがうっすらと見えた。
「ありますね」
ピエールが答える。
「ね? じゃあ、コレに入ってみよう」
「え!」
ビックリした声をあげたのはスラリンだった。
「オイラ、水で流されたらどうしよう?」
「流れないようにボクが抱きしめててあげるよ」
「オイラ、どうせならビアンカがいい」
テスが不機嫌そうにスラリンを見る。私は笑った。
「いいわよスラリン。抱きしめておいてあげる」
スラリンは歓声を上げて私の腕の中に飛び込んできた。
そしてスラリンはテスのほうを振り返る。そのあとテスが顔を引きつらせていた。……何かあったのかしら?
 
 
滝の向こうには、広い空間が広がっていた。
後ろから水の落ちる音が響いていて、それが空洞のなかで響いて不思議な音になっている。
上を見上げると、とても天井が高い。
奥のほうも随分、入り組んで続いているみたいだった。
「なんだかすごいところね……! 水門の先にこんな洞窟があったなんて……。何だかドキドキしちゃうわ。小さい頃二人でお化け退治に行ったのを思い出すわね!」
「だから、一緒にはならないよ。全然魔物の強さも違うんだからね?」
「あら、テス守ってくれるんでしょ? 危険な目にあわせないって約束してたじゃない?」
「そりゃ……そうなんだけど」
テスは困ったように笑って、皆を見た。
「ピエールとゲレゲレ、一緒に行こう。あとの皆は船を守ってて? ビアンカちゃん、できるだけボクらは危険な目にあわせないように気をつけるけど、ビアンカちゃん自身も気をつけてね?」
「わかってるわよ」
「オイラまた留守番かよー」
「いってらっしゃい、テスさん」
皆が口々にいろんなことを言うのを、テスは笑ってみてた。
「じゃあ、行こうか」
テスが先頭で歩き出す。私やゲレゲレ、ピエールが続く。

わくわくしてる。ドキドキしてる。
どんな冒険になるのかしら?
とても楽しい気分。

でも、同じだけ寂しい気分。

お別れの時間が、どんどん近づいている。
80■滝の洞窟 2 (テス視点)
洞窟はかなり深そうだった。
あちこちで水が流れ落ちていて、ごうごうという音があちこちから聞えてきている。反響して、少し不思議。どっちが奥なのか、音だけ聞いていると分からないかもしれない。
光が漏れてきていて、洞窟の中はそんなに暗くない。
流れ落ちる水や、床にたまっている水がキラキラと輝いている。
「結構明るいわね。これなら平気かも。レヌール城のときの暗くてカビくさい場所の冒険とは大ちがいよね」
ビアンカちゃんが天井から漏れる光を見て、ほっとしたように言ってから、笑った。
「え? どうして?」
ボクが聞き返すと、ビアンカちゃんはちょっと頬を染めてから、困ったように笑って、
「実はね、私、暗いのとかダメなのよ」
「え? だってレヌール城の時……」
「あの時、怖かったわー。実はお化けとかも怖くって。ゲレゲレの事がなかったら、ぜーったい! 行かなかったわ!」
ビアンカちゃんは思わず握りこぶしを作りながら力説した。
「それにね、テスがいたから平気だったのよ?」
ビアンカちゃんはイタズラっぽく舌をちろっと出して笑った。
「テスは全然お化け怖がってなくて、かなり頼もしかったわー。まさかお化けが何か知らなかっただけなんて思わなかったし!」
「……」
ボクは苦笑する。
「ま、ここは明るいしお化けも出ないから。平気。行きましょ?」
ビアンカちゃんに言われて、ボクは先頭に立って歩き出す。
 
 
「高低差があるから気をつけて?」
ボクは後ろを振り返って皆にいう。細くて高い道をゆっくりと歩く。曲がったりしてるけど、基本的に一本道。迷うことなく、階段に辿り着く。
階段は人の手が入ったしっかりしたものだった。
この前の炎のリングにしろ、今回の水のリングにしろ、それを祭る為に誰かが洞窟を作ったみたいな気がする。

階段を下りると、小さな湖があった。そこから水が滝になって流れ落ちていっている。あいかわらず、すごい音。
岩壁沿いに狭い地面があって、そこを歩いていけるようになっている。天井から光が落ちてきていて、光の筋が綺麗に見えた。水にぬれた岩壁がキラキラ光っている。
ここの階も、一本道だった。
「なんだか、ずっと道が一本ですね」
「そうだねー。地図を書かなくてもいい分、楽だけど」
ピエールの言葉に、ボクは答えてからピエールを見る。
「なんか、楽すぎて不安だよね」
「ええ」
彼は頷いた。
ゲレゲレも、鼻を動かしてかなり辺りを警戒している。
「すごいなー」
ビアンカちゃんはボクらを見て、感心したように声をあげた。
「皆ちゃんと冒険に慣れてるんだねー。私、足手まといじゃないといいんだけど」
「全然そんな事ないよ?」
「そうですよ」
ビアンカちゃんの言葉に、ボクらは口々にいう。
こんなに……楽しいのに、ビアンカちゃんはそういうの、分からないみたい。
……いや、分からない方が、いいんだけど。
 
気付かれてないって、事。
嬉しいような、寂しいような。
……複雑な気分。
 
「それにしてもテスったらすごくたくましくなってるんだもの。びっくりしちゃった! テスはあんまり話してくれなかったけどいろいろ苦労したんだね」
ビアンカちゃんはボクを見上げて言った。
「まあ、ここまで来るのも大変だったからね、強くもなるよ」
ボクは苦笑して答えると、先を指差す。「さ、行こう」
 
 
階段を降りると、狭い部屋に出た。
右手側に水がたまっているところから考えて、少しだけ右側が低くなってるんだと思う。
向こう側に下りる階段が見える。
「また一本道ね」
「そうだねえ、どこかに落とし穴あるんじゃないかなあ? 次の階が物凄くややこしいとかさ」
ボクの答えを聞いて、ビアンカちゃんは笑った。
「平気よ、そんなに大変な事ばっかり続かないわよ」
そういって、その場で一回くるりと回って見せた。
「それにしても、なんだかゴォーー! ってすごい音が聞こえるわね。一体何の音かしら?」
「……滝、かな? だとしてもかなり大きい音だね。……大きな滝があるのかもしれない」
ボクが首をかしげて答えると、ビアンカちゃんも同じ様に首をかしげた。
「ま、そのうち分かるでしょ。行きましょ?」
ビアンカちゃんは笑うと、階段の方へ歩いていく。
ボクも後に続いた。
81■滝の洞窟 3 (テス視点)
階段をおりた先も一本道だった。
自然に出来たのか人工なのかわからないアーチをくぐった先に、出口があった。出口の向こう側は広い空間になっていて、向こうの壁にまた横穴が口をあけている。
ボクがいる出口と、向こうの入り口をつないでいるのは、人一人がようやく通ることが出来る程度の石のアーチ。下は覗きたくない。落ちたらおしまいな高さ。

「気を付けてね」
ボクは声を掛けると歩きだす。
左側が大きな滝になっていて、どこからか入ってきている光で、滝は薄暗い洞窟の中でぼんやりと光って浮かんで見えた。
光の筋がやけにくっきり見える。
とても幻想的で、キレイ。ボクは立ち止まって見つめる。

「キレイ」
ビアンカちゃんが隣でつぶやく。
ボクはちらりと横目でビアンカちゃんを見てみたけど、髪に隠れて表情はわからない。
「こんなにゆっくり景色を見るのなんて何年ぶりかしら。……母さんが死んでからそんな余裕なかったしね……」
ビアンカちゃんは少しうつむいた。
「ねぇ、テス。ヒトの未来なんてわからないものよね。お母さん、あんなに丈夫だったのに少し風邪をこじらせたくらいで死んでしまったし……」
ビアンカちゃんは少し泣いているのかもしれなかった。
でも、ボクはなかなか言葉がでなくて、うまく慰めることが出来なかった。
「ねぇ、ビアンカちゃん。ボク今日の事、絶対忘れないよ。この景色も、この空間も、この時間も、絶対忘れない」
「私も忘れないよ。忘れないから……」

ボクらはしばらく、滝を見つめる。
このまま時間がとまればいいのに。
ビアンカちゃんにこの気持ちが伝わらなければいいなって、ただひたすら祈る。
気付かれたら、たぶんいろんな事が台無しになる。
 
 
「……さあ景色に見とれてばかりもいられないわ。落ちないように気をつけてね」
ビアンカちゃんが明るい声をだして歩きだす。

向こう側の横穴の中は、やっぱり洞窟になっていた。
広い空間で、床一面に水がたまっている。
よく見ると、浅い部分と深い部分があった。
深みにはまらないように皆に言って歩きだす。
浅いと言っても膝くらいまで水がたまっているから、歩きにくい。
今が夏でよかったと思った。

 
少し奥に行くと、かなり頑丈そうな男の人が何かを探すように床を見ていた。ルドマンさんの屋敷で見かけた顔じゃないから、フローラさんの結婚相手に立候補した人じゃなさそう。
……まあ、もっとも、代理かもしれないけど。
「おう」
男の人が声をかけてきた。
「おまえもこの洞窟にあるっていうスゲェお宝を探しに来たのか? まぁ、この俺様でもまだ見つけられねぇんだ、おまえみたいな女連れの色男には到底見つけられるわけねぇな!」
男の人はゲタゲタと品のない笑い声をあげた。
ボクは言い返すのも馬鹿らしくなって、何もいわずに歩きだした。ピエールがかなり不満そうだけど、気付かないふりをする。

 
「あー! もう!」
しばらく歩いたところで、ビアンカちゃんがいきなり叫ぶ。
驚いて振り返ると、ビアンカちゃんは両手を拳にして、肩をわなわなと震わせて俯いていた。
かなり、機嫌が悪い。
「あ、やっぱり言い返したほうがよかった?」
恐る恐る聞くけど、ビアンカちゃんは答えない。
やがてビアンカちゃんは顔をあげると、キッとボクをにらんだ。
顔を真っ赤にして、目には涙が浮かんでいる。
「さっきの男、私のお尻触った!」

 
……。
……え?
 
その言葉が何を意味しているのか、一瞬理解できなかった。
 
理解できた瞬間、むかむかと怒りがこみ上げてきた。
頭にかーっと血が登るのがわかる。
「……」
ボクは無言のまま、向こうに居る男を睨みつける。
ゲレゲレが低い声でうなり声を上げた。
「叩き切りましょう」
ピエールがぼそっというと、剣を引き抜いた。
ボクも手の指を鳴らしながら魔法を唱える準備を始める。
「ちょ、ちょ、皆落ち着いて?」
逆にビアンカちゃんのほうがあわてた。
「へ、減るものじゃないんだし、ちょっと落ち着いて」
「減るよ、何か絶対減る」
ボクは男を睨んだまま答える。
自分でもビックリするくらい低い声だった。
「私達が先に見つけて、帰り道にあの人あざ笑うの。いい? 暴力はいけないわ」
ビアンカちゃんはそういうとボクの手を引っ張る。
「さ、先を急ぎましょう!」
ビアンカちゃんはなるべく男のほうをみないで歩き出す。
 
 
帰り道にも居たら、絶対あの男後ろから蹴ってやる。
82■滝の洞窟 4 (ビアンカ視点)
階段をおりると、狭い部屋にでて、目の前にまた下り階段があった。
もうどのくらい階段を下りたかしら?ずいぶん下りたのに、まだ下り。
「休まなくて平気?」
テスが聞いてくれる。気を遣ってくれてる。
やさしいのはかわらない。
テスは、テスのままだ。
「平気よ。まだ大丈夫」
私はにっこり笑うと、くるりとその場で一回転。
元気なところをアピール。
テスはそれを見て笑った。
「まだ元気? なら、もうちょっと行こうか。広いところで休むほうがイイしね」
言うと、階段を下りていく。

  
その背中を見て、やっぱり大人になってるんだって再確認。
この旅はテスを認識する旅。
強くなって、大人になって、優しくて。
想像してたよりずっと、素敵なひとになってて。
そんな事を知る旅。
 

一緒に居たくて無理矢理ついてきたけど、来なかったほうがよかったかも。
こんなに辛い気持ち、募っていく想い、知らないほうがよかったかも。
 
 

「ビアンカちゃん? どうしたの?」
階段を半分くらい行ったところでテスが私を見上げる。
「なんでもないわ」
私はにっこり笑って、階段を下りる。
この気持ちに気付かれちゃいけない。
それだけを今は考えることにしよう。

階段をおりた先も、また一本道。
その道も下り階段でおわっていた。
どうしようもないから、また下る。
「一本道って、道を覚えなくていいからラクだけど、なんか怖いんだよね」
テスは顔を顰めて呟く。
その気持ちはちょっと分かる気がした。
 

おりた先は、今までと雰囲気が違っていた。
大きな滝は、ちょっと前にみた、あの滝と同じものだと思う。
その滝が落ちるところに深い滝壺があって水がたまっている。浅いところまで水は流れてきていて、また膝まで水に浸かりながら歩くことになる。
でもその憂欝を補うくらい、ここの空間はキレイだった。
 
私は思わず歓声をあげる。
「うわー! なんだかとても神秘的ね!」
「うん」
「こんな洞窟があるなんて!」
「本当、凄いところだね」
テスは目を細めてその景色をみている。
「でも滝の水しぶきでビショビショになっちゃいそう! 気を付けようね、テス!」
「うん、そうだね」
テスは私の興奮の仕方に苦笑すると、水に浸かってない広めの床のところに座った。
「ビアンカちゃん、ちょっと休もう。まだ先が長いかもしれないから」
「そうね」
私はテスの隣に座る。
ピエールやゲレゲレも慣れた感じでテスのまわりに座ったり寝そべったりする。
テスは水筒から広めの入れ物に水を入れ替えて、ゲレゲレに飲ませてあげてから、水筒をピエールに渡す。
別の水筒を私に回してくれた。
「先、飲みなよ。ボクは後でいいから」
「ありがと」
私は水を飲みながら、テスを見る。
仲間に注ぐテスの目は優しかった。
「あ! そうだ!」
私は思い出して、カバンからオレンジを取り出す。
「コレ、食べようよ。村を出るとき貰ったの」
私はオレンジを剥いて、小房をテスに差し出す。
テスはオレンジを受け取って、口に運ぶ。
酸っぱかったのか、少し口を尖らせた。でもそのあとすぐに、目を輝かせて私を見る。
「凄くおいしい! こんなおいしいオレンジ初めてかも!」
「でしょー? マリーさんのつくる果物って、みんなおいしいの!」
結局、貰ったオレンジを二つとも食べるまで、休憩はつづいた。
「それにしても、結構階段をおりたような気がするけど……。先はまだ長いのかしら?」
立ち上がりながら言うと、テスは滝を指差して
「水がたまっているから、たぶんここが一番底なんじゃないかな?」
「あ、そうか」
私は納得するとうなずく。

つまり。
もう少しで、楽しい旅が、おわる。
83■滝の洞窟 5 (ピエール視点)
我々は程なく流れ落ちる滝の裏側に横穴を見付け、その中に入る。
細い道を抜けると、ドーム型の天井をもった広い空間に出た。
丸い床をもった部屋で、部屋真ん中を中心に、白く美しい石の柱が円形に五本立ち並んでいた。部屋の中心には少し高くなった部分がある。
ここは誰かが作り上げた祭壇の間なのだろう。
「……」
我々はしばらく言葉を失い、その美しい空間に見とれていた。
ここまでも、美しく幻想的な洞窟ではあったが、ここの荘厳さは段違いだった。
「キレイ……」
ビアンカ殿が呟く声で、主殿は我に返ったようだった。
「……うん」
少し呆然とした声で答え、主殿は中心に向けて歩きだす。我々もその後に続いた。
 
 

部屋の中心に、そのリングは静かな光をたたえてひっそりと置かれていた。
青い宝石がついていて、炎のリング同様、その中で水が流れているかのように光が揺らめいている。
美しいリングだった。
「キレイなリングね……」
ビアンカ殿が少し瞳を輝かせてリングを見つめる。主殿は静かに頷いた。
 
 
 

しばらく、静かな時間が流れた。
主殿もビアンカ殿も、そのリングを見つめていた。
その表情は、決して晴れがましいものではない。
「よ、よかったね、テス! これでフローラさんと結婚できるわよ!」
ビアンカ殿が明るい声をあげた。無理矢理あげた声だというのは、私でもわかる。
「う、うん」
主殿も声をあげた。笑っているが、どこか引きつったような表情。
 
 

二人が視線をあわせる。
互いに傷ついたような、すがるような眼差し。
「……」
見つめ合った瞳を、先に外したのは主殿だった。
「帰ろう、か」
主殿の乾いた声にビアンカ殿が頷いた。
主殿はビアンカ殿の手をそっと手に取った。
そっと手を握ると、主殿は無言で歩きだす。
ビアンカ殿はその手を引かれて、やはり無言で歩きだす。
主殿の二、三歩後を、ビアンカ殿はうつむいて歩く。
その表情は今にも泣きだしそうだった。
主殿は奥歯を噛み締め、眉間にしわを寄せている。悔しそうな、後悔したような、表情。
互いにその表情は見えないだろう。

そうか。
これが彼らの本心。
この二人は互いに……。
主殿はビアンカ殿を。
ビアンカ殿は主殿を。

お互いに想い合っている。
大切に想い合っている。

だからこそ。
主殿はその想いを押し殺す。苦難の道にビアンカ殿を連れ出さないために。
ビアンカ殿はその想いを押し殺す。主殿がフローラ殿と幸せに結婚すると信じて。
互いに。
自分の想いを押し殺すのに精一杯で、相手の想いに気付かず。

……そうなのではないですか?

尋ねたいが、尋ねるわけにはいかない。
そんなことをすれば、多くのものに傷が付く。
 
私は思わずゲレゲレを見る。彼は不機嫌そうに鼻を鳴らしただけだった。

私はただオロオロと、二人を見比べる。何かしたいのだが、何をしたら良いのか見当が付かなかった。

静かに、洞窟を抜ける。
主殿とビアンカ殿は最後までずっと手を握り合ったままだった。
コレが、主殿に出来る、精一杯の想いの表明なのかもしれない。
……とても歯がゆい。
 
「……ごめんね、何だか私ずっと黙ったままで……。なんか、色んなことで胸がいっぱいになっちゃって……ほら、テスには幸せになってもらいたいじゃない? なんて言っても、テスは私にとって大切な……弟、みたいなものだし……」
「あ、うん、ボクも喋れなかったし……ボクの方こそゴメンね……」
二人がそっと手を離した。
「結婚式には私も呼んでよ。リング探すの手伝ったんだからそれくらいいいわよね?」
「うん、それは……もちろん」
「……もし、もしもだけどね。フローラさんが、テスを振ったら、私が貰ってあげるから!」
「……!」
主殿が驚いたようにビアンカ殿を見た。
「……いやぁね、冗談よ。そんなビックリした顔しないでよ。嫌われるわけないじゃない、テスは優しいし、いい人だもん」
「……うん」
そこまで言うと、ビアンカ殿は「ちょっと疲れたから休んでくる」と言って、船室の方へ歩いていった。
主殿も、一度山奥の村へ寄ってからサラボナに行くという予定だけを船長に言うと、船室の方へふらふらと歩いていってしまった。
 
甲板に、我々魔物だけが残される。
「あの、マーリン」
私は決心して、マーリンに声を掛ける。
「なんじゃい?」
甲板で魔術書を読んでいたマーリンが視線だけを私に向けた。
「主殿はビアンカ殿の事が好きなのではないでしょうか? そして、ビアンカ殿は主殿の事を……」
「……お前は今更何を言ってるんじゃ」
言い切らないうちに、マーリンが大きくため息をついて呆れたように言った。
「え?」
私は思わず聞き返す。
「ピエールは鈍いなー! そんなのテスがビアンカ連れてきたときから分かりきってることじゃないかー!」
スラリンは言うと、私の背中に体当たりした。
「えぇ!?」
「テスさんはー、ビアンカさんをとーっても優しい目で見るのー。ビアンカさんはー、テスさんをとーってもキラキラした目で見るのー」
ホイミンが私に説明するように言った。
「お前さんは本当に色恋に疎いなあ」
マーリンはもう一度大きくため息をつく。
「気付いてないのはーピエールさんとーテスさんとービアンカさんー」
「当事者が気付いてないってのが間抜けだよなー」
ホイミンとスラリンが次々という。
「あいつらは小さい頃からつがいだぞ」
ゲレゲレが私を見上げていった。
「……」
私は思わず空を見上げた。
「……テスたち、どうするつもりなのかな? このまま連れてっちゃえばいいのにな」
スラリンは言うと、船室の方を見る。
「……なるようにしかならんじゃろ。ワシらが何か言うこともできんだろ」
マーリンは呟くと、また魔術書に目を落とす。
 
船は静かに山奥の村を目指している。
ビアンカ殿との別れが近づいてきている。
……主殿は、どうするんだろうか。

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