16■炎のリング
死の火山に炎のリングを取りに行く。


67■死の火山 1 (テス視点)
サラボナの町を出て、南東の方向へ歩き出す。町を出てすぐ、そっちの方面に大きな火山があるのが見えた。炎のリングは炎に囲まれたところにあるっていうんだから、まずはあの火山あたりを探すのがよさそう。
地図と照らし合わせてみると、まっすぐその火山へいけるわけではなくて、まずは南下して、それから東に行った後北上しないと火山へは行けないみたいだった。
道は最初は平原で歩きやすかったけど、3日も南下した頃には山道になって、なかなか進むことが出来ない。
結局、火山に辿り着いたのはサラボナを出てから10日以上たったある日の昼頃になってしまった。

 
火山のふもとに、洞窟の入り口がぽっかりとあいている。
コレをとりあえず見に行く事にして、ボクはみんなに声を掛ける。
「とりあえず、この洞窟を見に行くから。ピエールとゲレゲレと……あと、ガンドフ。一緒に行ってくれるかな?」
「わかりました」
皆頷いて、一緒に行ってくれる準備をはじめる。
「オイラはここで待ってるな。絶対こんな中行ったら、溶ける」
「確かに暑そうだもんね」
ボクは洞窟の中から時折吹き上げられてくる、熱い風に顔をしかめて頷く。
洞窟の中は、かなり暑そうだ。
「水分の補給はなるべく早めにな。まずいと思ったらリレミトでさっと出てくるんじゃぞ?」
「うん、わかった」
マーリン爺ちゃんの言葉にボクらは頷くと、洞窟の中に入る。

やっぱり、中は暑かった。
むっとした暑い空気が、洞窟特有のよどみを持っている。
息苦しい。
床、と言っていいのか解らないけど、歩くところは何とかむき出しの土があって問題はない。でも、その床より低いところには赤い色をしたマグマが溜まっている。
少し前に爆発でもあったのか、まだ冷えてないものが残っているみたいだった。
「これは足を踏み外したらアウトだねえ」
ボクは顔が引きつるのを感じながら、ひきつった声で言う。
「皆、気をつけてね」
「主殿も」
ボクらはお互いに気をつけることを確認してから、歩き出す。
 
 

しばらくまっすぐ進んだところに、人影が見えた。
アンディ君だった。
「も、モンスター!」
彼はボクの後ろにいる皆を見て飛び上がる。
良くここまでこれたなあと思いつつ、ボクはアンディ君をなだめる。
皆がボクの仲間で、いい子だってわかってもらうまでそんなに時間は掛からなかった。
アンディ君は、柔軟な人みたいだ。

「それにしても、ここまで貴方も来たんですね。絶対炎のリングはここにありますよ。お互い頑張りましょう」
アンディ君はにこりと笑う。
「アンディ君は、フローラさんと結婚したいって、いつから思っていたの?」
「え?」
アンディ君は唐突に云ったボクの顔をじっとみて、それから頬をぱーっと赤く染めた。
「え? あ、うん。僕はずっと小さい頃から彼女と知り合いで。幼馴染だったんだけど。その頃は……恥ずかしいけど僕とても弱虫で泣いてばっかりで、いつもフローラに助けられてたんだ。いつでも傍にいてくれるって感じだったんだ。それが彼女が修道院に行ってしまって、初めて寂しいなって感じて。……もうあんな寂しいのは嫌でね。彼女が傍にいてくれれば、他に欲しいものなんてないんだ。結婚したいって考えたのは、だから……彼女が修道院に行っちゃった頃、になるのかな?」
「そっか、長いね」
ボクはそれ以上何もいえなくなってしまった。
「うん、長いよ。だから、君には負けてられない。でも、君もフローラと結婚したいって思う何かがあったんだろ? 他の人たちみたいに財産目当てって感じがしないもん。だから、お互い頑張ろうって、君には言える」
「……うん、頑張ろうね、お互い」
 
 
ボクはアンディ君と別れて、姿が見えなくなってから座り込む。
何だか、胸が痛い。
 
「ねえ、ずっとずっと思い続けてたアンディ君と、ほんのりした一目惚れで打算も含んでるボクが、同じ位置に居ていいのかな?」
ボクはしゃがんだまま、訊ねる。
「アンディ君、物凄くいい人だよ? ソレに対してボクってどう? 何か酷くない? 打算だよ。結婚したら帰る所ができるかもしれない? 盾だって手に入る? そんなの」
ボクは思わず壁を叩く。
「そんなの、フローラさんに対しても、アンディ君に対しても、物凄い裏切りじゃない?」
「主殿……」
ピエールが困ったようにボクを見上げる。
ゲレゲレが小さく不機嫌そうに鳴いた。

ボクは暫く、考えた。
 
「とりあえず、炎のリングは取りに行こう」
「え?」
ピエールがボクを見上げる。
「私はてっきり帰るのかと思ってました」
「うん、ボクも一瞬それは考えたんだけど。ルドマンさんは今、結婚相手に立候補した人の中では、リングを持ってきた人としか話しをしたくないって考えてると思う。リングは二つあるんだ。アンディ君が炎のリングを先にとってくれればそれでいいけど、もしボクが炎のリングを先に手に入れても、彼が水のリングを手に入れてくれればいい。同じ場所にたったら、素早くボクが辞退すればいいんだよ。ただ、盾の話だけはさせてもらって。盾の話をするための、リングだと思おう。丁度ボクはボクがどれだけ酷くて卑怯な人間か解ったことだし、こうなったら怖いものなんてナイよ」
「……変に開き直りましたね」
「結婚は、やっぱりボクには夢見ちゃいけない種類の夢だったんだよ。まあ、ここ半月ばかりイイ夢みたと思うことにする」
ボクはへらっと笑うと、皆に向き直る。
「コロコロ意見の変わる、いい加減な男でゴメンネ。とりあえず、炎のリングを手に入れて帰ろう。気をつけて進もう」
皆は困ったように苦笑して、それから大きく頷いてくれた。
68■死の火山 2 (ゲレゲレ視点)
テスは、さっきのアンディとかいう男と別れてから、ずっと押し黙っている。
何か考えているみたいだが、こいつはソレを言わないから俺達としてもどうしていいのか良くわからない。

それにしても、俺は不思議で仕方ないんだが、どうしてテスはいきなり手を引くだとか言い出したんだろう。
ちょっと前に結婚して幸せになるってかなり力説していたのに。
群れの中でつがいになろうっていうんだから、競う相手が出てくるのは当然で、それと戦うのが当然だろう。
なのになんで手を引く?
もし、手を引いて平気な相手なら、どうして結婚しようと考えた?

……第一、テスはビアンカとつがいじゃなかったのか?
 
小さい頃から良くわからんヤツだったが、大きくなってますます良くわからんヤツになってしまった。

「ちょっと休もう」
テスの声に、俺は顔を上げる。
現在地は地下1階。さっきの階より更に暑くなっている。まわりの溶岩はますます量がふえて、ますます赤くなっている。
「ホント、暑いね」
テスは見渡しのいい場所を選んで座ると、俺達に水をまわしてくれた。
「主殿は飲まないのですか?」
「最後でいいよ」
水を飲んでから、テスは俺達にここまでの地図を見せる。
「ええと、ここまでは一本道だったから、帰り道に問題はない。で、さっきの階にはソレらしいところがなかったから、ここの階か、もうちょっと下の階にあるだろうね」
そこまでいうと、ぐるりと俺達を見回す。
「皆は大丈夫? 体がつらいとかない?」
「平気です」
ピエールがいいながら頷く。俺とガンドフも頷いた。
「主殿は大丈夫ですか?」
「平気だよ」
テスはにこりと笑う。
もう、コイツの笑顔はクセみたいなものではないかと思った。

 
結局この階にも、怪しいところは全くなかった。
ただ、まだ下の階に続く階段を見つけただけだった。
「まだ続くのかぁ」
テスが疲れた声で、呟く。
「皆大丈夫?」
俺達のほうをみて、テスは心配そうに聞く。
「主殿こそ、本当に大丈夫ですか? 疲れてるみたいです」
「うん、大丈夫」
やせ我慢じゃないといいが。
俺達はテスを見上げる。
額から流れてくる汗を左腕で乱暴にぬぐうと、俺達の視線に気付いたのかコッチを見て、にへっと笑った。
 
この笑顔だけは、変わらない。
何処か間の抜けた笑い方。
なんとなく、守ってやろうって思う笑いかた。

思ってるほど、テスは変わってないのかもしれない。
「じゃ、行こうか」
テスは右手をふらっと振ると、先に階段を下りていく。
俺達も後に続いた。

 
階段をおりると、洞窟はまだ続いていた。
相変わらず、溶岩が赤く光っている。
「暑い」
ぼそりとテスが呟く。首筋を流れる汗を右手でぬぐいながら、洞窟の先を見据える。
少し、目を細めてため息をつく。
俺達は無言で歩き出す。
69■死の火山 3 (テス視点)
見つけた階段を下りると、床はとても狭いけど、広い空間に出た。周りでは溶岩が赤く燃えている。
「落ちないように気をつけてね」
ボクは後ろから来る皆に振り返っていうと、歩き出す。
一列になって歩いて、ちょっとだけ余裕があるって感じの床。
それを越えていくと、通路よりは広い床のところに、小さな祭壇のような場所があった。
その真ん中に、指輪が置いてある。
「これかな?」
ボクはその指輪をつまみあげた。

綺麗な、赤い宝石のついた指輪。
宝石の中で炎が燃えているみたいに見える。
「綺麗……」
ボクは皆にも指輪を見せる。
「中で炎が燃えてるように見えますね」
「不思議だね……。これが炎のリングで間違いなさそうだね」
ボクは暫く指輪を見つめる。
「そうですね、間違いないでしょう」
ピエールが頷いた。
「じゃあ、帰ろうか。……リレミトを使いたいところだけど、一階にアンディ君がいるだろうから、歩いて帰って声かけてあげよう。炎のリングはもう見つけちゃったから。水のリングでぜひとも頑張ってもらわないとね」
ボクは指輪を道具袋にいれると、歩き始める。
皆もそのあとに続いて歩き始めた時だった。
 
 

背後で、「ボッ」という炎が燃え上がるような音が聞こえた。
振り返ると、赤く燃えていたマグマが盛り上がって、やがて何かの形をとり始める。
それが三つ。
指輪を守っているのかもしれない。
やがて、ぬっとりとした姿の、怪物のような形になったマグマが、ボクたちに襲い掛かってきた。
「!!」
ボクらは慌てて戦闘態勢をとる。
「皆気をつけて!」

 
 
戦闘はちょっと長引いたけど、何とか勝つことが出来た。炎に弱いゲレゲレが少し大変だったけど、そんなに深刻なことにならずに済んだ。
ボクはゲレゲレにベホイミをかけながら、皆にも怪我がないか聞く。皆そんなに大変なことにはなってなかった。
「じゃあ、帰ろう」
ボクらはゆっくりと歩き出す。
来た道を戻るだけだから、迷子になることもなかった。
「あれ?」
一階まで戻ってきたけど、アンディ君は居なかった。
「もしかして、地下ですれ違っちゃったかな?」
「何本か分かれ道がありましたしね」
「……探しにいってまたすれ違ってもねえ」
ボクは少しだけ考えて
「ま、とりあえず一度外に出よう。皆にアンディ君が出てきてないか聞いてみた方がいいよ」
「そうですね」

 
外に出ると、空気がすがすがしかった。
洞窟の中も暑かったけど、洞窟の外は真夏の太陽がぎらぎらと照らしてきていて、それはそれで暑い。
けれども、風があって、空気がよどんでないだけ、ずっと外のほうが気持ちよかった。
ボクは、皆にアンディ君の事を尋ねてみる。
「ねえ、誰か出てこなかった?」
「ああ、弱そうな男が出てきて、すぐにキメラの翼で帰って行ったのは見たぞ」
スラリンがボクを見上げていう。
「そっか、とりあえずアンディ君は帰ったんだね」
「で? 炎のリングとやらは見つかったのか?」
マーリン爺ちゃんに聞かれて、ボクは道具袋から指輪を取り出す。皆がそれを覗き込んだ。
「すごーい、きれーい!」
ホイミンはそういうとボクの周りをふよふよと漂う。
「なんか変わった宝石だなあ」
「中で炎が燃えてるみたいにみえるでしょ?」
「きれーい」
「ま、なんにせよコレでお前さんは結婚に一歩近づいたわけじゃな」
「うーん、ソレがね、何かね、あんまり嬉しくない」
ボクが顔をしかめるから、マーリン爺ちゃんが不思議そうな顔をしてボクを見た。
「何かね、本当にすきなのかどうか、考えてみる方がいいと思って」
「それはまあ、そうじゃろうな」
「とりあえず帰ろう。考え事したいから、歩いて帰りたいんだけど、いい? ルーラだと時間が稼げない」
「ま、ええじゃろ」
 
 
歩いてサラボナを目指す。
ボクは、このあとどうしたいんだろう?
さっきマーリン爺ちゃんに言った気持ちは、本当。
ボクはフローラさんの事、本当に好き?
たぶんそれは違うと思う。
アンディ君が、フローラさんをずっとずっと思い続けていたっていうのを聞いて、結婚したい気持ちがなくなっちゃったっていうのは、多分、そういうこと。
けれど、盾は……やっぱり欲しい。

多分ボクは。
汚い人間なんだろう。
 
 
洞窟を出て、4日くらい経ったある日。
ボクらは山道で魔物と戦っていた。
相手は、三つ目で黄色い色をした、象。
確か、ダークマンモスって名前だったと思う。
力が強くて、体力がかなりある魔物。そのうえ、結構素早く動いてボクらより先に攻撃してくる。
なかなかうまく戦えない。
一撃一撃、攻撃を食らうたび、息が止まりそうな痛み。
「!!!」
一撃を食らって、一瞬くらりとした時だった。
ダークマンモスの、長い鼻にボクはふわりと持ち上げられて。
そして。
地面に叩きつけられる。
息が出来ない。
痛い、っていう感覚があったようななかったような。
骨の砕ける音が、聞えて。
「主殿!!!!」
「テス!!」
皆の叫ぶ声が聞えたような気がした。
目の前が真っ暗で。
 
 
死んでしまうのかな?
いやだな。
結局何も出来ないままだ……。
 

ああ。
……ボク、死ぬんだ。
意外と、あっけなかったな。
皆……

ごめん。
70■絶望の中で(ピエール視点)
「主殿!」
目の前が真っ暗になった気がした。
何とか、ダークマンモスを片付けて、我々は主殿の下へ駆け寄る。

主殿は、血の海の中でグッタリとしていた。
「主殿! 主殿! 主殿!」
「テス!」
我々は口々に叫ぶが、主殿は全く反応しない。
「動かすな!」
マーリンの声が聞えた。
我々は一瞬、動きを止める。
「ホイミン、ホイミを!」
マーリンの声にホイミンがホイミを唱えるが、主殿の体は反応をしなかった。
死んでしまった?
体に冷たい水を浴びせかけられた気分。
「テス……死んじゃったのか?」
スラリンの震えた声。
マーリンが主殿の首筋を触りながら
「縁起でもない事云うもんじゃない! まだ生きとる! ……死なせてたまるか!」
叫ぶ。

「良いか、皆落ち着け。テスはまだ、生きとる。このまま放っておけば死んでしまうが、そんなことにはワシらがさせん」
マーリンが、我々をじっと見た。
「良いか、落ち着け。まずありったけの毛布やマントをもって来てテスを包め。なるべく体を冷やさないように、揺らさないようにな。ホイミンは気力が続く限り、ホイミをかけ続ける。体の方が反応をしなくても続ける。ホイミンが唱えられなくなったら、ガンドフとピエールが続ける。ガンドフとゲレゲレは体が温かいから、なるべくテスに寄り添っておく」
我々は言われたとおり、毛布で主殿を包んでそっと馬車に乗せる。皆無言だった。
主殿は血の気のない白い顔で、ぐったりとして。
本当は短い時間だったのかもしれないが、時間が永遠に感じられた。
「道具袋にキメラの翼が入っていたじゃろ、使おう。ルーラと同じ様にサラボナの町へ一瞬で帰ることができるはずじゃ。着地の時にテスに衝撃が行かないように気をつけよ」
我々は頷く。
「絶対、死なせない」

 
サラボナの町の入り口に着く。
「さて、それじゃワシは教会から神父を連れてくるかの。一番ワシが人間に近い形をしてるから何とかなるじゃろ」
マーリンが町を見据えて云う。
「主殿の事は我々が。マーリン殿お願いします」
「マーリン、走って走って!」
我々の声にマーリンは大きく頷くと、町の中へ入っていった。
 
 
暫く経って、マーリンが帰ってきた。
後ろには人間の神父を連れてきている。彼は我々を見て、ぎょっとしたようだった。
恐怖の顔つき。今にも逃げ出して帰っていきそうだ。
「あ、あの、御老人?」
神父の震えた声。
「テスを助けて!」
誰よりも先に叫んだのはスラリンだった。
「テスを助けて!」
必死で叫ぶ。
「主殿を助けてください!」
「テスさんを助けてー!」
人間の言葉を話せるものは、必死で叫ぶ。
話せないものたちも、必死でうなり声を上げる。
「……」
神父は我々を呆然と見つめたあと、やがて大きく頷いた。
「任せなさい。あなた方の大切な方が、私に助けられるなら、助けましょう」
 
神父は主殿の横に座り、やがて口の中で何かを呟き始めた。
魔法が始まる。
黄色い温かみのある光が、キラキラと光りながら神父と主殿の上に降ってくる。
やがてその光は神父の手の中に集まり始める。
「全知全能の神よ、この者の魂をここに呼び寄せたまえ」
神父が言うと、神父の手の中の光が、主殿の体にすーっと入っていった。
 
一瞬の静寂。
 
主殿の肌に血の気が戻ってくる。そして咳き込んだ。
右腕をのろのろと持ち上げ、口元をぬぐって。
やがてゆっくりと目を開ける。
「……あれ? ボク……どうしたんだっけ?」
呟きながら、体を起こす。
目の前に居る神父を見て、不思議そうな顔をして、それから周りを取り囲む我々の顔を不思議そうに見回した。
「貴方は、良い仲間をお持ちですね」
「……はい。あの、神父様、皆の事は町の人には……」
「云いません。こんなに良い方達ばかりなのを伝えられないのは残念ですが、姿形で魔物を嫌う人は大勢居ます」
神父が立ち上がる。
「それにしても、炎のリングというのは大変なところにあったようですね。貴方は死に掛け、アンディさんは大やけど。……ルドマンさんも大変な条件を挙げたものです」
「アンディ君、大やけどをしたんですか?」
主殿が訊ねると、神父は頷いた。
「もうこんな怪我を皆さんがしないと良いのですが」
ため息とともに云うと、神父は先に町に戻っていく。
 
「ええと、あの、皆ありがとう。ゴメンネ」
主殿は神父が帰ったあと、我々を見てすぐにそう云って頭を下げた。
「全くだ! 心臓がつぶれるかと思ったわい!」
マーリンが大声を上げて、主殿の頭をぺしんと叩いた。
「ごめんなさい」
「テスの阿呆! 死んじゃったら何にも出来ないんだぞ!」
「ごめんなさい」
スラリンが何度も主殿に体当たりをする。
主殿は全員に「ごめんなさい」といいながら頭を下げた。
「なんか……本当にごめんなさい。心配かけて……これからは気をつけるから」
「当たり前じゃ。さて、テス。とりあえずお前は今から街に行って、気が済むまで寝て来い。疲れがたまっておるじゃろ。ともかく寝て来い。次からの話はその後じゃ、お前さんが色々なことに今悩んでいるのはわかるが、今は全部忘れて体力の回復だけ考えておれ」
マーリンの言葉に、主殿は頷いた。
「寝てきます。あと、アンディ君のお見舞いもして来ます」
主殿は反省しきり、という顔で我々に頭を下げてからサラボナの町に入っていった。
71■サラボナの町で (テス視点)
よく寝た。
そう思って起き上がる。窓の外は今日も暑そうに晴れ上がっていた。
あくびをしながら起きていくと、宿の親父さんの話だとボクは丸々二日寝ていたらしい。あまりにも気持ちよさそうに寝ていたから起こせなかった、と苦笑された。
……もちろん、追加料金を取られた。
 
 
ボクは宿に荷物を預けたまま、アンディ君の家へ行ってみた。
アンディ君の御両親は一階のリビングで呆然と座っていた。
「あの、こんにちは、アンディ君は大丈夫ですか?」
ボクは家の入り口から声を掛けて、中に入る。
「アンディはまあ、大丈夫だよ。確かに溶岩の流れる洞窟で大やけどはしたけどね、治療が早かったから。フローラにまで心配をかけてしようのない息子だよ」
おばさんは大きくため息をついてそういった。
「フローラちゃんは責任を感じてアンディの看病をしてくれとるんじゃ。本当に優しい子じゃよ」
おじさんは二階を見上げてやっぱり大きくため息をついた。
「お見舞い、行ってもいいですか?」
「ああ、行ってあげておくれ」

ボクは二階に上がる。
アンディ君の部屋。窓から吹いてくる風でカーテンが揺れている。その窓の前にある、小さな椅子に座ってフローラさんが眠っているアンディ君を見つめていた。
「あの」
ボクが声を掛けると、フローラさんがこちらをみた。
泣いているみたいで、目が赤い。
「アンディ君、大丈夫?」
フローラさんは力なく首を左右に振る。
「やけどのせいでアンディの熱がまだ下がらないの……。心配だからもう少し付き添っています」
フローラさんはそれだけ言うと、すぐにアンディ君の方を見る。

じっと、顔を見つめて。
時々流れてくる涙を拭いて。
冷たいタオルでアンディ君の額を拭いてあげている。

静かだった。

ボクは無言でフローラさんに頭を下げると、アンディ君の部屋を出る。
フローラさんは。
きっと、アンディ君の事がとても好きなんだろう。
大切で大切で。
心配で。
きっとほとんど寝ていない。

胸の奥がちょっと、重たいような、痛いような感覚。
ボクは大きく息を吐いた。
最終的には、きっと炎のリングとか、関係なくなっちゃうんだろうって、そう思う。
フローラさんは、アンディ君の事が好き。
アンディ君は、フローラさんの事が好き。
ボクのは。
きっとちょっとした憧れだけで、真剣な想いっていうのは、多分ない。
盾が気になるだけの、通りすがりの旅人。
「とりあえず、ルドマンさんにリング渡すか!」
ボクは無理やり元気な声で言うと、ルドマンさんの家に向かった。
 
 
ルドマンさんは、ボクが持ってきた炎のリングを見て、歓声を上げた。
「おお! 炎のリングを手に入れたか! うむ、テスとやら、よくやった! では炎のリングを預かろう」
ルドマンさんは、ボクからリングを受け取ると、暫くそのリングをじっと見つめて、それから満足したように頷いた。
「さて、残りは水のリングだが……。水のリングというからには、水に囲まれたところにあるのかもしれんな」
そういうと、窓の外をじっと見つめた。
「よし。町の外に私の船を泊めておこう。自由に使うと良い。客船に使ってるものとは違い、小さな船だが、キミと仲間たちが乗るには十分だろう」
「いいんですか?」
「ああ、いいとも。どうせキミはもうすぐウチの婿になるんだからな」

……なれないと思います。
 
その言葉を言いそうになって、ボクは大きく息を吸う。
その行動は、ルドマンさんには「喜び」に見えたらしかった。
「そろそろ結婚式の用意を始めなきゃならないな! キミは誰か結婚式に招待したい人はいないのかね? 遠方の人なら、今から招待せねば間に合わん」
「……そうですね……」
ボクは半分やけになって、ヘンリー君とマリアさんの名前を挙げた。もし、結婚しなくても、ヘンリー君なら事情の説明がしやすいし、もし、うっかり結婚しちゃった場合、やっぱり結婚式には来て欲しいし。

どっちになるにせよ、ヘンリー君なら招待してもらっても大丈夫。
それにしても、結婚にかける身内のパワーっていうのは、こんなに凄まじいものなんだろうか。
逃げられる気がしないんだけど。
「では、その方々を招待しておこう。がんばって水のリングを探してきてくれたまえ」
ルドマンさんの嬉しそうな笑い声に見送られて、ボクはルドマンさんの家を後にした。

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