17■山奥の村で
思いがけない再会に、息をのむ二人。


72■山奥の村へ (テス視点)
宿で荷物を受け取ると、呆然とした気分で町の外に出る。すでに船が用意されていた。
……多分、ルドマンさんはアンディ君やボクが帰ってきたっていう話を聞いた時から船を用意していたんだと思う。

ボクは皆と恐る恐る船に近づく。
船長さんたちは最初皆を見て驚いたけど、
「世界は広いからな、あんたみたいな人もいるだろうよ」
なんていって豪快に笑った。世の中の人が皆こんな感じだったらいいのになあって思う。
「あ、そういえば、あそこに立ってる塔って何ですか?」
「ああ、あれな。ルドマンさんが立てたんだよ、魔物が攻めてくるのをいち早く発見できるようにってさ」
「へー」
ボクは塔を見上げる。結構な高さがあって、確かに魔物が攻めてきてもすぐわかるだろうなって思った。

 
船は、河を北の方向へのぼる。
この大陸で「水に囲まれたところ」っていうと、この河の北にある大きな滝あたりしか見当たらないから。
ルラフェンで上を通ったあの大きい滝みたいだった。
「あるといいな、水のリング」
「ねえ」
ボクとスラリンは甲板で太陽の光を浴びながら話をする。
サラボナについたときは夏の真っ盛りだったのに、もう夏は半分以上過ぎていた。
「結構風が涼しくなってきてるね」
「でも太陽はまだあつい」
「今くらいが一番いい季節かもね」
「オイラ暑いの苦手だ」
「あ、そうなの?」
「そう」

そんな風に話をしながら河をさかのぼっていくと、やがて大きな水門に辿り着いた。
「こりゃすすめんなあ」
船長さんが困った顔をして水門を見る。
「主殿」
ピエールが船から陸のほうを指差す。
「あそこに看板が」
「何が書いてあるかわからないねえ」
ボクらは船長さんにここで待ってもらうことにして、看板を見に行く。
看板には『水門の鍵はここから北東、山奥の村で保管しています。 御用の方は村まで』なんて書いてある。
「コレは行かないと駄目だね」
「そうですね」
ボクらは船まで一回戻って、村まで行くことを告げてから村を目指した。
 
 
村までは3日くらいかかった。山道はやっぱり時間がかかる。
今回は村ってことで、とくに皆には気をつけてもらって、ボクらは慎重に村に近づいた。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
ボクは皆に見送られて村に入る。
 
 

村は山と緑に囲まれた、静かで落ち着いたいい村だった。
どこかから、硫黄の匂いがうっすらと漂ってくる。温泉がわいてるみたい。
畑が広がっていて、果実が実っているのが見える。
ゆったりと、ほんわかとした雰囲気の村。
「いいところだなあ」
ボクは大きく深呼吸してから歩き出す。
村の人たちは皆仕事にかかっていて、なかなか声を掛けづらい。
そんな中で、ようやく散歩をしている人を見かけて、ボクは声を掛けた。
「あの、スミマセン。水門の鍵を開けて欲しいんですけど」
「鍵? ああ、鍵ね! そんなこと言う人初めて来たよー。えっと今年はドコだったっけな? あんまり使わないから持ち回りで預けあってて。ええと……今年はダンカンさん家だ。ダンカンさん家。村の北に大きな家があるから、そこ、行ってみて」
「あの、ダンカンさんって……間違ってたらいいんですけど、もしかしてアルカパから越してきたとか?」
「そうだよ? 何で知ってるの?」
村の人はきょとんとボクを見る。ボクは曖昧に笑って見せて、お礼を言ってダンカンさんの家を目指した。
 
 
本当に大きい家だった。
高床式っていうのかな、階段を上がらないと玄関に辿り着かない構造になっている。床下には井戸とかあって、そこでも村の人が働いている。この村の人は皆働き者だなあって思う。
階段を上がりかけたら、床下で働いていた人と目が合った。何でかしらないけど、その人はちょっとむっとした目でボクを見た。

玄関をノックしてから中に入る。
部屋の奥から、咳き込んでいる声が聞えた。ボクはあわててそっちの方へ向かう。
丁度、ベッドから男の人が立ち上がってきていた。
「あの、大丈夫でしたか?」
「はて? どちらさまで? どこかでお会いしたことありましたっけ?」
男の人はきょとんとボクをみた。その顔に見覚えがある。ダンカンおじさんだ。
「あの、ダンカンさん、覚えてませんか? ボク、テスです。パパスの息子の」
おじさんはボクの顔を見て、目を大きく見開いた。
「こりゃ驚いたよ、テス! 生きとったのか! そうだ、テスだ! 面影あるよ、パパスにも良く似てる。いやー、大きくなったなあ! あの頃はまだほんの子どもで、ビアンカとよく遊んでたっけなあ!」
ダンカンさんはボクをもう一度じっとみて、やがて肩を叩いてくれる。
「で? 父さんは? パパスも元気なのかい?」
「……父はもう……」
「そうか……。パパスはもう……。テスも随分苦労したろう? たった一人でよく頑張ったな」
ダンカンさんはボクの手をとると、その手をやさしく撫でてくれた。
「うちでも母さんがなくなってね……。あんなに丈夫だったのに、わからないもんだよ。……そういえば、来る途中でビアンカを見なかったかい? 母さんのお墓に参りにいってるはずなんだが」
「え? 逢えませんでしたよ?」
「そのうち帰ってくるとおもうけどねえ」

そういっておじさんは玄関の方向を見る。
「ただいまー」
明るい声が部屋に響いた。
「帰ってきた!」
おじさんはボクの手を引いて、玄関へ急ぐ。ボクは引っ張られたまま、玄関に向かう。

女の人が立っていた。
明るい向日葵みたいな髪の毛。透き通った空みたいな瞳はきらきらと輝いてる。すっと通った鼻筋。すらっとした手足。
玄関からの光が、まるで後光のように見えて。

心臓が、止まるかと思った。
息は、実際止まってたかもしれない。
 
カワイイ。
そう思った。
73■山奥の村で 2 (ビアンカ視点)
お母さんのお墓に参って、私は家に帰る。毎日の日課になってて、それが終わるとお父さんとお昼ご飯。
毎日同じ日々。
もう慣れちゃって、嫌だとかそういう感覚はないけれど、時々小さな頃を思い出す。
毎日がキラキラしてて、楽しかった。
お化け退治なんてした事もあったっけ。

思い出すと、その楽しかった日々に心が騒ぐ。
また、ああいう感覚を味わいたい。

でも、その頃一緒に居たテスはもういない。
今でも、ラインハットは憎い。
サンタローズはなくなって、テスもおじさまも行方不明で、そしてそのあと私はすぐにこの村に越してきた。

私はため息をついて立ち上がる。
「お昼、ナニにしようかな」
私は伸びをしてから歩き出す。
しばらく行ったところで、スレイさんに声を掛けられた。
「あ、ビアンカさん!」
「何?」
「さっきねえ、水門を開けて欲しいっていう旅人が来たから、キミの家紹介しておいたよ」
「え? そうなの? 変わった人ね。わかった、ありがとう」
私はスレイさんに手を振って家路を急ぐ。水門を開けるなんて、私がここに引っ越してきてから初めての話。どんな変わり者か早く見てみたい。

家に帰ると、床下の庭(なんでか良くわからないけど、私の家は高床式みたいになってる。だから、床下に庭がある)で草取りをしてくれてたドッガさんが
「あ、ビアンカさん、おかえりなさい! 何か、変な旅人がビアンカさんの家に入っていきましたよ」
なんて教えてくれて、そして上を向いて不機嫌そうな顔をした。
「そうなの? さっきスレイさんが教えてくれた人かしら? 教えてくれてありがとう」
私はドッガさんに手を振って、階段を駆け上る。
ドアの前で一回大きく深呼吸。
第一印象は大事に。明るく笑顔でご挨拶。
ドアを開けて、なるべく明るい声で家の中に声をかける。
「ただいまー」
入り口入ってすぐの部屋には、誰もいない。
どうやら旅の人、お父さんの部屋に居るみたい。実際、すぐにお父さんの部屋の方から足音がどたどたと聞えてくる。
お父さんが、男の人の手を引いて玄関の方へ走ってきた。
はっきりいって、こんな元気なお父さんを見るのは久しぶり。ここのところずっと寝たきりみたいな感じだったし。男の人、はっきり言ってお父さんの勢いに負けてる。

男の人が、コッチを見た。
背がすらーっと高い人。村の同じ歳くらいの男の人たちと比べても、多分一番背が高いんじゃないかしら?
手足もすらりと長くて、やせてるけど筋肉質で、スタイルがいい。
意志の強そうな眉。優しそうな真っ黒な瞳。通った鼻筋。背中まで伸びた長い黒髪を、一つに纏めてる。
綺麗な男の人。
こんなに綺麗で格好イイ人見るのは、久しぶり。
多分、私が知ってる男の人で、二番目に格好イイ。
一番はもちろんおじ様。

何だろう、すごくドキドキする。

お父さんは興奮気味に私に向かって叫ぶ。
「ビアンカ! テスだよ! お前の友達のテスが生きてたんだよ!」
……テス?
私は目の前の男の人を見る。
私の知ってるテスは、6歳のまま。
ちょっとドンくさくて、ぼんやりしてて、でも優しくて強かった、かわいらしい男の子。
この人と、なかなかイコールで繋がらない。
「ひ、久しぶり。元気だった?」
男の人が、にこりと笑って私に挨拶してくれる。

その笑顔は、見覚えのある笑い方で、テスだってようやく納得できた。
でも、声はとっても低くなってる。
ああ、テス、男の人になっちゃったんだ。
当たり前の事なのに、何だかとっても衝撃的だわ。
でも。
とっても嬉しい。
「まあテス! やっぱり無事だったのね! サンタローズの村が滅ぼされてテスが行方不明になったって聞いたけど、私は生きてるって信じてた」
私はにっこり笑うと、テスの手を握ってぶんぶんと上下に振りながら握手した。
「だってあの時、また一緒に冒険しようって約束したものね」
「うん、そうだね」
テスは苦笑して頷いた。
やっぱり、低い声。ちょっとドキドキする。
「でも、あれからもう10年以上か……。色々積もる話を聞きたいわ。ゆっくりして行ってね!」
そういうと、テスは困ったような顔をした。
「えっと、あんまりゆっくりもしてられないんだ」
「あ、そういえば、水門開けて欲しいっていいに来た旅人って、テスか。何かあったの?」
テスは私から視線をはずした。
「えっとねえ、実は、ボク……結婚をね、考えてて。水のリングっていうのを探してるんだ」
「何ですって? まぁー!」
頭がくらくらした。
「えっと、でも、一日くらいは泊まって行きなさいよ。ね?」
「うん、わかった。お世話になるね」
そういって、テスはにっこりと笑った。

「さて。お昼ご飯だけど、テスが来てくれてたから材料足りないかも。買い物行ってこなきゃ。お夕飯の分も買わないといけないし」
「あ、ボクも一緒に行くよ。荷物くらい持つからさ」
「じゃ、おねがい」
私はテスと一緒に家を出る。何を食べたいかとか、好き嫌いはなくなったのかとか、そんな話をしながら、お店に向かう。
時々、すれ違う村の人がビックリしたみたいな顔をして私達を見たけど、気にしないことにした。
今しか、テスと一緒に居られないんだから。

よろずやさんで野菜やお肉を買って、荷物をテスに持ってもらって私達は家に戻る。途中でお母さんのお墓をテスが参ってくれた。
「元気だったのにね」
「うん」
テスはお墓をしみじみと見つめて、呟くように言った。
「おじさまは……?」
「うん、10年前にね、ボクを守るために……」
「そっか。おじさまも……」
私達は暫く黙って、空を見上げた。
今日もとってもよく晴れた青い空に、雲が浮かんでいる。
「そうだ! この村ね、いい温泉があるんだよ。テスも入って行きなよ」
私が言うと、テスはちょっと困ったような顔をしたあと、
「うん、でもボク、旅の途中で魔物と戦ってて結構傷跡とかすごいからさ、村の人ビックリすると思うよ。だから、今日はいいよ」
「うーん、じゃ、宿のおかみさんに閉店後に入れるようにしてもらってあげる。それなら一人で入れるから大丈夫でしょ?」
「じゃ、お願いしていいかな?」
「わかった。じゃあご飯食べたら頼みに行ってあげる」
「ありがとう」
私達は家に戻って、のんびりとお昼ご飯を食べた。

テスは多分、明日か明後日には旅立って行ってしまう。
だから、今だけは、一緒に居て。
沢山思い出を作っておこうと思った。
74■山奥の村で 3 (テス視点)
「は〜」
ボクはお湯の中で手足を伸ばして大きく息を吐く。
露天風呂だから、空を見れば満天の星空に細い三日月が浮かんでいる。
 
お昼ごはんを食べてから、夕食までの間、ずっとビアンカちゃんと話していて思った。
ビアンカちゃんは、この村できっとのんびりと過ごしてきた。
そりゃおばさんが亡くなるっていう寂しい出来事もあっただろうけど、ビアンカちゃんのノビノビとした笑顔を見ているとそう思う。
この村で、皆に愛されて、まっすぐに育って。

本当に可愛くなってて。

ボクはお湯をぱしゃんと顔にかける。
考えるだけでドキドキする。
話しているときとか、一緒に歩いている時とか、心臓の音が聞えちゃわないか心配だったくらい。

ああ、認めるよヘンリー君。
ビアンカちゃんは、ボクの女神なんだろうね。
フローラさんの時にはこんな気持ちにならなかった。
 
 

ボクは、ビアンカちゃんが、好きだ。
 
 

「あーあ」
ボクはもう一度大きくため息をつく。

ビアンカちゃんは、この村でこれからも幸せに生きていくべきだ。
下手に好きだなんて絶対に言っちゃいけない。
フローラさんと結婚は多分しないだろうなんて、間違っても言っちゃいけない。

「ボクは何をしに来たんだろう……」
何で先にビアンカちゃんに会わなかったんだろう。
何でフローラさんと結婚する話になってるんだろう。

何で。
何で。
何で?
 
 
「ともかく、なるべく早くこの村から出て行かなきゃ」
このまま居たら、きっとボクはこの村から出て行けなくなる。

ビアンカちゃんの前では、ボクはフローラさんの事を好きって振りをしよう。
ボクがビアンカちゃんの事、好きだって事、絶対に知られちゃいけない。
ビアンカちゃんは、ここで幸せにならなきゃ。

 
巻き込んじゃ、いけない。

 
ボクは気持ちを切り替えて、温泉を出る。
ビアンカちゃんに貸してもらった、おじさんの服はちょっと大きい。肩がずり落ちるのを引き上げなきゃすぐに肩がでちゃう。でも、丈はちょっと足りてない感じ。
肩、気をつけてないと傷が見える。そうしたら、傷跡は決して魔物との戦いでついたのじゃないのが、分かっちゃう。
気をつけないとなあ。
そんなことを思いながら、宿から出ようとすると、おかみさんに声を掛けられた。
「あ、あんた! ビアンカちゃんが下の酒場で待ってくれてるから、迎えにいって一緒に帰りなよ」
「え? ビアンカちゃんが?」
おかみさんが大きく頷く。
「結構長い事待ってるから、早く行っておやり」
「じゃあ、行きます」
 
 
ボクが地下の酒場に行くと、ビアンカちゃんはカウンター席でマスター相手に話していた。
村の男の人たちが、大きなテーブルで5、6人集まってお酒を飲んでいて、なんだか遠巻きにビアンカちゃんを見ているみたいだった。
「ビアンカちゃん」
声を掛けると、ビアンカちゃんがコッチへ歩いてきた。村の男の人たちの視線も、すーっと一緒に移動してくる。ビアンカちゃんは男の人たちが背後に居るから分からないだろうけど、結構「このやろう」みたいな不機嫌そうな視線。
「ビアンカちゃん、だとう?」みたいな声がぼそぼそと聞えてくる。
ビアンカちゃんは聞えてるのか、聞えてないのか、気にしてないのか、ともかくマイペースにボクを見上げてにっこり笑った。
「テス。どうだった? 温泉」
「気持ちよかったよ」
「お父さんの服、ちょっと大きいね。肩ずり落ちてる」
ビアンカちゃんがクスクス笑う。
ボクはあわてて肩を引っ張りあげると、話を切り替える。
「ところで、どうして酒場に居るの? ビアンカちゃん」
「お酒入っているほうが話しやすい話もあるでしょ? だから軽めのお酒を買いに来たのよ」
「ああ、なるほど」
「それより。ねえ、もうお互いオトナなんだから、ビアンカちゃんはやめてよ、呼び捨てでいいよ、ビアンカって」
 
 
ビアンカちゃん、後ろの男の人たちの目が怖いよ。
 
 
でも、それに気付いていないビアンカちゃんはニコニコと笑いながら「呼んでみてよ」とか云っている。

「び……ビアンカ」

顔がかーっと熱くなるのが分かった。
ビアンカちゃんの顔も、かーっと赤くなる。
「だ、ダメだよ、ビアンカちゃん。恥ずかしくて。やっぱりさあ、ビアンカちゃんはビアンカちゃんだからビアンカちゃんなわけだよ」
「そ、そうね、何だか恥ずかしいわね。まだちゃん付けのほうがマシだわ」
ボクらはお互いにあははははは、と空々しく笑った。
「帰ろうよテス。お父さんも心配だし。行こ?」
ビアンカちゃんはボクの手を引いて歩き出す。
「うん、分かった」
ボクは引っ張られながら、ちらりと振り返ってみる。
あー、男の人たち、不機嫌だー。
怖いなー。
やっぱりこの村早く出ないとなー。
75■山奥の村で 4 (テス視点)
「あ、起きた」
目が覚めると、ビアンカちゃんがベッドの脇からボクを覗き込んでた。どうやら、起こしに来てくれたみたいだった。
「おはよう、テス。よく眠れた? 今、朝食の用意をするから、暫くたったら起きてきて?」
「あ、うん」
ボクの返事を聞いてから、ビアンカちゃんは手をひらりと振って部屋から出て行った。
ボクは欠伸をしながら起き上がる。
昨日は結局、ワインを飲みながら夜遅くまで、いや、むしろ明け方近くまで話をしていて、寝たのがさっきっていうイメージ。
あまりしっかり寝た気分じゃなかったけど、ご飯を作ってくれてるって話しだから、起きないわけには行かない。

昨日は、ビアンカちゃんの話を聞いているのが本当に楽しかった。引越しの時のてんやわんやだとか、この村につくまでの旅路。村についてからの仕事だとか。おばさんがなくなる話はちょっと辛かったけど、本当にのんびりした生活を送っていたみたい。
ボクの方は、ベラと一緒に妖精の村へいった話や、ヘンリー君との出会い。ヘンリー君とラインハットを救った話や、ベネット爺さんとルーラを復活させた話。そんな話をした。
もちろん、お父さんが死んだ時の話や、その後のドレイの日々ははなしてない。そんな話をして、心配されたり同情されたりするのは……嫌だ。
みんなの事も、きちんとは話せなかった。仲間が居ることや、名前はいえても、それが魔物だって事は言いづらい。
ゲレゲレとだけは再会できて、それがネコじゃなかったことは言ったけど。
ボクの人生は、あまり人に話せるようなものじゃない。
ちょっと、つらいけど、仕方ない。
 
起きて着替えてから、台所へ行くと、ビアンカちゃんは鼻歌を歌いながら暖めているスープをかき混ぜていた。
「おはよう。綺麗な歌だね」
「あら、ありがとう」
ビアンカちゃんはこっちを向いてにこりと笑った。
「悪いんだけど、お父さん起こしてきてくれる?」
「うん、いいよ」
ボクはそのまま部屋を横切って、ダンカンさんの部屋のドアを叩いて、一拍置いてからその部屋に入った。
「おはようございます、ダンカンさん。もうちょっとで朝ごはんだから、起きてきてくださいね」
「ああ、有難うテス」
そういうと、ダンカンさんはボクを手招きする。
ボクがベッドの脇にいくと、そこにおいてある椅子に座るように勧められた。
「なあ、テス。このことはビアンカに黙っておいてほしいんだが」
ダンカンさんはそんな前置きをしてから、ボクに静かに話し出す。
「ビアンカはね、実は、本当は私の実の娘じゃないんだよ。アルカパで宿屋をやってる時、魔物に襲われて息も絶え絶えになった若い夫婦が連れていた娘さんでね。まだ生まれたばっかりの赤ちゃんだったよ。結局その夫婦はなくなってしまって私が引き取ったんだよ。……だからこそ、余計にビアンカの事が不憫でね……。幸せにしてやりたいんだよ」
ダンカンさんは、壁の向こうに居るビアンカちゃんが見えるみたいに、台所の方を見る。とっても優しい瞳をしていた。
「私はこんな体だから、この先どうなるか分からないし……。テスがビアンカと一緒にくらしてくれたら安心なんだがなあ」
そう言って、ダンカンさんはボクを見る。
ボクは、その視線から逃げるように目をそらした。
「おじさん、ボクは……旅を続けるから……一緒に暮らすとか……幸せにしてあげるとか……無理だよ……」
ボクが搾り出すように言うと、ダンカンさんは小さく「そうか」っていって笑った。

暫く、ボクらは無言だった。
すると、ドアがいきなり開いた。
「ねえ、出来たよ?」
ビアンカちゃんがニコニコ笑って言う。
「そうか。さ、行こうテス」
ダンカンさんはそういうと立ち上がる。ボクもそれに続いた。
「さ、テスはこっちに座って?」
ビアンカちゃんに言われた席について、ボクらは朝のお祈りをしてからご飯を食べ始める。
「ねえ、食べながらでいいから、聞いてくれる?」
ビアンカちゃんがボクを見て話し出す。
「昨日あれから考えたんだけどね、水のリング探すの私も手伝ってあげるわ! だってテスには幸せになって欲しいもんね。いいでしょ?」
「な、何言ってるのビアンカちゃん! 危ないんだよ? お化け退治の頃とは違うんだよ?」
ボクがあわてて言うと、ビアンカちゃんはにやっと笑った。
「あら? いいの? 私が居なきゃ水門を開けられないわよ? だから、いいでしょ?」
 
そんな切り札が!
ずるい、ずるいよビアンカちゃん!?

「……分かった、それじゃ仕方ないもんね」
ボクはうつむいて搾り出すように答えた。
ダンカンさんが向かいで笑いをかみ殺している。
ビアンカちゃんは本当に嬉しそうににっこりと笑った。
「うふふ、また一緒に冒険ができるわね! 出かける時は声掛けてね、私ちょっと近所の人にお父さんの事頼みに行ってくるから、待っててね? その隙に行こうとしたら……一生水門開けてあげないからね?」
「……わかった、わかったよ」
ボクはもう、覚悟を決めるしかないって思って、お手上げですっていうのを示すように両手を軽く上に上げた。
「お昼頃、出発しよう」
ビアンカちゃんは頷くと、旅の用意をしに家を出て行った。
76■山奥の村で 5 (ビアンカ視点)
宿のおかみさんや近所の人に、水門を開けるために暫く村を出ることと、お父さんの事を頼んだりして、こまごまとしたものを買って家に帰る。
家に帰ると、もう旅装束に身を包んだテスが、玄関先の階段に座って地図を見つめていた。
まだコッチに気付いてないみたい。

やっぱり、綺麗だわ、テス。
 
ぼんやりと見つめていたら、テスが地図から目を上げる。
「あ、お帰り」
テスが私を見てにっこり笑って言った。
「うん、ただいま」
答える。

ああ、やっぱり低い声。
昨日の夜話をしている時も、ドキドキしてたの。
随分慣れたけど。聞くたびに何だか変な感じ。
 
 
背は高くなっていて見上げないと顔が見えないし、
ふとした時の気遣いとかで感じる。

テスは、大人になってた。
 
今だって、大好きな人との結婚のために、命をかけてる。
さっきの地図を見る真剣な目。

他人に向けてる目なのにね。
息をのむくらい綺麗で素敵だった。

「ごめんね、待たせて」
「そんなにあわてなくていいよ、ゆっくり用意してきて?」
テスは私を見てにこりと笑って、また地図に眼を向ける。
私は頷くと家の中に入る。
 
ドアを閉めて、深呼吸。
 
絶対、好きだなんて知られちゃダメ。
両頬をぱしんと叩いて気合を入れる。
「頑張ろう!」
お父さんに軽く挨拶して、私は家を出る。
 
階段の一番上から、テスに声を掛ける。
「お待たせ!」
テスが立ち上がって、私を振り返る。
見下ろす、テスの顔。
「やっぱり、テスの顔って、見下ろす方がしっくりくるわ」
「そうだね、ボクも見上げる方が自然な気がする」
私達はお互い声を上げて笑う。
「行こう?」
私は先にたって歩き出す。

「あれ? ビアンカさんお出かけ?」
ウチの補修にでも来てくれたのか、ドッガさんが不思議そうな顔をして私を見る。
「うん、水門を開けに行くの」
「危ないよ、オラ代わってあげるだよ?」
「でも、今年はウチが管理してるんだし。大丈夫よ。テスもこう見えて強いし」
そう言うとドッガさんはキッとテスを睨む。
「おい! ビアンカさんを危険な目に合わせたらオラが許さないからな!」
「……危険な目にあわせたりはしません」
テスが困ったように言う。
私はドッガさんに笑ってみせる。
「大丈夫よ、すぐ帰ってくるから」
 
ドッガさんと笑って分かれてから、暫く行くと果樹園の手入れをしていたマリーさんに、「あら? お出かけ?」って笑って、もぎたてのオレンジをくれた。
「ビアンカちゃんて、皆に好かれてるね」
「というより、村が小さいから皆仲がいいのよ」
ふーんってテスは相槌を打つと、村を見回す。
「いい村だよね」
「うん」

村の入り口で、テスが立ち止まった。
「あのね、ビアンカちゃん」
「何?」
「言っておかなきゃいけないことが、あるんだけど」
「何?」
テスは少し私から視線をはずした。
「あのね、仲間たちの事なんだけど」
「ああ、ゲレゲレの事見てくれてる人たちだよね?」
私が笑いかけると、テスは複雑そうな顔をしてから、決心したように私を見る。
「実はね、皆、人間じゃないんだ……」
「え? じゃあ、何よ」
「……魔物」
 
私は一瞬考える。
何かの冗談かしら?
その割りに真剣な顔だし。
第一、テスって冗談とか苦手そうだし……。

これは、本当に魔物なんだわ。
 
「すごい! けど、何で?」
「何か、どうしてか良くわからないんだけど、ボク、魔物から悪い心を抜く力があるみたいで。自分でもどうやってるのかいまいち分かってないんだけど。……で、皆がついてきてくれてる」
「へー。早く会ってみたいわ。ねえ、ちゃんと私の事紹介してくれるよね?」
「それはもちろん。皆の事もビアンカちゃんにちゃんと紹介するよ」
「じゃ、早く行きましょ。早く会ってみたいし、今までテスの面倒見てくれてた御礼も言わなきゃね」
「……」
テスは苦笑してから頷いた。
「じゃあ、ちょっと先に行って説明してくるね。ビアンカちゃんはゆっくり歩いてきてくれればいいから」
テスはそういうと、先に歩いていく。
 
その背中を見送ってから、私は村のほうを振り返る。
 
引っ越してきた時は、静か過ぎてあんまり好きになれなかった。
今は、このノンビリした静かさも気に入ってる。
いい村だと思う。

今から、私はテスとの最後の旅に出る。
コレが終わったら、テスは私の知らない人と結婚する。
もう、会えなくなる。
知らないところへ旅立っていく。
私はこの村にとどまって、きっと死ぬまでここに居る。

覚悟は出来てたはずなのに、
何だかムネの奥のほうが冷たく痛い。

またこの村に、寂しい思い出が一つ増えてしまった。

 
 
私は一度大きく息を吐いて、それから拳を空に向かって突き上げる。
最後なんだから、楽しい旅にしよう。
最後なんだから、いい思い出を一杯作ろう。
それを抱きしめて、生きていけばいい。
 
一緒に居る時くらい、笑っていなきゃ。
「よーし! 頑張ろう!」
私は声に出して気持ちを整理して、それからテスとその仲間が待ってくれてる村の外へ急いだ。
77■山奥の村で 6 (ピエール視点)
走ってくる足音が聞える。
あの走り方は主殿。
かなりあわててこちらへ向かっているのが分かる。
我々は馬車の中で、主殿の帰りを待っているところ。水門の鍵は借りることが出来たのだろうか?
「ゲレゲレ、居る!?」
馬車のドアをいきなり開けて、主殿が叫ぶ。
「主殿、ドアを開ける時はノックと何度もいってるでしょう」
「あ! ごめん! 次から気をつける!」
「テスはいっつも同じ事を言う」
スラリンが聞いていて笑うが、主殿はあまりその事は気にせずに、馬車の奥に向かって呼びかける。
「ゲレゲレ! ゲレゲレ出てきて! ビアンカちゃん! ビアンカちゃんが居たんだよ!」
その意味が私には分からなかったが、ゲレゲレには分かったらしい。さっきまで全く興味なく寝そべっていたゲレゲレが、急に起き上がり、そのまま馬車の外へ出て行く。
「皆も外へ来て? ビアンカちゃん、暫く一緒に行くことになるから、紹介するよ」
我々が馬車の外へでるのとほぼ同時に、村のほうから一人の女性が歩いてきた。
 
明るい雰囲気を持った、すらりとした女性。
人間の美醜はあまり良くわからないが、この女性は、きっと美しいのだと直感的に思った。
近くにくると、周りの空気すら浄化されていく感じ。
 
ゲレゲレが甘えた声を出して、その女性に鼻先を近づける。
「あら、ゲレゲレ大きくなったわねー! ……ネコじゃなかったって、本当だったのねー」
彼女はゲレゲレの頭を撫でながら、しみじみと言う。
「ねえ、皆の事紹介してよ」
彼女は主殿を見上げて、笑いかける。綺麗な笑顔だ。
「うん」
主殿も笑うと、我々のほうを見た。隣に立つ女性を見て一度にっこりと笑いかけた後、彼女の事を紹介し始める。
「皆、暫く一緒に旅をしてくれる、ビアンカちゃんだよ。水門を開けてくれて、そのあとも水のリングを探し出すまで一緒に行ってくれる予定。ボクの小さい頃からの友達で、ゲレゲレの本当の意味での命の恩人だよ」
「こんにちは。ビアンカよ。短い間だけどよろしく!」
ビアンカ殿は右手を軽く上げて我々に笑いかけた。
よく笑う方だ。太陽が似合う。

「皆の事も紹介するね」
主殿は今度は我々を紹介し始める。
「まず、スライムのスラリン。ボクの初めての仲間だよ」
「よろしくな! ビアンカ!」
「よろしくね、スラリン。可愛いわね、あなた」
ビアンカ殿はしゃがんでスラリンと視線を合わせてから、スラリンの体をぷにぷにと押してみている。好奇心旺盛なようだ。スラリンのほうは、照れたように笑っている。
「こちらはスライムナイトのピエール。とってもマジメで強いんだよ」
「初めまして、ビアンカ殿」
「はじめまして、ピエール。私の事はビアンカで良いわよ?」
彼女はしゃがんだまま、私を見上げて言った後、立ち上がる。
「そのような失礼な事は出来ません。主殿のお友達ということは、私にとっては仕えるに相当する方です」
ビアンカ殿は驚いたように目を見開き、やがて大きな声で笑い出した。
「主殿だって! いつそんなに偉くなったの? テス!」
「偉くなった憶えはないよ……」
主殿は恥ずかしそうに頬を染めて、ぼそぼそと反論する。
「でも、ピエールにとってはこれが一番自然なのよね?」
ビアンカ殿は笑いすぎて出てきた涙をぬぐいながら、私に尋ねる。
「はい」
「じゃ、仕方ないか。それにしても主殿にビアンカ殿! 何だかくすぐったいわー」
ビアンカ殿はまだ笑っている。本当に明るい方だ。
「で、こちらは魔法使いのマーリン爺ちゃん。何でも知ってるんだよ」
「そんなに物知りってわけでもないがの。こんにちはお譲ちゃん、暫しの間よろしゅうな」
「こんにちは、マーリンお爺ちゃん」
ビアンカ殿はマーリンと握手する。やさしく手を握っているのが分かる。
「この子はホイミン。ホイミスライムの子どもだよ」
「こんにちわー、ビアンカさん。ホイミンね、ビアンカさんのこと、すきー」
「あら、ありがとう。こんにちはホイミン」
ホイミンはにこにこと笑いながらビアンカ殿の周りをふよふよと漂ったあと、その腕に巻きついた。
「あら、ホイミンは甘えん坊ね。可愛いわ」
そんな調子で、全員の紹介が進んでいく。そのたびにビアンカ殿は全員ときちんと挨拶をした。そして、最後に
「皆いい子で、テスに懐いてるのね。私お邪魔かしら?」
「そんな事ないぞ! ビアンカ!」
スラリンが飛び跳ねながらビアンカ殿に言う。
「一杯居た方が面白いぞ!」
「そう? 有難うスラリン」
既にみんなの中に見事に溶け込んだようだった。

「で、いよいよ水のリングを探しに行くのですね?」
訊ねた私に、主殿は首を横にふった。
「ビアンカちゃんが武器も防具も持ってないから、最初にソレを買いに戻るつもり。ルーラを使えば手早くできるでしょ?」
「そうですね、武器や防具は必要ですね。ではサラボナへ戻るのですか?」
その問にも、主殿は首を横にふった。
「オラクルベリーに行こうと思う」

……何故。

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