15■噂の人
フローラさんとの出会い。高鳴る胸に戸惑うテス。


63■噂の祠(ゲレゲレ視点)
「おはよう」
ルラフェンという町で一泊したテスが、俺達が待っている町の外にやってきたのは朝というより、昼に近かった。
「おはようございます、主殿」
「もう昼だろ! おはようじゃない!」
ピエールとスラリンが口々にテスに云う。テスはソレを聞いているのかいないのか、軽く笑いながら「ごめんねー」なんていっている。
オトナになってるはずのテスは、相変わらず子どもみたいなままだった。俺はちょっと安心したような気分になる。
「ごめんねー、ベネット爺さんに挨拶に行ったり、ゲレゲレが盛ってくれていたお父さんの剣を手入れしてもらってたりしてたら、こんな時間になっちゃった」
「いっつもそんな言い訳ばっかりだー!」
スラリンはいいながらテスの足に何度か体当たりを食らわしている。
「痛い、痛いってスラリン」
テスは笑いながら云うと、地図を広げている。
 
 
テスは広げた地図を見せて、指でたどりながらこれからの説明をする。
「ルラフェンから南にいくと、そのうち宿屋があるみたい。そこで休憩したあと、もうちょっと南に進む。その先には、サラボナへ続く洞窟があるから、それを抜けてサラボナ」
説明が終わって、テスは地図をパタンと閉じる。
「デール君の話だと、サラボナに天空の盾があるって話だから、持ち主を探して話を聞いてみるつもり」
「話がわかる方ならいいのですが」
「……そうだねー」
テスは苦笑しながら答える。
「ま、ともかく行ってみよう」

 
 
南に3日くらい歩いていくと、草原の遠くにぽつんと立っている宿を見つけることが出来た。
「あ、アレが宿だね」
テスは一度地図で現在地を確認してから頷く。
「今日中にあそこには到着できそうだから、一泊しよう」
俺達は頷くと、その宿に向けて歩き出す。
結局、その日の夕方には宿についた。
宿はかなり大きなもので、教会や井戸がある。小さな小さな村のようにも思えた。
何人かの旅人が逗留しているようだった。
旅人達はあまり俺達のことには興味がないらしく、誰もさわいだりしなかった。
 
テスは旅人のなかの一人、シスターと話をしている。
そういえば小さい時から、テスはやたらシスターが好きでよく話していたことを思い出す。
聞くとはなしに聞いていたら、どうやらこのシスターは俺達がこれからいくサラボナから戻ってきたところらしい。オラクルベリーの近くにある修道院で預かっていたお嬢さんを、送ってきた帰りだそうだ。
「女の人二人で旅したのは大変ですね」
テスはそんなことをいいながら、シスターを尊敬のまなざしで見る。
「ええ、でも、神の御加護か、あまり辛いたびではなかったのですよ」
「そうですか、それは良かった」
その辺で話を切り上げて、テスは宿に泊まりに行った。
俺達は適当に、馬車の中でぼんやりと眠る事にした。
 
 
次の朝、テスは結構早起きをして来た。
「なんかね、サラボナへ戻ったお嬢さんはフローラさんって言うみたい」
「主殿は一体、宿で何の話をしてきたんですか?」
「宿のおかみさんに言われちゃったんだよ。『噂を聞いてフローラさんと結婚したいって思ったんだろ? あれほどの娘さんだから、あんたは相手にもされないと思うよ』だってさ。だから名前を知っちゃっただけで、別にそういう話をわざわざ聞いたんじゃないよ?」
テスは御丁寧にも宿のおかみさんの口真似までして、そんな説明をした。
「結婚なんてねえ、全然興味ないのにね」
テスは困ったように笑いながら、地図を見る。
「もうちょっとでサラボナだからね、皆がんばろう」
俺達はテスの言葉に頷くと、宿を後にした。
64■サラボナ 1 (テス視点)
サラボナについたのは、夕方だった。
サラボナは町をぐるりと壁が囲っている。町の入り口からはまっすぐ目抜き通りになっていて、広場には噴水がある。かなり大きな町なのに、とても綺麗で静かな、いい町に見えた。
町のすぐ隣には大きな塔が立っている。
 
いよいよ夏は本格的になってきているから、日が沈んでくるとかなり風が涼しくなってきて、それが嬉しい。
町の入り口のあたりまでくると、夕食の準備だろうか。どこからかイイ匂いが流れてきていた。
「じゃあ、ボク宿に泊まってから天空の盾の持ち主の人探してくるね。しばらく外で待ってて?」
「わかりました」
「上手に持ち主と交渉して来いよ?」
 
口々にいう皆に返事をしている時だった。
「誰か!」
綺麗な女の人の声が遠くから聞こえた。
かなり焦っているみたい。
「誰か! お願いです!」
その声はどんどん近寄ってきているみたいだった。
 
「なんでしょう? 女性の声ですね」
ピエールが少し緊張したような声で、町のほうを見る。
「助けて欲しい、とかかもよ?」
スラリンがボクを見上げていう。
「だったら、助けてあげなきゃ」
ボクも少し身構えて町のほうを見る。
女の人の声はどんどん近づいてきている。
「誰か! お願いです! その犬を捕まえてください!」
「……犬?」
ボクらは少し唖然として、町のほうを見てみる。
確かに、この町の入り口に向かって、白い大きな犬が走ってきていた。今は丁度噴水ぐらい。迷うことなく、コッチへ向かっている。
「……こっちへくるね。捕まえてあげなきゃ。皆馬車へ。あの女の人もコッチへ走ってきてる」
「わかった」
皆が馬車に乗り込むのと、犬がボクの腕の中に走りこんでくるのは丁度同じくらいのタイミングだった。
 
大きくて、人懐っこいカワイイ犬。
「どうしたの? なんで走ってきちゃったの?」
ボクは犬の首筋を撫でながら訊ねてみる。もちろん答えてもらってもボクには解らないんだけど、そんなことをいいながら女の人が来るのを待った。
女の人は、暫くすると走ってここまでやってきた。
大きく何度も息を吸ったり吐いたりして、息を整えている。
「ごめんなさい。この子が突然走り出して……。一体どうしたのかしら? さ、いらっしゃいリリアン」
女の人は腕を広げて犬を、リリアンを呼ぶんだけど、リリアンはくーんくーんと鼻を鳴らしてなかなかボクから離れない。
「まあ? リリアンが私以外の人に懐くのなんて初めてですわ。あなたは一体……」
 
女の人が、初めてボクをみた。
ボクも、女の人をちゃんとみた。
目が合う。
綺麗な人だな、って思った。
大きな水色の瞳。桃色の小さな口。水色の腰まで伸ばした髪を頭の後ろで大きな桃色のリボンで止めている。サラボナの民族衣装なんだろうか、肩を出す丈の長いワンピースを着ている。
清楚な雰囲気を持った、女の人。
しばらくぼんやりと見詰め合ってしまった。
 
先に我に帰ったのは、女の人のほうだった。
「あら、いやだわ私ったらお名前も聞かずにボーっとして。お名前を聞いてもよろしいですか?」
「あ、えーと。ボク、テスっていいます」
「そうですか。テスさんとおっしゃるのですね。本当にごめんなさい。またお会いできたらきっとお礼をいたしますわ。さあ、リリアン、帰るわよ。いらっしゃい!」
女の人はリリアンを連れて、町の奥へと消えていく。
夕日に照らされた彼女は、とても綺麗だった。
 
「綺麗な人だったな」
スラリンが馬車から顔を出して、ぼそりという。
「うん、綺麗な人だったね」
ボクもぼんやりと返事をする。
「主殿?」
「……あ、うん、何?」
マーリン爺ちゃんが馬車の奥で笑いをかみ殺している。
スラリンは呆れたようにボクを見上げている。
ゲレゲレは興味がないのか馬車の奥で寝転んだままで、ガンドフとコドランは困ったようにボクとマーリン爺ちゃんを見比べている。ホイミンはふよふよと漂ったまま、ボクをみてにこーと笑った。
「お気をつけて」
ピエールが静かな声で言った。
「……何に?」
「色々と」
スラリンがぼそりと言って、ボクに早く町に行けっていった。

 
町の入り口近くにあった宿はとても大きかったけど、かなり安く泊まることが出来た。
荷物を置くと、ボクは町を回ってみる。
広場の噴水のところは町の人の憩いの場になっているみたいで、沢山の町の人が夕暮れ時の涼しい風のなかで話をしたり、忙しそうに歩いていくのが見える。
 
聞くとはなしに聞こえてくる噂は、やっぱりこの町に戻ってきたフローラさんの話しが多い。
どうやらフローラさんは結婚のために町に戻ってきたらしいんだけど、そのお婿さん選びがそのうち始まるらしい。
ボクにとっては結婚はまだまだ先の話になるだろうから、なんだかピンと来ない。
たぶん、結婚するなら勇者が見つかるとか、お母さんを見つけた後、何処か一箇所にとどまることができるようになってからじゃないと出来ないだろうし、第一相手もいない。
「……ビアンカちゃんってもう結婚したのかな?」
考えてみればビアンカちゃんはボクより2歳もお姉さんだった。今まではただ、無事を伝える為に逢いたいなって思っていたけど、結婚してたら逢いに行くのは考え物だなあ。一応ボクは男だから、旦那さんが気を悪くするかもしれない。
「……まずはダンカンさんやおかみさんに会うほうがいいかも」
ボクはなんだか呆然とした気分で、空を見上げる。
随分蒼さを増した空に、一番星が光っていた。
65■サラボナ 2 (テス視点)
広場であった親子連れの行商人のおじさんが、天空の盾の話を知っていた。その話では、この町の大商人、ルドマンさんが持っているそうだ。この前の商談をした時に、話を聞いたっていっていた。
明日にでも、すぐに話を聞きに行こう。
ボクは一回町の外で待ってくれている皆のところへもどって、持ち主がわかったことを伝える。
「うまいこともらえるといいな!」
「そうだね、せめて貸してくれるといいんだけど」
ボクはスラリンの言葉に笑いながら答えると、再び町に戻って宿で眠った。
やっぱり宿に泊まるとぐっすり眠れる。
 
 
次の朝、ボクは朝食もそこそこにルドマンさんの家に向かう。
なぜかルドマンさんの家の前は沢山の男の人たちがたむろしていた。
何だか屈強そうな男の人。
抜け目のない顔をした商人。
少し頼りなげな男の人。
……やっぱり大商人ともなると、会おうとする人は多いみたい。
改めてルドマンさんのお屋敷を見ると、本当に大きい。
何だか気後れしてきた。
「お待たせいたしました」
中から女の人が出てきて、扉を開け放つ。待っていた男の人たちは我先に、と中へ入っていく。
「いらっしゃいませ、あなたもフローラお嬢様とのご結婚をお望みですか?」
女の人はにこりと笑いながらボクに訊ねた。
「いえ、あの、結婚とかではなくて……。天空の盾についてお伺いしたいことがありまして」
「あら、じゃあやっぱりフローラお嬢様とのご結婚をお望みなのですね? こちらへどうぞ」

……なんで天空の盾とフローラお嬢さんとの結婚がイコールで結ばれちゃうんだろう?
 
ボクは何だかよく解らない気分になりつつ、ルドマンさんの屋敷に入る。中もとても綺麗な家だった。
先に入っていった人たちは、入り口近くの部屋で待たされていてボクもその中に混ざることになった。
「やあ、あなたもフローラとの結婚したくて来たんですか?」
待っていた中の、一番頼りなさそうな男の人がボクに声を掛けてくる。まあ、他の人たちに比べれば、ボクは彼に歳も近そうだし、声をかけやすかったんだろう。
「僕はアンディ。彼女とは幼馴染なんですよ。僕はお金も宝も欲しくはないんです。彼女が妻になってくれるなら……」
アンディと名乗った男の人は、そこでそっと目を伏せた。
「結婚、できるといいですね」
「貴方も結婚を申し込みに来たんでしょう?」
アンディさんは不思議そうな顔でボクを見る。
ボクはあいまいに笑う。
……こういう、マジメに結婚を考えてる人に天空の盾の話を聞きに来ただけ、とはいいにくい。
「どんな条件をだされるんだろうな」
「フローラさんと財産は私のもんですよ」
周りの人たちもぼそぼそと話し合っている。
何だか場違いな場所に来てしまったなと困っていると、さっきの女の人が戻ってきた。
「お時間になりましたので、応接間へお通しいたします。どうぞお入り下さい」
 
応接間は更に豪華だった。
真っ赤なじゅうたんが引かれていて、綺麗な机や本棚が並んでいる。置いてあるものは皆趣味が良い。
やがて、恰幅のいい立派な服を着た男の人がやってきた。
「皆さんようこそ! 私がこの家の主人ルドマンです。さて、本日こうしてお集まりいただきましたのは、わが娘フローラの結婚相手を決めるため。しかしただの男にかわいいフローラを嫁にやろうとは思わんのだ」
ルドマンさんはそこで大きくため息をついた。
「そこで、条件を聞いて欲しい。古い言い伝えによると、この大陸のどこかに二つの不思議な指輪があるらしいのだ。炎のリング、水のリングと呼ばれ、身に着けたものに幸福をもたらすとか。もしも、このリングを手に入れ娘との結婚指輪に出来たなら、喜んで結婚を認めよう!」
今度は、聞いていた男の人たちが大きくため息をついた。
 
……それにしても、フローラさんは結婚相手を自分で決められないのかな? お父さんであるルドマンさんが決めちゃうのかな?
親が望むものと、子どもが望むものって、イコールじゃないこと多いんだけどなあ。
ボクはデール君と太后と、ヘンリー君を思い出す。
話し合いが足りないっていうのは、絶対いい結果はやってこない。
そんなことを考えながら、あまり興味なく話を聞いていたら、
「我が家の婿には、その証として、家宝の盾を授けるつもりだ!」
ルドマンさんのこの言葉に、ボクは思わずルドマンさんの顔を見てしまう。
 
家宝の、盾。
それって、天空の盾?
なるほど、それでさっき扉を開けてくれた女の人はボクも結婚相手に立候補したと思ったんだ。
 
……まいったな。
どうしたものかと考えていたら、二階から女の人が降りてきた。
「待ってください!」
「フローラ! 部屋で待っているようにいっただろう!」
ルドマンさんは慌てて振り返ると、降りてきた女の人を止めようとする。
その女の人は、昨日リリアンを連れ戻そうと走ってきた、あの綺麗な女の人だった。
「お父様、私は今までずっとお父様の仰るとおりにしてきました。でも夫となる人だけは、自分で決めたいんです!」
そこでフローラさんはこっちを見た。
「それに皆さん! 炎のリングは溶岩の流れる危険な洞窟にあると聞いたことが有ります。どうかお願いです! 私などのために危険なことをしないで下さい!」
フローラさんは泣きそうな顔でボクらの顔を見渡して、やがてボクに目を留めた。
「あら? あなたは昨日の……。それでは貴方も私の結婚相手に? ……まあ」
フローラさんは頬をそめて、それっきり黙ってしまった。
「なんだ? フローラ知り合いなのか?」
ルドマンさんはボクを見て「ふむ」と頷いた。
「少しは頼りになりそうな青年だな」
そう云ってしまってから、慌てたように咳払いをする。
「ともかく! フローラと結婚できるのは二つのリングを持ってきた者だけだ! さあ! フローラ、来なさい!」
ルドマンさんはフローラさんを連れてそのまま二階へ行ってしまう。
条件を出された男の人たちは、口々に「やれやれ」とか「大変な条件出されたな」とかいいながら、出発していく。
アンディさんもそのまま出発していった。
 
……さて、どうしたもんだろう?
ボクは取り残された応接間で、暫く天井を見上げる。
とりあえず、ルドマンさんにもうちょっと話を聞いてみよう。
……天空の盾、結婚以外に譲ってもらえなかったら……どうしよう。
66■サラボナ 3 (テス視点)
ボクはとりあえず、二階に行ってみることにした。
さっきの話じゃ、天空の盾は結婚しないともらえないみたい。それじゃ困る。
何とか、結婚しないで譲ってもらうとか、分割払いで売ってもらうとか、貸してもらうとか、そういう平和的な解決に出来ないだろうか?
 
結婚は、ちょっとねえ。

二階に上がると、広い廊下に部屋が並んでいるのが見える。
そのなかの一つの扉をノックしてから中に入ると、そこにはルドマンさんとその奥さんみたいな女の人がいた。
「なんだ? まだ居たのか?」
ルドマンさんがボクを見てそういったあと、
「まあ、情報を集めるのは商売の基本。なかなか見所があるな。炎のリングは噂では南東の洞窟に眠っているという事だ。二つのリングを手に入れなければ、フローラとの結婚はみとめんぞ?」
ルドマンさんはそういって笑った。奥さんのほうは、ソレを見て少し困ったように
「この人ったら、言い出したら聞かないんだから。フローラの気持ちも考えてあげればいいのに……」
なんていって、大きくため息をつく。

まいった。
こんな状況で「家宝の盾の話ですけど」なんて云おうものなら、どんな言い訳しても絶対に盾をボクが手にすることはないだろう。
でも、盾のために結婚するっていうのも、相手であるフローラさんにとても失礼な話だ。

どうしたものかな?

とりあえず、ボクは挨拶をしてルドマンさんの部屋を出る。
次の扉をノックして中に入ると、フローラさんが居た。
ぼんやりとドレッサーの前で物思いにふけっている。
「あの、フローラさん」
声を掛けると、彼女が振り返る。少し泣いていたみたいだ。
「大変な事になってしまいました」
フローラさんは目を伏せる。
「私の父は昔から強引なんです。あなたも、危ないことをしないで下さいね? 二つのリングなんかなくったって私……」
フローラさんはそういうと、頬を染める。
 
綺麗な人だなあって、本当に思う。
それにとっても優しそう。
見てるととてもドキドキする。
イイ匂いするなあ。
なんだろう。
緊張してきた。

「あなたには、何だか懐かしい雰囲気をかんじますわ。もしかしたら、ずっと昔、どこかでお会いしたのかもしれませんね」
フローラさんはそういうと、ボクを見てにっこりと笑った。
ボクもにこりと笑い返す。

ボク、この人とだったら、結婚してもいい気がしてきた。
不思議な気分。

サラボナに帰る家が出来て。
お母さんを探して旅をして、疲れたらここに帰ってくる。
此処に待ってくれてる人が居る。
いつもにっこり笑って待ってくれている。
いつか家族が増えて、にぎやかになった頃、お母さんが帰ってくる。
そのまま、あとはずーっと幸せに暮らす。

そういうのって、いいかもしれない。

フローラさんは、ボクのこういう気持ち、わかってくれるかな?
帰るところがあるっていう、幸せだとか、安心だとか。
ボクに欠けていて、ボクがもしかしたら本当に欲しいものは、そういうものかもしれない。
それを、この人は、ボクにくれるかもしれない。
盾なんて、そのオマケでいいんじゃない?

「あの、フローラさん、ボク頑張ります。絶対、リング手に入れてきます」
「え?」
「だから、待ってて」
フローラさんは嬉しそうににっこり笑って「ええ」と頷く。
ボクもにっこり笑って、部屋をあとにする。

そのままルドマンさんの家をでて、まっすぐ町の外へ向かって歩く。
いつもどおり皆が待ってくれていた。
「どうした? なんか嬉しいことでもあったか? もしかして、天空の盾、貰えたのか?」
スラリンがボクを見上げて、不思議そうに訊ねる。
「うん。天空の盾、手に入るかも知れない」
「本当ですか? 主殿!」
ボクは頷く。
「あのね、この町の商人でルドマンさんっていう人が、その盾を持ってるの。そこの娘さんが今結婚相手を探しててね。ルドマンさんが出した条件をクリアすれば、娘さんと結婚させてもらえるの。その証として、盾をくれるの。他にも立候補してる男の人がいるから、負けられないんだけど」
 
皆が一瞬、黙った。
 
「……ちょっと待ってください? 主殿? まさか、財産目当てに結婚を考えたんですか?」
「それはちょっと人でなしだぞ?」
「テスさん、ひどーい」
「違うよ、ひどいなあ」
ボクは口を尖らせる。
「昨日、此処で犬を捕まえてあげたでしょ? あの時の女の人がフローラさんなんだけど、とっても優しくて綺麗で、温かい感じで。ボクね、あの人なら結婚していいなあって思うんだ。なんていうのかな? ボクに欠けてるものを持ってくれてるんじゃないかって思うんだ」
「……まあ、一目惚れというのは、確かにあるもんじゃがな」
マーリン爺ちゃんがそういってボクを見る。
「お前さんの人生じゃ。本当にあのお嬢さんを幸せにするつもりなら、わしらは何にも言わんよ」
「フローラさんを幸せにしたいし、ボクも幸せになるの」
ボクは答えると、地図を広げる。
「とりあえず、南東の方角にある洞窟っていうのを目指すから」
「わかったー」
ボクらは南東目指して歩き出した。

 / 目次 /